決闘前夜
「落ち着いた?」
「あぁ、なんとか……」
全力で部屋に駆けて行ってしまった直樹を見たハク――『柳白那』は流石に「やりすぎた」と思い、気合いでチェーンを開けて中に進入して直樹を落ち着かせること1時間。ようやく落ち着いた直樹は呼吸を整えて白那に向き直った。ちなみに自己紹介は済ませてある。
「なんであんなキチガイメール送ってきたんだよ……。 ガチでビビッたわ」
「ごめんね。 でも、あれがネットを通した私だから……」
(通しても通して無くても大差ないように見えるのは俺だけか?)
直樹はため息を吐きながら額を押さえる。だが、同時にあのメールは冗談だったと認識できたので安堵の息でもあったのだが――
「でも、これから永劫にパーティ組み続けるのは事実だし……」
「えっ」
「そうだよね?」
にこっ、と邪気の無い笑みを向けられた直樹は最早現実逃避をしたくなり、話を逸らす事にした。
「そ、そんなことより、どうやってあの短時間で此処に来たんだよ」
「うん? だって、上の部屋だし」
(ぎゃあああ!)
心の中で盛大に悲鳴を上げる直樹。
「で、そんなことよりって、どういう事かな?」
「えっ」
「ねぇ、どういう事かな。 私は貴方に会うためだけに何十万って使ってVRゲームを購入して来たんだよ?」
椅子に座っていた白那は立ち上がり、直樹の方へと詰め寄る――というか、ベッドに座る直樹を押し倒し、覆いかぶさる様にして目を覗き込みながら問いかける。
(か、変わってねぇじゃねぇか!)
「今、ネット通してなくても変わって無いとか思ったよね。 仕方ない事だよ。 恋する乙女は変わるって言うし」
「恋してねぇだろ! 後、心読むな!」
「顔に出るから解るし」
「まじか……」
もう色んなことを諦め様としていた直樹に、白那は追い討ちを掛けるように質問をぶつける。
「ところで、貴方は普段OROで誰とパーティ組んでいるの?」
「何でそんなこと聞くんだよ」
「ナギの実力に見合わない奴なら、追い払うつもりだから」
その言葉を聴いて直樹は頭の中に普段一緒にシナリオを進める仲間を思い浮かべる。
ユウはナギよりも強い。これは確実だ。ついでに言うのならばチルもだろう。条件によってはほしねことシキもナギよりも実力は上のはずだ。アキは別の方向にぶっ飛んでいると以前ユウやシキに聞かされていたのでこれも上だと考えても良いだろう。
「数人いるけど、全員普通に強いぞ?」
「私よりも?」
「んー、恐らくだけどな」
「『私達』よりも?」
「ん? それは……」
どうだろうか。もしも自分が優秀な盾持ちと組めた場合、それでも彼らは勝てるのだろうか。
「解らないなら、明日のお昼にログインしてるだけで良いからコン・ブリオに連れて来て」
「あぁ」
直樹自身も、それを試してみたかった。
万が一にもユウ達が負けてしまえば、ハクに脅されてきっと会いに行くことはできなくなるだろう。
だが、直樹はそのリスクを背負ってでも試してみたかった。
白那を家に帰してから直樹は再びログインした。100%ログインしている確立があるのはユウだからだ。
『ユウ、明日なんか用事あるか?』
『ん、いやあるとしても自己強化くらい』
『明日の昼に、誰か1人だけで良いから一緒に戦いやすそうな奴をコン・ブリオまで連れてきてくれないか。 勿論、お前も』
『2:2で決闘するのか?』
『やりたいって奴が。 んで、お前らが負けると割りとガチでシナリオ手伝えなくなりそう』
『何があったし』
『上の階に住んでた昔のVR仲間が脅しにやってくるから』
『まぁ、了解』
『頼んだ。 悪いな、こんな時なのに』
『気にすんな』
それっきりチャットは途絶えた。そしてナギは再びログアウトして、明日に備えて早めに寝ることにした。
ナギから連絡があった直後、ユウは1人のログインしているプレイヤー…チルと連絡を取っていた。
『明日補習無いか?』
『ごめん、朝に1時間だけある』
『昼は?』
『そっちは大丈夫』
『なんかナギの昔の友達が2:2やりたいって言ってるらしいから組んでもらえないかなって思ったんだけど』
『任せて』
『驚きの返信の速さ』
『ユウと組んだこと無いから』
『そういやそうだな。 じゃあ、明日よろしく』
『ん』
ユウはチャットを切って顔を上げる。その視界の先には大型の魔物がいた。その魔物は巨大な盾を装備し、全身頑丈そうな甲冑を着込んでいる。持っているハルバードもかなり強力そうなものだ。
【幻影の守護者】 【レベル:98】 【弱点:無し】
「んじゃあ、明日本気で相手をするためにも、ちゃっちゃとルートクエスト終わらせますかね」
ルートクエストとは、特定のスキルが100に達したときに受けれるクエストで、上位のものに変えることができるのだ。例を挙げるならばハクの聖騎士がそうだ。
今回、ユウは太刀と幻影を100にしたので、【幻影太刀】というルートクエストが現れた。似たものとして【幻影剣】等がある。
『汝、我が幻影を超えれる者か?』
「あぁ、多分だが」
『その実力を示してみろ!』
幻影の守護者はそう言うや否や見た目に似合わぬ俊敏な動きでユウに迫る。そして振り上げられるハルバード。
だが、ユウは真後ろに向けて【残撃】を放った。すると、正面から襲ってきていた守護者は消え、背後にそいつが現れた。ユウの使う幻影と同じ技だった。
「幻影が来ると解れば、対処なんて簡単なんだよな」
その2時間後、ユウは難なく幻影の守護者を倒し、ルートクエストを完了させた。
次の日の朝。明日からはシナリオ攻略再開という日。知流のテンションはダダ下がりだった。
くそ暑い中早起きし、大嫌いな教科の補習に出ているからだ。だが、ユウとの昼の約束を燃料に、必死に授業を受けていた。
「x軸が~~」
(うぅ、意味が解らない……)
知流は説明だけで頭が可笑しくなりそうで永遠と聞き流していた。
(これが終わったらユウとゲーム。 これが終わったらユウとゲーム)
知流は意識を別の場所に飛ばして現実逃避をしていた。
そして、待ちに待った終了のチャイムが鳴り響く。知流は飛ばしていた意識を瞬時に戻すと勢い良く立ち上がった。鞄を掴み、周囲に目も向けずに一目散に走り出す。
(ゲーム、ゲームゲームユウとゲーム……!)
知流は周囲に目を向け無いだけではなく、どこか心此処にあらずの状態で走っていた。
そのせいで、角を曲がってくる人を見落としてしまった。
「きゃっ!」
「ぅあ!? ご、ごめんなさい……」
一刻も早く帰りたいと思っていた知流は周りを見ていなかったことを反省し、ぶつかってしまった相手に謝り、頭を下げる。相手は袴を着て弓を持ち、肩から矢筒を掛けていた弓道部の女子だった。
だが、相手は酷く怯えた様子で震えていた。
「? えと、本当にごめんなさい」
「きっ、気にしないでほしぃゎ……」
だんだん尻すぼみになって行くその声と姿にどこか既知感を感じた知流だったが、思い出せないならきっと気のせいだと結論付けて、三度謝る。
「ごめんなさい、急いでるから」
「え、えぇ……」
ぶつかられた方の少女も、どこか慌てた様子の知流に見覚えがあったのだが思い出せずにいた――というか怯えていてそこまで頭が回らなかったのだ。
「式野ー」
「っ! 蘭か……」
「どしたのー? あ、さては誰かとぶつかったなー?」
「そ、そうだけど、どうして解ったのかしら」
「尻餅ついてるし」
「あっ」
どこか抜けている式野と呼ばれた少女は頬を赤くしながら立ち上がった。
「今日もVRゲームするの?」
「うん。 明日、ちょっと皆で遊ぶ予定だから、足引っ張らないように練習したいの」
「そっかー。 たまには私とも遊んでくれよう?」
「うん、勿論よ」
小さな笑みを浮かべた式野は雲一つ無い透き通った空を見上げた。




