ハクの生贄ナギ/武器復元依頼
真っ先に待機室に戻ってきたハクは直ぐにログアウト操作をして仮想世界から離脱する。なんだか、無性に逃げたくなってしまったのだ。
(終わった。 終わっちゃった)
白那はVRゴーグルを外して枕に顔を埋める。
泣きたい、と思う。でも、泣きたくないとも思う。矛盾した感情に襲われて白那はどうしようもない気持ちに囚われた。
何分間そうしていただろう。不意にインターホンが鳴った。
白那の部屋は全てを一台のPCに繋いでいる。だから、PCを通したVRゴーグルで家の前を見ることができる。装着せずに操作をし、ゴーグルに家の前を映し出す。
「ナギ、いや直樹……」
なにやら携帯を弄りながら扉が開くのを待っている。
白那は内蔵マイクをONにしてインターホン越しに話しかける。
「開いてるよ」
『おっ、そうなのか』
直樹は躊躇い無く扉を開けて中に入ってくる。
ふと自分の身体を見下ろして下着姿だった事に気づいたが、直樹なら良いだろうと切り捨ててベッドに仰向けに寝転がる。
直樹と白那のマンションの部屋の配置は同じだ。だから直樹も迷うことなく自身がVRゲームをする部屋へと向かった。
「おーっす……って、服着ろよ!」
「ナギだし、大丈夫だよ」
「直樹だ。 ナギはアバターの名前だ」
「一緒だよ、ナギ」
昨日ほど元気が無い白那の様子に直樹も気が付いていた。大方、負けたからもう一緒に入れないとか思ってるんだろうな、と検討をつけて一通のメールを表示前状態にすると彼女に画面を向ける。
「…? !?」
不思議そうに画面を覗いた白那は、差出人を見て目を見開いて直樹から携帯を奪い取る。
【差出人:ユウ】
【件名:】
【本文:えーと、メールですまん。 大体の予想はナギから聞いた。 ちなみにこのメールはナギは見るなって言っておいたから見たら自分のケータイに移すなり消すなりしてね。 で、ナギから聞く限りハクさんはナギの知り合いらしいね。 俺もそうなんだけど、ハクさんほど長くは無いんだ。 で、話を戻して、ナギが俺達とパーティ組んでいる理由は、俺がログアウト不可プレイヤーだからです。 シナリオ手伝ってもらってるだけだし】
(えっ)
【そんで、ナギの件だけど別に自由にして良いです。 ただ、シナリオ行くときだけ貸してくれれば嬉しいです】
そこで文章は終わっていた。
白那は自分の携帯を取り出すと、そのメールを自分のものに移し、直樹の携帯から削除する。
返信画面を開き、文字を打ち込み、送信する。
「はい」
「お、なんて来てたんだ? 俺は見たらダメとか書かれてたけど」
「とても、親切な人だね」
「だろ?」
「――ナギを自由にして良いって言ってくれるなんて」
その言葉を聞いた直樹の時間が止まった。
「え? ごめん、なんて?」
「ナギの事を自由にして良いって言ってくれるなんて、とても親切だね」
「優、あのヤロウ! 俺を見捨てたな!?」
「ナギ、これからはずっと一緒にいれるね」
「HA・NA・SE!」
「嬉しいな……」
白那は直樹の言葉など聞かずに、自分が下着姿だということすら忘れてナギを抱き寄せた。
「『ありがとう』か。 まぁ、これで一件落着か」
「良かった。 急に終わらせちゃったから、ちょっと心配だった」
「お見事」
「あ、ほしねこいたんだ」
「全部見てた」
そう。ユウから連絡を貰った時点で観戦室に入り、待機していたのだ。そしてPVPを最初から最後までじっくりと観戦していた。
「まず、ユウ。 あの分断は良いと思う」
「だろ」
ほしねこの言う分断とは、前に出たハクをチルに任せ、後方にいたナギを相手にしていたことだ。それに対してユウは得意げな顔をする。
だが、ほしねこは言葉を続ける。
「でも、チルのことを配慮しなかったのは悪いことだと思う」
「うっ……」
「もしあのままチルが押し切られてたら2対1になって、きっとユウは負けてた」
「うぅ、チル、ごめん……」
「結果がよければ良い。 気にしないで」
チルは気にしたそぶりも見せずに言葉を返し、装備していた武器をインベントリへとしまう。
「……あっ」
「どうしたの、ほしねこ」
「初めてチルに会った時にスキル云々の話してたのに、習得させてあげるの忘れてた……」
「あ、そういえばそんなこと言ってたっけ」
チル自身忘れてしまっていた『スキル』の話。どういったスキルかは一切聞いていない上に、その後スキル禁止エリアでの戦闘をしたときに綺麗に頭から消えていたのだ。2人とも。
「今からでも、行く?」
「その前に、何のスキルが得られるの?」
「『オーバーバースト』と『デッドリーペネレイト』」
「2つ目がやたら不吉だな」
「ちなみに、デッドリーペネレイトはPTメンバーにもダメージを与える」
「殺される!?」
ほしねこの口から衝撃の事実が告げられる。まさかの敵味方問わず攻撃が通るスキルをチルに教えさそうとしているとは夢にも思わなかったユウである。
(だから、ユウの手伝いをしながら、管理できるスキル……)
「で、オーバーバーストは何なんだ?」
「10秒間弾切れが起こらなくなる」
「怖っ」
「でも、これは味方を巻き込まない」
「普通、巻き込まないよ……」
チルは呆れた様に呟いた。だが、反面そのスキルがあればシナリオ効率が上がることは間違いなかった。残念なことに次からのシナリオでは使えないだろうが。
「で、行く?」
「うーん、暇だし行こうかな」
「おー、いってらー」
「え、ユウ行かないの?」
不思議そうに首を傾げるチルとほしねこ。
「あぁ、ちょっと面白いもん手に入れたしな」
「「面白いもの?」」
「そうそう。 なんか昨日、奥義書とか言うアイテムが落ちた」
「あ、奥義か。 じゃあ、仕方ない」
ほしねこは納得したが、チルはまだ首を傾げていたので簡単に説明をして納得させる。
何故かしょぼんとした顔でチルはほしねこと共に習得クエストをしに行く為に、歩き去って行った。
「……さて、奥義も重要かもしれないが」
彼が一番気になっていたのは奥義書と共にドロップした『古代の大双刃』という、装備ができない武器だった。どうやら鍛冶スキルを所持していて、尚且つそのレベルが80以上だと復元することができるようだった。
友達リストを開いたユウはとある最凶の生産師がログインしていることを確認して、チャットを送る。
『今暇ー?』
『おろ、ユウさんから連絡くれるなんてめずらしーね!』
『そうだっけ? ところで、鍛冶何処まで上がってる?』
『どうしてそんなこと聞くのか解らないけど、一応答えるとマスターしてるよ』
『わお。 その腕を見込んで頼みたいことがあるんだが』
『1000万Gになりまーす』
『ちょっと他の鍛冶師探してくる』
『あっちょ待って!』
あえて間を空ける。
『ちょ、何この間! ゆ、ユウさん返事してーっ』
『はいはい。 で、何処にいるんだ?』
『今はちょっと町から出てるから今から送るアイテム使用してー。 あ、武器は装備しててね』
カコン、と音が鳴ってメールが届く。それを直ぐに確認し、添付されているアイテムを受け取り、インベントリを開いてそれを確認する。
「転移翼……? ワープ系のアイテムか」
選択してみると、『この転移翼はワープ場所が指定されています。 使用しますか?』のメッセージと共にYes/Noの選択肢が出たので、自分の装備を確認し、Yesを押す。すると、目の前が一瞬暗くなり、直ぐに視界が戻り――
「『サイクロンストライク』っ!」
「「ギィィッ!?」」
――つるはし投擲により、一網打尽にされるトレントの群れが目に付いた。
「あ、ユウさん! 直接会うのは3日ぶりくらい?」
「相変わらず豪快な戦い方だなぁ……」
少し遠い目をしながら呟くユウ。
「で、此処何処だ?」
「カルマート森林の枯れ痕って場所だね。 此処から一番近い町はコモドだね」
「ん、て言う事は……」
ユウはアキのレベルを確認していなかったので頭上に目を向ける。
【名前:アキ】 【ルート:生産型:全生産】 【レベル:57】
「かなりレベル上がってるんだな」
「うん、頑張ったよー。 それで、頼みたいことって何かなっ」
「此処で話すのか?」
「大丈夫。 アイテム使ってるから」
はっとしてあたりを見渡してみると、白い光を発している袋が2人を囲むように4箇所にセットされていた。
「これは?」
「設置型安全結界っていう、一時的にだけど魔物を寄せ付けなくするアイテムだよ」
「凄いな……って、感心してる場合じゃないな。 頼みごとって言うのは、復元を頼みたいんだけど」
「お? 良い武器手に入った?」
「良いというか、気になる武器が」
事情を説明しつつ、アキと共に最寄の町、コモドに戻る。
説明し終わり、到着した所でユウは気になったことを聞いてみた。
「そういや、此処に鍛冶設備あるのか?」
「仮設だけど、ちゃんとあるよっ」
アキについて歩くこと数分。仮設らしい鍛冶設備――アキのものならば、生産設備といったほうが良いだろうか――が見えてきた。
「さってと、ユウさん、言ってたアイテム貸してー」
「ほいっと」
取引ウィンドウを出してきたのでそこに『古代の大双刃』を放り込む。
それを見たアキは怪訝そうな顔になり、口を開く。
「これ、何?」
「さぁ、ドロップしただけだから解らん」
「うーん、それに100万以上も掛けるのはちょっとなー……」
「えっ、そんなに掛かるのか!?」
アキの口からでた驚きの値段に驚きの声を上げるユウ。まさか100万も掛かるとは思わなかったのだ。
「うん。 古代の~って奴はそれ様の研磨材とかが必要になってくるからねー。 しかも大量に」
「うーん、それってなんて名前のアイテム?」
「んと、『精霊の研磨材』と『復元の霊薬』だね。 ちなみに研磨材が10個と霊薬が5個ね」
ユウはインベントリを開き材料の欄を調べてみる。
「うーん……」
「あった?」
「霊薬が無駄に一杯有るけど、研磨材が3個しかない……」
「え、霊薬何個あるの?」
「え、15個だけど」
「それだけで100万超えるよ!?」
また衝撃の事実を告げられ、驚くユウ。実はこの他にも売れるものを結構持っているのだが、ユウが知らないだけだった。
「じゃあ、この霊薬全部と研磨材3個渡すから復元頼める?」
「良いの? 後悔しない? 財布、軽くない?」
「最後の心配は余計な気がする……」
「この前底付きそうになってたし……」
「ぐっ……。 こ、今回は大丈夫だよ!」
取引ウィンドウにそれらを全部放り込んで取引完了ボタンを押す。
アキは受け取ったものを確認し、ウィンドウを操作して復元の準備を進めて行く。
「おろ?」
「どうかした?」
「うーん、復元まで後20時間とか出てる……」
現在の時刻は16時となっている。
「うわっ……」
いつも発掘し、復元して使用する武器は早くて10分、遅くても2時間程度しか掛からなかったはずだ。例えそれがどれだけ強い武器だったとしても。ちなみに2時間掛かって復元できた武器はそこらの武器に比べれば格段に強かった。チルに作った漆黒の大剣よりも上だった気がする。
だとすれば、20時間も掛かって復元される武器など、どれだけの力を秘めているのか解ったものではない。
「まぁ、気長に待とうよ」
「そうだな。 今日は無理言ってすまんかったな」
「いやいや、ちゃんと代金になるもの貰ったし気にしないで」
「できたら教えてくれるか?」
「うん、任せてっ」
笑みを浮かべ、そう言うアキと別れてユウはコン・プリオへと向かおうとして――アキからチャットが届いて足を止めた。
『ごめんっ、ちょっと待って!』
「?」
足を止めたユウの背後から走ってくる音が聞こえたので振り返ると、アキが駆けてきていた。
「ごめんね、呼び止めて……」
「いや、気にしなくても良いけど……。 で、どうしたんだ?」
「これ」
そう言ってアキが取り出したのは転移翼。
「これがどうかしたのか?」
「チルにも売ったんだけど、今なら10個10万G」
「3セット買うわ」
その日の帰り道、ユウは歩くだるさを覚えずにコン・ブリオまで戻ることができた。




