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レイナとディーバ

 王は運転席で猛烈に緊張していた、助手席にはあの琥珀のディーバが居るのだ。一緒に行動している事が信じられなくて、レイナが関わったであろう数々の伝説が頭の中で盆踊りしていた。


 実際のレイナは、綾太の前で頬を染め可愛い小さな声で話す。どっちが本当のレイナなのかと考えると、頭は更に混乱する。話したくても話題なんて考え付かず、無言の車内に息が詰まりそうだった。


(あと、二十分。街外れの廃墟ビルだよ)


 トイチの通信に車のデジタル時計に目をやる。まだホテルを出て十分しか経ってない事に冷や汗が吹き出し、後二十分もこの状態かと溜息が出た。横目で見たレイナは穏やかな薄笑みを浮かべ、綾太の時計を撫ぜていた。


「分かった、新しい情報は」


(最上階だよ。レッドナンバーズが十人程護衛に付いてる、018達の形跡は今の所は無い)


「了解」


 王は車のスピードを上げた、少しでもこの状態を短くする為に。ルームミラーでチラリと見るとレイナは長い睫毛が対向車のライトに煌めき、王でも胸にチクリと来るものがあった。


 その美しさと、真逆の戦闘行動の記憶がまた王の脳裏でフラッシュバックを繰り返す。ほんの何十センチかの距離、手を伸ばせば届く距離なのにレイナとの距離を感じさせるのは、細い肩から下がる銀の銃。


 そして香水とは違う、男を虜にする香りが五感以外の感覚を引き寄せていた。


 矛盾する押しと引きが、王を圧迫し続けた。長かった二十分が過ぎ、廃墟ビルの手前で王は車を止めた。レイナが直ぐに車を降りる、王が降りようとするとレイナは低い声で言う。


「待ってて」


「何だと?」


「待ってて」


 二度目のレイナの瞳は琥珀のディーバだった、その迫力に王は捨て台詞をなんとか言いシートに倒れ込んだ。


「どうせ俺は運転手だよ」


 右手がショルダーホルスターからティソナを抜くと、左手はデュランダルを構える。身を低くするとレイナはダッシュで入口に走る。その動きには無駄なんてなく、連想するのは獣であり、王の背中に冷たい霧が覆いかぶさった。


 入口に入った瞬間、両手を広げると両方の敵を簡単に始末する。レイナは無駄弾を撃つ事はなく、的確に相手を殲滅する。防御態勢を取り待ち構える相手が俄然有利なはずだが、レイナの戦闘力の前には赤子同然だった。


 防弾の装備もティソナとデュランダルが簡単に突破する、圧倒的な火力の前では反攻など存在しない……ただ殲滅を受け止めるだけだった。


 外で銃声を聞く王には、自動小銃の悲鳴とオートの拳銃の雄叫びが実況中継みたいに分かり易く届いた。


「なんて奴だ……」


 味方でいる事がどれだけ幸運か、王は身を持って知った。


_______________



 最上階のドアを蹴破ると同時に中にダイブする。机の上の籠には驚きの表情のアーニャがいた。その瞳には部屋の中の三人の護衛が、スローモーションみたいに血飛沫を上げるのが映画の様に映り、その数秒後にはレイナが籠の入口を開けた。


「助けに、来てくれたの?」


 震える声のアーニャ。


「うん……」


「どうして?」


「綾太が行って欲しいって言ったから」


 その表情は穏やかで、声はとても優しかった。


______________



「大丈夫かな?」


 呟いた綾太は、パソコンを操作するトイチの後に近付く。


「レイナがいるんだ、大丈夫だよ」


 振り向いたトイチが耳をピンと立てた。その瞬間、部屋のドアが音も無く開いた。


「これは奥さん、王はどこにおられますかな?」


 部屋に黒いスーツの男達が傾れ込み、背の高い銀縁眼鏡の男が口元だけで笑う。


「あら鳴海さん。生憎、王は留守なんですよ」


 真理子は座ったまま、明るく答えた。


「大変でしたね、聞きましたよ白や趙まで入院して。あの女医さんに見張りを付けていて正解でした、こんなに早くお見舞いに伺えるなんて」


「この人達……」


 見るからにその筋の男達は、勝ち誇った様な笑みを浮かべていた。


「高夜会の皆さんよ、王とは仲良くしていただいてるの」


 真理子は少しも臆してなかった。


「上海マフィアは嫌いじゃなかったんですよ。大人しくしていれば、もっと好きになれたんですがねぇ」


 鳴海は怪しく笑い、横の男に目で合図した。男が真理子の腕を掴む、綾太が叫ぼうとした瞬間トイチが男の腕に噛みついた。


「なんだこの猫!」


 男はトイチを引き剥がすと、壁に叩き付ける。


「トイチ!!」


 駆け寄ろうとした綾太にも強烈なパンチ、意識はすぐに体を離れた。そしてパンチを放った男は、懐から拳銃を出す。


「その子は王の家族なのよ」


 落ち着いた声の真理子、鳴海はニヤリと笑うと男に命令した。


「待て、連れて行け」


 男は小さく頷くと銃を懐に仕舞った。真理子は気を失ったトイチを抱くと男達に連行され、綾太も両側から支えられ車に乗せられた。


________________



「おかしい? トイチが出ない。真理子の携帯も通じない」


 ホテルに帰る車の中、王が異常に気付く。


「トイチの反応が移動してる」


 レイナの膝の上で、アーニァがパタパタと羽根を動かす。


「情報、収集して」


 レイナの声が低くアーニャに向けられる、黙って頷くアーニャの羽が震える。横顔のブルーの瞳は、危機を察知してメラメラと炎を燃やす。


「綾太達に何かあったな」


 王は口走った事を後悔した、レイナの目が更に煌めく。王でさえ言葉を無くす、その鬼気迫る迫力は握るハンドルを汗で滑らせた。


「組織じゃない、他の何者かよ」


「高夜会だ、鳴海の野郎」


 アーニャの報告に、直ぐに王は気付いた。


「アーニャ、場所の特定」


 押し殺した様なレイナの声。


「分かった、三つ目の交差点を右折して」


 アーニャはダッシュボードに乗り、指示を始めた。


「皆殺しだ……」


 呟くレイナの声が車内に響く、王にもアーニャにも怖い程に伝わる。その張り裂けそうな怒りは低いが愛らしい声なのに、体を内側から凍らせる様に王とアーニャにそっと触れた。


________________ 



 顔面が凄く痛む、目を覚ますと綾太は古い倉庫にいる事が分かった。


「起きた?」


 すぐ横には真理子がいた。


「トイチ?は……」


「大丈夫、骨にも異常はないみたい」


 トイチの背中をさすりながら、こんな時でも真理子は笑顔だった。一安心の後、周囲を見渡すと二十人程の人相の悪い男達が取り囲んでいた。


「気が付いたか、王に連絡取れないんだよ。どうしたらいいかねぇ?」


 鳴海は不吉な笑い顔で、綾太を見据えた。


「そんな、分からない」


 震える声の綾太に鳴海が近付く。


「分からないじゃ済まないよ、お姉さんが心配じゃないのか?」


 同時に鈍く光るナイフ、真理子の背後に男が回った。


「待て、待ってくれ」


 立ち上がろうとする綾太に鳴海がケリを見舞う。


「待てだと、状況が分かってないな」


 倒れ込む綾太に銃を突き付ける鳴海の目は、怒りに震えていた。銃の撃鉄を起こすと、綾太のこめかみにゴリゴリと押し当てる。


「あんたら、大変な事したね」


 ふいのボーイソプラノに、鳴海は銃を押し当てたまま鋭い眼光で周囲を見渡す。


「誰だ?」


「オイラだよ」


 真理子の腕の中、苦痛に顔を歪めたままのトイチがいた。


「トイチ!」


 綾太が叫ぶ。


「何だあの猫は?」


 また銃を綾太に向けた鳴海、その目は衝撃に血走っていた。


「綾太に銃を向けたね、あんたが一番最後に殺されるよ」


 トイチが低い声で呟く。


「お前が言ってるのかっ?!」


 怒りの眼光は、罵声となって真理子にぶつけられる。


「違うよ」


 真理子の腕から降り、トイチは離れた場所に座った。もし鳴海が銃を撃っても、真理子に当たらない様に。


「どうして俺が殺されるんだ?……誰が殺すって言うんだ?」


 声を震わせる鳴海、手にした銃が怒りに震える。


「あんたらの世界でも有名だろ? 琥珀のディーバ。もう近くまで来てるよ」


 ちょこんと座ったトイチが、睨む鳴海の目を見返す。


「ディーバが来るだと?」


 急に笑い出す鳴海、喋る猫を垣間見て胸の奥には隠せない恐怖が湧き出すのを反射的に抑える為に。伝説のディーバが頭の中で現実として近付いて来る、その先には一つしかない……それは、死。


 信じられない現実と伝説の数々が、鳴海の精神を侵食し始めていた。


「兄貴っ! 車が来ます! 王の奴です」


 部下の連絡に鳴海は胸を撫で下ろす。氷かけてた心臓が動き出し、止まっていた血流が流れを再開した。


「迎えろ! 丁重にな」


 リズムを取り戻した鳴海は命令を叫んだ。


「若い女も一緒です」


 連絡に来た部下が補足する。冷静さは一瞬だけで、再び心臓が捕まれる。


「どんな女だっ?!」


 怒鳴る鳴海の声が倉庫に響く、部下がびくっとする。


「すぐに分かるよ」


「黙ってろ!」 


 トイチの声に鳴海の怒りが頂点に達し、構えた銃を撃つ。しかし、一瞬で身を翻したトイチは素早く物陰に姿をくらます。


「撃て!」


 鳴海の号令でトイチ目掛け銃が乱射された。銃声が止むと、硝煙と埃が視界を遮った。


「女だっ!」


 入口付近から声、同時に銃声。全員が一斉に振り向く、そこには琥珀色の髪をなびかせレイナが立っていた。


「あれがディーバだって言うのかっ?!」


 振り向いた鳴海が叫ぶ、目を伏せる事で綾太は無言で答えた。


「残念だけど、そうだよ」


 物陰から顔を出し、トイチが同情した様な声で言う。誰も皆、構えてはいるがトリガーが引けない、まるで見えない糸が人差し指が絡んだ様に。


 レイナは横眼で綾太を見付けると、その方向にゆっくりと歩く。悲しそうでもあり、愛おしそうでもある不思議な顔を、真っ直ぐに綾太に向けたまま近付いて来る。両腕をぶらりと下げ、その両手には銀の銃が握られていた。


 嫌な予感が綾太を包む、ヤクザだとは言え普通の人間に対してもレイナは銃を撃つのか。


「野郎っ!」


 横手から男が引き金を引く、それが合図となり周囲は発砲を始めた。レイナの腕が水平になる、銃声はその両腕のしなやかな動きとリンクする。


 同時に男達は血に染まる。眉間に小さな穴を開け倒れる男、逃げだす男の背中も爆裂弾が二つに千切った。悪夢の様な光景と咽る血の匂いに、綾太は身体の震えが止まらなかった。


「レイナちゃん……」


 さすがの真理子も言葉を失い、震える手を押さえられない。


「見ない方がいいよ」


 近付いたトイチが、真理子の膝に乗って視線を自分に落とさせた。続く銃声。見据えたままゆっくり近付くレイナ、自分でも知らないうちに綾太は後ずさる。


「嫌だ……もう、やめてくれ」


 言葉にならず、パクパクと口だけ動く。それでも鳴り止まない銃声に、綾太は耳を塞ぎながら膝から崩れ落ちた。


「もうやめろっ!!」


 今度は跪いたまま叫び声を上げた。


「綾太……」


 レイナの瞳孔が開く、口の動きが止まる。構えていた両腕がストンと落ちる、その勢いで銃は地面に落ちた。残った男達は悲鳴を上げて逃げて行った。それでもゆっくりと、レイナは足を引きずる様に綾太に近付いた。


「来るなっ!」


 綾太の叫び声にピクンとレイナは止まり、ブルーの瞳は光を失った。


「何なんだ……」


 一人残った鳴海がレイナに照準を付け、震えながらも引き金を引く。間一髪逸れた銃弾はレイナの左肩を掠め血飛沫が飛ぶ、それでもレイナは瞬き一つせずに遠い空間を見ていた。


「この化け物!」


 叫んだ鳴海が走り寄り銃を向けた瞬間、連続の銃声と共に頭から地面に転がった。動かなくなった鳴海は血の海に溺れ、入口では王が自動小銃を構えていた。


「真理子っ!!」


 アーニャが飛んで来て真理子の頬に抱き付く、やっと気を取り戻した真理子が両手でそっと抱いて呟いた。


「よかった、無事で」


「ごめんよ、アーニャ……」


 トイチがヒゲをダラリと下げた。


「今度したら許さないからね」


 アーニャはプイと横を向く。


「大丈夫か?」


 王に手を引かれ、真理子が立ち上がった。


「レイナちゃん……」


 真理子はそのままレイナに近付いたが、レイナは身動き一つせず立ち尽くす。


「ありがとう、レイナちゃん……」


 そっと抱き締めハンカチで腕の傷を止血すると、レイナは無言のまま真理子の肩にコトリと頭を乗せた。


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