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5.母は強し、とはすなわち公理です

「見て! メルフィ! 私の最高傑作よ。幻術専攻クラスにだって見破れっこないわ」

「ふぉ、フォノンさま。その美少年は……」



 さっぱりとした漆黒の短髪に、鮮やかな緑色の瞳。キッとするどいまなざしの冷たさは、色合いこそちがえど、見覚えがある。――なにより、ため息ものの美しさといったら!


 ま、まさか。



「フォノン! 話がちがう。感覚を狂わすなと言っただろう!?」



 学園指定のローブを雑に羽織った――というよりむりやり羽織らされた抵抗の跡が見える――美少年、もとい超絶美少年、いや神レベルの美少年が、フォノンさまに食ってかかった。


 声までもが一回り幼くなって、声変わりを迎える前の少年のようにしか聞こえない、けれど。あの絶対零度のまなざし。そして、深層の令嬢も真っ青な美髪。おまけに少年らしいふにふにな柔肌――絶妙な耽美さが加わって、よりいっそう芸術品じみている、……が、あんな麗人そうそういてたまるか。



「あら、昔のあなたそのままじゃないの。すぐに慣れるわ。それと、触られたら相手の記憶を乱すようには仕組んであるけれど、学生の精神衛生上望ましくないから、うまくかわしなさいね」

「しゃあしゃあと勝手なことを……!」

「紹介するわね。この子は、『アルト』。明日から、あなたの同室者パートナーとして一緒に講義を受けてもらうわ。それから罰として、当分のあいだ実技演習への参加を禁止します」

「フォノン!」

「え、いや私、同室いらな――」

「わかった? 『メルフィズ』くん」

「ハイッ、ヨロコンデ!」



 薄々どころでなく正体を察しながらも、美魔女の迫力に押されて、うなずく以外の選択肢は存在していなかった。



「貴様……!」



 ……ごめん、アルさん、ごめん。まじごめん。あなたのオカアサマ怖すぎる。





 あやうく勃発するところだった壮大な親子戦争をなんとか回避し――おかげさまで復元するまでもなく部屋は原型を留めている――ようやく一息ついたころ、忘れていた痛みがぶり返してきて、あらためてしげしげと包帯のまかれた左腕を眺めた。大きな動きをしたせいだろう、わずかに血がにじんでいる。


 ……アルトゥールの傷口は、あんなに深くても流血した痕跡がなかったのに?


 なんとなく気持ちわるい。ただ、人が召喚契約状態になっちゃう例なんて知らないし。まあ、そういうこともあるんだろうと納得する。そもそも仮契約ってなんだよ。あれ、一時的なもんじゃないの!?


 でもいま、それよりも気になるのは私の状況――より差し迫って言うのなら、馬鹿親父からの帰還命令がどうなっているのか、だ。あえて婚約命令とは言わない。


 寮監を務めるフォノンさまや、ごく一部の教職員は、私の事情を知っていて、同情的だった。……主に、そうまでして入れられた学園で、ろくな才能を発揮できていないことについて。


 だから学園生活のサポートはしてくれても、学園にとどまるためのサポートなんて期待できないし、むしろ厄介払いよろしく放り出されるにちがいないと思ってたんだけど。



「私、じゃなくて、俺、……退学しなくて、いいんですか?」

「この件に関しての罰則は、すでに伝えたはずよ?」

「そうじゃなくて! だって、父さんが」



 送りつけられた手紙の内容は、よく覚えている。はらわた煮えくり返ったから、よく覚えている。


 要するに、弟ができたからお払い箱。近日中に迎えをやるから帰ってこい。婚約者も決まってるから結婚まで実家に引きこもってろ? ……ふざけんなよ誰が結婚するかっての!


 イレギュラーなメルフィズの存在を消し去って、ぜんぶ綺麗さっぱりリセットして、あわよくば早く次代を産んでくれれば尚良いと、そういうことだ。


 ルシオラという小国の、そのまた貧乏貴族にすぎない『メルフェザード家』だけど、歴史だけはある。はじめの数年間、スペアにすぎない仮の跡取りとして邸内で教育をほどこすも、一向に子宝には恵まれず。かたっくるしい伝統と家の将来とを天秤にかけた結果、12を数えた一人娘を男装させ、しぶしぶ外に出した。……その上で、まだあきらめわるく男児の誕生を待っていた。6年ものあいだ、待ち望みつづけていた。


 いま思えば、身分を秘匿する習慣のあるうちの学園を選んだことも悪あがきの一環なんだろう。『メルフィズ』は学園の外には存在しない。そういう決まりごとだからだ。


 ……いままで私が生きてきた人生は、なんだったのか。



「事情が変わったのよ。『融光』が後見人に名乗り出てくるなんて、お父様も予想してなかったでしょうね。……あなたのあつかいを、学園としても考えあぐねているの」

「学園長、が?」

「だから、この問題は、すこしのあいだ保留。手放しに喜んでいられる状況じゃないけど、ひとまず忘れてしまいなさい」



 『融光のジェラール』さまといえば、今年で62歳になる壮年の魔術師で、『五光』をまとめる名実ともにトップのお方。しかも、彼の属性は『門』の特異系だ。召喚術専攻クラスにとっては、それこそ神にも等しい伝説級の術者であって、……忘れろと言われて忘れられるような話じゃない。



「どうしてジェラールさまが」

「メルフィズ」



 たった、一声に、とんでもない圧力を感じた。

 グッと声がのどにつまって、出てこなくなる。


 ――逆らったところでムダだ。


 相手はフォノンさま。精神感応系の術者には、ヘタな抵抗は見せない方がいい。って、いつかどこかで習った。あれ、全力で抗うのはどういう場合だっけ。例外は? 対処は? ぜんぜん思い出せない。そもそも、フォノンさまを敵に回すことを教科書が想定してるはずがないじゃん!?


 思考停止。なす術なし。おとなしくだまりこんだ私に、フォノンさまは、ニッコリとほほ笑んだ。



「しばらくはアルの監視がてら、おとなしくしていることね。親バカじゃないけど、この子優秀なのよ? なんてったって、バルデアの愛弟子だもの。術者の同室者パートナーとしては理想的。役得ね」



 それにこの子可愛いでしょ? なんて親バカ発言を連発しながら、フォノンさまはアル……、トくん、の背中をバシバシ叩いている。無表情のまま受け入れるアルさんは、あきらめの境地ってやつだろう。遠い眼をしていた。ぜひ私もその境地にたどり着きたい。


 しかしそれにしても美少年である。ビジュアル的には、まさに神の子と呼ぶべき美少年っぷりである。『鏡光』の魔術だから、きっと――超がつくほど強力かつ大がかりな――幻術の類をかぶせられてるだけなんだろうけど、どのみち原型は本人の過去の姿らしい。


 この一見可憐な美少年が、遠くない未来にブリザード美形へ成長するのかと思えば、……悲しいけど納得する。


 どんな表情をしても減点しようがない、絶妙な可愛さとカッコよさとをあわせもった、つまるところ美形である。ツンと澄ました横顔ですらあざとく見えてくるような美形である。なんだこの人心底うらやましいレベルで神に好かれてんなぁ、おい。


 うだうだ考えていたら、アルさんに睨まれた。怖い。同い年、むしろ年下くらいのビジュアルなのに怖い。不機嫌に鼻を鳴らした彼が、身の丈に合わない長剣を掴みあげるのを見て、ふと気づいた。



「もしかして、バルデアって、あのバルデアさまでしょうか……?」

「そうよ? 『五光』唯一の剣術師、特技クラス監督教官『閃光のバルデア』。だいたい、あんな暑苦しい男が二人もいちゃこまるわ」



 フォノンさまは嫌そうに顔をゆがめているけれど、私は脳内パーリィしてそれどころじゃなかった。


 『鏡光』の義息むすこで『閃光』の愛弟子!?

 冗談みたいに反則的な経歴だ。

 ああもう、どうりで術師泣かせなわけだよ……!


 同室者パートナー――これまで私にはいなかった、この学園のシステム上、演習でペアを組むことになる術師の護衛役としては、それはそれは申し分ないどころか畏れ多すぎて全力辞退したい。


 模擬戦にしても集団演習にしても、うっかりアルさんに本気出されてみろ、へなちょこ術師のプライドなんてズタボロどころじゃすまねーよ! むしろ私いなくていいよ! 存在意義ゼロだよ! いままでどおり術師にしてはそこそこ使える程度の単体戦力(物理)あつかいでよかったんだよ……!



「バルデアさまの……愛弟子……」

「あんな暑苦しい男に弟子入りした覚えはないがな」



 アルトゥール……じゃない、『アルトくん』が容赦なく吐き捨てた。眉間にシワを寄せて嫌悪感まるだしの表情まで作るオプション付だ。


 ああうん、親子ですね。よくわかりました、親子なんですね。



「は、はは……、ソウデスカ」



 ――フォノンさまどころか息子に逆らう度胸すらないチキンには、すべてを決定事項として受け入れるしかなかった。

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