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お花畑令嬢の幸せな結婚

掲載日:2026/08/17

よく晴れた日。

ブライド伯爵家とアーデルライト公爵家の結婚式が執り行われた。


新郎はブライド伯爵家の嫡男クラウド。

新婦は私、アーデルライト公爵家の末娘のマリアナ。


私たちは、今日一番の幸せな夫婦になった。


降り注ぐフラワーシャワーの道を夫婦で手と手をとり歩く。

それはこれから二人で歩んでいく旅路の幕開け。


夫は緊張しているのか、硬い表情でひたすらただ前のみを見据えている。

気を抜くと少し足取りが速くなってしまうから、ぎゅっと腕につかまってみる。そうするとやっと私を思い出してゆっくりとした足取りに戻る。

先ほどからこれの繰り返し。


ふふ。かわいい。

たまらない気持ちが溢れて、つい声に出てたみたい。

夫となったばかりのクラウドは、かわいいと言われて照れてしまったのかプイと顔を背けた。


私の夫はなんて可愛らしいのでしょう。

満足してクラウドの腕に寄りかかるように抱きしめた。


すると、私たちのことを祝うために集まった参加者の一角から、はやし立てる声が聞こえた。


「──まあ。素敵な花婿に花嫁ね」


そうでしょう?

クラウドは近衛騎士で見目も良く、物腰も柔らかで年頃の令嬢たちから大変な人気だった。

万事控えめな態度で、主人に献身的な仕事ぶりはまさに物語の騎士のよう。


まあ、勝ち取ったのは私だったけれど。

ふふんと得意げになって胸をはる。


「──ええ、ほんと。”お花畑令嬢”が花嫁になったわ」


素敵ね、と言葉だけは綺麗な意地悪そうなクスクス声もチラホラ。

お花畑令嬢とは私のことだ。

能天気で、難しいことを深く考えない、ヘラヘラ笑っているところがお花畑なのですって。


暗い沼地令嬢よりはいいんじゃない?と思うのだけれど。

お花畑令嬢、かわいいじゃない。褒め言葉ね。

それって一種の才能じゃない?


また、ふふんと足が軽くなる。


褒め言葉だと思ってるのは私だけのようで、クスクス声はもっとおもしろいものを見つけたみたい。


「──クラウド様もお気の毒に。お花畑令嬢を押し付けられて……」

「──ほらご覧になって。トゥベール王女の悲しそうなお顔……引き裂かれた悲恋の恋人たちを」


その声につられて夫の視線の先をたどる。


その先にいたのは、トゥベール王女。

クラウドが仕える主だ。


トゥベール王女は陰のある顔で、目元を赤くしてじっとクラウドを見つめ返していた。


クラウドも、じっと。

それも一瞬のこと。


クラウドは断ち切るように目をきつく閉じて、また開けた時には何もなかったように前を見つめた。

護衛騎士の晴れ姿に王女は傷ついた顔をして、そしてひっそりと下がったようだ。まだ式は途中なのに帰るみたい。


その後ろ姿を今度はクラウドが傷ついたような顔で見つめていた。


あらやだ、ほんとね。たしかに引き裂かれた恋人たちのような雰囲気だわ。


私の視線にやっと気付いたクラウドは弱味を握られたような顔をした。


えっ。

もしかして隠してるつもりだったの……?


やれやれというか、可愛すぎるわ。

隠し事が下手すぎる旦那様に、ニッコリと笑ってみせた。こうやって笑うのよ。


能天気で万年お花畑な頭の中の私に相応しい笑顔のお手本を見せてあげたのに、旦那様は上手く笑えないみたい。


大丈夫ですよ。

ほら、笑ってください。

あなたのしたかったことを成し遂げなきゃ。


念を押すように、笑みを深めて隣の旦那様の強張った顔を覗き込んだ。


ごくりと何かを飲み込んだ旦那様は、控えめに微笑んでるかな?ぐらいの表情で来客と挨拶ができていた。


うん。そういう表情も大変かわいらしいわ。

私、やっぱり旦那様が大好き!


─────────────


「旦那様?えーっと、”初夜をするつもりはない”と、おっしゃいまして?」

「……あぁ」

「それはトゥベール王女への義理立てでしょうか?」

「殿下は……ッ、関係、ない」


旦那様は声を詰まらせて、答えを逡巡している。

私が粗相をしたわけでも、雰囲気作りに失敗したわけでもないことを順序立てて説明しましょう。




数時間前に正式に私の旦那様になったクラウドは、夫婦の寝室で私を待っていた。

やーん!寝室でドキドキ訪れを待つ新妻みたいでかわいいわ!新妻は私の方なのだけれど!


旦那様はよほど急いで湯浴みを終えたのか、濡れた髪からは水滴が落ちている。


あらあら、と寝台の近くに積まれていた布を一枚だけとって旦那様の濡れた頬も首も包み込む。

ふふふ。世話が焼けますねぇ。


つい機嫌が良くなってしまって、鼻歌どころか歌っていたみたい。


「……上手いな、声がいい」

「ありがとうございます♡母が歌姫でしたの。公爵家に入って披露する場がなくて……気に入ってくださって嬉しいです」


ふふふ。それに、結婚したら旦那様の髪を拭いてみたかったの。夢がまた一つ叶ってしまったわ。


結婚したら大好きな旦那様のお世話を焼いて、ぐずぐずに甘やかして差し上げたかったの。

だって、みんな外でたくさん頑張るじゃない?だから、家の中では私が誰よりも味方になってあげるの。

愛で溺れさせて差し上げるのが結婚じゃない?

だからとても楽しみにしてたのよ。


心の中の声のつもりが、ついつい欲望が声に出てたみたいで、クラウドは難しそうな顔で私から布を取り上げると乱暴にわしわしと髪を拭き上げた。


照れちゃったわ。かわいい!


私が寝室に現れるまでの緊張を和らげるためか、旦那様はお酒をかなり飲んだみたい。

我が家から持参した祝い酒が空になっているわ。

もう。先に始めるなんて、私を待ってくれてもよかったのに。

緊張しちゃうなんて、かわいらしいのだから。


ウキウキしながら、この日のために誂えた夜着を満を持して披露したのだけれど

クラウドは赤い顔をさらに赤くしただけで、落としたローブをまた戻してしまった。

やーん♡私の夜着は効果があったみたい!


「せっかく夜着に心を込めて一針一針、今日のことを想って刺繍したので、もっとしっかり見て欲しいのですけれど」

「し、刺繍の腕もいいのだな!?」

「ありがとうございます♡公爵家の侍女に刺繍名人がおりまして、教えてもらったのです。ここの刺繍が一番力を入れたところで……」

「いい今は見せなくていい!まず話をしよう!」


そうですね、本番は刺繍よりも中身が重要。

照れ屋な旦那様のために、もう少しだけ明かりを落としましょう!と寝台のロウソクを少し絞った頃。


寝台に座ったままのクラウドは頭を抱えて言った。


私と、初夜をするつもりがないと。

新妻の私と。


おかしいわ。

初夜がなければ、二夜も三夜もありはしない。

つまり白い婚姻となってしまう。


貴族の結婚において、白い婚姻なんてありえない。それは結婚の事実を覆すものだからだ。


クラウドはトゥベール王女の護衛騎士だった。

王女を護る美麗な護衛騎士、そして決して結ばれることのない主従愛は物語のようで注目の的となっていた。


その物語は終わりがあるから綺麗なのだ。

王女は隣国への輿入れが決まり、恋人疑惑のある護衛騎士は危険因子となった。


王女の身辺を身綺麗にするため、護衛騎士は早急に妻を娶ることとなった。

そこで名乗り出たのがアーデルライト公爵家の末の娘のマリアナ。私だ。


王家に次ぐ身分の公爵家であるが、後妻の連れ子の私も嫁ぎ先を探していてちょうどよかったのだ。


王女が嫁ぐには足りない家格の伯爵家には、公爵家の末の娘がふさわしい。

後妻の連れ子である、どう扱われても文句を言わない、お花畑令嬢と名高い私であれば王女の秘密の恋人という背景も気にしない。


全てがちょうどいいと決まった婚姻に、私はもちろん不満なんてなかった。


私の好みドンピシャな旦那様と結婚できるなんて、素晴らしいと諸手をあげて楽しみにしていた。


だけれど、夫は私との結婚を白紙にするつもりらしい。


愛するトゥベール王女のために。


もしかして、私との結婚を隠れ蓑にして恋人のままでいるつもりかしら?

え、あ、そういうことー!?


「いや、隠れ蓑にしようなんて全くない!私と殿下はそんな仲ではない!」


私の間抜けな推理も口に出ていたので、シリアスな空気が霧散してしまったわ。


「でも、初夜を済ませないで困るのは、トゥベール王女ですよね?」

「……ッ、とにかく、私は君を愛することはない。その君の理想の結婚を私では叶えられないのは申し訳ないと思っているが……」

「もう叶ってますよぉ。わたし、才能がある人が大好きなんです♡旦那様は近衛騎士として才があるわ。私生活と仕事が混ざっちゃってるんですねぇ」


クラウドは俯いたまま、揃えた両の手をきつく握った。それは掴めなかった運命を呪う手のようで。


隠れ蓑じゃなく、やっぱり王女の身辺を綺麗にするための婚姻なのだとしたら、初夜が完遂されなかったら元の木阿弥である。

それでは誰も幸せにならないじゃないの。


ふぅ、と思わずため息をつけば、クラウドはさらに頭を低く下げた。


「それほどまでトゥベール王女を愛しているのですね」

「愛など、烏滸がましい。これは勝手な私のけじめで……」


むにゃむにゃ言っているけれど、クラウドには何か考えがあるらしい。


でも、だーめ♡


先ほどクラウドに結び直されたガウンの腰紐をするりと抜き取り、輪をつくる。

えーと、片方の紐は寝台にひっかけるのよね。

それをクラウドの両手にかけてキュッと引っ張れば、なかなかうまくいったわ。


練習通りにクラウドは両手を縛られて、ぽかんとした顔で転がっている。


「けじめや心の整理は後でお願いしますね♡今は新妻と初夜の時間ですよ、旦那様♡」

「え、いや、ちょっと待ってくれ。私はあなたとは……」

「大丈夫、大丈夫。私に任せてください。トゥベール王女のことは好きなだけ想ってくださって結構。私との夫婦関係には全く関係ございません」

「関係あるだろう!」

「それはそれ、これはこれです」

「いや、でも、こんな気持ちでは」

「罪悪感で燃えるタイプですか……?特殊だと思いますが、旦那様のお好みは覚えておきますね」

「ちが、そんなことをするんじゃない!どいてくれ!頼む!ああ!?」


照れ屋な旦那様はしばらく反抗的だったけれど、我が家から持参したお酒が効いたのか、天邪鬼な性格なのか、それはそれこれはこれだった。


「君は乙女じゃないのか!?」

「まあ。もちろん乙女ですわ。私、こちらにも才があったのですね♡気に入ってくださって嬉しいです」


安心してください、これは誰にも習ってませんから♡

ふふんと機嫌よく歌っていると、旦那様は悔しそうな顔をした。それがとっても可愛くて。


私は素敵な旦那様と正式な夫婦になった。


─────────────



翌朝。

目が覚めたら旦那様はいなくなっていたけれど、私の記憶にははっきりばっちり残っていて、頬がぽっと熱をもった。


メイドが持ってきた身支度の水は冷えていて、うっかり頭からかぶってしまったけれどちょうどいいぐらい。

はぁ。昨夜の旦那様ったら、悔し泣きまでしてしまって……頬の熱がしばらく冷めそうにないわ。


でもいくら火照ってるとはいえ、ドレスがなければ部屋から出られないわ。


どうやら公爵家から持参したドレスはボロボロに刻まれていて、着られそうにもない。

風通しが良すぎるわ。


まあ、いいわ。

綺麗に脱いだ夜着は自慢の一品。

邸内であれば十分でしょう!


と、意気揚々と食堂に現れた私に突進したのは夫のクラウド。


「なんて格好で人前に出ているんだ!!!」


先ほどぶりの逞しい身体に包まれてキュンと胸を高鳴らせていると、どこからともなく現れたテーブルクロスで赤子のようにぐるぐる巻きにされてしまった。


「ヤキモチですか~?」

「通常持ち合わせているはずの倫理観だ!!!」


昨日のされるがままの子犬のようなクラウド様とは違って、ひょいと軽く私を持ち上げ寝室に戻されてしまった。


「わたしの朝ごはん……」

「着替えてからに決まってるだろう!」


キャンキャンと家庭教師のようにマナーやお小言を並べるクラウド様は、ベッドの上に広げられた、ある意味夜着より破廉恥な隠すべきところががら空きなドレスを見て絶句した。


「これはマンネリになった時の楽しみにとっておきましょうね♡」

「楽しめるか!!!」


やっぱり自分の手で包装を解くほうがお好みですか?と聞こうとしたけれど、旦那様は開放的なドレスを取り上げるとどこかに飛び出していった。


本体は置き去りである。

まさか、服の方が良いとでも……?


旦那様の特殊な好みについて考えを巡らせてすぐ。今度は人の良さそうな年配の使用人がやってきた。


考え事で凝った額がほぐれる、温かい湯だった。


─────────────


旦那様は新婚二日目だというのに職場に顔を出したらしい。


邸内を紹介してもらっている途中、お喋りをしていた若い使用人たちがそう言っていた。


私に親切な年配の使用人は注意しようとしていたが、ここは話を聞くわ。暇だもの。


なんでも、王女に忠誠と愛を誓う旦那様を横取りした頭の弱いお花畑令嬢は実家での立場も弱いので、邪魔をしないようにわからせなければならないらしい。


「何をわかっておくべきかしら?」

「ひぃ!!」


謙虚に新参者らしく教えてもらおうと思ったのだけれど、使用人は顔を引きつらせて黙ってしまった。


「あ、邪魔してごめんなさいね。でも困ったわ。私は伯爵家の当主の妻でしょう?使用人に教えてもらうことはあるかしら?義母さまに教えてもらう方が正式な流れよね」


ふぅ。と困ったわと頭を傾げれば、今朝の桶をびっくり返したドジっ子メイドが前に進み出た。


「今だけの仮の立場のくせに!あんたなんて王女様の代わりにすらならない!歓迎すらされてない状況も理解できないからお花畑って言われてるのよ!」


「まあ!私のことを知ってくれていたのね」


ドジっ子メイドは私の二つ名を知ってくれていたらしい。新しい主の情報もおさえておくとは関心、関心。


嬉しくなって、私もドジっ子メイドの名前を聞いたのだけれど、照れ屋さんなのでフン!とどこかに隠れてしまった。


かくれんぼかしら?負けないぞ♡


と、メイドたちと遊びながらだいたい邸内の構造は把握できたと思うわ。

義父母にも挨拶したかったのだけれど、昨日のうちに領地に帰ってしまったらしい。


そんなこんなで夜。

帰ってきた旦那様は、騎士服のまま寝室のなかに入ろうとしない。


「そんなところでどうなさったの?中にお入りになって、お話ししましょう?」

「いや、ここで」

「ここで……? 廊下で、だなんて……でもそれが旦那様のお好みでしたら」

「するわけないだろう!!!!」


ああびっくりしたわ。

まだ二日目ですものね。


安心したわ。

では、お話するために……と、椅子をドアの前に移動させようと思ったのだけれど、重くて椅子ごと倒れそうになったところを旦那様が助けてくれた。


やだ♡かっこいい♡


部屋に入って、私に抱きついた(助けるためだったかしら?)ということは、そういうことですよね。


「いや、待て。今日は話しを」

「どうぞ、お話になって」

「いやだから!まず!私の話を!」

「聞いてます聞いてます」

「脱がすな!」

「やっぱり……服が重要なんですの?」

「そうだ!ここは冷静に」

「まあ。よかった、つまり本体をみると冷静じゃなくなってしまうという意味ですの?」

「そうだ……!……うん?」

「安心しました。さあ、難しいことは置いておいて。大丈夫ですよ」


難しいことをこねくり回して考えてしまう旦那様の心をほぐすため、私、がんばるわ。


結果、大丈夫だった。


まあ、肉体だけではなく、ちゃんと夫婦には心の会話も必要なのでお話は聞いたわ。


なんでも今日は王女殿下に呼び出され急遽職場に顔を出したが、私のキスマークを目ざとく見つけた王女に私と正式に夫婦になったことが伝わってしまい大変だったらしい。


えぇ……?でも、キスマークぐらいつけるわよね。新婚だもの。私の旦那様だもの。


顔を見たくないと泣かれ、予定通り1週間ぐらいは邸にいるとのことだった。


「まあ……では問題ないですね♡」

「泣いてらしたんだぞ!?」


旦那様は傷ついた顔じゃなくて、疲れたような顔でそう言った。


「やーん♡かわいいですね。燃えました?」

「燃え……はぁ、もういい。今日は疲れた」

「おつかれさまです♡ヨシヨシ♡」

「君と話してると疲れるな……」

「疲れを感じられるようになったってことは、私の隣が安全圏ってことですね♡ヨシヨシ♡」

「そういうことじゃ……おい、そこを撫でるな」


まあ出てこいと言われたり、顔も見たくないと言われたり、かわいい新妻に襲われたら疲れるわよね。そうでもないみたいだけれど。さすが騎士ね♡


もう、もったいぶってそれぇ?と思ってしまったので、お詫びはもらったわ。

ふっふっふっ。かわいい旦那様♡


旦那様は放っておくと物思いにふけるので、眉間を揉んだり擦ったり、至る所を揉んだり擦ったり、襲ったり、誘ったり、遊んだり、楽しく暮らしていたら1週間はあっと言う間だった。


今では旦那様もいちいち難しいことを考えるのが馬鹿らしくなったみたいで、抵抗もなく私に流されるようになった。

理想は自ら寝室までお行儀よく来ることなのだけれど。


「やっぱり執務室の方が盛り上が」

「らない!!もうしない!!」


ふふふ。素直でないのだから♡


新婚気分はとりあえずおしまいね。

王宮勤めの旦那様は苦い顔で出仕なさったが、やっぱり新婚ボケは治らなかったみたい。


大事そうな小包みを忘れてしまっているわ。

忘れ物を届けるのも、妻の努めよね!


──────────


「クラウドはいつか返してもらうから」

「えぇ……?」


私の髪を握り、憎々しげにそう言ったのはトゥベール王女だった。


クラウドは残念ながら、今日から王太子殿下つきになったようでトゥベール王女の後ろにはいない。


「私に指一本でも触れてみなさい。王族を害した罪で牢獄に入れてやるわ。ああ、そうしたらクラウドは離婚できるわね。離婚すれば元通りよ……」

「まさか婚姻先の隣国まで連れて行くおつもりですか~?」

「当たり前じゃない!クラウドは私を1人になんてしないもの!」


ご乱心の王女は止まらない。

周囲の護衛騎士たちも止められない。


護衛騎士はトゥベール王女の身辺を護るのが仕事だから、トゥベール王女が他の人を害していても見守ると……?


護衛騎士の職務内容について理解を深めていると、トゥベール王女の手はぐいぐいと私の髪をねじり上げていく。

ああ!抜けちゃうわ!クラウドのお気に入りの髪が!


とはいえ、きっと私の方から王女に触れると、きっと近衛騎士に捕縛されるのよね。私のほうが。


「困るわ……クラウドに会いたいのに……」

「っ……!自分のものみたいに言わないで!」


ぐいっと強引に引っ張られ、頭皮からプチプチと音が鳴っている気がする。


「王女殿下、落ち着いてください。クラウドはもう殿下の護衛から外れました!」

「そうです!夫人から手をお放しください!」

「ただいまクラウドが来ますので!」


こんな大立ち回りをやっているのは王宮の廊下。

一般人である私も立ち寄れるとなれば、他の貴族もそうで。


徐々に何事かと観客が集まってきているではないか。


「──もしかして、あれ、お花畑令嬢じゃない?王女殿下に直談判?」


明らかに絡まれているのは私なのだけれど、近衛騎士に取り押さえられている(?)ようにみえる私の方が襲撃犯のように見えているらしい。おかしい。


「あはは。この状況をみて、クラウドはどちらを庇うかしら」


私の身体と髪を支える騎士たちが何やら小声で王女を説得しているが、私の髪は限界だわ。


仕方ない。


私の近くにいた騎士の剣をトンと踵で蹴り上げて、私の手に引き寄せられた剣を後ろ手に鞘から抜いた。


突然の抜き身の剣に王女の動きがピタリと止まる。


「動かないでくださいね」

「ひっ」


手首を返し、長い剣先が殿下の方を向いたと同時だった。


「──マリアナ!!!!」


クラウドは私のお腹と腕を掴んだ。

すっぽりと包み込まれた私はごろにゃんと旦那様に頬をすりすり擦り付けた。

今朝ぶりの旦那様だもの♡


「もう!遅いです~」

「何をやってるんだ……!髪が!」

「あぁ……旦那様のお気に入りですのに、ごめんなさい」


半分だけ肩の下ぐらいになって不揃いですが、まあ伸びるでしょう。


「そうじゃない!なんだあの剣さばきは、なん、えぇ?」

「母の以前の恋人が曲芸師だったもので、教わったのです♡気に入ってくださって嬉しいです」


初夜に旦那様の腕を縛ったのも、教わったんですよ♡たくさん練習しました♡というのは2人だけの秘密なので、とっておきましょうね。


「そうじゃ、ない。………はぁーーーー…………」


剣をくるりと手首だけで下げて、持ち主に返却しようとしたけれど旦那様は深い深いため息をついて私を抱きしめた。自発的に。


あら、こんなところで大胆な♡

短い髪もお好きなのかしら♡


「クラウド!その女を捕まえて!私に剣を向けたわ!私を殺そうとしたのよ!」

「そういえば。ねぇ、旦那様。王女殿下がお呼びですよ。もう、また夜にヨシヨシして差し上げますから♡仕事中ですよ♡」


私と旦那様の仲良し加減に当てられたのか、王女は卒倒しそうなほど顔を赤らめている。


「クラウド、ここは一旦……」

「いや、マリアナは被害者だろう」

「だが……」


私から剣を返却された騎士は、私を警戒しながらクラウドの肩をペチペチと叩いている。


「クラウド、お願いよ。私を信じて……っ」

「トゥベール様……」


王女殿下は、またあの傷ついたような顔で涙を浮かべてクラウドを見つめた。


あらやだ。

もしかして、このままだと私は牢獄いきなのではなくて?


もちろん牢獄脱出技も習ったけれど、正規ルートでないといけないことは理解しているわ。


物語の主人公のような王女をちらりと見ながら、頭を傾げた。


「いえいえ、王女殿下の袖に絡まってしまった髪を切っただけなのです。ね?」


そういうことにしておいたほうがいいんじゃない?と、クラウドの肩を叩いていた護衛騎士にニッコリ笑って囁やけば、ギギギと音が鳴りそうな不自然な動きで王女の前に進み出た。


「そうです!その通り!夫人の素晴らしい献身は忘れることはないでしょう!」


王女殿下の足元に散らばる私の毛と、半端に短くなった私の髪を見れば観客は事情を察したらしい。


こんな時はテキパキと観客を解散させた騎士たちを横目で見ながら、旦那様にこっそりと告げ口をしておく。


大切な人にはちゃんと知っておいてほしいですからね!


「私、王女殿下をお助けしたのですよ?」

「何を言ってるのよ!あなた、わたくしを殺そうとして……ッ」


聞き耳を立てていたのか、王女殿下がまた割り込んできた。

もう。おじゃま虫ですね。


「ふふふ。そんなわけないですよぉ」

「嘘よ!クラウドの愛が私にあるのが許せないのでしょう!?」

「ですからぁ、そんなわけないですってぇ」


ポヤポヤとした私に埒が明かないと思われたのか、王女は傷ついた顔をやめて怖い顔になった。


「やだ、そんなに怖い顔をなさらないでください~」

「なっ!」

「旦那様と殿下の間にあるものは知りませんけれど、こちらはこちらでアツアツのラブラブなので大丈夫ですよ♡」


「はぁ!?」

「マ、マリアナ!?」


素っ頓狂な声が二つ。

王女殿下と旦那様だ。


「殿下の気持ちは殿下のもの。大切に大切になさってくださいね♡きっと無駄にはなりません。将来に活かしてください♡こちらは上手くやっておきますのでお気になさらず、お輿入れ先でもお幸せになってくださいね♡」


「は、ハァ……?」


「……はぁーーー。殿下、申し訳ございません。打診いただきました、隣国同行の件はやはり辞退させていただきます。私は妻と離縁しません」


「きゃあ!旦那様♡大好き♡私もア・イ・シ・テ・ル」


旦那様は憑き物が落ちた顔で王女殿下に向き直ると、しっかりと言い切った。

やっぱり私と離縁する可能性があったんですね。セーフ。


「クラウド……!でも、あなたは私を!」

「敬愛しておりました。ですが、お応えできるような、一線を超えるものはございません」


「そんな、じゃあハッキリ言ってくれれば……!」

「権力勾配があると言えないですよねぇ~」


モゴモゴ。

私の野次がやかましかったのか、クラウドに口を塞がれたわ。手じゃなくてキスで塞いでほしいのだけれど。


「なんなのよ……もう……疲れたわ……」


ファイト!

きゅるんと応援したのに、王女殿下は気味が悪いと、怯えて帰っていった。


「トゥベール王女は頭が固いですね」

「……はぁ。もう、マリアナと話していると気が抜けるな」

「ふふふ。だから皆様、私のことをお花畑令嬢と呼ぶのでしょうね。気に入りまして?」

「まあ、多少はね……」


気に入ってくださって嬉しいです♡




お読みいただき、ありがとうございました!


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― 新着の感想 ―
テンプレ的なお花畑令嬢ではないだろうと思って読み始めましたが、想像の斜め上を行くお花畑令嬢ちゃんでした(≧∇≦) 色々な才能でねじ伏せる、ねじ伏せる…(。 >艸<) 段々と諦め、絆され、流されてい…
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