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嘘彼と、私  作者: ひめきち
嘘彼と、ホワイトデー
9/19

中2・3月(後)

 プレゼントは気持ち。

 そう。贈られる品物がどうこうじゃなくて、そこに込められた気持ちが大切なんだと思う。

 渡す相手に喜んで欲しい、相手の笑顔が見たい。その想いこそが重要なのであって、品目で一喜一憂するなんてのは本末転倒だ。


 それに、伊織くんは、絶対意味なんて知らないで、純粋な気持ちで選んでくれたはずだよ。


 だから、例えホワイトデーに渡されるマシュマロの意味が『あなたのことが嫌い』なんだとされていても…………


 私が伊織くんに『好きだけど、直視出来ないくらいにちょっと太目なマシュマロ似の女の子』だと思われていたとしても…………


 …………


 …………



 どうしよう。立ち直れる気がしない……。



*****



「あらあら? 千奈津、どうしたの?」


 リビングのソファにうつ伏せになって落ち込んでいたら、買い物帰りのお母さんに見つかった。私が握り締めていた包みを指差して、


「ホワイトデーの?」


 とお母さんが訊いてきたので肯くと、怪訝な顔をされた。


「その割には浮かない顔ねえ。それ、トンボのクッキーのお返しなんでしょ?」


 お母さんは、バレンタインに何を作るかで私が四苦八苦していた姿を知っている。想い人から想いを返されて、何が不満なのか分からないのだろう。


「だけど中身が……マシュマロだったの」


 佐々木ちゃんから聞いたホワイトデーのお返しの話をすると、お母さんに軽く笑い飛ばされた。


「ホワイトデーのマシュマロって、確か最初はチョコ入りだったのよ。『君の気持ちチョコ僕の純白な気持ちマシュマロで包む』ってコンセプトだったはず」


 それがいつの間にか真逆の意味に変わっちゃうなんて世の中ものは言いようねえ、と、お母さんは呆れた様子だった。


「でもまあそれはそれとして、微妙かもね

 ……あなたマシュマロ嫌いだものねえ」


 そう、実は私は、元々マシュマロが好きではない。あの、歯応えがあるようで無い、もきゅもきゅした独特の食感が苦手なのだ。

 ちなみに焼きマシュマロも苦手。食感を変えたら食べられるんじゃないかと、バーベキューの時お父さんがマシュマロを串に刺して炙ってくれたことがあったんだけど、子供だった私は舌を火傷してしまって、そこからずっと食わず嫌いのまま。"三つ子の魂百までも"の悪い実例だ。


「そんな顔してちゃ勿体無いわ、折角の頂き物なのに」


 分かっているのかいないのか。お母さんは私の手から包みを取り上げて、裏面をまじまじと見た。


「ああ、それにちゃんとゼラチンのやつじゃない。これってお肌にいいのよ」

「え?」

「つまりコラーゲンよ、コラーゲン」

「……そうなの?」


 お肌に良い食品と言われて興味の湧かない女子などいない、いるハズがない。

 私は返された包みをじっと見つめた。


 半透明のピンクの袋の口が小花の付いたリボンでキュッと結ばれた、可愛らしいラッピング。その中にまあるいマシュマロが宝物のように詰められている。

 どんな顔をして伊織くんがこれを買ったのかと考えると、なんだか可笑しい反面、胸が熱くなった。


 きっと凄く勇気を出してレジに並んでくれたんだろう。


 それなのに受け取った私の顔は、動揺して引き攣っていなかっただろうか。


 ……折角伊織くんがくれたのに、悪いことしちゃった。


 そんな私を横から眺めていて、何を思ったのか。お母さんは、口元に手を当てて身体を反らした。


「まあ、ふふふ」


 ……お母さん、ニヤニヤ笑い誤魔化せてないよ?


「ちょうど良い機会だし、リベンジしてみる? 千奈津」


 私達はキッチンへ移動した。お母さんは食器棚からマグカップをふたつ出すと、ミルクパンで牛乳を、ヤカンでお湯を沸かし始めた。


「お母さんは紅茶、千奈津はココアでお願いね」


 お母さんはそう言うと、私にプレゼントの包みを開けさせて、自分は棚からココットや板チョコを取り出していく。お菓子を作るのかな? と思いながら指示された通りに飲み物の支度をすると、お母さんはカップの中身にマシュマロを数個ずつ浮かべた。さらに私の分は、溶かしたチョコでマシュマロの上ににっこりマークまで描いてくれた。


「はい、よく混ぜてから飲んでね。僭越ながらお母さんもご相伴させていただきます」


 温かい液体にマシュマロがゆっくり溶けていく。口に含むと独特の香りと甘さが広がった。


「美味しい……」


 複雑に縺れた心の糸が解れていくような気がした。

 甘くて温かい飲み物は、人を幸せにする。


 これは伊織くんのくれた味だと思えば、余計に美味しく感じられた。


 私達はキッチンに立ったまま無言でカップの中身を飲み干した。飲み終えて器を流しに置くと、お母さんが私の方を見て微笑んだ。


「……良かった。これで今度は素直にお礼が言えそうね?」


 顔が赤くなる。お母さんには私の気持ちなんか全部お見通しみたいだった。


「好きな人なんでしょ。色々考えちゃうのは仕方ないけど、一番大事なところを間違えたら駄目よ? 千奈津」


 お母さんの言葉は、ココアの温もりのように私の心にじんわりと染みていく。


 ……そうだね。


 大事なこと。

 それは、私の気持ち。

 それと、伊織くんの気持ち。


 結局はそれだけだったのかもしれないね。


「コーヒーとかホットミルクに入れても美味しいのよ。ついでにデザートも作りましょうか」


 それからお母さんと私は、マシュマロを使って簡単チョコムースを作った。よく冷やされて晩御飯のデザートに出されたそれは、帰宅したお父さんにも好評だった。代わりにお父さんから私達2人に渡されたのは有名パティシエ作のマカロンで、そっちも当然美味しかったんだけど。拙い自作のムースの方が何倍も特別に感じられたのは、けして判官贔屓ではないと信じたい。



*****



 週明けの月曜日。

『話がある』と、昼休みに私は伊織くんに教室から連れ出された。滅多にないシチュエーションに戸惑ってしまう。

 黙々と先導する背中について体育館の裏手まで来ると、伊織くんはようやく私の方へ振り向いてくれた。切れ長の一重の目と視線が合った、かと思えば一瞬逸らされ掛けて、またすぐはっしと合う。

 珍しい。伊織くん、躊躇っている?


「……あのさ、変に気を使わず率直に答えて欲しいんだけど」


 声は視線よりも雄弁だ。

 伊織くんがあまり言いたくない事を口に出しているのだとすぐ分かった。

 困っている、というより言い淀んでいる。


 何だろう。

 伊織くんでもこういう日あるんだな。

 いさぎよいのが信条のような人なのに。


 でもそこは伊織くん。ひとつ深呼吸をして、さくっと切り出してきた。


「もしかして、ちー…………マシュマロ嫌いだった?」


 私は、思わず必死に首を横に振った。


「ううん、好き───好きになったよ。伊織くんがくれたから」


 ああ、やっぱり私の態度、変だったんだ。

 伊織くん、気にしてくれていたんだな。


「……ごめんね、本当の本当は、最初苦手だったの」


 そう打ち明けてからココアの話をすると、一目で見て分かる程に伊織くんの肩から力が抜けた。


「そっか、良かった。……いや、良くはないけど、正直に言ってくれて安心した。俺って間抜けだよな。男子の話を鵜呑みにせず、ちゃんとちー本人に確認しておけばよかった」

「男子の話って……?」

「女子の好きそうなもの。バレンタインに女子全員から義理チョコ貰ったろ? それでクラスでさ、ホワイトデー何返す? って話になって……言い訳になるけど、ちーならマシュマロとか好きそうだよな、って田中達が」


 田中くん達によると、ちまくてフワフワで優しそうな所が私と似ている、らしい。男子はやっぱり佐々木ちゃん説は知らないんだな。

 ということは、あれ?

 これもしかして、"マシュマロ系女子"……関係なくない?

 伊織くんに目を逸らされたと感じたのもたまたまで……私、腹筋とか頑張る必要、別になかったんじゃないの?


 ……良かったぁ。


 じんわりと安堵感を味わっていると、伊織くんが息を吐いた。


「ちーの好きなもの、教えてよ」

「え? いいよ、本当に。言ったでしょう、伊織くんのおかげでマシュマロ嫌いがちょっと克服出来たんだし」


 私が手を振ると、伊織くんは一重の目を笑みの形に細めた。私の好きな表情だ。


「……来年は本当にちーの好きなものをあげたいから」


 伊織くんの言葉に、心臓が高鳴る。

 私の返事はそれ自体が生き物のようにするりと唇から滑り落ちた。


「ううん。この次も、マシュマロでいい」



 だって、気が付いてしまったの。

 今キャンディを1回貰うより、来年も再来年もその先もずっと……バレンタインには私が甘くないチョコをあげて、ホワイトデーには伊織くんがマシュマロを返してくれる、それをこの先何回でも繰り返していきたいって。その方が私にとってはずっとずっと幸せなんだって。


 だからマシュマロでいい。

 ううん。

 伊織くんのくれるマシュマロが、いい。



 それだから、今日こそ。私は心の底からの笑顔で、こう言うんだ。


「嬉しかったよ。ありがとう、伊織くん」


 そして心の中でもう一言だけ付け加える。

 ──大好きだよ、伊織くん。



*****



 中2のホワイトデーに私が貰ったのは、甘い甘い、大切な──約束。

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