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7.あれこれあった翌日は寝過ごすものです

「チビ! おいチビメル!」



 背後から届いた叫び声に、カチン、ときて足を止める。



「その呼び方やめろって言って――」

「すっげーなお前んとこの新入り!!」

「はあ?」



 瞳を輝かせて飛びついてきた厳つい男を、心底引いた目で見つめながら躱す。馬鹿力に捕まって潰されるのはごめんだ。なんでこんなとこまで剣術専攻クラスの――……新入り?


 一限の共通科目を寝過ごした私が朝食も取らずに居室を飛び出したときには、当然のように姿を消していた同室者の美しい顔が浮かぶ。


 痕跡一つ残さず消えていて、え? 誰かいたっけ? みたいな状況だった。もともと生活用品の一つもない人だし、わからなくもないけど、あの人は逃亡生活でもしてたんだろうか。


 ちなみに、いっそぜんぶ夢だったのでは、という淡い期待は腕に巻かれた包帯がものの数秒で打ち砕いてくれた。薄い線が遺るだけでほとんど痛みは消えていたけれど、不気味なまでにパックリと裂けた傷口は忘れがたいし、昨日の出来事もやりとりも残念ながらハッキリ覚えている。


 頭からかぶったローブの下に傷口を隠し、演習室の部屋番号を暗唱しながら入り組んだ廊下を駆け抜けている間、剣術専攻の演習場がなにやら盛り上がっていたのには気づいた。たしかに騒がしかった。


 でもいつものことじゃん、お前らいつでもなんでもお祭り騒ぎしてんじゃん?


 っていうか私は出席禁止令わすれて飛び込んだ演習室からあっという間に放り出され、遅めの朝食をとりにいった食堂の扉は目の前で施錠され、散々な思いでこの庭園にたどり着いたわけなんだけどな!


 約束の午後までボケーっと購買で買ってきた早めの昼食をピクニックよろしく一人かじるだけっていう虚しすぎる時間の潰し方をしていたところ、ようやく昼休憩に突入したらしいトムに見つかって絡まれている、というわけである。


 あー……ってことはアルさん探しに行くべきかな……たぶん一限は一緒に出ると思ってたから待ち合わせとか決めてないや……。



「なんだよ、テンション低いな」

「うるさいそっちがおかしいんだよ……」

「おかしくもなるさ! 最高すぎて今ならお前にキスできそう」

「死ね“クライネ”」



 即座に吐き捨てて大げさな距離を置くと、そいつはガリガリと後頭部をかき、暑苦しくも無駄なキメ顔で自分を指差した。



「クラインな。アイン=クライン=ナハトムジーク。いい加減に覚えろよ、自軍の将官だぜ?」

「わざとだよ!」



 彫り深くアクの強い顔立ち、長身かつ骨太で筋肉質な体躯、さらには色黒ときて私が知る限り小夜曲アイネクライネナハトムジークという名が最も似合わないこの男は、こんなんでも剣術専攻の次席だ。


 中退者続出の超難関といわれる剣術専攻の卒業試験を何年も前にパスしておきながら、単位が揃わずに卒業できない筋金入りの馬鹿だが、それを差し引いても総合演習で将官に選ばれるくらい腕だけは確かなのだ。


 作戦内容も覚えられない馬鹿なのに。

 堂々と学内でフルネーム名乗る馬鹿なのに。

 この馬鹿に爵位与えた馬鹿はどこの誰だよ。


 私だって人のこと言えた成績じゃないけど、こいつより数段マシだ。――もちろん、役立たずのへっぽこ術師と前衛の要となる剣士では周りからの評価は雲泥の差だった。



「アインだのクラインだのしゃらくせぇ。お前なんてトムで十分だ!」

「じゃあチビはチビな」

「それとこれとは別!」

「キャンキャンうるせーなあ。転入なんて珍しくもなんともねーけど、あの見た目だろ? 突っ立ったまま黙って洗礼も受けようとしねえし、また迷子がビビってんのかと――」

「勝手に話戻すなっていうか止めろよ!?」



 洗礼、というのは剣術専攻クラス伝統の歓迎行事だ。よってたかって新人をいびる、ぶっちゃけただのリンチに近い勝ち抜き戦。あいつらマジで力こそ全てを地でいく脳筋集団だから、悪気もなければ容赦もない。


 なんでそんなこと知ってるのかって言えば、私も受けさせられたことがあるからだ。たまたまフラッと迷い込んだところを、剣術専攻の新入りと勘違いされて問答無用に襲われた。拒否権なんてなかった。なんだよあれ通り魔かよ。剣術専攻の筋肉脳こえぇよ。


 で、必死の思いで4人倒して息も絶え絶えの私にトムが言ったのだ。「術師のくせに根性あるじゃねぇかチビ! クラス替えしろよ」――と。わかってて止めなかった高みの見物野郎が、まさか総演の貢献ランク常連、ゆくゆくは『閃光』の後継かと噂されるナハトムジークだとは露知らず、初対面で思いっきり喧嘩を売った。ボロクソに負けた。


 以来、私はこいつが大嫌いである。



「その迷子がさあ、いきなりうちの大将とサシで喧嘩しだしたわけよ。やばくね? あんなガキのくせに『閃光のバルデア』とやり合うとかどうなってんの? しっかもまじ意味わかんねえくらい強えし」



 いやーな記憶を掘り起こされて気分最悪な私を完全に無視して、トムはベラベラと話し続ける。



「まじすげーんだわ。たぶん技術もすげーんだけど、とにかく速くてなあ。意外となんでもありっつーか、手数が多いわりにくると思ったタイミングではぜってーこないしさ、しかもなんか見た目ほど軽くなさそうなんだよなー」



 だってあの人、存在がチートだもん。


 アルトゥールの正体が23歳の剣士であることを差し引いても、大人2人分の体躯はあるバルデアさまと正面から打ち合うとか馬鹿げている――そんな馬鹿は目の前の馬鹿ナハトムジークくらいだ――しかも騎士様ってわけじゃないから型とか流儀とかガン無視だろうし、愛弟子とか言われるくらいだからバルデアさまの癖はわかってて外していくだろうし……だいたい狂獣化した雪豹ニクス・パンサーを剣一本で受け流せる人だし……あれ、ほんとに人間か?


 さらに、フォノンさまの被せた少年姿となれば、そりゃあ目立たないわけがないというか意味わからないに違いない。



「あいつ超面白えわ! 今度手合わせしてもらおーぜ」

「だっから、俺は召喚専攻の術師だっての」

「どうせ次の総演でも前衛突撃隊だろ?」

「うるさい脳筋馬鹿」



 否定できないのが悲しいところである。



「安心しろよ、チビ。術師団に見捨てられても俺が拾ってやるから」

「お前の指揮下だけは絶対に嫌だ!」



 泥混じりの草を蹴り上げて威嚇しても、トムは豪快に笑うばかりだった。


 脳筋には脳筋なりの流儀があるらしく、ボロクソに負けた初戦以来、散々つきまとってくるわりに私の言動に腹を立てたところを見たことがない。売られた喧嘩は買うが自分より弱い相手に喧嘩を売る趣味はない、というのがポリシーらしい。


 この遊ばれてる感、くっそ腹立つ。



 * * *



 なんとかトムを振り切り、角を曲がると、噂の美少年が立っていた。


 ――お迎えですか、いいえ待ち伏せですね。


 私が気づいたことに気づくと、周りの好奇の視線をものともせず無言のままサッと身を返す、その背中が逃げるなと語っている。昨日の今日だというのに私の性格を把握しすぎていませんかね。


 ああー行きたくない。行かないわけにはいかないんだけどさあ、嫌なことは先延ばしにしたいのが人間てもんじゃん。


 モタモタしていると肩越しにガンが飛んできた。早く来いってか?



「意外と大胆デスヨネ、アルさん」

「呼び捨てでいい」



 まったくいいとは思ってなさそうな苦い表情でアルトゥールは答えた。



「いつ死ぬかもわからないときに暢気に模擬戦の相談とはな」

「聞いてたんなら助けてよ……」

「なぜ私が?」



 すげなく答えながら、アルトゥールは脇道からブツブツとなにか呟きながら突っ込んできた学生の体当たりを最小限の動きでかわしてみせた。


 それを見て、精神衛生上よろしくない影響とやらを思い出した私は、そっと距離を開けた。


 なんとなく、本当になんとなくだけど、見ず知らずの学生に対するような気遣いが私に向けられることはないだろうと想像したのだ。ほとんど確信レベルで。



「よくここがわかったね」

「あれだけ大声で騒いでいれば目立つ」

「アルさんの方が目立ってる気するんですけどー」



 ほら、さっきの学生もこっち見てる。

 あんな奴いただろうか、というように首を傾げて、すぐどっかに歩いてったけど。


 召喚専攻の演習棟は他の施設と少し離れてるし、見慣れない人間がいると目立つんだよね。まさかもう噂が届いたりしてはないだろうけど、見た目がなあ。神に愛された美少年だからなあ。



「どうせ召喚専攻の連中は自分の研究にしか興味のない術式オタクが大半だろう。一刻と置かずに忘れる」

「まあそうなんだけどさ……あんた、うちの事情に詳しすぎじゃ――あれ? あの物騒な剣は?」

「武具保管庫」

「あー……」



 構内は原則非武装だ。特に剣術専攻は規則が厳しい。脳筋馬鹿どもに持たせると負傷者が絶えないからだと聞けば納得せざるを得ない。


 護身用の短剣や呪具としての意味合いが強い小さな刃物なら携帯を許されるけど、演習でも刃を潰した練習剣を使うのが基本。自分の剣を持ち歩くのは五指に入るような成績優秀者だけの特権だ。


 その気になれば、この人なら簡単にもぎとれそうな気もする……むしろもぎ取って欲しい。どこまでも実力主義な剣術専攻クラスなら、正式な試合に勝てば簡単に席次を奪える。あの脳筋馬鹿をぶっ倒せるのはアルさんしかいない。



「アルさんアルさん、帯剣許可とか欲しくないっすかね?」

「いや。学生の玩具にまざって振り回すものでもないだろう。手元に置くとバルデアが喧嘩を売ってきて面倒だ」

「えー……いきなり試合してたくせに……」

「一方的に斬りかかられただけだ。外野を黙らせるには早いと思って受けたが、もう必要ない」

「黙らせついでにもう一人」

「断る」



 教職員のいる研究棟に近づくにつれて、人気が少なくなってきた。足音だけが響く空間は、ひどく静かで、落ち着かない。


 沈黙が形になりきる前に、質問を重ねる。



「あのさー、バルデアさまとどういう関係なの? やたら学園事情に詳しいけど昔も在学してた? じつは剣術専攻出身とか? あそこの連中は昔からあんな感じ? フォノンさまとはガチ親子なわけ? あと――」



 矢継ぎ早に浴びせた数々にアルトゥールは答えない。黙々と足を動かして先を行く。


 怒られるかな。昨日も立ち入るなって言われたばっかなのに、なにしてんだろ。勝手に口が動くんだ。そこまで知りたいわけでもないのに、なんでだろ。


 止まらない。

 止めて欲しいのかな。

 ああ、行きたくないな。

 止まりたい。

 足も時間も止まればいい。

 欲を言うなら戻って欲しい。

 戻りたい。

 寮の部屋まで逃げ帰りたい。

 昨日の夜からやり直したい。

 嫌だ。

 これからのことを考えたくない。

 でも1人で向き合うのはもっと嫌だ。


 必死に言葉を探す私に帰ってきたのは、ため息ひとつ。



「お前は不安をごまかすために饒舌になる癖でもあるのか?」

「は? ジョーゼ……?」



 振り向いたアルトゥールは、ただ静かに呆れたような目で私を見ていた。

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