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One Route Online  作者: 向日葵
~ログアウトを目指して~
18/25

チルのスキル封じ対策

 クソ暑い夏休み。千迅知流ちはやちるは欠点の補習を受けに学校に来ていた。

 時折携帯を確認し、VRゲーム内からメールが届いていないか――設定すれば携帯に表示できる――を確認しながらフラフラと歩いていた。


「…あっつい」


 知琉は目眩を感じつつも、なんとか学校に到着する。教室に行っても扇風機が回っているだけだが、それでも無いよりはマシなはずだ。携帯をマナーモードに切り替え、早足に教室に向かって歩きだした。

 知琉の欠点科目は数学と英語。それ以外は特に問題なく平均点を維持し続けている。今日は一時間目から二時間目まで数学の補習を受け、三時間目から四時間目に英語の補修を受ける。

 元々嫌いな教科なだけあって、知琉の足取りは重たい。それでもなんとか補習が行われる教室に行くと、影になっている席に鞄をおいて座り込む。時間はまだ早い方で、教室の鍵こそ空いてるもののまだ数人しかいない。


「ゲーム、したいな…」


 携帯を取り出して、画面に目を落とす。すると、いつの間に届いていたのか、未読メールが一件届いていた。差出人はユウと表示されている。知琉は本文を表示させると、その文に目を走らせる。


『シナリオ攻略の準備期間として三日程くれるらしい。 で、そこから三日分取り戻すらしいから準備だけはしとけってほしねこが言ってた』


「…あのほしねこが、三日も」


 知琉自身ユウのログアウトを優先して動いていると云えども、ほしねこ程ではない。ほしねこなら三日三晩徹夜でシナリオ、と言っても可笑しくはないと言うのが知琉の頭の中にあるほしねこのイメージだ。

 なにか気の変わることでもあったのだろうかと思うが、取り敢えず一旦了解のメールを送信して携帯をポケットに入れる。丁度補習を受ける生徒が集まりだして、担当の先生も教室に入って来る。


(…面倒くさいな)


 知琉はそう思いながらも、もうじき始まるであろう補習を前に憂鬱な表情を浮かべた。


 補修の全ての日程を終え、魂の抜けた表情で帰路を進む知琉。まだ日は高い。


「早く帰って、ユウの手伝いしないと……いや、その前にスキル無しでも戦える武器の練習…?」


 持ってきた水を飲みながらぼーっと考えて歩く。最終的には、ユウに手伝って貰って両手武器ツーハンドウェポンの練習をしようと決め、フラフラと家に入る。まだ誰も帰っていない時間だったようで、家の中は静かだった。

 依服を脱いで洗濯機に放り込む。汗を流すためにシャワーを浴びる。


「…ふぅ」


 汗だくで気持ち悪かったが、シャワーを浴びる事によって気分ごとスッキリした知琉は適当に動きやすい服に着替えて自室に入る。なお、知琉はスカートを穿かないので短パンだ。

 ベッドの片隅にはVRゴーグルが置かれており、今すぐにでも接続できる様にセットされてある。


「なんの両手武器ツーハンドウェポン使お…」


 そう考えながらもベッドに寝転がり、VRゴーグルを手に取る。それを装着し、電源を入れる。

 知琉の意識はVR世界へと導かれて消えた。



「…ん」


 トランクィッロの広場でチルとして覚醒した知琉。昨日の戦闘でやたら神経を使ったので宿に戻る気力も起きずに広場でログアウトしていたのだ。

 まずは辺りを見渡す。一般プレイヤーが続々とこの村に到着しているようで、この村の広場にも露店が少々並んでいた。

 続いてチルは友達リストを開き、現在のログイン状況を確かめる。


【ユウ:レベル62】

【アキ:レベル42】

【×ほしねこ:レベル65】

【×シキ:レベル59】

【×ナギ:レベル58】


 全くどうでもいいのだが、チルにはこのログアウトしている人の配列は何か意味があるのだろうか、と気になってしまっていた。が、頭から振り払ってユウにチャットを飛ばす。


『暇?』

『レベ上げなう』

『要するに暇なんだよね?』

『お、おう』

『ちょっと両手武器ツーハンドウェポンの練習したいから手伝って』

『早速対策か』

『ざっつらいと』

『じゃ、取り敢えず村の西門集合で』

『了解』


 チャットを終えたチルはインベントリを開いてその中を覗き込む。チルが今回装備する予定の武器は大剣だ。だが、インベントリには普通に店売りしている様な大剣しか無く、実戦で使えそうなものは1つも無かった。


『ユウ、ごめん。 10分程待ってくれる?』

『りょーかーい』


 チルはユウの気の抜けた返信を確認して、AGI全開で走りだした。グランディオーソの森に飛び込み、雑魚を殲滅しながらドロップ品を拾うのを忘れずに駆け抜ける。レベル差とPSプレイヤースキル差により、約1分で森を抜けて反対側に出る。そこからは本気のAGI任せのダッシュ。敵を倒す必要も無いので無視して駆け抜ける。

 その結果20秒ほどで平原を踏破し、アンダンテに到着する。目的は広場にいるであろう生産職の少女だ。

 チルの思った通りにその少女、アキは広場にいた。いつも通りに店を出して。


「あれ、チルだ。 1人で珍しいねっ」

「…はぁ、はぁ。 ご、ごめん、急に。 ちょっと実用性のある大剣、作って欲しい」

「しかも息切れてるし…。 で、大剣って、チルはナイフと拳銃がメインじゃなかったっけ?」

「ちょっと面倒なダンジョンに当たって、武器自体の火力が必要になってくる、から…」

「ふんふん…。 作ってあげるよ、チルの為だしねっ!」


 アキは店の中に引っ込むと、何やらごちゃごちゃと置いてある内の1つの前に立つ――と、そこで思い出したかのようにチルに目を向けて口を開く。


「あ、そだ。 何か要らない武器とか持ってる?」

「大量にあるけど、それが?」

「最近、鍛冶スキルが上がって武器をインゴットに戻す事も出来る様になったんだぁ」

「あぁ、そう言えばそんなの出来たっけ…」


 チルは少々急いでいたので、素早く取引ウィンドウを開いて要らない装備や防具の素材を放りこんでいく。その度にアキはお金の欄の数字を変えていって、最終的には50万程になっていた。


「こんなに…。 アキ、儲かってるの?」

「ラピスの第一販売者なだけあって、商売繁盛だよっ」


 にこにこと笑みを浮かべながら確認ボタンを押すアキ。それなら、とチルも確認ボタンを押して取引を終える。

 アキは先程立っていた位置とは反対にあるものの近くに立ってそれをタップする。すると、所有者にだけ見えるウィンドウが開いて、そこに先程貰ったレアでも何でもない武器を選択して10個程放りこむ。


(きっとユウさんと待ち合わせでもしてるんだろうなぁ。 割とそわそわしてるの丸解りだし…)


 ならと、思ったアキは装備を入れる欄とは別の欄にラピスラズリを入れる。最近はレベルも上がってきたおかげでラピスラズリは良く手に入る様になっていた。アキのインベントリには現在100個で1ストックの物が3つ程ある。他の露店にも出始めたから、安いものを漁り、買った結果がこの量だ。

 ラピスラズリは序盤から成長装備を作る事が出来る鉱石なのに何故此処まで買う事が出来るのかというと、ラピスの上位と思われる鉱石が出てきているからだ。レベル50からの成長装備を作る事が出来るらしい。アキは是非一度手に入れてみたいと思いながらも『武器→インゴット化』のボタンを押す。すると、直ぐ様ウィンドウが切り替わり、インゴット化成功のメッセージが表示される。

 現れたインゴットの名前は、『ネロインゴット』と表示されていた。真っ黒な、黒曜石に近い色のインゴットだ。

 アキは余り見ないそれを一瞥し、少しだけ目を見開いたものの直ぐに鍛冶台に行って準備を始める。

 準備が整うと、ネロインゴットを叩き始める。準備段階で選べた武器の中から大剣を選び、付加効果に筋力UP50と言う驚きの能力があったのでそれを付ける。

 そうこうしている内にインゴットが眩い光を放ち、1本の剣へと姿を変える。


【漆黒の大剣】 【攻撃力:6800】 【付加効果:筋力UP50】 【闇の洗礼:攻撃時、10%の確率で闇属性の追加攻撃を与える。 初撃のみ100%発動】 【装備レベル;58】


「わっ、強い。 成長装備じゃないけど強いね、これ…」

「ん…? んぅ!?」


 アキが可視化したウィンドウを覗き込んで、思わず変な声が出たチル。確かに成長装備ではないが、恐ろしい強さを秘めた武器だ。装備レベルは58からだが、幸いレベルは丁度58だった。

 チルは視界の端の時計に目を向ける。もう時間が無かったが、成長装備じゃないならと、アキに強化を頼んでみる。


「うん、任せてっ!」


 快く受け入れてくれるアキ。チルは取引ウィンドウにレベルが対応した強化石を渡して待機している。アキが武器の強化を初めて、1分経過した時にアキが此方を向く。


「はい、+6まではしたよ。 此処からは失敗したら壊れちゃうから…」

「十分。 ありがと」

「ほいっと」

「…? この服、は?」

「この前ユウさんにも上げたから、お得様にはサービスで!」


 そうは言うが、この装備はかなり良い能力が付いている。対衝や対魔など、耐性に優れた逸品だった。

 それらを全て受け取り、その場で一式装備してみる事にした。


「わぁ…」

「ん、今度は短パンだし動きやすい…って、なんでアキの他に、広場全体が私を見て…?」


 チルの格好は、黒寄りの赤髪に白いTシャツに黒革のジャケット。此方も黒い短パンに、黒いニーソックス。更に背中には巨大な黒い剣がある。言ってしまえば黒ずくめなのだが、チルがこの恰好をして大剣を担いでいると何故か様になっている。アキは自分でこの装備をチルに渡してよかったと、心の底から喜びを感じていた。


「あ、不味い…。 時間が」

「良い姿見せてくれたサービスっ」

「これは?」

「消費アイテムの転移翼てんいよく。 1回行った所なら行ける奴だよっ」


 アキはわざと少し声を大きめにしてそう告げる。チルは気付かなかったが、周りの目の色が変わった。


「ありがと、じゃ、行くね」

「はーいっ。 今後とも御贔屓にっ!」


 チルがそのアイテムを使用し、消え去ったアンダンテの広場には静寂が訪れていた。

 だが、これは嵐の前の静けさだ。周りのプレイヤーは皆周囲に目を向けるや否や――アキの店に殺到し始めた。


『頼む、転移翼の作り方を! 情報量なら払うっ!』

『俺には売ってくれ! 1つ10万までなら出す!』

『何を! こっちは15万だ!』

「はいはいー、押さないでっ。 順番に並んだら、それぞれ対応しますから~」


 アキは今日も商売繁盛でホクホク顔をしながら客を見事に捌いて行ったのだった。



 転移翼によってトランクィッロまで転移したチルは走って西門に向かう。まだ残り10秒くらいある筈だ。


「ユウ、遅れた…」

「お、来た――」


 チルの姿を見てユウの言葉が止まった。頭に?を浮かべながらユウを見つめるチル。


「すげぇ似合ってるな…。 なんと言うか、様になってるというか…」

「そう? 普段着の格好に近いからそう思われるのかな…」

「いや、俺はお前の私服姿とか見たことないし。 しかも恐らく現実リアルで会ったことないんじゃないか?」

「同じ学生なら、ワンチャン…」

「ありえそうだな。 で、両手武器って大剣の事か?」

「ん、そう。 ちょっと手合わせして貰うだけで良いから、よろしく」

「この辺りでPVPって事でOK?」

「ん、構わない」


 なら、と呟いてユウはチルにPVP申請を送る。勿論、周囲に他プレイヤーがいない事を確認しての行動だ。チルも念のためにサーチの広域探知を使い、入念に調べてから受諾をする。

 両者の間にカウントが現れる。チルは不慣れな大剣を構え、ユウは何時もの太刀を構える。両者の間のカウントが消えると同時に、互いに距離を詰めようと地面を蹴る。


「や、あぁっ!」

「よっ――とぉ!?」


 薙ぎ払われる大剣の一撃を受けようとして信じられないほどの力が伝わってきたので、勢いを殺す様に吹き飛ぶベクトルに逆らわずに吹っ飛ぶ。そして強引に近くにあった木を蹴って止まる。


「――ちょっ!」

「はぁっ!」


 気が付いたらまともに受ける事の出来ない一撃がユウの脳天に振り降ろされいる。それをユウは紙一重の所で避け、背後にある木が両断される。余談だが、木は暫くするとまた生えてくる。

 ユウは完全にチルに翻弄されていた。何よりも、一撃でもまともに受ければ大変な事になるというのが良く解る程豪快なのだ。


「くっ、【幻自――」

「させないぃっ!」

「ぐっ!?」


 チルの振りまわす一撃がユウの腕を捕える。それと同時にその大剣の軌跡を追う様に闇の刃がユウに襲いかかる。今の2撃で、ユウの体力は5割も削られてしまうという事態に陥った。


「ちょ、火力高すぎる上に今のなんだ!?」

「いやぁぁっ!!」


 声と同時に縦横無尽、疾風迅雷に振り回される大剣。ユウの対応がどんどん遅れて行く。時折太刀や幻影等のスキルを使用して戦っているものの、全く追いつく事が出来ない。相手は何のスキルも使っていないのに。

 チルもユウの対応が追い付いていない事に気が付いていた。しかも、防衛一方で一切攻撃が出来ていない。だから、チルはそこにスキルを撃ち込む。


「【ペインスラッシュ】」

「なぁっ!?」


 大剣スキルは初めて見るユウ。ペインスラッシュは大剣の初期スキルで、その大剣の凡そ倍程がリーチである一撃スキルだ。当たれば5秒間持続的ダメージを与える効果付きだ。更にそこに10%の闇の洗礼が発動し、完璧にユウの体力を削りきった。


「俺、この勝負で驚き声しか上げて無かった気が…」

「ふぅ…」


 チルは一息ついて一言。


「可愛かったから、問題ない」

「問題しかない。 俺は男だ!」


 ユウの反論が少し開けた場所に木霊した。

次回は多分直ぐに上げるかと…(汗


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