学校2
教室前方の入口からやってきたそいつは、俺を見つけるといつものニコニコ顔で近づいてくる。とっさに俺は奴から顔を背け、頬杖を付いて窓からグラウンドを覗く振りをした。
「おはよう、明石くん」
毎朝、飽きもせず俺に挨拶するこいつは川嶋草佑。
俺の右隣の席に着いた川嶋に対して、身体の向きどころか首の角度すら変えずに適当な返事をしてやる。
「……ああ」
「数学の小テスト今日だったよね? 勉強してきた?」
顔を見ずとも声の調子を聞くだけで、こいつの表情がだいたい分かるようになってきたのは我ながら恐怖だ。
「……ああ」
と言っても教科書を一〇分ほどパラパラと捲っただけだが。
「やっぱり明石くんも勉強してきたんだ。僕も昨夜は頑張っちゃったよ。小テストとはいえ、ここに入学してから初めてのテストだからね」
お前の昨晩の頑張りはどうでもいいから、わざと素っ気なくしてるのに気づいてくれ――
「おっはよー!!」
まずい……、この女の声は……。
「おはよう、暗瀬さん」
「おはよー川嶋君!! それと……」
油断した。いつもより来るのが早い。姿勢はそのままで目を瞑り寝たふりをする。
「おはよう!! 明石くん!!」
「……」
「……あれ? 明石くん寝ちゃってる?」
俺の顔を覗き込んでいるのか、ずいぶん近くから声が聞こえる。しかしいくら声を掛けても起きる気はないぞ。だからもう諦めて席に着け。
「えっ、そんなこと無いと思うよ。今まで僕と喋ってたし」
川嶋てめえ、余計なこと言うんじゃねえよ。
「んー?」
今まで以上に瞼と口を堅く閉じ籠城を決め込む。
「本当に寝ちゃったのー?」
それにしてもしつこい。
先ほどからシャンプーだろうか。仄かに甘い香りが鼻孔をくすぐる。
いやちょっと待て。今までとは違う気配を感じ、瞬時に目を開ける。
「わあっ!」
「うおっ!」
悪い予感は的中した。目の前には俺の顔を覗くぎょっとした顔の女。その距離わずか数センチで、いつ互いの鼻先が当たってもおかしくない。
「なんだー。やっぱり起きてるじゃん!」
その距離を保ったまま、彼女の表情が驚きから満面の笑みへと変わる。
「おはよう!! 明石くん!」
鬱陶しいくらいの元気さが俺に挨拶を余儀なくさせる。
「……おは……よう……」
改めてもう一度言おう。俺はこの環境に馴染めそうに無い。