プロローグ・SideB
ここはミレル王国東側のクレイア地方。そのクレイアの東端に私たちの部族の聖地であり、今回の私を含めた8名の遠征の目的地でもある呼び込みの祠があるんです。
私たちが普段生活しているところは3日ほど西にいったところですから、苦労せずにたどり着けます。聖地って普通はもっと遠いところにあるんじゃないんですかね?
「サリア、あそこに見えるのが呼び込みの祠、召喚の儀を行なう聖地だ」
「はい、族長」
族長の言葉で私は改めて緊張が走りました。そう、今回の遠征の目的は召喚の儀で、主役は私なのです。
召喚の儀は私たちの部族―――マグニス族の子が14歳になった時に行なうことが許される儀式で、ある程度の知恵を持った獣や魔物を召喚し眷属化するものです。この儀式に成功した者はビーストテイマーやモンスターテイマーと呼ばれ、召喚した獣たちを使役し活躍します。
本来眷属化は成功確率が相当低かったりします。まず獣たちと意思疎通ができなければまず不可能ですし、野にいる獣たちは人間に隷属することを良しとしない思考の持ち主が大半。
それを召喚の儀は、自分と相性のいい獣などを選別し召喚。次に魔術によって獣たちと強制的に思考をリンクさせ意思疎通を可能とします。
そのおかげで眷属化の成功確率は7割を超えられるんです。問題点があるとすれば召喚対象の強さなどが選択できないことと、一生に1回しかこの儀式を行うことができないことでしょう。
自分よりはるかに強いものが召喚されてしまえばほとんどの場合は失敗しますし、運が悪ければ襲い掛かられて死に至るケースもあるのです。
「すごい魔力……」
入口に立ってまず感じたことは、通常ではありえないほどの魔力の流れでした。
中に入ればその感覚はどんどんと増していきます、意志などないはずなのに威圧感を感じるほどに。その魔力は部屋の中心にある半透明に輝く魔術陣からあふれているようですね。
「サリア、本当に覚悟はいいか?今なら出直すことも可能だが」
族長は私の緊張しまくっている顔をみて、声をかけてくれます。
「いえ、大丈夫です。やって見せます」
「そうか、なら言うことは何もない。危険と思ったらすぐに中断したまえ」
頷き、魔術陣の縁へ立ちます。ここで魔術陣の起動を行なえば召喚は行われます。緊張で怖気付こうとするのを押し殺し、起動のためのキーを私は口にしました。
「召喚の儀を今ここに宣言する!」
その言葉を皮切りに魔力の流れは速くなり、同時に魔術陣は輝き、まぶしくなっていきます。
その輝きは増し続け、目を開けていることすら困難になった辺りで魔術陣からスパークが起こりました。
「父上!!これはいったい!?」
族長の息子さんのヤイコフ様(24歳)が驚きの声を上げたのが聞こえました。これが通常ではないのでしょうか?何が起こっているのか族長へ問いかけようとしたとき、魔術陣の輝きが消え、今までとは異質の魔力が迸りました。
今までとは比較にならない量の魔力を浴びて私は動けなくなってしまいました。目の前にいるはずの魔物はさっきまでの発光でうまく見ることができませんが、間違いなく私よりも格上の存在を召喚してしまったようです。
「天災級……まさかこれほどのものまで召喚対象とは」
天災級、それはギルドが制定した魔物のランクで最上位に位置し、1匹で小国1つ滅ぼせるほどの凶悪な存在でございます。
「いかん!サリア、急いで中断するんじゃ!!」
膨大な魔力に当てられていた族長だったがすぐに指示を飛ばしてきます。このまま正規の方法以外で儀式が中断されるとこの魔物がここに残ることになるのです。私が慌てて中断用の詠唱を唱え―――
『おい』
強制的にリンクした思考から声が響きました。ただそれだけで恐怖で奥歯が震え、声がうまく出せません。
『小娘、俺を召喚したのはお前か?』
「……!!………………!…………!!!」
後ろから声が聞こえます。でも何を言っているのかわかりません。そこまで思考を割く余裕がないのでしょう。
『答えろ、お前が俺を召喚したのか?』
「…………は、はい」
再度された質問に気力を振り絞って答えました。息が乱れて呼吸もままならなりません。ここで私は死んでしまうのでしょうか?
『…………?』
いくばかの間が空いた後、疑問のような感情が流れてきます。なにに疑問を浮かべているのでしょう?
『あぁ、そういうことか。……ほら、これでいいか?』
その言葉とほぼ同時に私を威圧していた魔力がグッと減りました。おかげでだいぶ楽になります。どうやら私はいつの間にか目を閉じていたようで、ゆっくりと目を開いてみます。
『続けないのか?』
淡い発光を続ける魔術陣の中心には魔狼種と思しき大柄な姿があった。
見た目は怖そうですけれど、案外交渉の余地があるようです。これなら一方的に殺されるようなことはないはずです
「え、えっと……」
『召喚の儀の最中だろう?確かこの後は決まり文句があったはずだが』
どういうことでしょう?いきなり召喚されて戸惑っているはずですから、きちんと説明をする工程があるはずなのですが、なぜこの魔狼種は召喚の儀を知っているのでしょうね?
「わ、我はマグニス族が娘、サリア・マグニス!我が召喚に応じ、我に忠誠を示せ。己の力を我に与えたまえ」
考えてもさっぱりわかりませんのでとりあえず続行することにしちゃいました。
『それそれ!でもただじゃ忠誠は誓えない。お前は何が得意だ?』
何ということでしょう!魔力が抑えられたとたんに威厳みたいなものがさっぱり消えています。言葉尻もなんだか軽いです。天災級魔狼種はこんなにノリが軽くていいのでしょうかね?
「一番得意なのは弓です」
まぁそのおかげというか、さっきと打って変わって会話が楽です。
『じゃあ俺に向かって撃ってみろ』
「いいんですか?」
『あぁ、きっと矢の1本くらいじゃ死なないだろ』
やっぱりノリが軽いです。じゃあ遠慮なくいきましょう。これでも私は部族で一番弓が早くて正確なんです!まずは1本、狙うは頬の横スレスレにきまりです。
スタンッ!ビクッ!!
かすった瞬間に彼の尻尾が逆立ち、焦りの感情が微かに流れてきました。
『べ、別にビビッてないぞ?こめかみスレスレに飛んできたからってビビッてねぇぞ?』
私がニタッと笑っていると、彼は慌てたように弁解してきます。
というか天災級魔狼種なのに矢の1本にビビる程臆病者なのでしょうか?
「とりあえず、どうですか?」
『いーんじゃね?今までの生活にも飽きてたし、丁度いいや』
「…………そうですか」
いろいろと突っ込みたいです。でもこんな天災級魔狼種を眷属化できるチャンスですし、ツッコミは後にしておきましょう、はい。
「じゃあ……、我はマグニス族が娘、サリア・マグニス!我が召喚に応じ、我に忠誠を示せ。己の力を我に与えたまえ」
『いいだろう、俺の力のすべてをサリア・マグニスのために捧げると誓う』
彼の答と同時に彼の真名が伝わり、魔力が共有化されます。共有化されますが、流れ込んでくる量が半端じゃないです。私の魔力を1としたら軽く億を超える感じでしょう。なにこれ、異常すぎます。後で問い詰めることが増えました。
「では、これからお願いします、ヴェーテンテス・グラシエ」