第三話:孤高のトレーニング
第三話:孤高のトレーニング
中学に進学した茂を待っていたのは、周囲との「温度差」だった。
当時の多くの中学野球部は軟式野球。だが、茂の指先はすでに硬式球のずっしりとした感触を、その魂に刻み込んでいた。
「茂、野球部に入らないのか? お前の球なら即レギュラーだぞ」
同級生たちの誘いに対し、茂は静かに首を振った。
彼には、譲れない理由があった。
一つは、道具代を稼ぎ、親への負担を減らすための新聞配達という「仕事」を継続すること。そしてもう一つは、あの能登町で触れた「本物の野球」――硬式野球を、今のチームで究めることだった。
放課後、多くの生徒たちが部活動に汗を流す中、茂は再び自転車にまたがった。
夕刊の配達。能登町の坂道は、中学に入り体が大きくなった茂にとって、格好のトレーニングジムへと変わっていた。重い新聞を積んだまま、あえて立ち漕ぎをせず、太ももの筋肉だけで坂を制覇する。
さらに、茂は新たな聖域を見つけていた。西宮市営の市民プールである。
「野球選手は、肩を冷やしちゃいけない。でも、しなやかな筋肉を作るには水泳がいい」
どこかで読んだ知識を信じ、茂は配達後のわずかな時間を見つけては、プールのコースを黙々と泳ぎ込んだ。
水の中では、誰もが平等だった。
新聞配達で酷使した足腰を水の中でほぐし、広背筋を鍛え上げる。水面に顔を出したときに見える時計の針は、常に自分との戦いを刻んでいた。
「あいつ、一人で何をやってるんだ?」
野球部員たちがグラウンドで声を掛け合う中、茂は市民プールの青い底を見つめ、あるいは夜の街灯の下で一人、シャドーピッチングを繰り返した。
ある夜。集金の帰り、茂はふと足を止めた。
かつてサインボールをもらった、あの江夏邸の前だ。
明かりの灯る窓を見つめ、茂はポケットの中で、今はもう革がすり切れたあの日のボールを握りしめた。
(僕は、間違っていない)
群れず、媚びず。孤独の中で自分を追い込むその姿は、かつて村山実が見せた「闘魂」や、江夏豊が漂わせた「孤高」の影を、少しずつ、けれど確実に引き継いでいた。
中学三年の夏。
孤独に鍛え上げた茂の体は、身長こそ高くないものの、同年代の誰よりも分厚い胸板と、丸太のような下半身を完成させていた。
そんな茂の噂を聞きつけ、ある「視線」が彼を追い始める。
兵庫県内でも屈指の野球強豪校のスカウトだった。




