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ピノキオ

「しっかりしろ、どこか怪我したか?」


 座り込み膝の間で頭を抱える綾太に、王がしゃがんで声を掛けた。


「もう……嫌だ」


「行くぞ」


 腕を取り無理やり綾太を立たせると、王は車に向かった。助手席には綾太が乗り、後部座席では真理子が動かないレイナを抱いていた。王の事務所までの三時間、誰も口を利かなかった。


 事務所は逃げて来た街の近くにあり、(振り出しだな)と心で呟いた綾太はソファーで膝を抱える。


「何も話さないの、取り敢えず寝かせたわ」


 奥のリビングから戻った真理子が目を伏せた。トイチも丸まったまま、何も喋らないで尻尾でパソコンをいじっていた。


「どうしたんだろ? レイナ」

 

 肩でアーニャが呟く、真理子は目を伏せたまま無言で首を振る。


「綾太、018だったかな、とんでもない奴が迫ってるんだ」


 向かいに座った王が膝の上で手を組む、言いたい事は分かったが綾太は思考が固まったままだった。


「中継地点から先が掴めない、ここも見つかるのは時間の問題だよ」


 耳が小さく動き、トイチが報告する。


「俺、やっぱ行くよ」


 下を向いたまま綾太が呟く。


「お前、まだ言うのか」


 王も下を向く。


「これ以上耐えられそうにない、それに俺のせいでレイナがまた……」


 綾太の目から涙が零れた。


「あの娘、聞いてた様な殺人マシンじゃないよ。王、伝説ではディーバは片方の瞳に涙を流して人を……」


 綾太の横に座り真理子が呟く様に言う。


「ああ、確かそうだな」


 記憶を思い起こし王は目を閉じた。


「でも、今日は泣いてなかった、初めて見た時でもレイナちゃん、泣いてなかった」


「そう言えばそうだ、おいらも泣きながらって聞いている」


 真理子にトイチも賛同する。


「どうしてなのかな?」


 肩の上でアーニァが首を捻る。その答えは誰にも分からなかった、言葉は途切れ重い沈黙だけが部屋に充満する。


「でも不思議なんだよな……レイナ、綾太の前じゃ全然違うんだ。オイラ達の前じゃ、本来の怖いレイナなのに」


「そうだね、アタシも助けてもらった時に驚いたよ」


 重い沈黙を破るトイチの言葉にアーニャも頷く。


「多分、綾太の事が好きだからだと思う。トイチちゃんが前にも有り得ないって言ったけどね、私には分かるの。綾太を見る時のレイナちゃん、とても優しくて穏やかな顔してるもん」


 アーニャをそっと両手に乗せ、真理子は綾太の横顔に言った。


「でも真理子、オイラには本当に信じられない。レイナは製造の段階で感情は最大限に削除されてるんだ」


 気を使う様に真理子を見上げながら、トイチは悲しそうに言った。


「なんて酷い……」

 

 真理子は言葉を詰まらせる”製造”という言葉が、特に胸に刺さった。優しい真理子が悲しそうにするのを見て、トイチも心が痛んだ。しかし真理子はすぐに振り払う様に前を見た。


「でも私は信じたい、レイナちゃんに感情がある事を。彼女、自分でも分からないんじゃないかしら、戸惑っているんじゃないかしら」


「真理ネェだって見たろ、彼女はディーバなんだ……別の世界の人間なんだ」


 それまで黙って聞いていた綾太が、頭を抱え呪文の様に言った。


「綾太……レイナちゃんを救えるのはあなただけなのよ」


「俺に何が出来る! 俺はただの男だ! 何の力も無い普通の男なんだ」


 真理子の優しい声が余計に綾太を追い詰め、すっと立ち上がると誰とも目線を合わせずに黙って事務所を出て行った。


「待ってよ綾太!」


 トイチの叫ぶ声も綾太の背中には届かず、王が俯いたまま言った。


「あいつは今、混乱してる。逃げ出したくなるのは当然さ」


「オイラ達、親友だって綾太は言ったんだ」


 目を潤ませたトイチが肩を落とす。時間の経過は個人の都合なんて関係無い、どんな状況でも正確に時を刻んで行く。各自は結論を出そうと思考を巡らせるが、時間の流れに押し戻される様に考えがまとまらない。


「そうだな、俺も友達であり家族だ……さてと、行くか。真理子、後を頼む」


 かなりの時間が経過し、立ち上がった王が真理子に優しく微笑んだ。


「うん、分かった」


 真理子も微笑み返す。


「アタシが後を追うよ」

 

 真理子の肩にピョンと移り、頬に寄り添うとアーニャが羽ばたく。


「どうしたんだよ、アーニャ」


 不思議そうに首を傾げるトイチ。


「アタシだって……家族になりたいもん」


 アーニャは窓の側に舞い降りて背中で言った。窓を開け、真理子は優しく微笑む。


「アーニャは家族よ、だから綾太をお願いね。それに、今度は気を付けるのよ」


「分かった」


 振り向いたアーニャは満面の笑顔で飛び立った。


「家族って……何なの?」


 トイチが俯く、真理子が優しく微笑む。


「そうね、世界中が全部敵でも、家族だけは最後まで味方なのよ。互いに思い合い、労わり合う、血の繋がりを越えた絆。そして傷付き、疲れ果ててもね、帰る場所でもあるの」


「絆……帰る、場所」


 呟いたトイチの胸に温かいモノが流れる。


「行くぞトイチ」


 王はドアに向かう、トイチは急いで後追いドアの前で振り返る。


「行ってらっしゃい、気を付けるのよ」


 今まで出動する時にそんな声を掛けられた事なんかなかった、アーニャを少し羨ましく思っていたトイチは嬉しさが胸の底から湧き出し、笑顔で言った。


「パソコン見てて、連絡を入れるから!」


 見送る真理子の笑顔は、トイチに見えない力を与えた。


_________________



 真理子はそっと立つと、大きく深呼吸してレイナの所へ戻った。レイナは目を開けたままソファーに横たわる、色の薄い方のブルーの瞳からは涙が流れていた。ゆっくりと横に座りそっと拭ったが、涙は止めどなく流れ続けた。


 髪を撫ぜ、頬に優しく触れる。レイナの髪は絹の手触りで指を通り、頬は柔らかく赤ちゃんの肌の様にスベスベだった。


「レイナちゃん……綾太の事好きなのね」


 その言葉に、一瞬レイナの瞳が反応する。


「好きって時には辛いものなの。どんなに好きでも、相手も好きになってくれるとは限らないの。でもね、私……その想いが真実なら、きっと届くって思う」


 その言葉に、レイナの瞳からは大粒の涙が出た。間接照明の黄色い光の中でも、その涙はブルーに輝いた。


「どうして綾太なの? あいつそんなにカッコ良くないでしょ」


 優しく微笑む真理子。


「……」


 小さな唇が微かに動くが、聞き取れない。


「……好きになるのに理由なんて無いよね。綾太ね、赤ちゃんの時に施設に来たの。親の居ない、家族の居ない子供達の施設よ。綾太はいつも明るくて、誰にでも優しかった。王なんて子供の頃から乱暴で皆怖がってたけど、綾太だけは王を怖がらなかった」


 思い出すように話す真理子の言葉に、レイナの涙が流れるのを止めた。


「レイナちゃん。なんでもね、諦めた時に初めて終わるの。諦めない限り可能性は残ると思うの。綾太言ってたよ、自分の為にレイナちゃんが人の命を奪うのに耐えられないって。綾太と一緒に居たいんでしょ、それなら命を奪う事無く悪者をやっつければいいのよ。そしたら綾太も喜ぶと思うよ、レイナちゃんならきっと出来るわ」


 真理子はレイナの額にそっとキスした、真理子の言葉と温かい仕草はレイナに初めての安らぎを注ぐ。動かなかった体にエネルギーが行き渡る感覚、全身の血管に止まっていた血が流れ出す感覚、レイナは見詰めた天井の片隅に確かに綾太の笑顔を見付けられた。


「今はもう少し寝てなさい、心配しないで綾太は大丈夫だから」


 もう一度キスし、真理子はそっと部屋を出て行った。


________________



「レイナの目だよ。あんな目をするなんて今も信じられない」


 車に乗るとトイチがレイナのブルーの瞳を思い浮かべ、前と同じ事を言った。


「そうらしいな」


 エンジンは掛けず、王が助手席のトイチを見る。


「レイナの目は獲物を狙う獣の目のはずなんだ、意思も魂も無い人形の目のはずなんだ。でもどうして、綾太を見るレイナの目はあんなに綺麗で優しいんだろう?」


 記憶を無理やりに呼び起こすように、トイチは自分自身に言う。王も睨まれた時の身も凍る様な瞳を思い出す。


「そうだな、綾太を見る時は確かに違う……なぁ、戦闘を見た限りは、レイナはディーバには間違い無い。でも何なんだ? 綾太に対する態度。やっぱ真理子の言う通りなのかな」


「分からないよ、あり得ない事だけど確かに何らかの感情があるみたいだ。態度といい、涙といい」


 トイチは涙を流さないで戦闘したシーンを思い浮かべる、そもそも今の状況がレイナのとった行動から始まっている事をもう一度考える。


「本当は嫌だったんじゃないか、殺戮が。だから……」


 王はその涙の訳に、レイナの本当の気持ちがあるんじゃないかと思った。


「そうかな、王は組織を知らないからね……あいつ等が作ろうとしたのは人じゃなくて、兵器なんだよ。分類学で言えば人だけど、レイナは人じゃないんだ。瞬発力、持久力、筋力、ジャンプ力、そして治癒力、全てが人の範疇を飛躍的に凌駕してる。そして意思と言う概念は存在しない、敵を削除する行為を否定も肯定もしない、自らの存在さえ感じない、あるのは命令に対する遂行だけ……それは機械と同義なんだ」


 トイチの否定の言葉は、重くて低かった。


「確かに琥珀のディーバは全てを超越した存在だ……人の形をした人形にある日魂が宿り、やがて愛に目覚め本物の人間になる」


「なんだよそれ?」


 王の呟きにトイチは首を傾げた。


「昔、綾太の好きだったお伽話さ」


 王は信じてみたいと思った、レイナのぎこちない微笑みの訳を。


「でも一番驚いたのはやっぱり笑顔だよ、あんな笑顔、あれは天使なのか女神なのか……それとも……」


 思い出すレイナの笑顔、落ち着いているはずの今でさえトイチは背筋に悪寒が走る。


「俺だって感じたさ、確かにあの笑顔は女神だな……でも、それは綾太にだけだ。それ以外には多分……俺様だって、正直怖いと思ったさ」


 王の背中にも悪寒が降りる。


「オイラなんてチビッたよ」


「汚ねぇな」


 やっと二人は笑顔になった。


「でもさ、真理子に対しても何か違わない?」


「母親を感じているのかもしれないな、多分だけど」


 トイチはレイナの真理子に対する仕草に似も違和感を感じていた、王は何故か薄笑みを浮かべた。


「何で笑ってるの?」


 不思議そうな顔で、トイチが見上げる。


「実はな、俺も思う時があるんだ。あいつと居るとな、何かこう、掌で遊ばされるって言うか……そうだな、包み込まれるって言うのが正解かな。何っつうか温かい、大きな愛で」


 最後の言葉に、王は自分で言って赤面した。


「赤くならないでよ、こっちまで恥ずかしい」


 王の様子にトイチまで赤くなる、確かに真理子には温かい母性を感じる。それは接する全ての人にだと、トイチ自身も感じていた事だった。二人? は顔を見合せて笑った後、トイチがコホンと咳をして言う。


「とにかく後を追うしかないね」


「そうだな」


 王はゆっくりと車をスタートさせる、トイチはまた丸くなって前足に顔を埋めた。駐車場の周囲は白み始め、ビルと空の間の濃いピンク色のカーテンを開いた。


_______________



「全く、素晴らしいデータが収集出来そうだな」


 報告書に目を通したスーツの男は、吐き捨てる様に言った。


「ココロの定義は思考であり、感情であり、そして記憶。それらが無い場合でも発生する事が実証されたと言うことですかな」


 白衣の男は後ろ手の体制で、背筋を伸ばす。


「無からでも生まれると理解していいのかね?」


「完全な無では無いのかも」


「君達の失敗を肯定するんだな?」


「確かに失敗なのかも知れません……人と言う入れ物だけを作る事に関しましては」


「017は特別だよ、確率はどのくらいだったかな?」


 スーツの男はニヤリと笑う。


「数億分の一以下です……同程度の性能を発揮出来る個体の出来る確率は。それに今現在も017に匹敵する個体は我々の支部には存在しません」


 自信なさそうな声で白衣の男は呟く様に言う、スーツの男の脳裏には他の支部に存在するレイナ以上の個体が一瞬過った。


「僥倖に頼る様ではな」


「確かに……」


 スーツの男の言葉に、白衣の男は俯く。


「我々の支部には早すぎたのかも知れんな、兵器としての人を作り出すのは」


 椅子に深く掛け直し、スーツの男は窓の外に視線を移した。


「制御はやはり、機械的に行った方が良いという結論に……」


 過去より少しだけ先の未来でいいと、白衣の男は考える。


「君はどう思う? 017はフレイヤになり得るのか」


 脳裏には綾太に対する報告書が浮かび上がる、スーツの男は自分の掌から零れる滴を床に落としたく無いと、そっと掌を見た。ほんの少し前の過去を振り向きながら。


「フレイアですか……北欧神話の戦いの神であり大母神、全世界の支部に六体だけ存在する究極の生体兵器……データの分析が必要です、まだ我々は017の事を何も知らないのかもしれません」


 自分の掌を見つめ、白衣の男は御経の様に呟く。


「それでは今後の状況はどうする?」


 頷くスーツの男は白衣の男を見据えた。


「それではレッドマークの増援を提案します。ホバータンクも実戦配備の実験には打ってつけです、017の捕獲には総力を挙げる必要があります」


 背筋を伸ばした白衣の男は、進言する。


「あれの戦闘力は我々にも驚異だからな……許可しよう」


 脳裏を過る017の戦闘データが、スーツの男に嫌な予感をもたらせた。


_________________



 午前中の眩しい光に綾太は目を細める。明るくなった周囲が、ほんの数時間前の経験を過去にぼやかせる。次第に増える人々は、更に記憶のモヤに拍車を掛けた。


 歩きながら考えるのは、何故かレイナの事。そのぎこちない笑顔と小さな可愛い声、埠頭での美しい歌声が脳裏に浮かんで消えないでいた。


 突然携帯が鳴る。迷う事無くレイナだと思った、一瞬画面を見て電話に出る。


(どうするつもりなの?)


「真理ネェ、か」


(レイナちゃんだと思った?)


「まさか」


(あの子は人形じゃないの、あの子のココロは決して冷たくはないわ。透明過ぎる壊れそうなココロなのよ)


 透明で壊れそうって言う言葉が、綾太の胸を付き抜ける。


「俺……」


(綾太、男でしょ。あんな可愛い子、滅多に居ないよ……あの子はあなた次第で……)


「ああ」


 綾太は真理子の言葉を途中で遮る。


(それじゃ、レイナちゃん向かえに行かせるから。港のタワーの前で待って――)


 返事をしないで綾太は一方的に電話は切った、そして暫く考えてからゆっくりと歩き出した。


________________



(対象視認。周囲クリア、東南方向に移動中……)


 上空を飛行する001は組織と018に連絡を入れた。


(状況は監視に移行)


 018は高層ビルの最上階で組織の司令を受ける。


(了解、監視体制に入る)


 その横で019も肘から出た望遠装置で綾太を確認した。


「上空には001か、目立ち過ぎね。まぁ、そんなのお構い無しか……」


 街路樹の中でアーニャは呟いた。


「でも綾太の奴、行くのかな?」


 携帯を傍受してたアーニャは首を捻った。


________________



「レイナちゃん、起きてる?」


 太陽は完全に顔を出し、真理子がカーテンを開けると部屋は天然色に包まれる。レイナはまだ目を開けたまま横たわる、ただ涙の後を残して。横に座った真理子は、真上からレイナを見た。


「綾太、タワーで待ってるって」


 その言葉にも、レイナの瞳が微かに反応しただけで動きは無い。


「行かなくていいの? 綾太、待ってるんだよ」


 それでも反応が無いレイナを、真理子は無理やり起こす。まるで力の入らないレイナは、真理子に倒れ掛る。その細い体と、小さく脈打つ心臓の鼓動が切ない気持を増大させた。


「どうして、どうしてなの?」


 レイナのココロの傷は、真理子の想像を超えていた。普通の女の子なら裸足で駆け出すはずと、鷹を括っていた自分が恥ずかしかった。透明で壊れそうだって自分で言っておきながら、一番理解してないのは自分だと真理子の瞳から涙が溢れた。


「ごめんね、ごめんね」


 真理子はレイナを抱き締めて大粒の涙を零す。動かないレイナの時間が止まってしまった様に感じられた真理子は、腕の包帯を取り替える事でその思いを払拭しようとした。


 しかしその行為は、真理子自身を不思議の国へと誘う。傷は数時間で完全に治り、傷痕さえ消え止血した時の記憶を曖昧にした。心の中で真理子は何度も呟いた――何でもないと。


___________________ 



「どうした?」


 トイチは窓からの風にヒゲをなびかせていたが、王の問いに振り向くと少し悲しい目をした。


「真理子と交信したよ。レイナ、本当に壊れちまったみたいだよ」


「壊れたって、どこが?」


「分からない、おいら達には修復の術は無いんだ」


「レイナ無しじゃヤバイな」


「王も思ってるの、レイナをただの道具って?」


「お前の事もただの猫だって思う自分と、仲間だと思う自分。正直、両方の俺がいる。だがな、真理子は純粋にお前達を仲間だと家族だと思っている。バカな女さ、俺はイザという時は真理子の所へ戻る……その時は綾太の事を頼むぜ」


 真剣な王の言葉は、確かにトイチの胸に届いた。


「うん、初めからそのつもりだよ」


 また窓からの風にヒゲをなびかせ、トイチは眩しい太陽に目を細めた。


「で、どうすんだ?」


「アーニャからも連絡があったよ、綾太には001《ダブルオーワン》が監視に付いている」


「だぶるおーわん?」


「鷹型の索敵ナンバーズさ」


「鷹って目立つんじゃないか、街ん中じゃ」


「誰も気にしないさ、今の街じゃ」


「そうだな」


「オイラ達も迂闊に近付けない、001の索敵能力はアーニャの比じゃないからね」


「で、綾太はどこに?」


「タワーだって、行く確率は少ないけど」


「そこなら車を置いて地下鉄で行くか? 地下ならその鷹も――」


「そうだね……その前に寄り道していい」


 王の言葉を途中で遮り、急にトイチがパソコンから顔を上げる。


「どこに?」


「アーニャの監禁場所、すぐ傍だからね。欲しいものがあるかもしれないんだ」


「いいけど」


「そこの先を右に」

 

 王は言われる通りにハンドルを切る、トイチの指示通りに二三度曲がると見覚えのある場所に出た。


「下手なカーナビより凄いな」


 車を止めると王は苦笑いする。


「付いて来て」


 窓からピョンと出るトイチは、ジャンプの途中で言う。


「へいへい」


 頭を掻きながら王は付いて行く、ビルの入口を入った途端に鼻孔に飛び込む悪臭。血と埃が混ざり、それを硝煙で燻製にしたかの様な臭いに王は顔を歪めた。


「上だよ」


 階段をピョンピョン駆け上がるトイチ、薄暗いビルの中にはまだ放置された死体が転がる。眉間を一発で仕留められている者、物陰に隠れていた者は遮蔽物と共に体の半分を吹き飛ばされている。


「地獄絵図だな……」


「急いで、組織の連中が後始末に来るよ」


 さすがの王も、その言葉に早足になり頭の中では皆殺しの文字が踊る。最上階、アーニャが捉えられていた部屋の隅に、銀色の大きなスーツケースを見付けたトイチがニコリと笑った。ケースの側面には、017の番号があった。


「それかよ?」


「そう、持って」


「全く、人使いの荒い」


 簡単に言うトイチに、苦笑いの王がケースを持った。しかしあまりの重さに、腰が砕ける。


「何なんだ?」


「レイナの衣装だよ、予備の武器弾薬も入ってる……ちょっと待って」


 途中でトイチの顔色が変わる。


「どうした?」


「レイナが居なくなったって、真理子から連絡が」


「動けないはずだろ」


 王の声が大きくなる。


「そのはず、なんだけどね」

 

 反対にトイチの声は小さくなった。


 トイチには事務所で待てと言われたが、真理子はハンドバッグを掴むと表に飛び出した。綾太に連絡しても、携帯の電源は切られていた。


 フラフラのレイナ、まるでココロを失った様な抜け殻の様な姿に涙が溢れた。涙を拭い真理子はタクシーを拾う、レイナをただ信じて――。


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