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嘘彼と、私  作者: ひめきち
嘘彼と、クリスマス
2/19

中2・12月(中)

「もうすぐクリスマスだねぇ。千奈津、今年の予定は?」


 休み時間に美和ちゃんが訊いてきた。


「ん、毎年恒例、家族でパーティーするくらい?」

「え。樫木君と出掛けたりしないの?」

「しないよ。平日でしょ。伊織くん、放課後は部活だもの。去年もそうだった」

「……ふ、冬休みは?」

「毎日部活らしいよ。年明け早々に、剣道の大会があるんだって。うん、去年もそうだったよ……」


 聞いていた美和ちゃんが悲愴な顔をして、私の手をがしっと握ってきた。


「ち、千奈津! 負けるな!! 千奈津にはあたしがついているよ!」

「……美和ちゃん、冬休み、私と遊んでくれる?」

「もちろんだよ、千奈津!」

「「おお、心の友よ!!」」


 そうして、私と美和ちゃんは固く手を握り合ったのだった。

 

 

*****



 実を言うと、伊織くんと私は、デートをした事が無い。

 と言うか、そもそも一緒に登下校をした事すら無い。伊織くんは毎朝部活の朝練があるから早朝登校だし、帰りも部活だ。部活後は、そのまま部活仲間と帰宅するようだ。

 テスト前など、部活の無い期間ももちろんある。もともと同じ小学校区だったのだから、伊織くんと私の家は距離的にはそう遠くは無い。けれどツイていないことに、中学校を挟んでお互いの自宅が丁度反対方向に位置しているのだ。偶然登校途中でバッタリ、とか、自然な流れで途中まで一緒に下校、とか、そんな事望むべくもない残念すぎる地理だ。


 一度、伊織くんに、休日は何をして過ごしているのか、尋ねたことがある。

(うん私、頑張った! 勇気振り絞ったよ! ……結果は惨敗だったけど。)

 伊織くんの答え→部活、自主練、男友達と遊ぶ。

(はい完全に私、眼中にないよね、ワカッテマシタ)



 メールの遣り取りもしてない。

 えっと……イマドキ誰にも信じてもらえないかもしれないけれど、まず私は携帯を持っていないのだ。

 SNS? ライン? ツイッター? 何それ美味しいの?


 ちなみにこのへんは小学校でも中学校でも、原則、学校内には生徒は携帯持ち込み禁止になっている。でも塾や習い事の時用とか、自宅用として、携帯電話を所持している生徒が大半だ。


 それなのに私が親への連絡用に持たされているのは、小銭とテレカだ。

テレカって何か知ってる? テレホンカードって言って、公衆電話のみで使えるプリペイドカードなんだよ。見た事ないでしょう。うん、公衆電話自体もあまり見かけないものね。外出先で電話掛けたい時、公衆電話探すの本当に大変なんだよね……(遠い目)。


 つまり、うちの親は多分アナログなんだと思う。と美和ちゃんに言ったら、「それで納得している千奈津も相当だと思うよ」

って言われたけど。


 でも、しょうがない。

 あるものは使わないと、もったいないオバケが出るもの。

 何年前のお正月だったか(多分小学校低学年の時)、親戚の集まりで私がテレカ使っているって話をすると、後日親戚中から「もう使わないからこれ千奈津ちゃんに」と、山のようにカードが送られてきた。

なんでもテレカというものは、一昔前に一世を風靡し、誰もが所持していた物だったそうなのだ。けれど携帯の普及と共に徐々に廃れていき、今では売っても二束三文にしかならないんだって。無料ただで手に入れたテレカの山を前に、

「これだけあれば千奈津の中学卒業までもつわね」

とお母さんがほくほく顔で喜んでいたっけ。おかげで未だに私は携帯を持っていないマイノリティーなんだから、無料ただより高いものは無いって、あれ言い得て妙だよね……ちょっと違うか。

 さすがに『高校生になったら携帯所持してもよい』との言質げんちは既に取ってあるから、あと1年ちょっとの辛抱だ。


 伊織くんはどうなのかな。携帯、持っているのかな。使っている所、見た事ないんだけど。伊織くんの和風で古風なイメージには、そもそも携帯って似合わない気がする。持っているとしても、スマホよりガラケーって感じだ。

私のメアドもケー番も訊かれた事ないから、やっぱり持っていないのかな。持っているのに敢えて訊いてこないんだとしたら、やっぱり彼女としてはショックだなぁ。そりゃあ私は嘘カノだけど、さ……。



 一応これでも公認カップルにはなっているのに、『付き合っている』と言えるような事を、私と伊織くんは何もしていない。

 始まりからして、どちらかが告白された訳でも、した訳でもないし。

 伊織くんが私を助けてくれて、その話がいつの間にか皆に広まって………なし崩し的に周囲から『カレカノ』と見なされているだけなのだ。否定したら私が困ると思って、伊織くんが嘘をつき通してくれているだけ、なのだ。

 きっと伊織くんにとって私は、『知り合い』よりはもう少し親しい『友達』。彼の境界線の内側に入れてもらえたのは素直に嬉しいけど、それで自惚れる事は出来そうも無い。だって……美和ちゃんは私だけが伊織くんの特別だと思ってくれているみたいだけど、本当は違うから。伊織くんが親しく思っている女の子は他にもいるって、私―――ちゃんと知っているから。



*****



 時々、放課後、私はこっそり剣道部の部活を覗きに行く。

 防具を付けた集団の中に居ても、伊織くんはすぐに分かる。立ち姿が美しい、あの人だ。

 動くともっとよく分かる。伊織くんの動きには無駄が無い。足さばき一つ取っても迷いが無く、確実で早い。侍、というのはこういう感じだったのではないかと思う。

 伊織くんは強い。瞬時に相手の隙を読み取って、抜きざまに打っていく。流れる様な一連の動きは、まるで舞を舞っているよう。素人の私でも見惚れてしまう程だ。


「あれ、……ちー?」


 隠れて見ているつもりだったのに、伊織くんに見つかってしまった。

 面を外して、伊織くんが近寄ってくる。


「どうした?」


 驚いて固まっている私に、何か困っているのかと、伊織くんは優しく問い掛けてくれる。彼の額には、玉の汗が数粒輝いていた。伊織くんはいつでも剣道に真剣だ。それなのに中断させてしまった。申し訳なくて私はわたわたしてしまう。


「じゃ、邪魔してごめん。何でもないの、ただの見学……!」

「……何もないなら、良かった」


 道場に立つ伊織くんと屋外の私の立ち位置には段差がある。私を見下ろす伊織くんの額から、汗が自然に流れ落ちた。


「あ」


 私は咄嗟に、自分のバッグからタオルを差し出していた。


「伊織くん、汗拭いて?」

「………」


 伊織くんは数秒、無言だった。それから困ったように笑うと、

「俺、汗臭いから」

 そう言って、一歩、後ずさった。


「樫木、何やってんの。次、素振り100本でいい?」


 道場の奥から、面を付けたままの人が大股に歩いてきた。見た目では分からないけど、声が女の子だ。近くまで来て、防具越しに私と目が合う。


「あれ、ちーちゃんだ。こんにちは」

「こ、こんにちは」


 誰だろう。顔が分からないよ。


「なんだ樫木、逢引あいびきだったのか。ごめんごめん、ごゆっくりどうぞ。うちら自主練しとくから」

「逢引言うな。ちー、こいつ、坂江。2年女子の主将だ」


 伊織くんが紹介してくれる。坂江さん。ああ、確か隣のクラスの。

 3年生が引退して、伊織くんが男子剣道部の部長になったのと同時に、女子剣道部の部長になった人だ。


「樫木、ほら」

 坂江さんが持っていた何かを手渡すと、伊織くんは黙ってそれで顔を拭った。薄くて長い布状の……手ぬぐい、というものだろうか。


「坂江お前、顔出さないから、ちーが分からないだろう。面取れよ。不審者か」

「いや見せれないよ、今汗だくで顔ひどいから。ちーちゃんはホント、いつ見ても可愛いね。羨ましい。樫木には勿体無さ過ぎる」

「お前はもうあっちに行け」


 顰め面をして、シッシッと手で追い払う動作をする伊織くんに、坂江さんは笑い声を上げながら去って行った。ごめんな、と言う伊織くんに私は首を横に振り、

「もう帰るね。部活、頑張って」

 そう言って道場を離れた。伊織くんに使ってもらえなかったタオルを、目立たないようにそっとバッグに入れ直して。



 伊織くんの特別は、私だけじゃない。

 境界線の内側にいるのは、伊織くんにとっては皆同じ『友人』だ。


 分かってる。

 『嘘カノ』のままでいるのが嫌なら、きちんと自分の気持ちを告げなくては。

 伊織くんの事が好きだと―――。

 本当のカレカノになりたいと―――。


 でも、どうしたらその勇気は湧いてくるのだろう。

 いい返事がもらえるとは限らないのに。

 こんな風に友達として話す事さえ叶わなくなってしまうかもしれないのに。


 タオルを受け取ってもらえなかっただけで、泣きそうになっている弱い自分が情けなくて、歩きながら私は唇を噛み締めていた。


 

 

 

 



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