中2・12月(後)
クリスマス前の連休は、家族で温泉に行った。同居していない祖父母(父側母側両方)を伴って家族全員で近場の温泉旅館に一泊、これがうちの毎年の恒例行事だ。クリスマスムードで日本全国が浮き立つこの時期は、ホテルやペンション等洋風の宿泊施設は混雑しているけれど、和風旅館は却って穴場で、意外と狙い目なんだそうだ。ちなみに年末年始になると今度は逆になる。お正月とかホントお高いよね、旅館。
温泉を堪能した後は、ショッピングモールで冬物バーゲンセールを満喫した。両親から早めのクリスマスプレゼントとして、服や小物を買ってもらう。今回手が出せなかったものは目を付けておいて、年明けの次のバーゲンを狙うんだ。今度は美和ちゃんと来よう。軍資金(お年玉)も多少は入る予定だし。
うちに帰った私は、早速新しい服を着て、鏡の前で合わせてみた。
温泉効果か、いつもよりお肌がつるつるになってる気がする(個人の感想です、万人に当て嵌まる訳ではありません)。
この服も結構似合ってて、買って良かった。普段より私、可愛く見えるような気がする(あくまで当社比です、責任は負いかねます)。
伊織くんに見せたいなぁ。もし今逢えたらなんて言うかなぁ。「ちー、可愛い」とか言ってくれたり……………………うん、しないだろうなぁ。
伊織くんは優しいけど、甘い言葉とか吐くタイプじゃなさそうだし。(だがそこがいい!! ……とか、言ってみたり。)←照れ
連休が終わったら、いよいよクリスマスだ。
そして終業式が来て、冬休み。2週間近く伊織くんに逢えなくなる。
「おはよう」も「バイバイ」も言えなくなる。目を細めて返事をしてくれる伊織くんの、大好きなあの表情ともしばらくお別れだ。
―――寂しいな。
世の中の恋人同士の人達は、どうやって休みの間に逢う約束しているのかなぁ。
好きな人とは毎日逢いたいし、話したいし、傍に居たい。
そういう気持ちは、一体どこまでなら相手の迷惑にならないんだろうか。
皆、仕事とか学校とか部活とかと、どうやってバランス取って恋愛しているのかなぁ。
恋人って……カレカノって、難しい。
そう思うのは、私と伊織くんがやっぱり本物のカレカノじゃないからなのかなぁ……。
*****
クリスマスでも、平日。
学校の授業は普通にあった。クラスの話題は主に、プレゼントに何を貰ったか、だ。
朝、いつものように始業間際にやってきた伊織くんに挨拶をする。
「おはよう、伊織くん」
「ちー……」
あれ? なんだか伊織くんの歯切れが悪い。どうかしたのかな? 風邪引いたとか?
そんな風に思って見ていたら、背後から近付いて来た波瀬くんが、伊織くんの背中をバシッと叩いた。
「ぅおっす! 伊織、プレゼント何貰ったよ?」
「……った! 待てこら波瀬!!」
叩かれたのが凄く痛かったらしく、伊織くんは逃げ回る波瀬くんを追いかけた。
うん、大きな音してたもんね……。伊織くんの背中、赤くなってそう……。
そうこうするうちに本鈴が鳴り、担任の先生がやって来てホームルームが始まった。
給食は班に分かれて食べる。席順に6人ずつで机を寄せ、向かい合って食べる形だ。
今日のメニューは牛乳、クリームシチューに照り焼きチキンとパスタサラダ、そしてデザートにショートケーキが付いていた。美味しいんだけど、クリームシチューと牛乳ってかぶってない? これだけ牛乳摂ったら身長伸びないかな……もう私の成長期は終わっちゃっただろうから、やっぱり無理かしら。憧れるんだけどな、モデルみたいなすらっと高い身長。
「あれ伊織、ケーキ食べないの?」
波瀬くんの声がした。
波瀬くんと伊織くんは、私とは別の班だ。
「食べたいならやるよ。甘いもの、最近あまり得意じゃなくなってきて」
昨日家でも食べたんだ二日連続はキツい、と伊織くんが言うと、波瀬くんは喜色満面でデザートを受け取った。
「おおサンキュ。俺は毎日でも大丈夫だぞ」
愕然としてその遣り取りを見ていると、伊織くんと目が合った。
「ちー? ……欲しいか、ケーキ」
「うっ、ううん」
波瀬くんからデザートを取り返そうとする伊織くんに気付いて、私は慌てて否定する。
「何でもないよ。それは波瀬くんにあげて」
「そうだぞ伊織! 貰ったものは俺の物、残った物も俺の物」
「どんだけ意地汚いんだお前は」
波瀬くんと伊織くんの掛け合いがクラス中の笑いを取り、私はどうにかこの場をやり過ごせて、ほっと胸を撫で下ろした。
実は私、今日、伊織くんの為にクッキーを焼いてこっそり持って来ていたのだ。
クリスマスだし、ちょっと彼女らしい事でもしてみようかなって……。
魔、魔が差したの……! うわっ恥ずかしい、ゴメンナサイ。
危なかった。伊織くんが甘いもの苦手だったとは……。手渡す前に気付けて良かったよぅ。今日の事は秘密にして墓場まで持って行こう。慣れない事はするものじゃないね……。
このクッキーは後で美和ちゃんと食べようっと。
羞恥に火照る頬の熱を誤魔化そうと、私は冷たい牛乳を一気飲みした。
*****
「あら大変、ガス缶の残量が思ってたより少ないわ」
夕方、お母さんを手伝って料理をしていた私は、急遽お使いを頼まれた。今夜はお鍋の予定なのだけど、カセットコンロのガスが途中で切れてはいけないというので、予備を買いに行くことになった。
クリスマスにお鍋ってどうなの? と思わなくもないんだけど、チキンもケーキも昨日食べちゃったし。イブの方がクリスマス当日よりも盛り上がる家庭って、うちだけだろうか。
「千奈津。急がなくていいから、気を付けてね」
クリスマスイルミネーションでライトアップされた近所の商店街をのんびり歩いているうちに、ふと、中学校まで足を延ばしてみようかと思い立った。伊織くんは今日も部活の筈だ。運が良ければ竹刀を振る彼の姿を一目、見る事が出来るかもしれない。
私は心もち歩みを速めた。
学校の校門に付いた時には、辺りはもう暗くなっていた。道場の明かりも消えて、部活動は終了している様子だった。
……ちぇ。クリスマスだからって、やっぱりそんなに上手くはいかないよね……。
私は足元の小石を蹴った。ころころと転がる石。校門の方へと向かったその石は、誰かの足元で止まった。
「―――……ちー?」
聴き慣れたその声に信じられない気持ちで顔を上げると、伊織くんが立っていた。剣道部の数人と一緒にいる。ちょうど部活が終わって皆で帰宅するところだったようだ。
うわぁ……何これ聖夜の奇蹟?
一目逢えただけで充分です大満足です神様どうもありがとう!
「ちー、その荷物……買い物?」
「あっうん、お使い頼まれて」
そこでハタと気付く。
しまった私、めちゃめちゃ普段着だ! 伊織くんに逢えると知っていれば、先日買った服着てくるんだったのに…!
「わ、私帰るね。皆、部活お疲れ様!」
焦って踵を返す私に、伊織くんが駆け足で追い付いてきた。
「ちー、待って」
「伊織くん?」
「もう暗いし、俺送っていくから。皆、また明日な」
ええ!?
予想外の展開に私が動揺している間に、剣道部の皆は口々に別れの言葉を言いながら立ち去って行き、校門前には私と伊織くんの二人だけが残された。
「ちーの家、こっち方面だったよな」
伊織くんに促されて歩き出す。荷物持とうか? と言われたけど、どう見ても通学鞄と部活道具を背負っている伊織くんの方が大荷物だったので、丁寧に辞退する。ガス缶だけだからそんなに重くないし。
というか、伊織くんと家路を歩いているよ、私……!
伊織くんは私の歩幅に合わせてゆっくりめに歩いてくれる。私達は少しだけ間を空けて、並んで歩いた。こんな事あっていいのだろうか。まるで本当の彼氏彼女みたいだわ。
「部活、毎日遅くまで大変だね」
「あー……うん、大会近いから」
「そっか、頑張ってね」
―――緊張する。ええと話題、話題……。
「あ、伊織くんは今年、サンタさんに何貰ったの?」
ゲホゲホ、と急に伊織くんが咳き込んだ。どうしたんだろう。か、風邪?
「何それ真面目に訊いてるの?」
「え? な、何が??」
「……ちー、最高」
伊織くん、目に涙を溜めて笑っている。
何がそんなにウケたのか分からない。タイムリーで無難な話題だと思ったのに。
「ちーはさ、そういう所がいいよな。素直で純粋で。家族の事を大事にしてるし、家族からも大事にされてるって感じがする」
「え、え?」
「手、出して」
訳が分からないまま言われた通りに掌を差し出すと、伊織くんは制服のポケットから取り出した包みをその上に載せた。くしゃくしゃの包装を解くと、出てきたのは花の形をした可愛い髪留めだった。
「え、これ……」
「クリスマスプレゼント。もらって? 負けないくらい俺も、ちーのこと大事にするから」
本当は今朝渡したかったんだけど、と言って伊織くんは私から髪留めを取り上げた。その手が伸びてきて、私の髪に付けようとしてくれる。けど震える私の所為かぎこちない伊織くんの手つきの所為か、髪留めは私の髪を滑って、地面に落ちてしまう。
「やっば」
伊織くんは髪留めを拾い上げ、自分のバッグから取り出した布で汚れを拭き取った。
あ。
「伊織くん、その手ぬぐい、この前部活中に汗を拭いてたやつ……?」
「あ? うん、そう。……いや、ちゃんと洗濯はしてるけど」
なんだ、坂江さんの物じゃなかったんだ。伊織くん自身の持ち物を手渡してくれただけだったんだ……。そりゃ迷い無く受け取るよね。なんだ……なんだそうか……。
「……ちーのタオルなんか勿体無くて使えないよ。綺麗だしなんだかいい匂いするし。剣道の防具って、そりゃもう半端無く臭いんだぞ」
伊織くんはぶつぶつ言いながら、拭き終わった髪留めを、今度はきちんと私の髪に付けてくれる。それから私の顔を見て。
「うん、似合う」
一重の目を細めて笑う伊織くん。私の一番好きな顔だ。
「ちー。来年もまたよろしくな」
伊織くんが差し出してくれた手を、私はどきどきしながら握る。
「……ありがとう。私こそよろしくね、伊織くん」
それから二人で、民家や商店街のイルミネーションを眺めながら帰った。遠回りになってしまう伊織くんを気遣いながら、でもなんだか離れ難い気持ちで。ささやかだけれど温かい小さなライトアップは、嘘カレと嘘カノを卒業したばかりの私達には、とても相応しい明かりのように思えた。
ちーちゃんはサンタクロースを信じている子です。