注意して下さい
もう、そんな季節だった。職場に新人が配属されてきた。可愛らしい男の子に目が垂れる。そんな自分の、年齢とか気がかりになるが、深くは追求しないで欲しい。
「よろしくお願いします」
「はい、よろしくね」
その男の子は私の下に付くことになった。下げた頭が戻ると、目線はちょうど私と同じくらい。パッチリとした目、丸顔の正面像。幼く見える。尚更可愛い…。
「あの、何か付いています?」
はて、じっくりと見てしまっていた。
「あっ、顎のところにちょっと」
「んっ」
慌てて拭う彼に、そうではないのに、
「注意してね」
と、付け足す。ごまかしなんだけど、彼は素直で、それに対して、
「はいっ!」
と、加減の強い返事。気付いたのか、その後は少し照れた仕草を交えてくる。いかんわ、何だか、くすぐられる。私にはそんな嗜好があったのかしらん。
仕事には厳しさが存在する。とりあえず、先輩と呼ばせようとした。が、あまりその単語は出てこない。
「ここの数字、間違っているわ」
「はい、すぐ訂正します」
「先方に説明が十分伝わっていないようね。もう一度、行ってきて」
「はい、分かりました」
「細かな事だけど、注意してね」
「はい、気を付けます」
高音での返し。懐かれているような、慕われてるような、錯覚してしまう。
「これは良いアイデアね。参考にさせてもらうわ」
「ありがとうございます」
褒める時も、ちゃんとある。言葉だけでなく、適度なスキンシップ。頭をポンポン、たまにワシャワシャ。彼も褒めて褒めて感を出してくるからです。
それに先輩ですから、食事も誘うし、お酒も奢ります。
「ふーん。ずっと実家暮らしなんだ。お姉さんも一緒で」
「はい、二人の姉ともですね」
年上女性に囲まれた生活、とも言えるか。
「いいお家なんだろうね。ところで、お姉さんはどんな人?」
「僕と同じで、会社勤めをしています」
うちの会社のグループ企業にお勤めのようだ。
「できる人なんでしょうね」
「子供の頃から全く頭が上がらないですよ。ちょっと先輩に雰囲気が似ています」
そりゃあ、二人もいると勝てない。んっ、私と似ているのか。
「やさしい、いい姉ですよ」
可愛い笑顔。これはしまった、やられてしまった。だけど、やらせはせん。やらせはせん。ジンバのランバ。私は年上、お姉さん。
でも、既に術中に嵌まっていたようで、私は甘くなっていた。
「注意してね」
「はいっ」
彼も優秀だった。すぐに簡単な指示で十分なくらいに成長した。おかげでテンポ良く仕事は進む。ただ、その頃には異動の時期になっていた。
彼は今では別の部署。その中心的存在となり、周りを指導している。
「注意して下さい」
「分かりました」
彼と彼の部下とのやり取り。遠目から見る横顔は凛々しく、寂しく思えた。
いい年になっても黄昏たくなる日はある。今日はそんな日だ。遅くに一人でいると、彼がやってきた。
「こんな時間まで大変ですね」
話し掛けてきて、正面に立つ。今でも可愛い顔。
「うちの部署、業績はここ何年かのうちのトップになりそうです」
「よくやったわ。あなたの努力の結果ね」
「もっと褒めて下さい」
「あらっ、私のおかげで、と言うところではないかしら」
「先輩のおかげです」
「後付けで、それも言わされた風ではねぇ」
「ははっ。ところで今度異動が決まりまして。また、」
さらに遠くなるのかな。
「ここ、チューして下さい」
彼は左頬を向けて、指差した。
からかわれているのか、と思ったのは事実。ただ、頭のどこかは命令していて、体を動かした。
そこではない。
素早く彼の両頬に手を張り付かせ、こちらを向かせると、唇をあてがった。
「むぅっ」
彼は少しジタバタしたが、やがておとなしくなった。ご褒美だ、参ったか、お姉さんを舐めるな。何故だか、勝ち誇った気分になっていた。
済んだところで離れてみると、彼はこう言った。
「そ、その順番は、まだ後なのに。先輩の部署に戻ることになったから、また注意、ご指導ぅおっ…」
私はもう一度、彼の口を塞いだ。こういう事は間違えないように。後からじゃなくて先にしないとね。重ねて、注意と指導が必要だと思った。




