猫の娘
「うへへ……」
「なんだ、この気持ち悪い生物は」
「藍さんですよ?」
俺の目の前で馬鹿面を晒しているこいつを見てつい本音が零れてしまった。
「分かっている。分かっているが、気持ち悪いものは気持ち悪い」
「確かに、普段の藍さんはもっとこう……キリッとしてますからね」
「そうか?」
俺が会うたんびに眉間に皺がよっているか、なにやら呆れたような顔をしているイメージのが強いんだが。
「いい加減起きろ」
「ぷぎゃ」
流石に見続けるのも飽きてきたので、拳骨をくれてやり覚醒させる。短い悲鳴とともに沈んだが、程なくして起き上がってきた。
「私は一体何を……」
「覚えてねえのかよ」
頭を抑えつつあたりを見回す藍。どうやら完全にトリップしていたようである。そんなに酷い麻薬でも出回っているのか?出回っていたら流石に紫あたりが取り押さえそうなのだがなぁ。
「そんで、お前は何をしにここにきたんだ?」
そう、すでに我が家にやってきてから一時間位たつのだが、来た時には既にトリップしかけだったためか、今に案内したら完全に逝っちまいやがった。
「ふむ……おぉっ!」
顎に手を添えてしばし考え込んでいたが、ようやく思い出したのか掌に拳を叩く。
「実はな、私だけの式ができたのだ!今日はそれの自慢をしにきたのだよ」
「式ぃ?おまえ自身が式だろうに……そうか、ついに紫の横暴に耐え切れずに精神を……」
「藍さん、いい人でしたのに……それに尻尾も気持ちよかったのに」
「全然違う!哀れむな!……いや、紫様の横暴は確かにそうなのだが……」
顔を手で被い、これでもかというくらいに肩を落とすと、椛も似たような反応を示した。ここら辺は、昔なじみだからか反応が素に戻るな。
「ほぅ」
「ひぃっ!?ゆ、紫様!?」
「面白いこと言うのね、藍。そうねぇ、いつもこき使っちゃっているし、たまには旅行させてあげて疲労を抜いてあげるのも主の務めかしら?」
「いえいえいえ!滅相もありません!」
「黙れ、そして落ちろ」
アッー!
「ど、どうにか帰ってこれた」
「何があった?」
「聞かないでくれ」
覗いていたのは知っていたのだが、あれほどいいタイミングで現れるとは、場の空気を読んでいるな紫は。
目の前の寸劇も終わり、お茶のおかわりを椛が入れてくれたのでそれを啜り一息。
「んで、結局なんだったっけ?」
「藍さんの式がどうのこうのと」
「貴様等のせいで話が遅れたではないか!」
「「知らんよ」」
「親子でハモるな!」
しょうがないだろ、子は親に似るというのだから……こんなしょうもないところばっかり似るのもどうかとは思うが、俺的には楽しいから問題ない。
「ったく……で、では、紹介してやろう」
「いや、別に興味ないのだが」
「おーい!ちぇーん!」
いや、聞けよお前。なんで、俺の周りにいるやつ等ってのは多かれ少なかれ人の話を聞かないんだ?
「お父様と付き合うにはある程度、聞き流さないと疲れますから」
「ひでぇ」
だが、否定もできないので一言だけ文句を言う。
さて、藍は行き成り外に向かって叫びだしたのだが、どうせなら最初からつれて来いと言いたい。言っても聞かんし、後の祭りだからツッコミはいれないけど。
「はっはっ、お、おまたせしました藍しゃま……藍様」
「噛んだ」
「噛みましたね」
息が切れているとは言え、なんであんな短い単語を噛むんだ?それにしても、帽子を被っているがその横から出ている耳を見るとどうみても猫だよな?尻尾も二つに分かれているところを見ると、猫又か?
「ああ、もう橙は可愛いなぁっ!」
「藍様苦しいですよー」
現れた猫娘を満面の笑みで抱擁する藍。抱擁されている猫娘も苦しいと文句をいいながらも超笑顔だ。
「藍さんって狐ですよね?」
「あの尻尾の限りそうだが?」
「狐って猫も食べると聞き及んでいたのですが……式って非常食ですか?」
「ううむ……」
そういえば、薄れたかつての記憶を掘り返すと確かに狐ってイヌ科の動物だったな。そう考えると確かにありえるかもしれない。
「ううむじゃない!なんで、可愛い橙を食べなきゃいけないんだ!椛!お前はツッコミ役だろうが!」
「??」
「不思議そうな顔をするな!ああ、もう!この似たもの親子が!」
椛のボケに声を張り上げる藍。いい感じに育ったなぁ椛も。ここで、関心するからダメなんだろうけど。
「ら、藍しゃま……」
「ちぇ、橙!?」
今まで黙っていた猫娘が目をウルウルとさせながら小動物のように震えている。こう見ると、猫っていうより犬のチワワが思い起こされるな。
「わ、わたしを食べるんでしゅか?」
「た、食べるわけ無いだろう!お前は私の生きがいだ!」
そういって、また抱擁する主従。やるなとは言わんが、せめて他所でやってくれ。てか、この流れはかつてどこかで似たようなものを見た記憶があるなぁ……
「んで、終わったか?」
「終わったんですか?」
「お前等が原因だろう……」
それから約十分後に再び話しかけると、普通に反応が返ってきた。俺としては目の前の戯れを見ているのは別になんとも無かったが、椛は早々に飽きたのか、天狗の新聞を読んでいた始末だ。
「ほら、橙。挨拶しなさい」
「は、初めまして!この度、藍様の式になりました橙です!」
「ご丁寧にどうも。お前の主人とは結構長い付き合いの犬妖怪の風由真理だ」
「その娘の白狼天狗の犬走椛です」
頭を下げて自己紹介する猫娘改め橙に礼儀を持って、こちらも挨拶を返す。
「貴女が、藍さまとのお話の話題にいつも出てくる真理さんなんですね!」
「こら、橙!」
「ほう。して、その話題とは?」
「女の敵で、性格が腐った外道だと」
「ふむ」
「お、お父様?」
橙の話を頭の中で反芻する。横ではなにやら椛が冷や汗を流しているがどうしたのだろうか?
それにしても、性格が腐っているねぇ……確かに周りからは結構酷い言われようはするから、一億歩譲ってよしとしよう。
だが、外道とな?俺は一切そういった行為を行ったことはないのだがなぁ……
「ふむ、一つ訂正しておくが、俺は男だ」
「えぇっ!?そんなに綺麗なお顔をしているのに男性なのですか!?」
「あまり触れてくれるな。この顔以外に変化ができんのはもう数千年単位で諦めたが、それでもいい気分ではないのでな」
「ご、ごめんなさい」
「ふむ、素直に謝るとは感心するな。よし、飴をやろう」
「ありがとうございます!」
あとり謹製の飴を橙にあげると笑顔でお礼を言ってくれる。ふむ、ここまで素直な子は初めてだ。
「さてと、俺は君の主人とちょっと話しがあるからな、よければ椛と話していてくれ」
「よろしくお願いしますね、橙」
「はい、椛さん!」
ふむ、うちの娘と橙の相性は悪くはなさそうだな。それを横目にひっそりと逃げようとしている馬鹿の襟を掴む。
「どこにいこうとしてる?」
「い、いや、そのだな……そう!そろそろ夕飯の支度をしないと、紫様が飢えてしまうのでな!」
「ああ、気にするな。そのことなら、さっき現れたときにたまにはうちで食っていけと誘っておいた」
「な、なにぃっ!?」
「つーわけで、覚悟はいいだろうな?」
「よくない!わ、私はまだ橙と暮らしていくんだ!」
「その覚悟は結構……逝け!」
アッー!
「何か、聞こえませんでした?」
「気にしなくていいですよ。それと、これからはもう少し考えてから発言することをお勧めします」
後日、ボロ雑巾に成り果てた藍を発見した橙が大泣きしてしまい、そのことで真理に詰め寄ったが、再び返り討ちにあったそうな。
橙の存在をすっかり忘れていましたヽ(´Д`;)ノ




