中2・2月(前)
今年も、女の子にとって重大な、決戦の日がやってくる。
それは、2月14日。
そう、聖バレンタインデーだ。
*****
「あ、このチョコ、美味しそう!」
「新作だ~良いね、良いね」
「私こっち買うから、半分こしようね」
美和ちゃんと私、甘糟千奈津は、コンビニで、新商品のチョコを買い漁っている所だ。
この時期って毎年、チョコレートの新商品が目白押しなんだよね。
定番の商品はスーパーやドラッグストアでいつもはお安く買うんだけど、新作を入手する為にはやっぱりコンビニエンスストアが一番早い。多少の割高感は我慢我慢。まあお財布の許す範囲内で、だけど。
味見はしたい。でも、女の子だもの、摂取カロリー過多は気になる。そこで必須となるのが分け合いっこ。一口か二口、食べられればいい訳なのだ。
「ん~、これ、美味しい!」
「そうだね、これは当たりかも」
「今年の友チョコはこれにしよう」
バレンタインのチョコが多様化したのは何時からだろうか。
本命チョコ、義理チョコ、友チョコ、自分チョコ、いつもお世話になってますチョコ、これからもよろしくチョコ……最後辺りもう何が何だか分からないけど。結局女の子は大体皆チョコが好きな訳で。自分だって食べたい、と思った女子がこんな風に変えてきたに決まってる。
コンビニを出て、最寄りの公園のベンチに二人で腰掛けて、そんな風に考えながら呑気にシェアしたチョコを食べ比べていたら。
「それで、千奈津。樫木君へあげるチョコは決まったの?」
隣に座る美和ちゃんから鋭い質問をくらって、私は思わずむせてしまった。
「け、けほん、こほっ。……まだだけど」
ホント危ない、気管に入るところだった。うわ、今すごく嫌な死に方するところだった。気を付けよう。
「彼チョコから決めとかなきゃ駄目じゃない~。高級チョコとかは(お財布的に)難しそうだし、ここはやっぱり手作り? ん~、ちなみに去年はどんな物あげたんだっけ?」
「……あげてない」
「え?」
美和ちゃんがキョトンとする。
だよね。そう思うよね。去年のバレンタインってもう、私と伊織くんは公認カップルになっていたもんね。嘘カレだったとはいえ―――ううん、むしろ嘘カレだったからこそ、世間体の為にチョコ、渡すはずだよね。
「あげてないよ。私、去年、インフルエンザで出席停止だったもん……」
「あぁ……そういえばそうだったね……」
美和ちゃんが残念なものを見る目つきをして、私の肩を叩いた。
「だ、大丈夫だよ、千奈津。今年頑張ればいいじゃない。リベンジ、リベンジ。美味しいチョコ作って、去年の分まで樫木君を驚かせてやろうよ!」
「美和ちゃんありがとう……でも、伊織くん、甘いもの苦手なんだって……」
「心なしか今、ハードルめっちゃ上がったよね」
「美和ちゃあん……」
半泣きで訴えると、美和ちゃんは「冗談だよ」と言って笑ってくれた。
美和ちゃんはちょっと姉御肌なところがあると思う。性格はサバサバしていて、竹を割ったような感じ。
他人からは少し目がキツいと言われる事もあるけど、美和ちゃんは美人だ。
私とは外見も性格も真逆と言っていい程違うけど、そのせいか却って気が合う。大好きな親友だ。
私が困っている時はいつだって、さりげなく助けてくれる。
今、美和ちゃんには好きな人も気になる人もいないらしい。でもいつかそういう人が現れたら、私も美和ちゃんの悩み相談に乗ってあげられるようになりたい。されるだけじゃなくて。助けられるだけじゃなくて。大好きな美和ちゃんの為に、何かが出来る自分になっていたいと、そう思う。
「本当にさ、大丈夫だと思うよ。最近の樫木君と千奈津、どことなくいい雰囲気だし。……クリスマスに何かあった?」
「う」
顔が、真っ赤になってしまう。そんな私を見て、美和ちゃんが目を見張った。
「え、本当に何かあったんだ。手、繋いだ?」
ぶんぶん。
首を振って否定。
握手はしたけど、手を繋ぐって、そういう意味じゃないよね。
「まさか、キスでもされた?」
ぶんぶん。
滅相も無い。
「え、じゃ何……」
「一緒に帰った」
「………………レベル、そこ?」
はぁ―――っと、美和ちゃんが長い溜息をついた。
「ごめん千奈津、もうちょっと進展してから報告してくれるかな……」
呆れ顔の美和ちゃんは、気の所為か、肩をがくんと落としていた。
*****
公園で美和ちゃんとサヨナラして、帰宅した私は部屋に籠もり、雑誌を持ってベッドに寝転んだ。
今、バレンタイン特集だからね。甘くないチョコの作り方でも載っているといいんだけど。
やっぱり今年はあげたいよね、伊織くんに、バレンタインチョコ。
美和ちゃんからも、「頑張れ。むしろ、ここが頑張りドコロだよ! 死ぬ気で頑張れ千奈津!!」って言われたし。……そんなに駄目だったかな、一緒に下校出来たくらいで喜んでちゃ。
いや、でもね?
クリスマスプレゼントももらったし。
嘘カレ嘘カノも卒業して、本当の彼氏彼女になった訳だし。
あ、愛を確かめ合った、と言ってもいいんじゃないかなぁ、って思うんだけど……!(赤面)
きゃあ――!
きゃあ―――!!
きゃ………………
……………………
…………………………あれ?
そういえば私、『好き』って一言も言ってないよね。
よく考えたら、言われてもいない。
伊織くんのくれた言葉って『プレゼントもらってくれ』『似合う』で、私が『ありがとう』で、……ええとそれから、『来年もまたよろしく』って言われて『私こそよろしく』って返して…………。
あ、あれ?
しかも私、プレゼント貰ったのはいいけど、自分は何もあげてないじゃない! 伊織くんの為に焼いたクッキーは、結局美和ちゃんと食べちゃったんじゃない!
最悪!
初詣だって例年通り家族と行っちゃったし、正月三が日は伊織くんから貰った年賀状を眺めてニヤニヤしちゃったけど冬休み中部活で本人とは全然逢ってないし、よく考えたら私と伊織くん、何の進展もしていないよ!
私は、がばっと身を起こした。ベッドの上でゴロゴロ回転していたので、シーツがぐちゃぐちゃになっていたけど、気にしてはいられない。
駄目駄目だ、私!
嘘カレを今度こそ解消するためにも、バレンタイン、頑張らねば!!