プロローグ・SideA
ここは王立魔術研究開発所の所長室のお隣にある研究室。そこで俺は古い書物を読み解いていた。解読するたびに新しい事実に気付かされるこの作業はとても楽しい。ハンコを押すよりも楽しい。
俺の性格的に椅子にふんぞり返って書類にハンコを押すだけなんてやってられないのだ、それなのに、それなのに奴の存在を設置型初級魔術”アラーミング”―――あらかじめ設定しておいた人物が接近すると知らせてくれる魔術だ―――が知らせている。
「失礼します、ヴェーテンテス所長。……また古文書の解読ですか?相変わらずですね、貴方は」
ノックをして研究室へ侵入してきたのは副所長のジェイナスさん(62歳)だ。―――ちなみに俺は28歳で、年上の部下は扱いづらい―――手には明らかにハンコ待ちの書類が10数束収まっている。
「ほんとに失礼だからその書類を持って帰れ。それで勝手にハンコを押せ」
「そういうわけにはいきませんよ。これは所長の仕事ですし、第一あのハンコは使用者制限魔術がかかっていて私には押せませんから」
わかっている。そんなことは指摘されなくてもよーくわかってる。その魔術かけたのは俺だもん。所長になったとき、勝手に押されて変な責任取りたくなかったから最初にかけたのだ。
「はいはい。それじゃその辺置いといてくれる?これ読み終わったら確認するから」
「まったく。ここに置いておきますがそれを読み終える前に王宮へ行ってください。国王陛下からの指令です」
なんだろうか?また近衛魔術師団の訓練かな?それとも王宮にかかっている魔術の調整だろうか、いろいろと考え付きはするがどれなのかは検討がつかない。
「例によって内容はないよう?」
「所長、寒いので勘弁してください。早く王宮へ向かってくださいね?では」
俺のくだらないギャグに眉をしかめながらジェイナスは部屋を出て行った。
「やっぱり寒いな、うん」
このギャグ、言った本人すら寒いと思っていたりする。やっぱり慣れないことはするもんじゃないね。
さて、そんなことよりさっさと準備をして王宮へ向かうとしますか。と言っても正装である研究所ローブを羽織って終わりだけどね。上級魔術”テレポート”で王宮までは一瞬だから道中のあれこれは全く不要なのだ。
「さて…………っ!?」
部屋を出ようとした俺の足もとに半透明に輝く魔術陣が展開されていた。とっさのことだがすぐにそれを召喚系魔術陣、しかも俺を別の場所へ召喚するものだと判断する。俺の魔術知識を馬鹿にするんじゃない、既存の魔術はほぼ全てコンプリートしているんだ。基礎級から禁術級まで全てな!
「てかこれマグニス族の召喚魔術陣じゃ―――
魔術陣の正体に気付くのと白光に包まれた俺の意識が闇に包まれるのはほとんど同時であった。