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組織

「逃亡した形跡があります」


 会議室の様な大きなテーブルのある部屋に、黒ずくめのスーツの男が報告に来た。


「ほう、それは確かなのか?」


 仕立てのいいスーツの男はその白髪からかなりの年齢を感じさせたが、顔には皺もなく艶やかだった。豪華な椅子に座ったまま、巨大な窓から夜景を見ながらやや声を弾ませる。


「はい」


「足取りは?」


「現在は不明です」


「探せ」


「はっ」


 男は一礼のうちにその場を後にする。


「WX017が、自分も追うと言ってます」


 横に立つ白衣の男が呟く様に言う、刻み込まれた深い皺と少なくなった頭髪が男の過去を曖昧に物語る。


「そうか」


「はい」


「面白い。自分の意思で追うとは、いい兆候じゃないのかね?」


「はあ、何分データが不足しています。断言はできませんが……なにせ、見逃したなど一度もありませんでしたから」


「よもやWC101の様な事は無いな」


「一応、CY003《ダブルオー、スリー》を索敵と情報収集に回します」


 CY003とは索敵型のデザイナーバードで、外見は雀だった。


「分かった、許可しよう」


 鋭い目を光らせ男は低い声で言った、微かに笑みを浮かべて。


________________



「起きろ、綾太」


 トイチが綾太の顔を突いた、太陽が昇る少し前の事だった。


「何だよ、まだ夜明け前だぞ」


 目を擦り、辺りの暗さに綾太は呟く。


「奴らの動きが怪しいんだ」


「追って来たのか?!」

 

 眠気は一変に飛ぶ。


「まだだよ、でも……」


トイチは耳を垂らす。


「でも何だ?」


「買い物も全部偽名でした、発送も裏の業者を幾つにも分けてしたんだ。普通なら調べるのに一日は掛るはず、でも……もう感付かれた」


「たった一日?」


「奴らの一日は普通の組織なら一月さ、おかしいのはそこだよ。素人の綾太を追うのに、捜査が大袈裟すぎる」


「どういう事だよ?」


「分からないよ」


 初めて見せるトイチの慌てた態度、それは自信を無くしてるみたいに見えた。


「どうしたんだよ、お前らしくない」


「ごめん綾太、出発しよう」


 いつもより低い声でトイチは言った。起き上がった綾太は、戸惑いながらも急いでテントを片づけた。


________________



「元気ないぞ?」


 助手席のトイチの様子に、綾太は不安に包まれる。


「大丈夫」


 丸くなったまま、萎んだ尻尾を巻くトイチ。


「あの自信はどうしたんだよ?」


 笑顔を向けた綾太に、伏せ目がちのトイチが呟く。


「戸籍を変え、二か月も逃げれば終わるはずだったんだ……」


「今まで逃げ通せた奴なんているの?」

 

 運転しながら綾太は聞く。


「いないよ。でも、おいらが味方してんだ……逃げ切れるはずだった……」


 珍しくトイチは何度も語尾を曇らす。


「だったって、まだ終わった訳じゃないんだし」


「綾太……」


 トイチの声が更に沈む。


「どうした?」


「……」


 言葉を詰まらせるトイチに、照れたみたいに顔を背け綾太が言う。万能と思っていたトイチが見せた弱みは、何故かココロを落ち着かせていた。


「やっぱり、WX017が関係してるのかな。奇跡だって言ってたろ、でもどうしてなんだろうな? 俺、自慢じゃないけど今まで生きて来て、幸運なんて一度も無いよ。楽しかった思い出も少ないし、辛いのは沢山あるけど……でも、最近一つだけ幸運って奴に出会った」


「幸運?」


 トイチがそっと顔を上げた、綾太が照れ臭そうに苦笑いする。


「そうさ、トイチに出会った。出会わなければとっくに組織に捕まって、今頃は拷問かなんかされてさ、あっ俺、運が無いからもう死んでるかもしれないな。ありがと、トイチ……俺達さ、親友になれるよ」


「えっ?……」


 トイチの目が潤む。


「だからさ、自信取り戻せよ。頼れるのはお前だけだから」


「うん……」


 そっと目を閉じたトイチはパソコンの操作を始める、萎んでいた尻尾は張りを取り戻した。


「こらからどうする?」


 かなりの時間の後、綾太は声を掛ける。必至でキーボードを叩くトイチに遠慮していたが、日が昇り時間の経過は焦る気持ちを増加させていたから。


「追跡者は問題無いよ、動きは完全に掴んでいるから……でも」


 トイチの声は何かに脅えているようにも聞こえた。


「言ってよ、悪い知らせには慣れてるから」


 本当は胃の辺りがキリキリ痛んだが、無理して笑顔をトイチに向けた。


「アイツが、来るかも」


 トイチの落ち込む訳が分かった。だだの追跡者ならそんなに落ち込む訳が無い、初めからアイツは追って来てたのかと綾太はやっと気付いた。でもあの歌声と容姿は、不思議と恐怖以外の感情をもたらせる。


「でもさ、見逃してくれたしさ、トイチもいるし」


「アイツをまともに考えちゃダメだよ、違うんだ! 綾太の世界とはまるで別の世界の人間なんだ、アイツは違う、違うんだ!」


 トイチは違うという言葉を繰り返す、綾太はどこが違うのかを自問した。


「人間、なんだろ?」


「見かけは人間でもアイツには感情なんて無い、無機質の殺人兵器さ」


 暗い声のトイチはまた否定する、それでも綾太にはあの瞳が蘇る。限りなく冷たいが、その奥底にある何かが語り掛けて来るみたいな不思議な感覚、それは夜空の星の様にほんの小さい煌めきだが、暗い恐怖ではなかった。


「右の県道に入って、おかしい、奴ら先回りしてる」


 尻尾が心なしか膨らんトイチが、早口で指示する。


「右だな」


「今度は左、次の交差点をまた右、よし、時間は稼げそうだ」


 その瞬間、綾太達の車の前方に割り込む車。咄嗟にハンドルを切ったが、左のフェンダーが接触した。その車は如何にもという高級車で、黒い窓ガラスからは中は見えない。


「奴らなのか?」


 その場で止まったまま、綾太の声は震えた。


「違うよ、似たようなモンだけど」


 トイチの声はあまり驚いてはいない、ドアが開き男二人が下りて来る。見ればすぐに分かる、その筋の男達だった。


「やばいよ、ヤクザ屋さんだ」


 全身に恐怖が走り、綾太は身の不幸を呪った。


「ここで時間をロス出来ないよ。綾太、車を出すんだ」


 簡単に言うトイチ。


「そんな、逃げたらまた追手が増えるぞ」

 

 ぶつかったショックで止まったエンジンを掛けようとしても、綾太の手は震えキーが捻れない。


「降りて来い」


 窓の側で男の一人が低い声を出す、その厳つい体格とサングラスの奥の鋭い目に魅入られた様に綾太は外に出た。


「仕方ないなぁ」


 呟いたトイチは、後部座席に行ってバッグの中身に頭を突っ込んだ。


「どうしてくれるんだ?」


 もう一人の男も側に来て綾太を囲む、口がきけないで目が泳ぐ綾太。


「あれっ、綾太じゃないか?」


 聞き覚えのある声、それは幼馴染の王剣民の声だった。


「王、ちゃん……」


 唖然とする綾太の前に、高級車の後部座席から王が降りて来た。


「久しぶりだな、元気だったか?」


 オールバックの髪、高級そうな濃紺のスーツで迫力と貫録を前面に押し出すが、嬉しそうに笑う顔は昔のままに綾太を迎えた。王は施設の頃からの友人で、歳も一回りは違うが綾太にとって優しく頼れる兄の様な存在だた。 


 施設を出た後は長い間行方不明になっていて、その好戦的性格をいつも心配していたのだった。


「王ちゃんこそ、どうしたんだょお」


 今までの緊張が一気に解け、綾太は座り込む。


「怖がらせてごめんな、まあ立ち話も何だ来いよ。白、綾太の車で付いて来い」


 王は綾太の手を引き自分の車に乗せ、サングラスの男に命令した。


「ははっ、見てのとおり落ちぶれたよ。綾太、何してたんだ?」


 高級外車の後部なんて初めての綾太は、まだ胸のドキドキが治まらずに息が乱れていた。


「まいったなぁ、計画違いだ……でも」


 軽ワゴンの後部座席の窓から見ていたトイチは、咥えていたスタンガンを置くと尻尾を丸めた。


「それがさ、王ちゃん……」


 車がスタートすると、震える声の綾太が口を開く。


「何だ、言えよ」


「追われて、るんだ」


 王の目の色が変わった。


「何だと? 詳しく言えよ」


「見ちゃいけないモノを見たんだ、それで……」


 綾太は話す事で、今までの不安から救われた気分になった。


「運がいいな綾太、俺がこの近くの別荘に来るのは二年ぶりだよ。分かった、任せろ。別荘に向かえ、兵隊を集めろ」


 綾太に微笑んだ後、王は運転席の男に指示した。すごく嬉しそうな顔で。


_________________



 別荘は小高い丘の中腹にあり、警護の屈強な男達が玄関を取り巻いていた。


「ここなら安心だ、飯でも食うか」


 豪華な応接間のソファーに腰掛け、王は昔と同じ笑顔で綾太に言った。


「うん、でも王ちゃんに迷惑が……」


 俯いた綾太は、王を巻き込みたくなかった。


「綾太、俺は嬉しいんだよ。俺とお前で遠慮なんかするな、一緒に施設で育った俺達は家族なんだ」


 前に乗り出し、王は優しい目で見た。


「ありがと、王ちゃん、でも……」


 綾太には嬉しさと、別の感情に揺れた。


「遠慮なんて綾太らしくないわよ」


 応接間のドアの傍で、清楚なワンピースの女が笑う。ショートにした髪が細い首辺りに色気を醸し、胸元の隙間が怪しく誘う。しかし、その艶のある笑顔には確かに見覚えがあった。


「真理ネェなのか?」


「久しぶりね」


 彼女は菱木真理子、同じ施設で育った幼馴染だった。歳は十歳くらい離れていて、いつも弟の様に可愛がってくれた。そして、その穏やかさと優しさは施設を明るく導いていた。


「驚いたろ?」


 王は少し照れたみたいに笑う。


「元気にしてた?」


 横に来た真理子が、綾太の腕に触れる。香水の香りに包まれても、真理子のお日様みたいな笑顔は変わらなくて、綾太も笑顔になる。三十はとっくに越しているはずだが、真理子は綾太の記憶にあるまま、若くて綺麗だった。


「荷物、降ろして置きました。猫、どうします?」


 白と呼ばれた強面の大男がトイチを抱いていた、それは誰が見てもアンバランスで真理子が苦笑いした。


「トイチ!」


 完全に忘れていた綾太が、急いで抱き取った。


「忘れてたろ?」


 耳元でトイチが囁く。


「ごめん」


 小声で謝る綾太。


「トイチちゃんか、可愛い。私にも抱かせて」


 綾太から受け取った真理子が頬ずりする、トイチが照れて湯気を出した。


_______________



「ところで、もっと詳しく聞きたいな。何を見たんだ?」


 食事の最中、王がゆっくりと言う。


「それが、女なんだ……その女が人を殺す所」


 隠しても仕方ないと、綾太は話し出す。


「どんな女だ?」


 急に王の目が鋭くなる。


「琥珀色の髪にブルーの瞳、左肩に斧を担いだ髑髏のタトゥー……」


 綾太の言葉に王の顔が瞬時に青褪めた。


「それを見たから追われてるのか?」


「うん」


「そうか……お前、よく生きてたなぁ」


 トイチと同じ事を王も言ったが、言葉の抑揚は驚きを隠さない。真理子はトイチを抱いたまま悲しい目を窓の外に向けていた。


「知ってるの?」


 綾太の言葉が震える、夢が現実になった感覚が襲う。


「見間違えじゃないなら、そいつは”琥珀のディーバ”だ。裏の社会じゃ伝説さ、だがな誰も見た者はいない。お前の言った容姿も被害者の証言と一致する……虫の息での言葉だがな」


「知ってるなら話しは早い、俺は行くよ。王ちゃんや真理ネェを巻き込めない」


 また王の目が煌めく、ドッカとソファーに座り直すと葉巻に火を点けた。


「だから言ったろ、お前は運がいい。ここには、うちの組織で最強の白と最悪の趙がいるんだぜ」


 白はあの大男だが、趙はと見まわすと暖炉の側に寄り添う様に立つ男がいた。部屋に入った時には確かに居なかったはずだが、今は腕組みして俯き加減で綾太を見ていた。


 色白の細面で茶髪にピアスやネックレスが光る、縦ストライプのスーツの所為もあるかもしれないが、細身で華奢に見えた。


「いつ来ますか、姫様は?」


 趙はニヤリと笑う。顔を上げると、そのアイドルの様な顔立ちがギャップとなった。


「今追って来てるのは違うと思いますけど、来るかもしれません」


 少し引きつった顔の綾太は趙に向き直る。


「それは楽しみだ」


 趙の目が鋭く光る、王はすぐに命令した。


「相手がディーバなら武器が足りない。趙、任せた」


「……」

 

 王の言葉に黙ったまま、ニヤリと笑った趙は足早に部屋を出る。


「白」


 王の目配せだけで、白も部屋を出る。


「王ちゃん」


「もういい綾太、お前がここに来た時点で始ってるよ」


 綾太を制した王は優しく笑った。


「王がこんな顔……久しぶりに見た」

 

 微笑んだ真理子が綾太に優しい顔を向ける。


「何で、ディーバって呼ばれるのかな?」


「ディーバはサンスクリット語で”神” ”輝く”と言う意味もあるの……オペラのプリマドンナもそう呼ばれてるわ」


 呟いた綾太に、真理子が解説する。確かにあの容姿と歌声は、そう呼ばれるのに相応しいと脳裏に刻まれた姿を目に浮かべた。


 ゴソゴソとトイチは、真理子の腕から無理やり出ると綾太の耳元で囁く。


「情報が欲しい、おいらのパソコン」


 綾太は入口の側にある荷物からパソコンを取り出し、テーブルの上に置いた。


 直ぐにトイチは早速情報を集め出す。


「猫、触ってるぞ」


 呆れた様な王がポカンと呟いた。


「あら、この子凄い」


 トイチは分からない様に、わざとメチャメチャな画面を出した。しかしキーを打つ正確さは、見ていた真理子や王も唖然とする。


「あっ、こいつねっ、パソコンでジャレるのが好きなんだ」


 苦しい言い訳、綾太は赤面した。


_________________



 日が暮れる頃、白が部屋に入って来た。


「三人です、別荘の周囲に」


「歓迎してやれ」

 

 王の目が怪しく光る。


「はっ」


 白が部屋を出て行く。状況が始まったのは綾太にも分かり、握った手が汗で滑った。それまでパソコンに向かっていたトイチが急に綾太に飛び付き、耳元で囁く。


「まずいよ、奴らナンバーズじゃないけど組織のエリート部隊だよ。三人は囮で本隊は四人だ」


「やばいのか?」


 綾太も声を潜める。


「ああ、そこらのマフィアとは火力も戦闘力も桁違いだよ」


 その言葉に綾太は青ざめ、早口で叫ぶ。


「王ちゃん、まずい! 奴らエリート部隊なんだ。三人は囮で、本隊は四人だ」


「ほう、その情報は確かか?」


「うん」


 王は別に驚く素振りではなく、落ち着いて傍の男ににその情報を告げた。男は直ぐに伝令に走る。


「ね、その情報、猫ちゃんからなの?」


 上目使いの真理子が綾太に微笑む。


「そんな、まさかぁ」


 愛想笑いの綾太だったが、その笑顔はかなり引きつっていた。


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