なんでも屋、ライフアシスト
士郎は体力には自信があったが、小五郎から大学へ行けと言われた時には困惑した。だが負けん気の強い士郎はリンの手助けのもと、それなりに勉強した。
その甲斐があって、何とか東京の2流大学に合格する事ができた。
しかし、小五郎からは授業料までは払ってやるが下宿代は自分で稼げと言われた。
それでもとりあえず最初の1ヵ月分の家賃だけは払ってもらった。だが急いでアルバイト先を探さなければ住む所が無くなってしまう。
だが、当てがない事も無かった。昼間、大学の図書館で見た新聞の求人欄に“なんでも屋ライフアシスト”の広告が載っていたのだ。それには、清掃、大きな家具の移動、引越し手伝いなどという体力勝負の仕事もあったが、各種調査としてストーカー、行動監視、万引き対策、貴重品警備などもある。そして、広告の下の方にスタッフ募集の文字が踊っていた。
『ふふ、こんな仕事ならもってこいだ!』、士郎は内心喜んだ。
翌日のこと、JR亀戸の駅から歩いて10分程の所に、ややくたびれた感じの7階建てのビルが建っている。その5階に“なんでも屋ライフアシスト”があった。
狭いオフィスである。数人は居たであろう社員も夕方6時にもなると、ほとんど帰っていた。
ただ一人、このオフィスの中で一番大きなテーブルで書類に囲まれてパソコンの操作をしている中年の人物がいる。
年のころ40代後半、髪の毛も薄くなっていて、うっすらと地肌が見える。丸顔で小太りの男だ。
この男が、社長の亀山善次郎である。
彼は背中を丸めて仕事をしていたため肩が凝ってきた。その為、肩をぐるぐる回して背筋を伸ばした。
その時、パソコンの向こう側に見知らぬ長身の男が立っている事に気づいた。
「うわー、お、お、お前は誰だー!」と叫びながら、傍から見ると可笑しく思えるほどに驚いている。ついでにテーブルに置いてあったコーヒーカップまで落としてしまった。
すると目の前にいる男が、ふっと消えた。
次の瞬間、亀山の左下方から声がした。
「社長、コーヒーをどうぞ」
社長が信じられないような顔をして、左下方を見ると、その男がにこやかな顔をして、今落ちたばかりのコーヒーカップを手に持ち、亀山に向かって差し出していた。
しかも、コーヒーは床に一滴も落ちていない。
「お、お、お前・・・・」体が強ばって声もスムーズに出ない。
「お前はいったい何者なんだ!」、と漸く言った。
「俺?、俺の名前は城島士郎と言います。宜しくお願いします」
「それで、何の用だ? それにいつからそこに居る? 強盗なのか?」、亀山の頭の中に色々な疑問が湧き上がってきた。
士郎は社長がいつまでもコーヒーを受け取らないので、仕方なく机に置き立ち上がった。
「社長、もう少し冷静になってください。強盗が社長が落としたコーヒーを拾いますか?」
社長は少し小首を傾げながら、「ま、まあそうだな。確かに強盗ではなさそうだ」と言う。
やや、ほっとした表情になった。
「はい、その通り。それで、20分程前からここに居ます。社長があんまり忙しそうなので、声をかけそこねて・・・」頭を掻きながら笑っている。
「なに、何処から入ったんだ? ドアの音はしなかったぞ!」
「もちろんドアから入りましたよ」
「嘘だ、私は耳は良い方だ。ドアから入ればすぐに分かる」、コーヒーをぐびっとすする。
「へへ、それが俺の特技でね!」
「特技?」、亀山は胡散臭そうに士郎を眺める。
「そうです。俺は気配を消せるんです。何でも屋の仕事に向いていると思いませんか?」
亀山は腕を組んだ。「うーん・・・、ということは、君は仕事を探しに来たのか?」
「そうですよ」
「うむ、他に特技は?」相手を見定めるように士郎を見つめた。
「身軽なこと、それに武道も一通りこなせます」
亀山は、士郎をつま先から頭のてっ辺まで、じろじろと眺め回した。
暫く待ってから、「面白い、雇ってやろう」
「本当ですか、いやあ有難い」
「ああ、お前に相応しい仕事をやる。この書類に必要事項を書くんだ。携帯の電話番号、それにメールアドレスも忘れるな。仕事が入ったらメールで報せる事になるからな」
士郎は喜んで差し出された書類を受け取った。