何でも屋稼業 その1 侵入
士郎は大学に行きながら、時々来るライフアシストの仕事もやった。
ただし、士郎にとってはそれほど面白い仕事ではない。
引越しの仕事が数件あった。ある時には、一人暮らしのお婆ちゃんが、大きな家具を移動して欲しいという仕事もあった。このお婆ちゃん、腰が曲がっているが、笑うと意外に可愛い顔になる。
士郎の顔を見て、「お前のような孫が居るといいなあ!」と言って笑っているのが印象に残った。
だが、今回のメールは違っていた。
『士郎、今回は難しい仕事をやる。世田谷の高級住宅街に強盗が押し入った。その家の妻は犯人により人質にされている。現在、警察がその家を包囲している。だが、犯人グループはマシンガンやライフルを持っていて、警官が近づくと発砲してくる。すでに数人の怪我人も出ているようだ。その家の主はM&Aコンサルティング会社の社長だ。彼からは数年前に仕事を請け負った事がある。それで、俺に依頼があった。名は竜崎という。彼は隠し部屋から連絡してきていて、まだ犯人は見つけてはいない。その竜崎の救出を頼みたいが、お前にできるか? 報酬は大きいぞ!』
士郎はメールを見てにやりと笑った。『面白そうな仕事だ。やってやろう。もうじき太陽が沈む頃だ。闇こそ忍者の最大の武器』、士郎は不敵に笑った。
士郎は、最近買ったばかりの中古のバイクにまたがって、世田谷を目指す。
さて、世田谷の現場である。閑静な住宅街に突然起こった凶悪犯罪。高級な住宅街が並ぶ中でもひときわ豪奢に作られている。
庭も広く、大きな車庫にはベンツやフェラーリなどの高級車が置いてある。
更にその周りには、頑丈そうな塀が囲っている。
門は、鋼鉄製の門扉で自動で開閉できるようになっているが、現在は破壊されている。
ただ、その門の内側には犯人が乗ってきたであろう車が2台、横付けにされていて警察車両が中へ入れないようにしている。
警官が塀から顔を出して、中の様子を覗こうとすれば、すかさずライフルの弾が飛んでくる。
また、警官が門の隙間から楯を持って強行突入をしようとしたら、マシンガンが火を吹く。とても進入できるような状況では無かった。
やがて太陽が沈み、あたりはどっぷりと暗闇に包まれた。
警察が包囲したまま、こう着状態となった。作戦を立て直さなければならない。
明かりは最小限に抑えられた。犯人から標的にされない為である。
さて、3階建ての豪邸の内部では・・・。
3階ではライフルやマシンガンを持った男たちが見張っている。何か動きがあれば、すぐに発砲する。
当然、交代要員もいる。彼らはソファーで寝ていたり、タバコを吸ったり、またテレビでニュースを見ていたりして、ゆっくりと体を休めているようだ。
ここだけで8人は居る。
男たちは、顔が見えないように黒マスクをしニット帽を目深にかぶっている。
また、部屋の片隅にはビリヤードの設備がある。
大きな冷蔵庫には、スポーツドリンクや、缶コーヒー、ビールなどが詰まっている。
2階は居間、寝室、シャワー室などがある。
1階には、竜崎の大きなオフィスがあり、スーパーコンピューターが設置され、世界中の様々な情報を収集し分析をしている。
また、ここにはセキュリティシステムがあり、ガードマンが雇われているが、彼は瀕死の怪我を負い、床に転がされてうめき声をあげている。
その隣には竜崎の妻が縛られて床に座っている。
そして、部屋の主要な部分を映し出す監視モニターが設置してあり、ここにも犯人の一人がガードマンに代わって見張りしている。何かがあれば無線機でみんなに報せる手はずになっているようだ。
屋敷の周りを包囲している警察の動向も手に取るように分かる。
更に、地下には大きな金庫室があり、そこに犯人グループのリーダー、通称“神風”と呼ばれる人物が居る。
その隣には、サブリーダーの“雷電”がいる。この男には異様な雰囲気が漂っている。それに彼だけは、帽子もマスクもしていない。目は鋭く、冷たい光を発しているようだ。
また、金庫には複雑な鍵が二重三重に掛かっていて、闇の世界では有名な鍵師の三郎が取り掛かっている。
「おい、どうなっている。まだなのか?」と雷電が問いかける。
「そうだなあ、9割程度は進んでいるかな!」と三郎は金庫に耳を当て、ダイヤルを回しながら返事をする。
「しかし、雷電の旦那。最後は、ここの主の目が必要だ。早く見つけなければどうにもならなん」
この金庫には網膜認識装置がついている。竜崎社長の目が最後の砦となっているのだ。
「分かっている。今に見つけるから、お前は自分の仕事を続けるんだ」、と今度は神風が冷静に言った。
この竜崎社長には奇妙な趣味があり、自分が世界中に旅に行ったときのお気に入りの部屋をこの地下の広大な空間に作ってしまうことだ。
そこには、イギリス風のもの、フランス風、イタリア風、中国風、アラビア風のものなど様々だ。それも計画性が無く、次々に作るから迷路のようになってしまった。しかもいまだに増殖中である。
これに関しては、妻も把握しきれていない。竜崎本人も正確には分かっていないだろう。今はそれが幸いして絶好の隠れ場所になっている。
数人の犯人グループのメンバーがしらみつぶしに探しているが、なかなか見つからないのだ。
だがその時、セキュリティルームにいたメンバーから、神風に連絡が入った。
報告を聞いた神風は、雷電に向かって言った。
「竜崎が見つかった。庭に出てきたようだ。3階のメンバーには射殺するなと命じて置いた。お前が行って捕らえて来い」
鍵師の三郎もニヤッと笑い、「旦那、できましたぜ、後は目だけだ」と言った。
その頃、3階では小さな異変があった。
ライフルを構えていた男が言う。「ちっ、俺の目がおかしい。どうも疲れているようだ」
彼が外を見ていると、外の景色が時々歪んで見える事がある。目をゴシゴシこすってから、もう一度見る。
今度は大丈夫そうだ。
しかし、また暫くすると周囲の景色が自分に覆いかぶさって来るように感じた。
その時、突然足がその空間から飛び出した。
彼は、叫び声を上げる暇も無く、その足に蹴られて意識を失った。
ドスンという大きな音が響くと、他のメンバーが何事かと音の方向を見る。
更に、ライフルの発砲音。
そして、次の瞬間には、この部屋を薄暗く照らしていた明かりが、“パンパンパン”という音とともに全て消える。
真の暗闇が彼らを襲う!
彼らは、目を凝らして見ようとするが何も見えない。
「何者だ!」と叫ぶが何も答えない。
すると何か黒い影が、ものすごい勢いで動き回る。
“ドスドスドス”という音と、うめき声が聞こえてくる。
誰かがライフルを撃とうとしたが、その前に“ぎゃっ”という悲鳴が聞こえ、“ドスン”という倒れた音が響いた。
「ふっ、今のが最後だったらしいな!」、士郎の声である。
その時、誰かの無線機から声がしてきた。
「おい、何かあったのか? 応答せよ、応答せよ・・・」
「ちぇっ、もう気づかれちまったか。まあ、しようがねえか!」
ここでゆっくりはしていられない。
2階まで降りて来ると、2人のメンバーが目ざとく士郎を見つけた。
すると、その中の1人がピストルを撃とうとしていたので、その銃口に向けてクナイを放つ。
クナイが銃口に食い込むと同時にピストルが暴発した。
ピストルを持った男は、その場に倒れる。
もう1人の男は、いつの間にか士郎に背後を奪われ、喉元にクナイの切っ先が当たっていた。
「いやあ、あんたの負けだね。さあ、あんた達のボスの所まで案内してもらおう」
男の震えが士郎にまで伝わってくる。男は素直に頷いた。