柚木のいない世界
第二章の冒頭です。
「いってー。お前本気で殴りすぎ……」
「おい柚木。なんでそいつ庇ってんだよ!」
「んー?ああ、私ってこういうの見過ごせない性質らしいね。ふはは、私、ひぃろぅ見たいだろう?」
「……柚木。お前も俺達のパシリになりたいのか?」
「いや、別に」
「……ぶっ殺す………」
「おおおおお?物騒だなおい。暴力はやめ……」
中西君が僕を助けに来てくれた。
嬉しい。嬉しいな。嬉しいよ。嬉しいな。
僕は安堵した。
でも、彼は言っていた。
喧嘩は弱い…と。
僕がそのことに気付いた時、彼は既に殴られ、蹴られ、何人がかりかで袋叩きにされていた。
彼は血まみれになっていた。
それを見た時、僕の頭に血が上った。
生まれて初めての怒り。
今になって考えれば彼と出会ってから初めてのことばかり起こる。
彼を痛めつけていた男の子にそれぞれ空手の正拳突き、柔道の一本背負い、合気道の小手返しを使い倒していく。
彼を押さえつけていた男の子も倒して、彼の無事を確認しようとすると背後に気配がした。
後ろを見ると、最後の一人が飛び蹴りの体勢に入っている。
今からではもう間に合わない。
目をつぶった僕はいつまでも衝撃がこないことを不思議に思った。
再び目を開けたとき僕の目に映ったのは血まみれの中西君だった。
僕なんかのことを身を挺して庇ってくれた。
僕なんかの為に大怪我をした中西君。
その後、僕を苛めていた子は皆転校していった。
中西君は4ヶ月くらい入院した。
その間僕は独りだった。
彼のいない学校なんて行きたくなかった。
でも、僕は学校に行った。
彼の分のノートを書かないと……
中西君は喜んでくれるかな?
中西君のお見舞いに行きたいといって先生に聞くと教えてくれた。
僕はほぼ毎日彼のいる病室に行った。
「よお、元気か?」
「うん……いや、全然。それより体大丈夫?」
「おお、なんか肋骨とか折れてるらしくってさ、じっとして待ってるだけだし」
「顔とか酷いよ……?」
「ほっとけ、そっちはすぐ治るらしい」
「そっか」
よかった……
そして何日かが経った時。
いつものように彼の病室に行くと彼は眠っていた。
僕はその無防備な顔を眺めたくて近づいた。
するとだんだんと心臓の動きが早くなってきた。
気がついたら僕の目は彼の唇に釘付けになり、勝手に体が動くようだった。
僕はなんだかいけないことをしている気分になり顔が真っ赤になって死んでしまいそうだった。
でも、僕の顔は彼に向かっていっている。
……そしてついに彼の唇と僕の唇は重なった。
その時、突然彼のお母さんがやってきた。
見られている。
それはもう物凄く。
「…………お邪魔しました…?」
「……あ、あの……」
「……………」
「…その……中西君には…黙っててくれませんか……?」
「女……の子………?」
「…はい」
「なるほど……ついに柚木に春が来た……と。寝込み襲うなんてやるわねー」
「……わ、わ、わ、襲ってなんか……」
「いいのよ隠さなくって。ふふ、柚木のことよろしくね?」
「僕は彼の彼女じゃないんです。それに僕、男の子ってことになってるから彼は女の子だってこと知らないんです」
「へえーそうなんだ。で、いつ結婚するの?」
「け、け、結婚なんて……」
「息子の唇奪っといて、なに動揺してるのよ、初心な子ね~。若いっていいなぁ」」
見られてしまったとき、凄く恥ずかしかった。
結婚なんていわれてもっと恥ずかしかった。
彼との思い出は恥ずかしいことばかり。
彼が退院してからは、僕は中西君のお母さんに中西君を迎えに来るように頼まれて一緒に登校するようになった。
僕は彼にべったりとくっついてた。
僕は女の子だったけど皆には男の子だってことにしてるから同性愛じゃ無いかって噂が流れたりした。
僕が女の子だって知ってる保健の先生が止めてくれたけど噂は結局クラス中に広がっていた。
彼が女子生徒たちにそれを聞かれて避けられた時はちょっと嬉しかった。
だって彼に近づく女の子が少なくなるってことだから。
僕は男の子の格好してるから女の魅力なんて全然ないんだもん。
……こんな事考えてるなんて知られたら彼に嫌われちゃうかな?
僕達が高校生になってからは僕は女の子達に人気だった。
男の娘ーだとか言われて、一緒に遊ばないかって言われたけれど皆断った。
だって僕は中西君の傍にいないと……
柚木君なんて名前で呼ぶようになった。
でも彼はそんな僕の努力に気付いてくれない。
いつか女の子だって教えたら気付いてくれるのかな……?
それから柚木君は女子に苛められるようになった。
女の子には負けないだろうが手を上げる訳にはいかないって言って中西君は抵抗しなかった。
僕は男子からも告白されるようになった。
柚木君の友達の遠藤君、小林君、畑田君から可愛すぎて生きているのが辛いなんて言われたりした。
柚木君がそう言ってくれたらいいのに……
僕は日に日にやつれていく彼が見ていられなくて僕は女子達を説得した。
「柚木君苛めるのやめてくれませんか……?」
「苛めてないよ、私たちは彼方を助けようと……」
「だから、やめてください」
「……だいたい、なんであんたそんなにあいつに引っ付いてる訳?気持ちわる」
「僕は……」
「あいつ、あんたが女っぽいからって傍においてるどうてー野郎なんだから近寄んないほうがいいよ」
「嫌です!!」
「……は?」
「僕は、僕は彼が好きなんです!!」
言ってしまった。
この日から苛めはなくなって、皆からは温かい眼差しを向けられるようになった。
先生以外は僕が女だってことを知らないから同性愛だって思ってるけど。
僕は女に産まれてきてよかったって思っていた。
だって彼と結婚できるかもしれないから。
彼女でもないのにそんなことを考えていた。
――――――そして、彼がいなくなった。
卒業して彼は大学にも行かず、就職先を探すと言っていた。
でも、突然いなくなった。
彼のお母さんに聞いてもわからなかった。
僕は目の前が真っ暗になった。
僕は絶望した。
泣いた。
獣のように啼いた。
声が枯れ果てようとしても、泣いた。
僕は家に引き篭るようになった。
お母さんとお父さんはやっぱり……というような顔で僕を見ていた。
5年間働かずに家にいて泣いてばかりの僕は彼を諦めようとして、職を探した。
僕が見つけた職場はここから遠く離れているところだ。
僕は男として就職した。
誰にも気付かれないようにした。
僕にはたぶん才能があった。
23歳で就職し、数年が立った時、僕は結構な地位の人間となった。
女の人にライバル社の人たちと飲みに誘われたりしたけれど断った。
僕の家には彼の写真が一杯だった。
笑顔の彼、泣いている彼、怒った彼、悔しがる彼、楽しそうな彼、格好良い彼。
僕は見ているだけで幸せになれたけれど、虚しくなった。
32歳になって飲みに誘われたある日。
同僚の男の人がライバル社の中西って奴は良い奴だと言われた。
僕は気になってその人の名前を教えてもらった。
その人の名前は中西柚木。
彼と同じ名前。
僕は中西柚木さんを追いかけた。
酔っ払っているみたいで、ふらふらしていて、スーツは草臥れていたけれど、彼の後姿とそっくりだった。
彼が横に曲がる時、彼の顔が見えた。
柚木君だ。
柚木君みーつけた。
見つけた。
ようやく見つけた。
なんて話しかけようかな?
僕が女の子で柚木君が好きだって教えなきゃ。
それから、それから……
僕は彼に近づく度に頭の中が真っ白になって何も考えられなくなった。
悔しくて、少し驚かせようと思って、立ち止まっていた彼を後ろから突き飛ばしてから起こってやろうとした。
けれど、僕が突き飛ばした次の瞬間、彼は車に轢かれてぐしゃぐしゃになった。
車はそのまま逃げていった。
─────え?
彼が死んだ。
認めたくない。
彼が死んだ。
嫌だ。
彼が死んだ。
助けて柚木君。
―――――カレハモウイナイ
僕の心は壊れてしまった。
彼のいない世界で生きていたくない。
彼の写真を何枚も焼き増しして部屋に貼り付けた。
でもこんなことじゃ僕の心は元に戻らなかった。
会社も辞めてしまって僕は彼の写真を持ったまま飛び降りようとした。
そのときだった。
「君、ちょっといいかな?」
「……邪魔しないでください」
邪魔だ。
僕は柚木君がいったあの世に行くんだ。
彼に逢いたい。
「死ぬんだったら、運命を捻じ曲げてみないかい?」
「…………」
「この籤引き、運がよければ死んだ人でも生き返るんだが……」
「っ!!本当ですか!!」
ありえない話だと思う。
でも、僕はこのとき冷静な判断が出来ない状況だった。
僕はこの話を信じ、彼の写真を抱いたまま、籤を引いた。
『勇者召喚』
そう書かれていた。
がっかりした。
僕はやっぱり死のうかなと思った。
でも……
「ほう、中西といい、君といい。妙な運命だな」
「……彼を知ってるんですか!?」
「ああ、あいつなら君のいく世界にいるよ。まったく、面白い奴らだ」
そういわれた瞬間足元が光り。
気がついたときにはわけのわからない場所にいた。
あの人はなんていった?
この世界に柚木君がいる。
また逢える。
まだ、間に合う。
彼を探そう。
そう、胸に誓った。
柚木の後を追って自殺しようとしていた優。
籤引き屋がいなければ即死でした。
ヘルメットをしてなければ即死だった人のように。




