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竜使いテラル   作者: 彩
二章 策略
8/38

嵐の前の静けさ 久しぶりに兄妹で今後について話します!

 冬の季節が深くなり、雪がさらさらと降る。どんよりとした雲が空を覆い、どこまでも広がっている。その空に多くの竜が舞っていた。まだ大人になりきっていない少年の面影を残した子どもたちが緊張した表情で竜の背に跨っている。

 その子どもたちの中で一人の子に目をつけ、笛を吹き鳴らし、地上へ降り立つよう指示する。フォアロを従えて地上に降り立つとわずかな時差をつけて青い鱗を持つ中型の竜が脇に降り立った。

「アマン、ゆっくりでいいから降りて」

 テラルはフォアロの背から跳び降りると疲弊しきっている子どもに声をかけた。革手袋をはめているがやはり冬の飛行は厳しい。テラルは慣れきってしまったが成長しきっていない子どもには負荷が大きいのだろう。

 震える指で命綱を外し、アマンは滑り落ちるように地面へ降りた。アマンの使い竜はクンクン、と心配げな鳴き声をあげてアマンの頭を鼻面で押している。

「大丈夫だよ、リューテ。ありがとう。君も少し休んでて」

 アマンはリューテと呼んだ使い竜の鼻筋を撫でて微笑んでいる。テラルもフォアロに休むよう伝えるとアマンの元へ向かった。

「先輩。すみません」

 アマンは悔しげな色を滲ませて俯く。肩で息をして苦しそうにも関わらず立ち上がろうとするその子の肩をテラルを押さえた。

「休んで。まずは体力を回復させてから」

「はい」

 テラルが諌めるとアマンは渋々頷いて座った。テラルが水筒を差し出すとアマンはそれを受け取ってごくごくと飲んだ。

「風圧に耐えられないの?」

 アマンが飲み終え、息が整ってきたのを見計らって訊く。アマンはしばらく考え込むように黙っていたが小さく頷いた。

「風圧がすごくて息ができないんです。あと少し怖くて身体が躊躇ってると思います。・・・いえ、躊躇ってます」

 アマンの律儀な答えにテラルは思わず苦笑する。

 アマンの言うことは最もだ。テラルもアマンの年頃、大体十四歳ぐらいのときはまだそれほど速く飛んでいなかった。風圧で吸えないことはテラルにもよくあることだし、それを克服しろと子どもに命じるのも酷な話。

「私も呼吸は難しいし、しょっちゅうなってるよ。・・・でも飛ぶのが怖いっていうのは今後に支障がでるからなるべく無理のない範囲で多く飛んで克服すること。取っ手から手を放したりすることもあるし、そのときに少しでも躊躇いがあると命に関わるからね」

 テラルは小さい頃からフォアロに乗っていたから飛ぶことに対する恐怖はなかった。恐怖というのは恐ろしいものだ。身体も精神も何もできなくなってしまう。そうなってしまえばもうどうしようもない。命を懸けるような場面でそのようなことになってしまえば一貫の終わり。

「でも先輩はここからガルセーク都市までほんの数時間で行ったって聞きました。どうやって息をしていたんですか?そんなに速い速さの中で」

 そんな情報どこで流れてるのだろうかと頭を痛めながらテラルは唸った。純粋な目で見つめてくる子どもが眩しい。

「気絶してた」

「え?」

「息ができなくて気絶したまま飛んでたのよ。・・・危険だから絶対にしないで」

 アランはテラルが言ったことが飲み込めないらしく、何度も目を瞬かせている。そのままの意味なのだが信じがたいのだろう。自分だってそうだ。フォアロに叱られて当然である。

「呼吸はそう、なるべく止められる時間を長くできるようにしたらいい。例えば水にもぐる時間を計ってみたり」

 テラルの提案にアランは顔を真っ青にした。

 言いたいことはわかる。この季節の川は身を切るような冷たさだ。その中に潜るのは狂気の沙汰である。

「はい!そろそろ行く!」

 テラルが手を叩くとアランはびくっと身体を跳ねさせ、慌てて立ち上がった。

「あ、はい!」

 アランはリューテの背によじ登り、命綱の金具の点検をしっかり行うと空へ舞い上がっていた。

 美しいその光景をテラルは複雑な心境で見つめた。


 ユドリアム王子の救出後、ユドリアム王子は竜使いの一族の郷へひとまず向かった。具体的な先行きの目途はまだ立っていない。しかし、族長たる父からある命が下された。

 未成年の男子から秀でた者を数人特別に訓練させよ、というものだった。その教育の一環をテラルは任されたのである。子どもたちが守る力をつけることは良いと思う。しかし、今後のことを考えたとき、その力が何に使うために訓練させられているかなど考えなくてもわかる。

 ユドリアム王子は何かを考えている。今は何も言わないけれど、言外に感じるものがあってそれがテラルを不安にさせていた。

 大幕の近くに行くとユドリアム王子が外に出ていた。カナルは族長の息子ということもあって付き従うことになったのは自然な流れだったと思う。テラルもそうで立場と女の中で武術に秀でており、レアーテルを使い竜にしていることからお世話をすることを頼まれた。

「テラル、お疲れ。今日はどのような具合だったのだ?」

 ユドリアム王子はテラルが帰ってくると毎度この質問をしてくる。テラルは苦笑しつつ、カナルに目礼してから答えた。

「まあ、まだ成長途中だから無理はさせられないし・・・。ぼちぼちといったところかな。あの年頃にしては凄いと思うよ。頑張ろうっていう気概もあるし、今後期待してもいいんじゃないかな」

「そうか」

 話の区切りがついたところでカナルが口を開いた。

「殿下、伝令が来ました。お聞きしますか?」

 偵察組は今だこの郷から離れて情報収集をしている。一体どうやって集めているのかとカナルに問うてみたが、それは話せないと言われたきり話してはいない。

 テラルたち一家が住まう天幕の一番広い部屋に偵察組の二人が先にいた。ラーマの弟ウルと使い手となって長い中年の男オムがどっかりと座っている。ユドリアム王子を見るとわずかに驚いた様子だったがすぐに気安い雰囲気になる。

 テラルも後ろに従い、囲炉裏を囲んで全員が座った。

 兄のカナルに父のオルム。各々の一家の代表が揃う。ユドリアム王子が中央に座り、テラルはその少し後ろに座った。

「ピア帝国の支配状況は現在、六割と言ったところです。主要都市に至っては王都、副王都はもちろんのことガルセーク都市、海辺のレーシ港、シェルベ帯の海洋は抑えられました。ただやはり、ピア帝国にしてはその進行は遅いです。二年前、ピア帝国の皇太子は北の大陸に位置するエラント公国を侵略しています。それと比較すると違いは歴然としています。・・・原因は国民による抵抗があるからだと思われます。表立ったものはありませんがその効果はあるようです」

 ラーマの奔放を見て育ったせいかその弟はかなりのしっかり者だ。性格が反対だなあと場違いなことをテラルはぼんやりと思っていた。

「その、殿下」

 ウルがどこか躊躇った様子で言った。ユドリアム王子は顔をあげてウルを見つめた。

「弟君と妹君のことについてお聞きしますか」

 ユドリアム王子は狼狽の色を浮かべてしばらく何も言わなかった。近くにいたテラルだけがその手が震えていることに気づいた。

「ああ」

 その了承にウルは深く頷いて口を開いた。

「第二王子タリアム様は現在、ピア帝国の帝都に最も近いオーキア島にいます。第一、第三王女はピア帝国の城内です。エレアス様がピア帝国第二皇子のウィルと親交があるようです。第二王女ミリアス様は従弟にあたるエーミル様との接触が確認されました。ミリアス様のみ今だこの大陸に留まっており、その理由を今調べているところです」

 まるで見てきたかのような説明にユドリアム王子は驚きつつも深く頷いた。強く握られていた拳がやや開かれる。ユドリアム王子の表情はあまり変化しなかったがテラルにはわかる。

(よかったね、ユド)

 ここに来てからずっと気にしていたのだ。この花はミリアスが好きだった、とか。あの子どもにタリアムが似ている、などふとしたときに呟いていた。

「頼む」

 ユドリアム王子の言葉にウルがぴんと背を伸ばして了承の意を伝えた。その若い様子に周りの大人たちが微笑む。

「ピア帝国の現状をお伝えします」

「ピア帝国の現状・・・?」

 オムの宣言にユドリアム王子は眉を顰めた。

 ユドリアム王子が現在政から離れているとはいえ、もとは次期国王となる人物である。国内周辺諸国はもちろんのこと戦相手のピア帝国のことはよく知っている。

「この情報は内密に。ピア帝国でもあまり公にさられておりませんので」

 ユドリアム王子の表情ががらりと変わった。テラルはびくりと後ろから横顔を見つめる。威圧的な冷たいその瞳はいつもの彼ではない。

「してそれは?」

 場を支配するような雰囲気に誰もが息を呑む。この人は本当に為政者なのだとはっきりと認識させられるようなそれ。

「ピア帝国は皇太子と第二皇子が次期皇帝を巡って政権争いをしております。そしてアスタリア国侵略を指揮したのは皇太子のほうであります。敵の中にも本当の敵とそうでない敵がおります」

 テラルは一人でうん?と首を傾げた。さっそく意味がわからなくなってきた。つまりは兄弟喧嘩に巻き込まれたということか。しかし、敵は敵だろう。敵の中に敵じゃないものがいるならそれは敵じゃない。

(あれ?敵に敵じゃないのがいるんならそれは敵じゃないはずで・・・。でも敵で・・・。え?敵が敵の中に・・・。はあ?)

 もうダメだと諦めることにした。開始早々話を右から左へ聞き流すことに決定。テラルのことを誰も気にすることなくどんどん話は進んで行く。

「皇太子派は他国侵略に乗り込む傾向があり、現在アスタリア国と海洋国のイータルを侵略しております。侵略することでその資源を手に入れたり、技術者を取り立てたり。またはその国の経済都市からの利益によって自国を潤すという手法をとっております。

 アスタリア国に関しては技術的面と経済的面。海洋国イータルは広大な領海と地下資源でしょう」

 皇太子は戦上手で少々排他的な皇子であるということ。第二皇子よりも戦や政の勢いに関しては秀でており、統率力も強いのだということをオムは付け加える。一息つくとまた口を開いた。

「第二皇子のほうは皇太子ほど他国侵略は積極的ではないとみられます。直轄地への政策に重きを置いているようです。優秀な人材は侵略した国からも取り立て、直々の部下にしていると。近隣諸国との国交が深く、皇太子に反して第二皇子は慎重で協調的。侵略国から一定の支持は受けているようです」

 ピア帝国は直轄している人物によってその制度が違う。皇太子は他国への侵略が多く資金源を得ているお陰で第二皇子よりも潤沢だ。第二皇子はやや貧しいものの直轄地の整備や制度が整っている。どちらも秀でた部分があり、それを競って争っている。

 政権争いを公にしていないこともあるが、帝国内では皇太子派である右院の力が今だ強い。皇太子であるという正統性と潤沢な資源。臣民であるという強い意識がそこへ向いている。第二皇子は帝国内よりも侵略した国からの支持のほうが強い。公共としてのしっかりとした基盤を作り、侵略前よりも発展した結果がある。侵略国の王族からの支援もあり、それが大きいものとなっている。

 ユドリアム王子はその話を聞いて苦い笑みを浮かべた。

「それは知らなかった。諜報が牽制されていたのか・・・?いや、だったらなぜ・・・」

 最後は独り言のように呟いている。カナルはその様子に疑念を抱いたのかすっと目を細めて言った。

「何かありましたか」

 ユドリアム王子は歯を食いしばっているのか顎の筋肉が盛り上がっている。怒りを秘めた目で床をじっと見ている。何か考えているかのように黙っていたがやがてカナルを見た。

「王都を侵攻されたとき妙だと思ったのだ」

 ぽつりと呟かれた言葉には焦燥の色が滲んでいた。

「敵は見事に兵の少ない場所や守りが薄い場所を攻めてきたのだ。王城内も入り組んだ造りになっており、見知らぬ者は決して出歩けるような場所ではない。しかし、敵は容易にそれを突破してきた。そのときは敵が戦に手馴れているものとそう思い・・・。考える間もなかったというのもあるが」

 その話だけはテラルにもよくわかった。舟をこぎ始めて眠りかけていた頭が一気に覚醒する。ぴんと背を伸ばすと丁度カナルと目が合い、すごい形相で睨まれる。

(しまった。転寝してたのばれてる・・・)

 また説教かもしれないなと若干憂鬱になる。内心で溜め息を吐き、気を取り直して話を聞く。

「つまり、殿下は身内に手引きした者がいると?」

 カナルの問いに全員の表情が強張る。ユドリアム王子もきつい表情でゆっくりと頷いた。テラルは思わずぎゅっと手を握り締め、ユドリアム王子の横顔を見つめる。

「認めたくはないがそうとしか考えられぬ。・・・そして王族に連なる者の可能性が高い」

 そう言ったユドリアム王子につっと苦痛の色が滲む。声をかけたくなるがぐっと堪えてただ見守るしかない。カナルは驚愕に言葉を失くし、オルムは険しい表情を見せた。

「根拠は?」

「私は王城から地下水路を通って逃げたのだが、その地下水路は限られた者しか知らぬ。王族の者は知っている。身内でない者では五人ほど・・・。ツキバとクルトはそうだ。だが彼らは違う。それはわかっている。そのような場所に敵の兵士が襲いかかってきたのだ。誰かがこの地下水路を密告したのだろう」

「ユドの家族・・・?」

 テラルは消え入りそうな声で思わず呟いた。

 身内の中で誰かが敵にアスタリア国を売ったかもしれない。なぜそのようなことをしたのだろう。多くの者が傷つき、死んでいくというのに。身内を殺してしまうかもしれないのに。

「ああ、そうだな。私の落ち度だ」

 ただそこには悲観した様子はなく、淡々としていた。

「私の身内となれば、このことを知っている者は今は亡き両陛下と私を含むその王子、王女。王弟とその息子になるはずだ」

「王弟、ですか」

 ウルが眉を顰める。何かに引っかかりがあるかのように視線を落ち着けなさげに動かしていたが、オムに窘められるとそれは消えた。

「で、テラル」

「あ、あ!はい!な、なんでしょうかっ!」

 オルムからこの場で話を振られるとは思っても見なかったので眠りかけていたこともあって声が上ずってしまった。全員からの視線が集まり、内心で冷や汗をかく。

「おまえが指導している子らはどうだ?どれほどまで進んだ?」

 テラル一瞬考えを巡らすように虚空を見つめると恐る恐る口を開いた。

「・・・飛び道具を含む武器の使用はまずまずです。予定よりも習得が早くてあと数ヶ月ほど鍛錬を積めば、実戦も可能だと思います。異能力は二人がようやく自我を取り戻せる程度でそれはまだかかります。使い竜による高度高速飛行訓練は二極化しています。空気が薄く呼吸が困難な上に風圧があるのでそれを克服するのに時間がかかっています」

 カナルから聞いたのだが、あの異常な力を異能力というらしい。偵察組はこの異能力の維持と制御ができる者たちが揃っているのだという。それもあってカナルはテラルの偵察組に入れることを拒んだのだ。

 テラルは一息で言うとふっと息を吐いてオルムを見た。オルムは一つ頷くとぐるりと全員を見渡した。

「異能力はまだ子ども身体には負荷が大きすぎる。慎重にやれ。無理だと思った子はもうやらせるな。今後に悪影響が出る」

「はい」

 テラルは了承の意を告げて深く頭を下げた。

 その後、今後のことや現状確認をするとお開きになった。ユドリアム王子の後についていこうと立ち上がったとき、カナルに声をかけられた。

「少し残って」

「え?」 

 カナルはテラルの返事も聞かず、ユドリアム王子に何か話し始めた。それで話がついたらしく、ユドリアム王子は他の男を引き連れて出て行ってしまった。テラルが戸惑っているとカナルははあっと溜め息を吐いた。

 寝かけていたことについて怒られるのかとびくりと怯えるとカナルは苦笑した。

「怯えるなよ。怒るわけじゃないから。・・・少し寝るか」

「・・・はい?」

 急に何を言うのだ、この兄は。寝ている場合ではないのだ。先程、寝かけてしまったのは別として、だ。ユドリアム王子の護衛とお世話、その時間が空けばすぐに子どもたちの訓練指導をしなければならない。できれば自分自身の鍛錬もしたいのだから時間が惜しくて仕方がない。

「兄者、私やることがあって・・・」

 カナルはなぜか不敵な笑みを浮かべた。テラルの腕を掴むと有無を言わさず、寝室となっている一室へ連れて行かれる。

「寝ろよ。俺も寝るから。殿下にはうまいこと言ってある」

「・・・何を言ったんですか?」

 テラルは不審な色を浮かべてカナルを睨むが微苦笑を浮かべるだけで何も言わない。その優しい笑顔で何もいえなくなる。毎回この笑顔を見ると思うことはただひとつ。

(ずるいなあ)

 カナルはテラルが寝台へ寝転がったのを見てその傍に座った。

 全身の力が抜けてふっと頭が重くなる。そういえばしっかりと寝ようとしたのは久しぶりかもしれない。カナルの掌が目の上に乗せられて暗くなる。その掌の温もりと重さが心地よくてほっと息を吐いた。

「よく頑張った、テラル」

 突然呟かれた褒め言葉にテラルは思わず苦笑した。視界を遮られているせいでカナルの顔が見れないのが惜しい。

「殿下を見つけ、守った。俺たちだけだったら間に合っていなかったかもしれない。異能力のことも伝えていなかったし、一人でよく耐えた」

「なに?わざわざこのことを言いたかったの?」

 カナルの手をどけようとしたらとんでもない力で抗われてくすりと笑う。どうやら顔を見られたくないらしい。そうされると見たくなるのが人の心理なのだが。テラルは諦めてそのままにすることにした。

「異能力はちょっと怖かった。自分が消えていくっていうのが一番当てはまる言葉かな。なんて言っていいかわからないけど・・・。人間からも離れていくようで」

 テラルが呟くと少しの沈黙の後にカナルの息遣いが耳元でした。気配をすぐそこで感じて少し驚く。

「そうだな。俺も最初は苦しかった。・・・あの力は竜使いの一族だけのものだ。ご先祖様は敵と戦うとき、あの力を使って壊滅させたそうだ」

「・・・できそう。殺すことへの躊躇いがなくなるし」

 カナルの言葉に同意したテラルの声が震えた。手に初めて人を殺した感触が蘇り、息遣いが荒くなる。血の匂い、断末魔の叫び、見つめられた最期の目・・・。

「兄者。私、人を殺した」

 テラルは小さな声で震えながら呟いた。

「そうか」

「これからどうなるの?私、これからもっと・・・」

 この先が言えず、思わず言葉が詰まる。カナルの掌の圧が強くなり、それがなぜか慰めになる。

「わからない。俺も人を殺したし、仲間にそう命じた。・・・守りたいものを守るためなら俺はいくらでも殺すし、仲間にも命じる。テラルにも命じるだろう」

 カナルの声は淡々としていてそれがテラルの緊張を幾分か和らげた。だがその話は現実味を帯びていて引き付けられる。

「でもそれが良いことだとは思っていない。敵にも敵なりの大義があったり、家族がいたりする。その人たちの何かを確実に奪っているわけだからね。俺もテラルと一緒に背負うよ。一人じゃない。だから頼れよ」

 なぜ、こんなことを言うのだろう。どうして今なのだろう。まるで、これから起きることがわかっているようだ。誰もそんなことは言わない。これからどうなるのか、それを決めるのはユドリアム王子だ。ユドリアム王子の一言でこの先が決まる。

(でも・・・)

 何があってもユドリアム王子の傍にいるのは自分だ。彼が望まなくなる限り、ずっと追いかける。絶対に一人にしない。命を懸けてユドリアム王子の未来を守る。逆風が吹けば、後ろから支え、間違った時は立ち塞がって正しい方向へ導く。それが自分の役目だ。

「うん、兄者もね」

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