異物混入 四
侵入者に気がついた私と使い魔のシノが屋敷の地下室で迎撃用の魔術を起動し魔術師として着替え終わるのに、すでに四時間。辺りは昼から夜に時計が進んでいる。
魔術ってのはパソコンみたいにボタンひとつで即起動、なんて便利なものじゃない。
それなりの手順を踏み、めんどくさい手段をとるためにかなり時間がかかる。
土地の霊脈を使った迎撃用の魔術、ってのは聞こえがいいけど映画みたいな派手な爆発とか攻撃とかああいうのを期待してもらっても困る。
当家に伝わるのはあくまで敵を攪乱させるだけのものだ。霊脈を擬似的に乱し、相手が霊脈管理の基点、祭壇を破壊できないようにする。
祭壇を破壊されてしまえば、霊脈における東雲一族の支配権が消え、この土地を好き勝手にされるというわけだ。ウチの祭壇には、この土地と外界の境界を区切る十二箇所にそれぞれ石壇をおいているけど侵入者はどうやらその石壇を探っていたみたい。今頃はその辺の石ころですら祭壇のひとつだと思い込んで混乱していると思う。
なんたって霊脈を人為的に乱しているのだ。派手じゃないけど実はかなり異質な方法。普通の魔術師ならまずしない。一度、ラインの乱れた霊脈はどんな現象を起こすか魔術師にだって予測不可能で、一歩間違えれば断線した霊脈からマナがあふれ出し、土地のマナが枯渇する恐れがある。たとえるなら、電子回路。精密で繊細な電子回路の配線をぐちゃぐちゃにするようなもの。その電子回路で魔術というパソコンを作っていたのにそれをショートさせ、相手を攪乱させるなんてあり得ない方法だと思う。
うん、私も思うけど、ウチの魔術というのはそれができる。まあ詳しい方法は秘密ってヤツで。
とりあえず、これでしばらくは時間稼ぎはできるけど根本的な解決はできない。
相手の意図がなんであるかを知り、文明人らしく交渉で解決したいところだが・・・。
私は出かける用意をしながらのんきにお茶をすすっている元凶に目を向ける。野暮ったい黒のローブを脱ぎもせず、猫背気味に不思議そうにテレビを見ている。
魔術師は様々な言語に精通している。
お師匠様は、魔術師なんて言語を操るのがうまいサヴァンだよとか、えらい揶揄をしていたけど、万物は言葉によって成った、とも言われるぐらいで、魔術師なら少なくとも数カ国語は必須、一流の魔術師なら古代現代問わず数十もの言語を操っている。高名な魔術師が表では著名な言語学者というのもよくある話。
だけどきっとこの目の前にいる男の子は、テレビで流れている話を万分の一も理解できないのではないのだろうか。
だって今流れているのはワイドショーのとあるオカマのファッション講座だ。
およそファッションとは無縁そうな、それでも服は息を飲むほど素晴らしい一品。飾りのついたシャツ、紺色のベストとズボン。そのベストには金の装飾具がたくさん付いている。
あれだけで私の三ヶ月分の食費がまかなえそう。いや、あれは決してメッキじゃない。たぶん純金。一年間ぐらいはいけそうかな?
でもいくらお金があったって彼はこの厄介ごとをもってきた張本人。
ちょっとは恐縮してもいいんじゃない?
お気に入りの赤いコートをつっつかいみ、私はのんきな顔をしている問題児に声をかける。
「疫病神だわ、疫病神。あなた疫病神って言葉知ってる?」
私の嫌みを真に受けたレーウィングの御曹司はふん、と鼻息あらくして、さも当然という顔で答える。
「ここに来るまでこの国についてある程度調べてある。不運を招く。元は疫病を擬神化したこの国ならではの言い方だな。八百万の神など神秘の分割にすぎない。およそ我らのような一なる状態を目指す西洋魔術師には理解できん」
「はぁ・・・私たちのご先祖さまもあなたたちの理解なんてひとつも考えてないとおもうわよ。――ってかこんなに直ぐに見つかるなんて、あなた一体どんな方法でここに来たのよ?」
「ん? もちろん船だ」
「船? まさかローマ帝国時代のガレー船とかじゃないわよね?」
「何を言うか。ガレー船は軍艦で、遠洋には向かない。ちゃんと帆船できた。16世紀のガレオン船。レーウィング家のガレオン船一隻あればこの地を管理するだけにふさわしい祭壇だ」
いや、当たり前みたいに言うけどおかしいでしょ。
今のご時世、モーターで動いていない帆船で乗り込んでくる奴があるものか。
私は、思わず声を荒らげてしまう。
「現代のどこにガレオン船で乗り付けて来る奴がいるのよっ! それよそれ! そんな目立つ船で来てるからバレるのよ!」
「そうなのか?」
ことん、と首を傾げて不思議そうにこちらを見る。
はぁ・・・どうしてこんな世間知らずが来るのか・・・。
「そうなのかって・・・。普通、来る途中で気がつくでしょ! 他に帆がつく船なんて観光船ぐらいよ。いくら隠匿の魔術で隠してても、周りに溶け込まなかったら一般人ならともかく他の魔術師にはバレバレ! 魔術師なら術が完全に効果を果たす環境から考慮してよね。ウチのお師匠様ならきっと出港する前に撃沈してるわよ!」
「ぬっ・・・そうか。たしかに君の言うとおりだ。これは俺のミス。申し訳ない」
その顔は本当に謝っている顔だった。
どうしたらいいのだろう。世間知らずのボンボンならもっと傲慢に、俺は悪くない! とか言ってくれた方がこっちも恨み甲斐がある。
謝られると、私のこの腹立つ気持ちをどこに持って行けば良いって言うのよ!
「プライド高いのに素直とかってめんどくさい! するならどっちかはっきりしてよね!」
「いまのはさすがに俺も釈然としないのだが・・・? というか君は俺が行かなければ気がつかなかったではないか」
「ぬぬぬ・・・。ムカつくわね、あなた」
「それはお互い様だ」
私たちはお互いに顔を背けてイライラする。
正直、こんなところで喧嘩しても意味はないと思う。
はぁ・・・。しょうがない。
結局、侵入者に会いに行かなければならないのだ。
「で、どうするの? あなたは行くの?」
私の問いかけに、しばし腕を組んで憮然としていた彼は小さく頷いた。
自分でも原因だとわかっているのか、その辺も素直だった。
「ああ、俺が招いたタネだろうしね。協力は惜しまない」
まあ、そういうことなら付き合ってもらうか。
あれだけの力を持つ相手だ。釈然としないけど力になる。
「わかったわ。なら、ついてきて」
「頼む」
そういって私たちは、ウチの屋敷から出て町へと繰り出した。