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嘘彼と、私  作者: ひめきち
嘘彼と、ホワイトデー
8/19

中2・3月(中)

「い、伊織くん。あのね……私のイメージって、マシュマロかな?」


 次の日の朝。私は、始業前に伊織くんを階段の踊り場で待ち伏せした。自虐的かもしれないけど、どうしても確認せずにはいられなかったのだ。なけなしの勇気を振り絞って訊いてみると、伊織くんはひどく驚いたようだった。


「ちー! どうして知っ……?」

「あ、うん、ごめんね? なんか教室でそんな話してる時にたまたま聞こえちゃって」

「聞いてたんだ⁉︎」


 ゲホゲホゴホッ、と伊織くんがせるように咳き込んだ。



「樫木、風邪? はい、のど飴あげる。甘糟さんもドーゾ」


 通りがかったクラスメイトの国重くんが、私達にミント味の飴を一個ずつくれた。


「……国重」

「どうもありがとう、国重くん」


 受け取った伊織くんが微妙な顔をしている。

 いや、今のは、多分違うんだろうけどね。取り敢えず私が二人分のお礼を言って、ありがたく貰っておいた。


「ちー、あれはその……」


 国重くんの背中を見送ってから、伊織くんが私に何かを言い掛けたけど、


「ほぉらホームルーム始めるぞー」


 職員室から上ってきた担任の先生によって、あえなく私達は教室へと追い立てられた。





 その日から私は日課として腕立て伏せと腹筋を始めた。


 正直、私は、運動は苦手ではないけど得意でもない。先日のマラソン大会では300人中218位という中途半端な順位だったし。部活に入っていない帰宅部女子……というだけでもう色々と察せられるんじゃないだろうか(泣)。


 でも、でもね。

 女の子としてここは頑張りどころだと思うんだ!

 彼氏に目を逸らされるような体型に甘んじていたら、胸を張って「私が彼女です」とは名乗れないよね⁉︎ 不肖、甘糟千奈津、一念発起して頑張ります‼︎



*****



「い、痛い……」


 朝起きたら全身が筋肉痛だった。

 鍛えたのは二の腕とお腹周りだったはずなのにおかしいな。こんなんでちゃんとシェイプアップ出来るのかしら。


 おかげで学校までの道程が信じられないくらい遠かった。太腿が持ち上げられず、靴を引き摺るようにして歩いて来たのだ。その上、校舎の階段ときたらいつもの倍の長さに感じる。膝が笑って手すりに掴まらずには歩けない。誰か今すぐエスカレーター設置して……!


 昨日の今日でどうなの、このていたらく。自分で自分が情けないよぅ。


 登校する生徒達が無情にもガンガン私を追い抜いて行く。長谷川さんとか、佐々木ちゃんに波瀬くん達……顔見知りの何人かが心配してくれたけど、「ありがと〜。でもただの筋肉痛だから気にせず先に行って?」と言うと、何故か全員から励ましの言葉と共に苦笑いを贈られた。切ない。


「甘糟さんおはよう」

「あ、おはよう国重くん」


 次に私に声を掛けてくれたのは、国重くんだった。階段の真横に並んで、ゼンマイ仕掛けの人形のような私の挙動を訝しげに眺めてくる。


「……それは、階段を上るのにどれだけ無駄に時間を掛けられるか挑戦中なの? それとも新しいパフォーマンスか何か?」

「いや、単なる筋肉痛で」

「どうりで斬新過ぎるアプローチだと思った」


 嫌味ではなく素朴な疑問が解消したといった風に言われると、怒る気にもなれない。


「筋肉痛は辛いよね。頑張っている甘糟さんにこれあげる」


 促されて開いた私の掌に、ぽとんぽとんと小さな飴が幾つか落とされた。白地に点々と赤いイチゴがプリントされた包装の、可愛いキャンディ。


「甘いものは筋肉疲労にいいらしいよ」

「わあ、い○ごみるく! ありがとう私、これ大好きなんだ」

「うん、僕も。好きだよ」


 じゃあ健闘を祈るね、と手を挙げて国重くんは先に階段を上って行った。

 私は一旦その場に立ち止まり、包み紙を解いてキャンディを口に入れる。イチゴと練乳の優しい味がした。


 国重くんっていつも飴持ってるなあ。先日のチョコといい、本当に甘いものが好きなのね。なんだか親近感湧くかも。


 糖分を摂取した事で、私は少し元気になった。さっきまでよりスピーディーに歩けるような気さえする。……単純にも程があるな私。


 だから、普段通り遅刻ギリギリに教室に入ってきた伊織くんには、無様な私の姿をなんとか見せずに済んだのだった。



*****



 3月の中旬近くになると、女の子達は一様にソワソワし始める。先月のイベント時に本気で頑張った女子達は特に、そうじゃない子もそれなりに。


 だってもうすぐホワイトデーだから。


 表立っては言えないけど、大なり小なり皆、お返しを期待しているのだ。友チョコでも義理チョコでもさ、お返しを貰えるとやっぱり嬉しいよね?


 私達のクラスでも、寄ると触るとその話題。催促だと思われたら困るから、男子には聞こえないように、女子の間だけでこっそりとだったけど。

 そんなある日、情報通な佐々木ちゃんが意外な小ネタを持ってきた。


「ねえねえ、ホワイトデーのお返しにはそれぞれ意味がある、って説、知ってる?」

「えっ何それ知らない」

「私も初耳。教えて教えて」



 佐々木ちゃんが言うにはこうだ。


 甘い甘いキャンディは『あなたの事が好き』、一味違うマカロンは『あなたは特別』、サクサクしてるクッキーは『友達のままで』……そして、マシュマロはすぐに溶けてしまうことから、『あなたが嫌い』───という意味があるらしい。



「知らなかった、そうなんだ……!」

「え、でもマシュマロも普通にホワイトデーお返し用に売ってるよね?」

「意味なんて後付けでしょ」

「あーでもその話、あたしもどっかで聞いたことあるー」

「都市伝説の類い?」

「マシュマロ好きなのに〜」

「うちのクラスの男子とか、絶対意味なんて知らないよー!」

「でもさ、それ聞いちゃったら……」


 私達は、女の子同士で顔を見合わせた。


「……もらうの、複雑だよね?」




 なんだか嫌な予感がする。

 佐々木ちゃんの話を聞きながら、私の鼓動は不吉な感じに跳ねていた。

 マシュマロ。

 私にはその単語に充分過ぎるくらいの心当たりがあったから。


「あれ……千奈津、どうかした?」


 美和ちゃんが心配する程、私は変な顔をしていたらしい。


「なんでもないよー」


 えへへ、と慌てて笑顔でかぶりを振ってみせたけど、はたして私のその予感は的中した。





 ──3月14日。私が伊織くんから手渡された包みの中には、紛うかたなきマシュマロが入っていたのだった。






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