表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

注意して下さい

作者: 楽部

 もう、そんな季節だった。職場に新人が配属されてきた。可愛らしい男の子に目が垂れる。そんな自分の、年齢とか気がかりになるが、深くは追求しないで欲しい。


「よろしくお願いします」

「はい、よろしくね」


 その男の子は私の下に付くことになった。下げた頭が戻ると、目線はちょうど私と同じくらい。パッチリとした目、丸顔の正面像。幼く見える。尚更可愛い…。


「あの、何か付いています?」


 はて、じっくりと見てしまっていた。


「あっ、顎のところにちょっと」

「んっ」


 慌てて拭う彼に、そうではないのに、


「注意してね」


 と、付け足す。ごまかしなんだけど、彼は素直で、それに対して、


「はいっ!」


 と、加減の強い返事。気付いたのか、その後は少し照れた仕草を交えてくる。いかんわ、何だか、くすぐられる。私にはそんな嗜好があったのかしらん。




 仕事には厳しさが存在する。とりあえず、先輩と呼ばせようとした。が、あまりその単語は出てこない。


「ここの数字、間違っているわ」

「はい、すぐ訂正します」


「先方に説明が十分伝わっていないようね。もう一度、行ってきて」

「はい、分かりました」


「細かな事だけど、注意してね」

「はい、気を付けます」


 高音での返し。懐かれているような、慕われてるような、錯覚してしまう。


「これは良いアイデアね。参考にさせてもらうわ」

「ありがとうございます」


 褒める時も、ちゃんとある。言葉だけでなく、適度なスキンシップ。頭をポンポン、たまにワシャワシャ。彼も褒めて褒めて感を出してくるからです。


 それに先輩ですから、食事も誘うし、お酒も奢ります。


「ふーん。ずっと実家暮らしなんだ。お姉さんも一緒で」

「はい、二人の姉ともですね」


 年上女性に囲まれた生活、とも言えるか。


「いいお家なんだろうね。ところで、お姉さんはどんな人?」

「僕と同じで、会社勤めをしています」


 うちの会社のグループ企業にお勤めのようだ。


「できる人なんでしょうね」

「子供の頃から全く頭が上がらないですよ。ちょっと先輩に雰囲気が似ています」


 そりゃあ、二人もいると勝てない。んっ、私と似ているのか。


「やさしい、いい姉ですよ」


 可愛い笑顔。これはしまった、やられてしまった。だけど、やらせはせん。やらせはせん。ジンバのランバ。私は年上、お姉さん。


 でも、既に術中に嵌まっていたようで、私は甘くなっていた。




「注意してね」

「はいっ」


 彼も優秀だった。すぐに簡単な指示で十分なくらいに成長した。おかげでテンポ良く仕事は進む。ただ、その頃には異動の時期になっていた。


 彼は今では別の部署。その中心的存在となり、周りを指導している。


「注意して下さい」

「分かりました」


 彼と彼の部下とのやり取り。遠目から見る横顔は凛々しく、寂しく思えた。




 いい年になっても黄昏たくなる日はある。今日はそんな日だ。遅くに一人でいると、彼がやってきた。


「こんな時間まで大変ですね」


 話し掛けてきて、正面に立つ。今でも可愛い顔。


「うちの部署、業績はここ何年かのうちのトップになりそうです」

「よくやったわ。あなたの努力の結果ね」

「もっと褒めて下さい」

「あらっ、私のおかげで、と言うところではないかしら」

「先輩のおかげです」

「後付けで、それも言わされた風ではねぇ」

「ははっ。ところで今度異動が決まりまして。また、」


 さらに遠くなるのかな。


「ここ、チューして下さい」


 彼は左頬を向けて、指差した。


 からかわれているのか、と思ったのは事実。ただ、頭のどこかは命令していて、体を動かした。


 そこではない。


 素早く彼の両頬に手を張り付かせ、こちらを向かせると、唇をあてがった。


「むぅっ」


 彼は少しジタバタしたが、やがておとなしくなった。ご褒美だ、参ったか、お姉さんを舐めるな。何故だか、勝ち誇った気分になっていた。




 済んだところで離れてみると、彼はこう言った。


「そ、その順番は、まだ後なのに。先輩の部署に戻ることになったから、また注意、ご指導ぅおっ…」


 私はもう一度、彼の口を塞いだ。こういう事は間違えないように。後からじゃなくて先にしないとね。重ねて、注意と指導が必要だと思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ