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異物混入 五

 魔術師というのは変質者と大して変わらない。

 身元がバレるのを何よりも嫌い、顔だけじゃなくその名前も、誕生日も漏らさないようにする。

 肉体、精神、魂。

 万物は言葉で成った、というのを考えれば、自己として認識させる名前というのはただの物質の塊である肉体と内なる宇宙の魂をつなぐ一種の魔法。たとえ、自分の名前を数字で表してもその数字という概念は、特別な意味を持つ。


 詰まるところ魔術師として行動する、ということは、顔がバレないように仮面をつけ、名前を互いに呼び合わないようにするということになる。

 うら若き乙女が仮面をつけて、赤いコートをはためかすなんて、どこの浪漫怪奇小説だ。実際に、殺し合いにも発展するならさしずめ、浪漫殺人小説というクライムミステリーにかわる。


 私はそんな変態的な仮面と赤いコートをひるがえして、町の雑踏に紛れる。


 私が暮らす東雲市は、小さな港と山に囲まれた町。都市のベッドタウンとして最近はもてはやされ、マンションが次々と建設されて、人口も増えている。

 人が増えれば、それだけ雑念というか様々なことを抱え出すので霊脈管理をするこっちとしては大変になってきている。自然のマナが流れる霊脈は人の念というのを受けやすい。

 水を想像してもらえばわかりやすいと思う。

 自然に流れている水は常に新しいが、その流れが増え、水の淀む溜まり場が増えると水が腐り、疫病の元になる。人なら病にかかるが、土地の疫病というのは通常ではあり得ない現象が起きる。心霊現象とか、事故の多い魔の交差点とかそういうの。

 饐えた裏路地、廃棄されたビル、誰かが亡くなった事故現場、墓地の増設、およそ普通の人間では立ち入らない死角といった場所がそれだ。

 人口が多い東京とか京都、ほかの都市にはそれを鎮めるための神社仏閣を建てたり、魔術師がそれを管理しているものだが、ウチの町にはまだそういったのが人口に比例していない。

 私は、水道やガスの調査員よろしく、そういった場所を見回り雑念を払い、霊脈が滞りなく流れるようにしている。それでどこかからお給料やバイト代が出れば不満はないけど、こういったのはボランティアになる。だってこの土地の管理者が私なんだからしょうがない。地主の苦労、とはこのことだ。


 そんなふうに箒を持った駐車場の管理人、ってわけじゃなけどそれなりに綺麗にしてきた。

 だけどそれを・・・。


 夜の港、東雲市が保有する港は小さいが倉庫もあり、船も多い。

 吹きすさぶ海風にあたりながら、暗い闇に鎮座する置物のような船。ときおり波にさらされてキュッキュと縁にぶつかってくる音が何かの泣き声にも聞こえる。


 よくある港の光景。

 だけど私にはまるでせっかく綺麗にしていた家に生ゴミをぶちまけられたような不快感。

 私ならそれだけですんでいるが、ここに出入りしている人たちの精神はちょっとおかしくなりやすいだろう。


 淀み、凝り、ゲル、粘り。

 言い方はいくらでもある。私の感覚では、空気ごと獣じみた体臭を放つラード。息を吸うだけで体を狂わせる何かが貯まっている。

 こんなものが人間の良くない感情に触れれば、たちまち固くなって得体の知れない魑魅魍魎へ変貌する。



「まるで百鬼夜行ね」


 コートの襟を立てながら私はとなりの男の子に呟いた。

 息は白く、冬が間近に迫っている。


「東洋のワイルドハントのことだな。確かに、ここは異常なまでに乱れている」

 真っ白な石の仮面をつけた彼はそう呟くと胸元から金の懐中時計を取り出した。


「なにそれ?」

「ああ、これは霊脈の乱れを計測するものだ。なるほど、ほら見てみろ」


 と、差し出してきた懐中時計の針がぐるぐると狂ったように回っていた。

 よく分からないけど、すごく不吉な予感がして私は気持ち悪くなる。


「それ、壊れてるんじゃないの?」

「繊細な計器を壊すぐらいの乱れだ。相手はどうやら霊脈を尋常な方法では奪取する気はないようだな」


 なにそれ・・・。

 やっぱり彼が目当てなのだろうか?

 でもそれにしたって、霊脈を汚染するほどの相手がくるとなれば死活問題だ。


「東雲、ここは一旦退こう。まともに交渉ができる相手でもな―――」




「ほう、それは悲しいですね。私は穏便な交渉をしにきているのですが」



 レーウィングが珍しくうわずったような声で言っていた横から、陽気な声が掛かった。

「誰!?」


 私が振り返って目線を上げた先、

 

 今日は生憎月のない夜。

 港の倉庫の屋根に立つそれは、小さな街灯に照らされて、屍蝋めいた白さを放っていた。無機質な、いや魂があった肉体が無機質へとなりかわった異常なまでの気持ち悪さ。


 不意にお師匠様の言葉を思い出す。

 屍蝋とは一種の神秘だと。肉体が腐敗しない永遠性を秘めた魔術。

 古代のエジプトが永遠の回帰を目指してたどり着いた魔術系統。それを生きているうちに獲得すれば、肉体は朽ちないと。


 私たちを覆っている仮面なんて半端な永続性を、その人物は肉体に宿して立っている。


「私の名は、そうですね、宣教師とでもお呼びください」

 宣教師、その男は微笑みながら言った。


 老い果てたような白髪、しかしその顔は欧羅巴の青年と呼ぶのにふさわしくちぐはぐな様相で、一体何歳なのかわからない。


「宣教師ねぇ、それなのに白いタキシード姿なんてまるで意味がわからないわ」

「これは主の趣味ですよ。服装にはうるさい方ですから」

 そういってタキシードの蝶ネクタイを軽く触った宣教師は優雅に笑っている。


 主という言葉に私はひっかかる。

 相手はどうやら魔術師の一門で来ているらしい。

 群れることが嫌いな魔術師が徒党を組むなんて、相手はかなりの大物かもしれない。


 レーウィングはいつでも動けるように身構えている。

 交渉役は私、ナイトを気取った彼はさしずめ護衛か。


 威嚇のように魔力を充溢させる護衛を置いておいて、私は交渉を開始する。


「で、その主様はなんのご用かしら? ここはわたしの土地よ」

「それは申し訳ありません。多少、居心地をよくするためにここを変えているのにはご容赦を。私どもの用としましては―――」


 宣教師は優雅な礼をすると、そう言って、レーウィングに目を向けた。

 

「そちらさまの左目に用がございます」

「やっぱりそうなのね。でも、おあいにく様、この人は私の客人よ。勝手なことはしないで、出て行って頂戴」


 私が力を込めて睨む眼差しを、宣教師はどこ吹く風。


「とは申しましても、すでに夜会、いえヴァルプルギスの夜の準備をしている最中」

「なっ!?」

「馬鹿な!」


 私たちは声を上げて驚く。


 それはそうだ。

 ヴァルプルギスの夜なんて言葉は一生涯聞くこともないと思っていた単語だからだ。



 ヴァルプルギスの夜。

 それは遠く、欧羅巴の魔女のサバト。

 キリスト教に異端の神として祭られたケルトの神々や土着の神々を祭る魔女達の宴。

 

 だけど、現代ではその意味は違う。

 それはいわば、魔術師達による殺し合い。

 下手をすれば代々子孫が永遠に殺し合って魔術遺産を奪い合うのを危惧した者達がルールを作り上げた魔術師の競技。


 闘技場を定め、魔術契約によって作られたルールの中で、遺産を賭けて殺し合う。

 参加する魔術師が多ければ多いほど、リタイヤした魔術師の魔力を消費してその魔術契約は強固になり、勝者は遺産をほぼ永続して所有する。



 驚く私たちに気を良くした宣教師は続ける。


「では、交渉いたしましょう―――月を宿した左目、その争奪権を賭けたヴァルプルギスの夜について」


 凶悪に口を歪ませた宣教師はそう言って私たちをあざ笑った。

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