終わり始まり
「報告は確かなのか?」
巨大な窓から外を見ながらスーツの男は呟く、その横顔に微かな笑みを浮かべて。
「はい……」
怯える様な小さな声で返事する白衣の男。
「出したそうじゃないか、例のナラシンハも?」
「……」
「まあ、いい。それより、次はどうするつもりなのかね?」
黙り込む白衣の男に、背中を向けたままのスーツの男が低い声で問う。
「……全世界の支部には、017の戦闘力を超える個体が存在します」
暫くの沈黙の後、白衣の男は重い口を開く。
「六人のフレイア達か……君は017が彼女らに匹敵すると?」
横顔から微笑みを零したスーツの男に、白衣の男は手に持った報告書を慌てて見直す。
「このデータが本物なら、017は七番目のフレイヤに覚醒したとしか考えられません」
「ほう、それは朗報だ。我が支部も、一流の仲間入りという訳だな」
「……しかしながら、現在は我々の管理下ではありませんし……制御は今のところ、不可能としか……」
全身の汗と震えは、白衣の男の言葉を濁らせる。
「何、我が支部にフレイヤが誕生したんだ。全世界で制御出来ない初めての支部になるなど取るに足らん。それより、本部に要請すれば各支部のフレイヤがやって来る。それを全部017が退けたとしたら……我が支部は最強のフレイアを創造した事になる」
スーツの男の顔が窓に反射した、白衣の男は心臓を鷲掴みにされる――そこには、悪魔の微笑みが全世界を笑っていたから……。
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綾太達は王の事務所に戻っていた。真理子はいきなりの王の宣言に、嬉しい様な信じられない様な不思議な気持ちを晴らすために聞く。
「王、本気なの?」
「ああ、もう決めた」
その清々しい顔に、真理子は安堵の溜息を付く。
「まぁ、何度も死にかけたんだし、ここらで方向転換ってのも悪くない。私としては、悪党が世の中から消えてくれるのが何よりだからね」
ソファーで大きく脚を組む霧子は、大量の煙を吐き出す。
「俺は王に従います」
部屋の隅では白が姿勢を正す。
「まぁ、仕方ないっスね」
反対のソファーに寝転ぶ趙は、背中を向けたまま言った。
「出来たら俺も……」
綾太は立ったまま、小さく言う。
「お前より、レイナの方に頼みたいんだがな」
綾太の影に寄り添うレイナに王が微笑む。
「私は綾太の傍にいる」
キッと睨むレイナ、でもその声は消えそうだった。
「そうだよ、姫様、俺達と組もうぜ。でも、あんたなら歌手でも天下取れそうだがな」
飛び起きた趙がレイナに近寄り、その寸前をアーニャが横切る。
「あんた懲りないねぇ。レイナ、銃に手を掛けてるよ」
確かにレイナは指をトリガーに掛けている。真理子は広大な舞台で歌うレイナの姿が簡単に想像でき、歌の感動が鮮やかに蘇った。その横では、テーブルの上でトイチが欠伸しながら前足で顔を洗って言う。
「王、作戦参謀はいらない? 安くしとくけど」
「そうだな、トイチ。給料は安いぜ」
王はデスクに両肘を付いて笑った。
「それなら索敵と情報収集のプロは?」
アーニャが王の頭に止まると、王は頬杖を付く。
「まぁ、採用だな。食費も掛らないし」
「王、綾太さんは不採用?」
意地悪そうに言う趙を全員が睨むが、綾太は俯いた。王は薄笑みを浮かべ、寄り添う二人を見た。
「そうだなぁ、綾太は潰しが利かないからなぁ……レイナ、それよりどうだ。考え直してくれないか?」
「断ったはずだ。それより、どうして綾太はダメなんだ?」
ズイと前に出たレイナの瞳がブルーの光を煌めかせ、王を威嚇する。流石に冗談も程々にしないと本当に殺されるかもしれないと、トイチの方を見る。トイチは舌を出し前足で首の辺りを切る仕草をした。
「綾太、ちょっと……」
少し顔色を変えた王は綾太だけを傍に呼び、耳元で囁く。
「お前、あの時レイナに何て言ったんだ?」
「何って……逢えて、良かったって」
赤面した綾太が俯く、王が溜息を長引かせる。
「何だ、ちゃんと言って無いのかよ?」
「ちゃんとって、何を?」
「いいか、綾太。女にはな――」
言い掛けた時、物凄い殺気が王を包む。その先には琥珀のディーバの蒼い瞳が燃えていたが、対照的なトイチの笑顔が気になった。
「まあ、何だ、レイナとセットなら綾太を採用してもいいけど」
「そうよ、二人でやればいいのよ」
ビビリ声の王に、真理子が優しく微笑んだ。
「レイナ、俺、やりたいんだ。いいだろ?」
「はい」
綾太の言葉に即答のレイナ、また王はデスクで前のめりになる。
「さあ、話は終わりよ。王探偵事務所設立記念に、豪勢な食事に行きましょう」
真理子の言葉に全員が歓声と共に立ち上がる。レイナは綾太に寄り添い、趙がその後を恨めしそうに続き、真理子と霧子は腕組みしアーニャは真理子の肩に乗る。白は黙ってその後に続き、王がドアの鍵を掛けてるとトイチが足元で囁く。
「これで終わりじゃないんだよ……」
その声は深く悲しげだった。
「そんな事はお見通しさ。いいじゃねぇか、終わりなんて言うネガティブな言葉より、始まりの方が楽しみも多いってもんだ」
王は下を向いたまま、トイチだけに聞こえる様に言う。
「あんた、本当はバカなんだろ?」
目を細め、口を横開きにしてトイチが呆れた様に言った。
「褒め言葉と受け取っとくぜ」
ニヤリと笑う王。
「まあ、なんとかなるかもね。レイナはもっと強くなるし」
トイチはブルブルをして歩き出す。
「トイチ、お前……」
王はトイチの言葉に驚きを感じる、笑顔のトイチがそんな王を見上げた。
「レイナも綾太も、まだまだ進化するよ」
拭いきれない不安は確かに存在し、皆の胸に居座る。トイチの言葉は、そんな不安さえどうにかなると思わせる。王の脳裏には”進化”とういう文字が輝いた。
「頼りにしてるぜ、ワイルドキャット!」
王は正直に呟く、その言葉にトイチはもう一度ブルブルをした。それは人で言う、武者震いなのかもしれない。




