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初恋の行方

作者: 市河りゅう

 夢を見ている。

 昔の夢。過ぎてしまった日々。終わってしまったもの。

 あの頃の私は何も知らず、毎日が楽しくて、幸せだった。

 そんなことにも気付かないほど毎日が充実していた。

 キミがいたから。

でも、そんな日々に終わりがくることは知らなかった。

 急に聞いた君のためらいの混じる声。

 ―――ぼく、ひっこすんだ。

 その次の日、キミはいなくなっていた。

 名前を忘れてしまったキミ。

 私はキミに言いたかったことがある。

 ―――私、ずっとキミのことが……

 その言葉は今も私の胸の中に眠っている。

 目覚めるときを待ちながら……



 ―――ジリリリリリ

 目覚まし時計が鳴り響く。でも私は鳴り出す前に起きていた。

 懐かしい夢を見た。名前も顔も知っていたキミ。私の終わらない初恋。そして終わる予定のない初恋。

(あと少しで高校二年生も終わり、か)

 そんなことを考えながら、さっきから鳴り響く目覚まし時計を止める。

 高校まで余裕だったはずが、時計を見るとやばいことになっていた。



 ―――ドタドタドタッ

 ガラッと大きな音がしてドアが開く。そして勢いよく女の人が入ってくる。息も続かぬ様子で

「セーフ?よっし!先生来てない」

と言った。すると、ドアに一番近い少しオシャレな眼鏡をかけた女生徒が口を開く。

「あんたさぁ、三学期初日から遅刻すれすれとはいい度胸ねぇ。ま、おかげで私が儲かるからいいけど。」

 そういう彼女の手には硬貨の中で一番大きくて重たいやつが数枚にぎられている。その後ろに、恨みがましいといった目で見ている者がいた。

「ちょっと、あんたたちねぇ、私で賭けをしないでよ!」

 やっと落ち着いた彼女は声を張り上げ、直後むせた。

「皆席着けよー」

 教師が入ってくる。

「なんだ、また、遅刻ギリギリか、いい加減にしろよ冬森」

 教師が入ってきてもいまいちのんびりとした感じで皆が席に着いていく。

 皆が席に着いたところで教師が話す。

「さてと、今日の連絡事項は……」




「くぅ〜、終わったぁ!」

 この教室どころか学年全体で有名な彼女、冬森洋子はのびをする。

 そんな彼女に近づく者がいた。朝話していた少しオシャレな眼鏡をかけた女生徒だ。朝言い合っていたことなど二人とも忘れてしまったような感じだ。

「ねぇっ、今日合コンしよ。人数足りなくってさぁ」

 眼鏡の少女はあまりにも唐突に言う。しかし洋子はたいして驚いた様子で

「あんたさぁ、なんの前振りもなしに物事言うのやめなさいよ」

と言う。これはいつものことなのだろう、少女はたいして反省の色も見せず続ける。

「で、返事は?」

「嫌っ」

 即答。でも相手も負けていない。

「じゃあ、今日の八時ね。迎えに行くから」

「い、やっ!」

 一文字一文字区切って言う。

「なんで嫌なのよぅ」

 ふに落ちないのか、やや情けない感じに聞いてくる。洋子は少し間を置いて

「……知ってるでしょ。好きな人がいるって」

と言った。

「でも今いないんだからいいじゃない。 ほらっ、私を助けると思ってさ。それにあんたモテるんだから、もっと活用しないと」

 少女が言うには『顔は中の上くらいで比較的整っていて、明るくて話しやすい』からだそうだ。 それから少女が泣いて、怒って、拝むことわずか六分。洋子は引き受けた。

 これが洋子が人に『頼まれると断ることのできない性分』といわれる原因の一つだ。それも彼女の人気の理由の一つだが。

 ちなみに眼鏡の少女、美雪は『お調子者』と言われている。



「……あぁ、疲れた」

 午後八時半から始まった合コンが十時に終わった。楽しむつもりのないことが楽しいはずがない、そのことが余計に洋子を疲れさせた。

(つぎはちゃんと断ろう)

 そんな出来たためしのないことを思いながら、もうすでに暗くなってしまった静かな道を歩く。

 一月だから、夜は寒く、やる気もおきない。

(彼氏でもつくろうかなぁ)

 また出来たためしのないことを思う。彼氏はできたことがない。今まで何度も告白されたが、そのたびに小さい頃遊んだ[キミ]が頭に浮かんでくるからだ。

(キミは今何処にいるのかなぁ?)

 幾度も思ったこと。小さな頃は毎日のように思っていた。哀しいとき、励ましてほしいときも考えた。でも会えたことは一度もない。第一、私が覚えていないのだ、あっちが覚えていない限り再会なんてあり得ない。

 でも私は待っている。十年以上…会えると信じて。

 ―――ポツッ

 不意に背中に冷たいものがあたる。雨だ。

(雨宿りしないと)

 洋子は走った。偶然目の前にあった本屋に駆け込む。どうやら今日は休みのようだ。だんだん雨が強くなる。そんな中、こっちに向かってくる人がいる。

「はぁっ、いきなり雨が降るなんて最悪だ。…あれ?先客がいる。ごめん、どっか行った方がいいかな?」

 洋子に向かって言う彼は出ていくつもりのようだ。

「別にいいですよ、一緒で。」

「そう?じゃあお邪魔しようかな」

 言って彼は洋子の方に来て手を差し出す。

「俺、園村桂一。よろしく」

 優しい笑顔だった。百八十ちょっとの身長で、少し細身だが雨に濡れた身体はがっしりした体格で、かっこいいと言うよりは優しいと言った方が合っている顔立ち。それは見ている方の心が温かくなるような笑顔だった。まるで春の陽射しのような、雪や氷を溶かす。

「それで君の名前は?」

 その言葉で洋子は我にかえる。思わずみとれてしまっていた。

「あっ、私は冬森、冬森洋子です」

「冬森?」

 洋子の名前を聞いて彼は考えているような声を出した。

「えっと、どうしたの?急に」

「あのさぁ、もしかしてお姉さんがいたりしちゃったりする?」

 彼は唐突に言う。

「………その通りだけど、どうして?」

 そのことは高校の寮に移ってから話したことはない。だから知っているのは中学までのクラスメートと、小さな頃遊んだ[キミ]。園村なんて名前は聞き覚えがない。

「あの…もしかして」

 洋子が言おうとした瞬間、桂一の声が先だった。

「久しぶり!俺のこと覚えてる?小さい頃一緒に遊んだよね」

と言った。

(やっぱり、キミなんだ……)

 急に周りが静かになった。どうやらにわか雨だったようだ。

 洋子はそんなことよりも話したいことがたくさんあった。今まで何処にいたの、元気だった、今何処に住んでるの、…………恋人はいるの?

 話しかけようとした瞬間、

「やべっ、もうこんな時間だ。じゃあ俺もう行くから。またね」

「あっ、待って、せめて携帯番号を……」

 言ったときには彼はもういなかった。






「ええっ!好きな人が見つかったの!?」

「ちょっと、声が大きいよ美雪」

 ポカッと洋子が美雪を叩いたときには、人だかりができていた。

「えっ、洋子って好きな男いたの?」

「マジっすか!? 俺狙ってたのに!?」

「誰!? 誰なのよ相手は!?」

「はったおす! ぶん殴る!! 殺ってやる!!!」

 皆好き勝手言っている。

「ほらっ、いつも言ってたのにあんたこんなにモテたってこと自覚なかったでしょ」

 洋子は美雪の言葉を聞き流しながら

(これの相手は誰がするんだろう)

と思っていた。

「皆席着けよ、授業始めるぞ」

 騒ぎは先生が来てようやく収まった。

「で、誰よそいつ?」

 隣の美雪が小さな声で聞いてきた。心底気になるといった感じだ。

「……園村桂一って言ってた」

「園村先輩?」

「えっ、知ってるの!?」

「声が大きいよ」

 美雪が笑いながらたしなめた。先生は気付いてないが、周りのクラスメートはこっちをこっそり見ている。

「う、ごめん…でも知ってるの?」

「委員会一緒、その人」

 そのとき美雪が浮かべた笑みは洋子には天使に思えた。



 授業後、

「ほら、あれだよ、園村先輩」

昨日会ったばかりのあの人が、少し歩けば手の届く距離にいた。そのことは洋子を緊張させた。

「う、うん。間違いない。あの人だ」

(どうしよう。こんなに早く会えるなんて思ってなかったよ)

 洋子は胸がドキドキ鳴っていて、顔も真っ赤になりそうだった。

「ちょっと待って、私変な顔してないよね?」

「大丈夫、大丈夫。安心していっといで」

 美雪は戻っていった。

 洋子は大きく息を吸って歩きだす。もう目の前だ。

「こ、こんにちは!」

 ちょっと詰まったけど挨拶をする。彼はびっくりしたような顔で

「あれっ、同じ学校だったんだ?偶然だね」

と笑いながら言った。

 洋子は昨日思っていたことを聞いた。

「その、桂一さんは、今何処に住んでるんですか?」

(よし、下の名前!)

「あぁ、すぐ近くのアパートだよ。洋子ちゃんは?」

(ちゃ、ちゃんづけ!?)

 少し照れた。

「わ、私は寮に住んでます」

 それから二人笑いながらいろんなことを話した。そして、

「じゃあ、今度遊園地行こうよ」

「はい、喜んで!」

遊びに行く約束をした。




 日曜日、洋子は朝早く起きていた、彼に会うのが待ちきれなくて。

(どんな服を着ていこう??)

 男の人と二人で出かけるなんて初めてだった。

(もしかして、これってデート?)

 洋子は自分で考えて真っ赤になる。

(でも、初めてのデートがあの人ですごく嬉しい)

 それからかなり迷って決めた服は洋子の一番のお気に入りだった。

 桂一が来た。時間五分前。

「あれ、俺遅れちゃった?」

「ううん、そんなことないよ」

(ただ私が早く来ちゃっただけ。)

 待つこと二十五分、待ち時間がこんなに楽しかったのは洋子にとって初めてだった。

「じゃあ、行こうか」

「うん!」

 それから二人でジェットコースターで叫んだり、コーヒーカップで気持ち悪くなったり、楽しくご飯を食べたり、お化け屋敷で抱きついてみたり、楽しい時間が過ぎた。

 そして景色が朱色に染まってきた。

「じゃあ、最後に観覧車に乗ろうか」

「……うん」

 楽しかった時間はすぐに終わってしまう。それが少し寂しくさせた。

 二人で一緒に観覧車に乗る。

「洋子ちゃん」

「……なんですか」

 洋子は急に呼ばれ、びっくりしつつ返事をする。

「今日はありがとう」

「なにがですか?」

「一緒に来てくれて」

 ……少しの沈黙。それを破ったのは桂一だった。

「あのさ、少し話を聞いてくれるかな?」

「…はい」

 少し胸の鼓動が速くなる。桂一が話し出す。

「俺、好きな人がいるんだ」

「……はい」

「昔遊んだ女の子がいてさ、急に決まった引っ越しで、ろくに挨拶もできなかったんだ」

「……はい」

(もしかして、私?)

 鼓動がもっと速く、大きくなる。彼に聞かれないよう洋子は祈った。

「俺、その子が好きでずっと彼女ができなかったんだ」

「……はい」

(私と同じ)

「女の子を可愛いと思っても、すぐにあの子と比べちゃってさ。向こうは俺のことなんて覚えているのかも分からないのに」

「……はい」

「で、そんなときがずっと続いて、君を見つけたんだ」

 ―――君を見つけたんだ

「正直嬉しかったよ」

 ―――嬉しかったよ

「だって俺の好きな人は」

(もう、限界。鼓動が痛いぐらい。倒れちゃいそう。)

「……君のお姉さんだったから」

(え??)

 洋子は頭の中が真っ白になった。そして、昔のことを思い出していた。

 [キミ]と話をして、[キミ]と遊んで、[キミ]と笑っていたのはお姉ちゃん。

 私はいつもそれを見ていただけ。私もその場にいたけど、[キミ]の笑顔はお姉ちゃんのもので。でも私は横顔を見てるだけで幸せだった。叶わぬ恋とどこかで悟って、それでも諦められなくて、見ていることしかできなくて、でも、言いたかった言葉があった。だけど私もお姉ちゃんも言えないまま……

「…子ちゃん?」

 洋子はその言葉で現実に戻った。

「あ、は、はい」

「お姉さん、元気?」

 洋子は言うべきか迷った。言えば彼は悲しむだろう。でも言わなければいけない。

「……死にました。二年前に」

「えっ!?」

 信じられない、といった顔だった。

「…そう、なんだ」

 観覧車が止まった。二人ともふらっとした感じで降りた。

「あの、大丈夫ですか?」

「……ごめんね、嫌なこと思い出させて」

「……いいです、私なら」

 二人でベンチに腰掛ける。

「そうなんだ、あの子は死んだんだ……」

「……はい」

「は、ははは、おかしいよね、十年以上ずっと思ってたのに」

 それっきり桂一は顔をふせた。

 時計の秒針が一周した。二人にとってその時間は何十倍にも感じられた。

「あの……」

「……なに」

 すっかり暗くなった声で桂一が答えた。

「私じゃ、ダメですか?」

「……えっ!?」

「私じゃお姉ちゃんの代わりにはなれませんか?」

 二人のあいだに沈黙が満ちた。

 口を開いたのは桂一だった。

「でも、俺まだ気持ちの整理がつかないから」

「返事はいつでもいいんです」

「……俺、もうすぐ外国に行くんだ。夢のために」

「待っていては迷惑ですか」

 桂一は考えてから言った。

「代わりとかそういうのは嫌いなんだ。だから洋子ちゃん自身を見られるようになってから考えさせてくれないかな? 正直どんな答えがでるか分かんないけど」

 その言葉に洋子は泣きそうになった。洋子の言葉を切り捨てて、洋子の存在を見てくれると言った。姉ではなく洋子を。

「……私も昔から好きな人がいたんだ」

「…………?」

 洋子は心を決める。今まで心の底に眠っていた言葉。

「私はずっとキミのことが」

深呼吸、

「好きだったよ」




 それから二年がたった。まだ、返事はこない。

 でも私は信じている。返事が私に届くことを。

 彼の春のような笑顔が私の心を溶かす日を。

 これは中学の授業で書いた作品を書き直したものです。自分で読み返してやたら恥ずかしかったのですが、一度だけあったこの授業を国語の授業で一番真面目にやったのが懐かしいです。

 読んでいただきありがとうございました。

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