シキのスキル封じ対策
夕方頃にシキはログインした。朝から夕方まで部活で忙しかったのでこんな時間帯になってしまった。
「…毎回ユウがいるのはどうしてなのかしら」
シキはユウがログアウト不可プレイヤーだということを知らない。だからこそ、毎回ログインするたびにユウの名前がログイン状態で表示されているのは不思議なことに思えた。
気になることは置いといて、どうやら3日程でシナリオの為にまたスキル封じのダンジョンに行くならしいので対策をしなくてはならない。シキが考えている対策は3つ。
その1。このままの武器で矢を新調する。
その2。武器自体を変えてしまう。
その3。相手にダメージを与えるアイテムを探す。
シキは暫く考える。誰かしら背後から援護できる人がいた方が良いのではないか、という結論にたどり着き、1つ目を選ぶ。
今までシキが使っていた矢は店売りの通常矢だ。特になんの効果もない普通の物だ。だが、一度だけエンチャントも掛けず、スキルも使わずに炎の矢を打ち出すプレイヤーを見たことがあった。恐らく生産アイテムの類だとは思うが、一切調べたりしていないので確かかどうか分からない。
「生産…? あの子に聞けば…」
シキの頭の中に浮かんだのは、いま装備している袴を作ってくれた生産職の少女だ。あの後友達登録して置いたのでリストに目を通せばログイン状態が一発でわかる。
「…いる。 この子も結構な頻度でログインしてるけど…」
このゲームは年齢と性別だけは偽れなかった筈だから、見た目からしてまだ学生だと思うシキ。部活をしていなくて補習も無い生徒なのかなと、適当に想像してチャットを飛ばす。
『あの、今大丈夫?』
『お? 珍しい、どうしたの?』
『属性の付いた矢って、作れる?』
『えーっと…あるね。 でも、エンチャントがあるせいであまり需要はなさそうだよ?』
『ちょっとスキルが使えないダンジョンがあるから…』
『なるほど…。 シキさんは今どこに?』
『トランクィッロの図書室』
するとそこで一旦チャットが途切れる。すると、外から小走りで駆けてくる音が聞こえる。まさかと思い入口に目を向けて見ると、水色の髪をなびかせてこちらに駆けてくる少女と目が合った。
「おーいっ」
「え、ちょ、早すぎない…!?」
「最近手に入れた便利アイテムの効力だよ!」
なにやら自慢げに胸をそらしているアキ。シキはどのようなアイテムを使えば一瞬で町間を移動できるのだろうと心底不思議に思った――が、すぐに転移系統のアイテムかスキルか、と思い至り納得した。
「それで、属性付きの矢だっけ? 取り敢えずお試し用で30本ずつ。 使い心地が良ければ幾らでも売るよ~」
「ありがとう」
取引ウィンドウに『炎の矢』、『氷の矢』、『雷の矢』がそれぞれ30本ずつ。アキは儲かっているのだろうか、なんて思いながらも受け取る。いざとなればその分のお金を払って何とかしよう。
だが、アキの底知れない笑みを見るとそんなことする必要は無いんじゃないだろうかと思うシキ。
「ユウさんとチルと一緒にシナリオでも進めてるの?」
「ん、どうして知っているの?」
「チルが最近『武器自体の火力が~』とか言って武器作成を頼みに来たしね、流石に解るよっ」
「アキも、誘った方が良かった?」
「うぅん。 アキのレベルは低いしね。 ただ、使えそうな素材は欲しいかな~」
「私たちにはどうすることもできない物だから多分みんなもアキに上げると思うわ」
「それが楽しみだねっ」
アキは無邪気に笑いながらも最初からずっと開いていた複数のウィンドウに目を走らせている。シキには何をしているのか皆目見当もつかない。更に、にやけながらそれに文字を打ち込んでいるのだから余計に何をしているのか気になってしまうシキ。
「さっきから、何をしているの…?」
「ん? これはねぇ…、他の商人さん達との取引予定を決めてるんだよっ」
「そ、そう…」
一瞬目が¥になった気がしたけど、気のせいだということにしたシキ。先ほどの儲かっているのだろうかと言う考えは消し飛び、寧ろ納得してしまっていた。
「んー、取引はみんな明日からかぁ…。 そうだ、シキさんのそれ試しに何処かに行ってみる?」
アキがすべてのウィンドウを閉じながら提案してくる。
「え、でもアキはレベルが…」
「あ…。 少しレベルを下げてくれると嬉しいかな…。 えへへ」
アキの申し出に、シキは考えるまでもなく頷いていた。弓のスキル無しのソロは少々難易度が高いから少しレベルが下のダンジョンに2人で行っていた方が死亡率は減る。
ただ、アキも行ける様なダンジョンというと、シキにはパッと思いつかなかった。アキも少し悩んでいる様子で、またウィンドウを開いて今度はそれに目を通している。そして、何かに目を止めて全てに目を通してから顔を上げる。
「ゴブリンの巣窟とかはどう?」
「え、そこでもアキのレベル足りてないんじゃ…」
「大丈夫っ。 アキがメインで戦うわけじゃないし、これでも立ち回りは上手い方なんだよ?」
「アキが良いなら、私も良いけれど…」
少し心配になるシキだったが、アキの自信満々っぷりをみたら何も言えなくなってしまった。
だがアキの言う通り、彼女の立ち回りは驚くべきものだ。なにせ最初から1人で ゴーレム相手に鉱石集めをしていたほどなのだから。
シキとアキはゴブリンの巣窟に向かって歩き出す。道中、アキが何度もウィンドウを開いて色々とやり取りをしていた。シキはする事もないので友達リストを開いて目を通していた。
【ユウ:レベル67】
【チル:レベル62】
【ナギ:レベル62】
【アキ:レベル43】
【ほしねこ:レベル70】
珍しいことに、みんなログインしていた。まぁ、夏休み時期だしと納得して――それでもほしねこのレベルを見て驚いていた。みんなと十の位の数字が違う。
(暇人…いえ、あの子は学生の見た目をしていた筈…)
ゲーマーか、と思い当たり、無理やり納得させることでウィンドウを閉じた。これ以上見ていたらほしねこだけでなくユウも何者という思考の海に溺れそうだったからだ。
気がついたら巣窟の前についていた。アキもウィンドウを1つを覗いて消して、装備の確認を行っている。シキも同様に装備の確認をする。
「……」
「ん、どうしたの?」
「い、いえ。 何でもないわ…」
シキはアキの武器を見て若干引いていた。
アキがその手に持つのは白銀のつるはし。対するシキは瑠璃色の弓ことラピスの弓だ。
少々アキの事が心配になってきたのだが、それを振り払って氷の矢をセットする。
「あぁ、アキは近接できるから一応近づいて来る敵がいたら相手をするよっ」
「お、お願いね」
アキの装備に気を取られ、普通に話ができていることに気がつかないシキ。
「それじゃあパーティー組んで…、よし、行こうっ!」
「えぇ」
気を引き締めてシキ達はゴブリンの巣窟に乗り込んだ。さっそくお見えになっているゴブリン達に狙いを定めるシキ。ゴブリンの弱点は既に見切っていた。正確にその弱点を氷の矢で射抜くことによって、スキルを使っていないのにも関わらずに大きなダメージを与えて、更に相手をノックバックさせている。
「強い…」
「シキさんの精密射撃もすごいけどねっ」
その後もシキは属性矢を使い切るまで試させて貰った。追加で貰って、それすら使い切って使い心地を確かめたところ、かなり有効な手だということが解った。なのでシキの中では既に購入確定だった。
そして、シキが矢を使い切っても倒せなかったゴブリン達はというと――
「【サイクロン・ストライク】っ!」
「グァァ!?」
「ギイィ!?」
「グギャア!?」
アキが鍛えていたであろう投擲スキルによってボコボコにされていた。凄まじい回転を見せるつるはしが相手を切り裂いて経験値とアイテムに変えていく。その様子をシキは放心しながら眺めていた。
無論、その奥に続いている???のマップは阿鼻叫喚の地獄絵図となってしまったのは言うまでもない。
アキの一人称が『私』になっていたので『アキ』に修正。




