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二度目の出逢い

 暫くの間沈黙の時間が続くが、その終わりはすぐに来る。大きな窓が閃光と大音響と共に激震する。


「奴ら、RPGを使ってます!!」


 爆発音が連続し、男の声が部屋に飛び込んで来るが、直ぐに沈黙した。拳銃や自動小銃の音が輪唱の様に容赦なく耳を交差し、照明が激しく点滅する。ゆっくりと立ち上がった王が大きな飾棚を開け、中からサブマシンガンを取り出した。


「撃てるか?」


 綾太に向って微笑むが、顔を強張らせ首を振って否定する。


「撃てる訳ないだろ」


「手伝え」


 王はまた微笑むとソファーでバリケードを作る様に指示し、綾太は大急ぎでソファーやテーブルを動かした。真理子はトイチを抱くと、そのバリケード中に入る。外では相変わらずに銃声が交差していたが、次第にその音は間隔が開いていった。


 それは明らかに味方の損耗で、額や腕、脚からも血を流した白がリビングに飛び込んで来た事で確信に変わった。震える体を押さえる事が出来ず、綾太は両拳を握りしめた。


「大丈夫だからね」


 トイチに掛ける真理子の優しい声が、極限に近い綾太を救う。


「女って奴はな……」


 そんな真理子の事を、サブマシンガンを構えた王が笑う。


「奴らは、プロです、装備も、軍隊並みです」


 やっと落ち着いた白が、息と言葉を途切れさせる。


「上等じゃないか、趙が戻るまで持ちこたえるぞ」


 自分に言い聞かせるみたいに王は言い、白の応急処置を落ち着いて真理子がした。真理子の落ち着いた態度の奥に、身内を失った深い悲しみを押し殺しているのをトイチは確かに感じた。


「このままじゃ全滅だよ」


 ふいのボーイソプラノに、綾太を除いた全員が振り向く。


「あら、喋れるの?」


 トイチを抱き上げた真理子が、驚きの声を上げる。しかし、声のトーンはあまり驚いていない様に聞こえる。


「綾太、どういう事だ?」


 自分の耳を信じられない王が綾太に向き直る。


「トイチは奴らと同じ組織から逃げて来たんだ」


 もう隠す必要も無いと、綾太は正直に話した。


「目的は綾太だよ、その他は障害でしかない。生き延びたければ、おいらの指示に従ってね」


 トイチはピョンと真理子の腕から降り、パソコンに向かった。


「綾太をどうするつもりなんだ?」


 まだ信じられない王が、トイチの小さな背中に声を震わせる。


「興味、っかな。WX017が初めて見逃がした理由を調べたいんだよ」


 振り向いたトイチはヒゲをピンと立てる、その言葉に王はまだ信じられないと目を丸くする。


「ゼロワンセブン?」


 王が聞き返す。


「あんた達の言う琥珀のディーバだよ、組織の形式番号さ」


 平然と言うトイチだったが、パソコンを操作する手? は微妙に震える。


「本人に聞けばいいのにね」


 優しくトイチに語り掛ける真理子。


「ダメだから、綾太を捕まえようといてるんじゃない?」

 

 少し照れた様に真面目に返答するトイチは、尻尾を軽く振る。


「そうなんだ、何か対策あるの? トイチちゃん」


 この状況でも真理子は微笑む。


「ここに綾太が居る限り、奴らは下手に手出しはしないよ。確保するのが目的だろうから、勿論アライブでね」


「そっか」


 真理子はぎこちなく笑う。


「そんなら俺が出て行けば」


 それまで黙っていた綾太が、真剣な顔で話しに加わる。


「そしたら後は用済みだね」


「皆殺しか……」 


 トイチがヒゲを揺らし、王は手にしたサブマシンガンを強く握りしめた。


「持久戦に持ち込むしかないかな、とっくに外部への連絡も断たれているだろうし」


 またトイチがヒゲを揺らす。


「ほんと、携帯いつの間にか圏外だわ」


 取り出した携帯を真理子が見た。


「マフィァが警察を呼ぶってのも、シャレにならないからな」


 王は笑ったが、その顔には明るさは無い。


「日が昇れば奴らも焦る。明るくなってここを燃やせば目立つし、消防や警察が来れば隙も生まれるよ」


「メチャクチャ言うなぁ、ここは俺の名義なんだぞ」


 呆れた様にトイチを見る王。


「保険は入ってるでしょ?」


 ピンとヒゲを立てるジュウイチ。


「入ってるけどさ、それより朝まで持ちそうにないぞ」


 さっきから銃声は止み、それは味方がここにいる四人と一匹だけになってる事を意味した。


「趙っていう人は?」


 トイチが周囲を見回す。


「武器の隠し場所は、少し離れた山小屋だ……この様子だと辿り着いてないかもな」


 王の言葉には悲しみが混じっていた、白が拳で思い切り壁を叩く。


「大丈夫、趙は案外しぶといから」


 優しい笑顔の真理子だが、その瞳には涙が滲む。信じている彼女に対し、信じられない自分を恥じた王だった。綾太は皆の会話に入っていけなかった、何も出来ない自分を呪う事で精一杯だったから。


_________________



 夜中を過ぎた、周囲は静寂を保つ。ほぼ全員が時間の経過の遅さに苛立ち始める、勿論真理子を除いて。


「ねぇ、トイチちゃん。このマーク何なの?」


 寝転んだ真理子が、必至でパソコンと格闘するトイチに話し掛ける。


「部隊のエンブレムだよ」


 尻尾を振って答えるトイチ。


「部隊って、兵隊さんなのトイチちゃん?」


「まぁね」


「どうせなら、もっと可愛いマークならよかったのに。でも器用なのねぇ、尻尾でもキー押せるのね……で、何してるの?」


 トイチの背中をさすり、真理子が笑った。


「プログラムさ、間に合うか分からないけど。おっと、聞かれる前に言うよ、奴らの制御システムに介入し、混乱させる為のね。今来てる奴らは脳に制御の為のシステムを組み込んでるから、時間さえあればなんとかなるよ」


「ふぅん、よく分からないけど、とにかく頑張ってね」


 真理子はトイチの小さな肩をもんだ、照れたトイチは後頭部まで赤くなった。


「こんな状況でもあれだ……」


 少し離れた場所に綾太と並んで壁に凭れた王が、苦笑いした。


「昔から度胸は一番だったからね」


 綾太も苦笑いした。


「それより、白を医者に見せなきゃな」


 すぐ横に寝かせた白を王は気にした、だいぶ前から白はあまり動かなくなっていた。


「そうだね、出血がひどい」

 

 綾太もそうは思うが、事態の進展は望めそうもなかった。しかし、急に事態は急変した。


_________________



「まずい、奴ら待ってはくれないみたいだよ」


 パソコンの画面から顔を上げて、トイチが言った瞬間、バリケードの正面の床から天井まであるボゥウインドウが爆発した。王は横っ飛びで真理子をかばい、綾太はその場で腰を抜かした。


 煙が晴れると男が四人いた。戦闘服に暗視ゴーグル付きのヘルメット、映画なんかで見る特殊部隊そのものだった。そして男の一人は誰かを連れていた。


 殆ど照明が破壊されてはいたが、入口の側の一か所だけが生きていて、その弱い光の中に血まみれの男が浮かんだ。


「趙!」


 王の叫びにも趙は反応しない。


「手当、すれば、助かる、可能性はある」


 一番大きな男が、壊れたスピーカーみたいな雑音の混じる途切れた声で言う。


「趙を放せ」


 ドスの効いた声で、王がサブマシンガンを構える。


「その、男と、引き、換えだ」


 また雑音の混ざる声。


「俺が行けば他の皆は見逃してくれるか?」


 王の制止を振り切り綾太が前に出る。脚は自分でも制御出来ない程に震えるが、何かが綾太の背中を押していた。


「こっち、に、来い」


「行くな綾太!」


「ごめん王ちゃん、行くよ。白さんと趙さん、医者に見せなきゃ」


 王にぎこちなく微笑むと、綾太は男達の方へ歩み寄る。


「まだなのにっ! イチかバチか! 合図したらエンターキー押して」


 真理子にパソコンを渡し、トイチが飛び出す。男達が一斉に銃口を向ける。


「今っ!」


 合図で真理子がキーを押す。趙を捕まえていた男が趙と一緒に倒れる、他の二人も苦しそうに頭を抱える。だが一番大きい男だけは、トイチに自動小銃を発射した。弾丸がトイチを掠める、皮膚を削がれた感覚と一緒に激痛が襲う。


「トイチっ!!」


 飛び出す綾太、王も咄嗟の事で動けない。綾太の方へ銃口が向く、トイチの不完全なプログラムが悪い方へ転ぶ。綾太を生かして確保するはずなのに、狂った制御は引き金を引かせた。


(これで終わりか……弾が当たったら痛いんだろうな)


 スローモーションみたいに全体が揺れる、意識が頭の天辺から抜けて行く感覚に染まった。


 だが綾太は確かに見た、銃を撃ったはずの男が血飛沫を上げるのを。一瞬、閃光が網膜を覆う、そしてコンマ数秒後にぼやけた網膜の片隅に琥珀色の髪が映った。よろける足で、地面に倒れるトイチを抱き抱える。


「大丈夫か?」


「なんとか、時間が足りなくてプログラム、ダメだったみたい」


 片目だけなんとか開けて、トイチは呟いた。


「あれが……ディーバ、琥珀のディーバ」


 憑かれた様に王が呟く。綾太の言う姿が今、王と真理子の目前に立っていた。


「綺麗……」

 

 女の真理子から見てもWX017は美しく、神秘的な容姿は視野を支配する。


「……」


 無言のままWx017は綾太に近付く、香水よりも優しくて甘酸っぱい香りが鼻腔を撫でる。


「お前、なのか?……」


 夜の闇さえ反射する肌は透き通る程に白く、その髪もまた光源を必要とはせずに琥珀色に輝く。そして綾太は連想した……悪魔じゃなく、女神を。


「……見つけた」


 蕾の様な小さな唇が僅かに開く、その小さな声は薫風みたいに耳に心地よかった。


 頭を抱えながらも二人の男が銃を構える。WX017は、ぎごちない微笑みで綾太の方を向いたまま腕だけで狙いを定め銀色の銃を撃つ、二人の頭が同時に吹き飛ぶ。


 刹那! 残りの三人が部屋に飛び込んで来る。左腕の銃で一瞬に二人を倒し、右腕はもう一方のホルスターから大型の銀の銃を取り、瞬時に一発叩き込むと撃たれた男の体が破裂し飛び散った。


 連続する動きの中でも、綾太からは視線を外さない。瞬間の風が前髪を揺らす、手を触れてはならない宝石の様なブルーの瞳、左右の色違いは絵画のコントラストみたいに美しいという形容詞しか思い浮かばない。


 その瞳は綾太だけを見つめ続けていた。見詰め返すだけで、胸のトキメキが綾太を覆う。(死)という限界の狭間でも、それすら忘れる胸の痛みにも似た感覚が思考を停滞させた。


「綾太!」


 やっと呪縛から解かれた王が叫ぶ。躊躇なくWX017の両腕の銃が向く、真理子が王に被さる。


「やめろっ!!」

 

 綾太の叫びが崩れかけた部屋に炸裂した。


_______________



 WX017がゆっくりと銃を下ろした。


「まさか……」

 

 綾太に抱かれたまま、トイチが片目だけで見る。その声は驚きに震える。


「あいつ、止めたぞ。どう言う訳だ?」


 腕の中のトイチに、唖然と聞く綾太。


「こっちが聞きたい、017が構えた銃を下ろすなんてあり得ない」


 やっと両目を開けトイチも唖然とする、王と真理子はその場に座り込んでいた。


「どうして?……」


 ゆっくりと近付いた綾太がWX017に聞いた。


「綾太が、やめろって言ったから」


 消えそうな声で俯くWX017、頬が薄らと赤くなる。


「えっ、何で俺の名前知ってるんだ?」


「……」


 呆然と呟く綾太の問いに、WX017は更に頬を染め俯いた。


「きっと、好きなんだ」


 真理子がその様子を見て微笑む。


「あり得ないよ!」


 トイチが真理子に叫ぶ。


「そうかしら、あの瞳……あれは好きって事だと思う」


 ブルーの瞳は濡れている様にも見え、その長い睫毛は微かに震えていた。


「とにかく、銃を仕舞って」


 綾太の声に素直に従う姿を見て、またトイチは驚きに殴打される。


「オイラWC101、どういう事なんだ?」

 

 綾太の腕から下りたトイチは、恐る恐る近付くと足元から見上げた。


「私も一緒に逃げたい……綾太と」


「まさかねぇ」


 振り向いたトイチの目は点になっていて、視線を移すと綾太は耳まで真っ赤になっていた。


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