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17.そこに楽園があれば入り浸ります

 怒涛の朝から一週間。



「聞いてよぉー、ゆーりぃぃぃー」

「どうかしたんですか、メルフィ」



 私、メルフィズことクラヴィス=メルフェザードは、薬草園でくだを巻いていた。


 まったく見分けはつかないけれど貴重らしい色とりどりの葉っぱや花々、甘い匂いに満ちた温室の一角に設けられた休憩スペースで、ハーブティーとお菓子を与えられながらダラダラと過ごす、のどかな放課後のすばらしさよ。


 薬草園の主となったユリアヌスの雇用はフォノンさまが握りつぶ――公表しなかったおかげで、この楽園の存在はまだ他の学生に知られていない。バレたらきっと癒術専攻あたりの女子がいろんな理由をつけてなだれ込んでくるにちがいない。


 だって優しいんだもん。

 あっというまに懐いた私がちょろいわけではない。


 ユリアヌス=ウンブラは今までの人生で出会ったことがないレベルの聖人だった。


 まじで神。さすが神子。入信してもいい。


 あ、いや、今ちょっと喧嘩中の同室者に縁を切られそうだからしないけど。下手したら物理的に斬られかねない。



「アルさんが会話してくれない」

「あの……ここに来ていることを知られたら、よけいにこじれるのでは?」



 彼は僕のことが嫌いでしょう、と困った顔で、ユーリ兄さまことユリアヌスが微笑する。


 ほわほわ穏やかな癒し系の包容力が目に優しい。どこぞのブリザード美形とは天と地の差。あとあの変態野郎とも。わかるよ、アストレアさま。私もこんな兄が欲しかった。


 赤と緑。二色の優しいまなざしに見守られ、背もたれのない丸椅子を並べた即席のベッドの上にだらしなく寝転がりながら、アルトゥールの声を最後に聞いたのはいつだろうかと記憶をたどる。


 総合演習が近い時期でもなければ、剣術専攻と召喚専攻のカリキュラムはほとんど重ならない。


 私は年次的に共通の基礎教養科目は取り終わってるのが普通だし、いくつか落とした単位だって、インテリ剣士さまは数回の出席で当然のように免除されていた。


 そりゃそうだろうな。そうだろうけどよ。私の数年間って一体。


 やってられない気持ちでため息をつく。



「……変わんないよ。どうせ気づいてるにきまってる」



 わかってて口出ししてこないんだ。

 もともと、あの人はそういう人だ。不満に感じる方がまちがってる。


 あれ以来、明らかに避けられていても。


 課題にめちゃくちゃな解答を書き込むたび、呆れた目で、馬鹿にした声で、お前はそれでも召喚術師かと罵倒される日常がなくなっても。


 ……あんまり惜しくない気がしてきたな。



「ユーリは、アルさんがどこでなにしてるかしってる?」

「僕に知られたがると思いますか?」

「ですよねー」



 あいかわらず生活感に欠けた同室者は、同じ空間で寝起きしているはずなのに、いつのまにかいなくなっている。


 寮を出る前も戻ってからも顔を合わせることが一切なく、夜中に目を覚ましたときにだけ、寝ぼけまなこでまだ彼がそこにいることを確認する。


 声をかけたことはない。

 なんとなく、聞くことができない。


 あの日のうちに聞いてしまえばよかったんだろうか。


 フォノンさまの魔術で寮の部屋に送り返されて、疲れ果てた身体でベッドに倒れ込んで、もうなにも考えたくないと眠りに落ちて、それっきり。


 目覚めたときには午後の講義が始業していて、当然のようにアルトゥールはいなかった。


 寝ぐせをつけたまま飛び出した私は、自分の講義室に向かう前に、二度と近寄るものかと思っていた剣術専攻の演習場に寄り道していた。


 『閃光のバルデア』を囲み、正面からとびかかっては弾き飛ばされる脳筋どもの輪から外れた場所で、一方的に斬りかかるトム――剣術クラス次席アイン=クライン=ナハトムジークの攻撃を最小限の動きでかわす美少年の姿を確認して、なぜか安心した。


 なぜか、なんて。

 言い訳じみた言葉を使わなくたって、理由はわかっている。


 アルトゥールが学園に残る理由は、まだあるんだろうか。


 仮契約を破棄する方法を知っているのか知らないのか、遅刻の罰則に大量の課題を出したフォノンさまは笑うばかりで何も教えてくれなかった。



「ユーリって、アルさんの事情も知ってるんだよね」

「彼が『月の愛し子』――異端ゼノであるという意味であれば、はい。なにか聞きたいことがあるのであれば、アスタか、あるいは……呼びますか?」

「いい、いい、いい、いい、いい!」



 全速力で首を横に振る。

 貴重な癒し空間に変態ユラ召喚など断固お断りしたい。



「僕自身は話したことがないものでよくわからないのですが、彼の方は、そんなに問題が多いんでしょうか」

「問題しかないよあんなやつ」

「それはまた、困りましたね。あなたにも迷惑をおかけして申し訳ないとは思っているのです」

「気にしなくていいってそんなの」



 現在進行形で迷惑をかけているのはどちらかというと私の側だけど気にしたら負けだ。


 いや、やっぱりユラだ。ユラがすべて悪い。あいつがすべての元凶。


 事故で――私は意地でも事故だと言い張る――召喚契約に繋がれてしまったユリアヌスの第二人格もとい自称・神の変態クソ虚言師野郎は、あるだけ根こそぎもっていかれる魔力移動をお気に召したらしく、気軽にホイホイやってくる。


 ユラの正気を保つのに必要な魔力の量やら期間やらがどのくらいだかしらないけど、あの一度で満たされたのなら当分は来ないだろうと油断していたのに。


 うっかり触って攫われかけてからは、いくらユーリ兄さまの癒しオーラに当てられても、手の届く距離には近寄らないと心に決めた。奴には時間制限があるのがせめてもの救いである。


 人の子が呼びつけるなと怒っておきながらしれっとユラが現れるのは、私の魔力が気に入っているというか『神の鍵(クラヴィス)』を持ち去る機会を狙っている、という方が正しいにちがいない。


 ローブのフードを鷲掴みにして雑に引きずっていこうとするからな、あの変態。アルさんといいユラといい私の首をなんだと思ってるんだ。


 『五光』をはじめとする教授陣の目がある真昼間の学園内での犯行である。ジタバタ暴れているうちにフォノンさまに見つかり、敷地を離れる前に救助された。


 『五光』……『五光』かあ……。


 私の憧れであり恩人である学長『融光のジェラール』さまは学園(ポルタ=スコラ)を離れているらしい。後見やら婚約やらがどうなってるのか早く聞きたいんだけど中々会えない。


 いま学内に残っているのは四人だ。


 年齢不詳の美魔女、生ける罰則規定と恐れられる、鬼の寮監『鏡光のフォノン』さま。

 犯罪者とみまがう凶悪面の大男、腕力のみで脳筋集団を従える『閃光のバルデア』さま。

 見た目は儚げな美少女、花の微笑みとともに呪いを振りまく『月光のアストレア』さま。

 悪しきを裁く厳格な修道女シスター、聖なる光で狂獣インサニティの群れを焼き尽くす『浄光のカルロッタ』さま。


 はっきり味方といえるのは、フォノンさまとバルデアさまくらいだろうか。


 信心深いアストレアさまは、ユラの邪魔はしないだろう。

 ユラどころかユーリの邪魔すらしないかもしれない。


 私がここに入り浸っていることを把握するなり、ものすごく可憐な笑顔で「ユーリ兄さまにご迷惑をおかけしてはいけないので()()()()()()()()」と釘を差してきた。


 あの人ブラコンですよね絶対。目だけが笑ってなくてすげー怖かった。



「そういや、ユーリもアストレアさまも『月の民』だって言ってたけど、兄妹なの?」

「血縁こそありませんが、アスタと僕は共に育ったので……たしかにそのようなものですね。こうして僕もまた祖国パトリアに足を踏み入れることになるとは、人生とはわからないものです」

「ぱとりあ?」

学園(ポルタ=スコラ)の位置する、この地のことですよ。ここは僕ら『月の民』にとっては特別な場所なんです」

「ふぅん。たしか、聖教の女神様とは別の神様を信じてるんだっけ?」

「そうですね。月の女神デアルナに仕えることから、僕らは拝月教徒とも呼ばれます」



 とりとめもない私の質問に、ユリアヌスは微笑みながら答えてくれる。



「じゃあ、『影の民』とか『月の愛し子』っていうのは、よくない言葉?」



 アルトゥールとアストレアさまのバチバチした雰囲気を思い出しながら聞いたとき、はじめて少しだけ回答を迷う様子を見せた。


 あー……しまった。またやらかしたか、これは。


 なんだかんだ許してくれるアルトゥールとの会話に慣れきって、無神経に踏み込みすぎてしまう。



「やっぱさっきのナシで――」

「構いませんよ」



 一般常識として知られている範囲の話ですから、とユリアヌスは悪意のない目で私の無知さをサクッと刺す。知るかよ大人の常識だろ習ってないしそんなん。習って……ないと思う。



「月の女神は、清らかな神でした。空を愛し、大地を愛し、海を愛し、人の子を愛しました。なかでも、そば仕えの一人の娘を殊更に可愛がっていました。――『月の愛し子』とは、その娘の子孫を表す呼び名であり、後に『異端(ゼノ)』と呼ばれた一族のことです」



 聞いてるかぎり、悪い意味じゃなさそうだけど、アルトゥールは嫌がってたよなあ。


 ていうかやっぱり神に愛された美少年でまちがってないじゃないか。あんなに嫌われてるだのなんだの――それは私たちが祝福を願う女神のことだっけ。ややこしい。



「そして『影の民』とは、祖国パトリアを追われた『月の民』が背負う汚名です。神の愛の届かぬ日陰者、神の加護を得られぬ背教の徒、という皮肉を込めた蔑称なんです」



 すっごい優しい声でさらっと言うから聞き流しそうになったけど、これ、やっぱだめなやつじゃね?

 蔑まれてる理由を本人に語らせるのってだいぶアウトじゃね?


 思っても口には出さず、聖人君子ユリアヌスの心の広さに甘えて、コクコクとうなずく。聞いてる聞いてる。理解してるかは微妙だけど聞いてはいる。



「祝福と呪いは表裏であり、すべての始まりは愛であった、と僕たちは考えます。しかし……彼にとってその血は、呪いでしかないのでしょうね」



 そして思い出す。

 『異端の民』が置かれていた立場を。

 漏れ聞いてしまったアルトゥールの過去を。


 そっか。

 だから『吐き気がする呼び名』なのか。

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