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新年だけ空が透明すぎる—嘘が凍って落ちる町で、拾った言葉を返す役目になった—

作者: 星渡リン

 元旦の朝、トウメイサの空は“透明すぎた”。


 青い――と言うには濃く、澄んだ――と言うには硬い。まるで薄いガラス板が頭上に張られ、その向こう側に冬の青が封じられているようだった。雪は昨夜のうちに一度降ってやみ、屋根の縁に白い綿を残したまま固まっている。吐く息は白く、喉に触れる空気は痛いほど冷たいのに、不思議と鼻の奥には清冽な甘さがあった。


 その透明さは、音まで変える。


 人々が新年の挨拶を交わす声は、普段より少し遠く聞こえた。笑い声も、足音も、石畳に触れた瞬間に一度だけ澄んで鳴り、すぐ吸い込まれる。町全体が、余分なものを削ぎ落としたみたいに、きれいで、少し怖い。


 レイは手袋の指先で、襟元を整えた。息が白くほどけるたび、胸の奥がきゅっと縮む。新年が嫌いなわけじゃない。けれどトウメイサの元旦には、毎年、心のどこかがざわつく。


 ――空が透明すぎると、嘘が凍って落ちる。


 それがこの町の古い言い伝えであり、今はもう“当たり前の現象”だった。嘘と言っても、悪意のあるものばかりじゃない。取り繕い、遠慮、強がり、黙り込んだ本音。言えなかった「助けて」や、飲み込んだ「寂しい」や、笑って隠した「会いたい」。そういうものが、澄んだ空気に冷やされて結晶化し、白い欠片になって落ちてくる。


 落ちる音は、鈴に似ている。


 ちりん。


 その音を聞くたびに、レイは反射的に空を見上げてしまう。落ちてくるのは雪じゃない。星でもない。言葉の欠片だ。拾わなければ、割れて消える。消えた言葉は、持ち主の胸の奥に“ただの冷え”として残る。だから拾う。拾って返す。持ち主に、正しい相手に。


 レイの役目は――言葉返し。


 見習い、と言っても、今年で三年目だ。見習いのままなのは、腕が悪いからではない。レイがこの仕事を、好きになりきれないからだ。


 人の嘘を拾うのは、覗き見みたいで居心地が悪い。誰かの胸の中身が、形になって落ちている。触れれば、ほんの一瞬だけ声が聞こえる。知らなくてよかったものまで、知ってしまう。


 それでもレイは、今日も歩く。石畳の大通りを外れ、雑貨屋のある路地へ入る。看板の木に霜が付いて、白く縁取られていた。


 雑貨屋「ハル婆の店」は、いつも湯気の匂いがした。薪ストーブの甘い煙。乾いた木の香り。棚に並んだ瓶の中のハーブの匂い。小さな町の冬が、そのまま詰まっているような場所だ。


 扉を開けると、鈴が鳴った。外の鈴音より少し柔らかい。


 「来たかい、レイ。空が澄んでるだろう」


 カウンターの向こうから、ハル婆が顔を出した。髪は白いのに、目は若い。笑うと皺が増えるのに、その皺まで頼もしい。


 「……澄みすぎです」


 レイがぼそりと返すと、ハル婆はくくっと笑う。


 「澄みすぎるのも、三が日だけだ。うまく使いな」


 カウンターの上には、布と小瓶が並んでいた。白い結晶はそのまま握ると割れる。冷たさが手に移るだけでなく、言葉が欠ける。だから布で包み、温度を保ち、持ち主へ運ぶ。小瓶は、割れそうな小粒の欠片を入れて持ち運ぶためのものだ。


 「スズは?」


 レイが訊くと、棚の上から「ぴ」と短い音がした。


 風精霊スズが、透明な羽を震わせていた。鈴の音みたいに鳴く小さな精霊で、嘘結晶の落下地点を嗅ぎ分けるのが得意だ。鼻――というより、風の流れを読む。澄んだ空気に残る“言葉の冷え”を追える。


 「今日は落ちるぞ。でかいのが」


 スズが言う。精霊の声は、直接頭の中に届く。耳で聞くより、胸に響く。


 「でかいの、は、困る」


 レイが嫌そうに顔をしかめると、ハル婆が指を立てた。


 「でかいのほど、返した時の湯気も大きい。ほら、行きな。時間は短いよ」


 三が日。返せるのは、この短い間だけ。空の透明さがゆるみ、嘘が凍らなくなる前に。期限があるから、迷っている暇はない。


 レイは布と小瓶を鞄に入れ、スズを肩に乗せた。外に出ると、空はさらに硬く見えた。まぶしい。冷たい。きれい。怖い。


 ちりん、とまた鈴音がした。


 スズが羽を震わせる。


 「こっち」


 路地の奥へ。人通りの少ない場所。雪が踏まれていない場所。足音がやけに澄む。


 そしてレイは見つけた。


 石畳の隙間に、白い結晶が落ちている。米粒ほどのものが多い中で、それは親指の先ほどもあった。形は不揃いで、氷砂糖みたいに角が尖っている。触れる前から、冷たさが伝わる。


 レイは布を広げ、そっと包んだ。手袋越しでも、ひやりとする。布の中で結晶がかすかに鳴った。


 ちりん、ではない。もっと小さな音。――言葉の擦れる音。


 レイは耳を澄ませた。結晶の中に、声がいる。


 『だいじょうぶ』


 ひどく優しい声だった。けれど同時に、ひどく無理をしている声でもあった。言葉だけが先に立ち、心が追いついていない。


 『平気』


 続いて、もうひとつ。


 レイは布を握りしめる。

 この嘘は、誰のものだ。


 スズが先に飛び、路地の角を回った。レイがついていくと、そこに少女がいた。年の頃は十二、三。髪を三つ編みにして、赤いマフラーを巻いている。顔は明るい。けれど目の下にうっすら影がある。笑っているのに、息が浅い。


 少女――ミオが、レイを見て手を振った。


 「レイさん。あけましておめでとう!」


 声は元気だ。元気だからこそ、レイの胸が痛む。

 この町では、元気な声ほど、嘘の匂いを隠せない。


 「……おめでとう、ミオ」


 レイは布包みを見せた。


 「落とした。これ」


 ミオの笑顔が一瞬だけ固まった。それはほんの瞬間で、すぐに元に戻る。けれどレイは見逃さない。

 “見習い”でも、三年やれば分かる。


 「え? 私、何も落としてないよ」


 ミオは肩をすくめて笑う。


 「雪じゃない。……言葉だ」


 レイがそう言うと、ミオは唇を噛んだ。噛んで、すぐ笑う。


 「言葉? なにそれ。変なの」


 ――ほら、まただ。


 レイは布を広げ、結晶をそっと取り出した。白い欠片は冬の光を受け、淡くきらめく。

 ミオが見ないふりをしているのに、結晶はミオへ向かって小さく鳴っている。


 「返すよ」


 レイがミオの手に乗せようとした瞬間、結晶がひときわ冷たくなった。

 そして――溶けない。


 普通なら、持ち主が触れた瞬間に結晶はほどけ、湯気のように消える。嘘が本音へ戻る準備ができた合図だ。

 だがこれは、ミオの掌の上で硬く固まったまま、つんと澄んでいる。


 スズが肩の上で小さく鳴いた。

 「宛先が違う」


 レイの背筋がぞくりとした。


 ミオは結晶から目をそらし、笑い続ける。


 「ほら、溶けないじゃん。私のじゃないよ」


 嘘。

 その嘘がさらに空気に触れて、ミオの頬の色が少しだけ薄くなる。


 レイは息を吐いた。白い息が細く伸びる。


 「……ミオ。これ、誰に向けた言葉?」


 ミオの笑顔が揺れた。

 揺れたまま、すぐ固めようとする。


 「誰にも。別に。……返さなくていいよ、そんなの」


 返さなくていい。

 それは、いちばん冷たい言い方だ。嘘が凍るときの言い方だ。


 レイは布で結晶を包み直し、鞄にしまった。無理に押し返せば割れる。割れた言葉は、ただの痛みになる。


 「じゃあ、預かる」


 「え?」


 ミオが目を見開く。


 「預かる。……三が日が終わる前に、返す」


 レイがそう言い切ると、ミオは一歩引いた。逃げたい。けれど逃げきれない。そんな顔をした。


 「……そんなの、迷惑だよ」


 「迷惑でも、拾ったものは返す。俺の仕事だから」


 レイはそう言ったが、本当は仕事だからだけじゃない。

 ミオの「平気」が、あまりに冷たかったからだ。放っておいたら、ミオ自身が凍える。


 ミオはしばらく黙っていたが、ぽつりと呟いた。


 「……カイ兄に、言った言葉」


 名前が出た瞬間、結晶が布の中で小さく鳴った。

 ちりん、と。


 カイ。ミオの兄。

 今年の正月、神殿の警備に出ている。人手が足りないから、と。だからミオは家でひとりで留守番しているのだと、噂で聞いた。


 「カイ兄、忙しいから」


 ミオは早口になる。早口になるのは、不安を追い払う癖だ。


 「私は平気って言わないと。心配かけたくないし。手伝ってって言ったら、困るでしょ。だから……」


 だから、平気。

 だから、大丈夫。

 だから、言えない。


 レイは胸の奥がひりついた。

 その言い方を、自分も何度してきたか分からない。頼ることが、甘えだと思ってしまう。頼ったら嫌われる気がして、先に平気を言ってしまう。


 そのとき。


 ちりん。


 今度は、レイの足元で鳴った。


 レイは凍りついた。

 石畳の上に、小さな白い結晶が落ちていた。米粒ほどの、小さな、けれどやけに尖った欠片。

 スズが静かに鳴く。


 「落ちたな。お前の嘘」


 レイはしゃがむこともできず、ただ見下ろした。

 透明すぎる空が、容赦なく自分の胸の奥を冷やし、隠していたものを引っ張り出したのだ。


 ミオが先にしゃがみ、結晶を布で包んだ。慣れた手つきじゃない。けれど丁寧だった。

 ミオは布越しに結晶をそっと撫で、耳を寄せた。


 『ひとりでいい』


 ミオが小さく読み上げるように呟く。

 レイの喉が詰まった。自分の嘘の声を、他人が聞く。恥ずかしい。怖い。

 でも、怖いからこそ分かる。ミオの怖さも同じだ。


 ミオは顔を上げた。さっきまでの強がりの笑顔ではなく、少しだけ泣きそうな顔で。


 「……レイさんも、平気って言う人なんだ」


 レイは目を逸らせなかった。逃げたら、また凍る。


 「……言う」


 声が掠れた。


 「言って、しまう」


 ミオは布包みを大事そうに握り、ぽつりと言った。


 「じゃあ……返そうよ。私のも、レイさんのも」


 その言葉が、レイの胸の中で小さく火をつけた。

 返す。

 返せる。

 嘘が落ちたのは終わりじゃない。始まりだ。ほどけ口ができた、ということだ。


 レイは頷いた。


 「……行こう。カイのところへ」


 ミオの目が揺れた。行きたい。けれど怖い。

 その揺れは、レイにも分かる。怖いのは、拒まれることじゃない。拒まれる前に、自分の本音を認めてしまうことだ。認めたら、もう戻れない。平気なふりの場所に戻れない。


 スズがふわりと舞い、二人の間を通り抜けた。冷たい風が頬を撫でる。

 その風は、背中を押す風でもあった。


 神殿へ向かう道は人で溢れていた。初詣の列。屋台の湯気。甘い焼き栗の匂い。味噌田楽の香ばしさ。どれも冬の空気に輪郭を与える匂いだ。人々の笑い声は冷たい空に弾かれ、きらきら散る。


 透明すぎる空の下で、町はいつもより“正月らしく”見えた。

 その正月らしさが、逆に怖い。みんなが笑っている中で、本音を言うのは、目立つ。痛い。


 ミオはマフラーをきつく握りしめている。

 レイは鞄の中の布包みを指先で確かめた。ミオの結晶も、レイの結晶も、割れずにいる。まだ返せる。


 神殿の石段の下で、カイを見つけた。

 背が高く、肩が広い。町の警備の装束を着ている。顔は真面目で、眉間に少し皺が寄っている。きっと、守るべきものが多い人だ。だからこそミオは頼れないのだろう。


 ミオの足が止まる。


 「……やっぱり」


 引き返しかけた瞬間、レイの足元で空気がさらに冷えた気がした。透明が増した。

 三が日は短い。いま逃げたら、結晶は溶けずに終わる。嘘は嘘のまま胸の中で冷え続ける。


 レイは息を吸い込み、ミオに言った。


 「嘘は優しさでも、凍ると痛い」


 ミオが目を見開く。


 「落ちたなら拾って、返そう。……痛いまま抱えないで」


 ミオの唇が震えた。

 それは寒さの震えじゃない。言葉の震えだ。


 レイは鞄から布包みを取り出し、ミオの手に渡した。


 「持ち主が返すほうがいい。……宛先が違うって、結晶が言ってる」


 ミオは布包みを受け取り、掌に乗せた。

 結晶の冷たさが、ミオの指先を白くする。ミオは息を吐き、白い息を結晶にかけた。

 温度が少しだけ移る。匂いが少しだけ変わる。


 ミオは、石段を上がった。

 一段、二段。足が重い。けれど止まらない。


 カイが気づき、眉を上げた。


 「ミオ? どうした、こんなところに――」


 ミオは、そこまで近づいてから、言葉を詰まらせた。

 口を開く。閉じる。開く。

 結晶が布の中で小さく鳴る。ちりん。催促するみたいに。


 ミオはとうとう、布包みを差し出した。


 「……これ、落ちた」


 カイが布包みを受け取り、覗き込む。

 白い結晶が光り、カイの顔に冷たい影を落とした。


 「……嘘結晶?」


 カイが呟いた瞬間、ミオの肩がびくりと震えた。


 「ごめん、忙しいの分かってたのに……でも」


 ミオはそこで息を吸い直した。

 吸い直した息は、震えていながら、ちゃんと温度があった。


 「平気って言った。大丈夫って言った。……でも、本当は」


 ミオの声が途切れそうになる。

 レイは石段の下で、拳を握った。自分の胸も痛い。ミオの本音が出る瞬間の痛み。

 でも、痛みは生きている証だ。


 ミオが、短く言った。


 「迎えに来てほしかった。……ひとり、寒かった」


 その言葉が落ちた瞬間、カイの手の中で結晶がふっと湯気になった。


 しゅわり。


 白い湯気が立ち上がり、冬の空気に溶ける。

 結晶は消えた。残ったのは、ミオの本音だけ。冷えではなく、温度。


 カイは、しばらく何も言わなかった。

 怒るでもなく、笑うでもなく、ただ目を閉じて息を吐いた。

 その息が白くほどける様子を、レイは見た。カイもまた、何かを飲み込んでいたのだろう。


 カイは目を開け、ミオの頭に手を置いた。乱暴ではない。けれど確かな手つき。


 「……俺のほうこそ、ごめん」


 ミオが瞬きをする。


 「守るって言いながら、お前を置いてた。お前が“平気”を言うのを、俺が信じて楽をしてた」


 カイの声は低い。寒さの低さではなく、後悔の低さだった。


 「迎えに行けるようにする。……でも今日はいま、仕事中だ。だから」


 カイは周囲を見回し、同僚に短く指示を飛ばした。

 そしてミオに言った。


 「神殿の裏の詰所に来い。そこ、火鉢がある。温まって、俺の終わりを待て。……待てるか?」


 ミオの目に涙が溜まった。

 泣きそうなのに、笑った。


 「……うん」


 その「うん」は、嘘じゃなかった。


 レイは胸の奥で、硬いものが少しだけほどけるのを感じた。

 嘘が溶ける瞬間の湯気は、人の心にも移る。温度は伝染する。


 ミオが去り、カイが持ち場へ戻っても、レイは石段の下でしばらく動けなかった。

 空はまだ透明すぎる。けれどさっきより、少しだけ“硬さ”が減った気がした。

 それはたぶん、レイの胸の中の硬さが減ったからだ。


 スズが肩に戻ってきて、小さく鳴いた。


 「次はお前の番」


 レイは鞄の中の、もう一つの布包みに触れた。

 『ひとりでいい』

 その嘘の結晶は、まだ冷たいままだ。


 返す相手は誰だ。

 持ち主はレイだ。宛先は――レイ自身、だろうか。自分に返して溶けるのか。

 レイは答えをすぐに出せなかった。


 だから、ハル婆の店へ戻った。


 扉を開けると、薪ストーブの匂いが包んだ。ストーブの上のやかんが、しゅんしゅんと湯気を吐いている。湯気は目に見えるのに、触れれば消える。嘘結晶と逆だ、とレイは思った。嘘は触れると痛いのに、湯気は触れるとあたたかい。


 ハル婆はレイの顔を見るなり、何も聞かずにこたつ布団を持ち上げた。


 「入れ。手ぇ冷えてる」


 店の奥のこたつは、町のどこよりも現実の温度を持っている。布団の内側は、冬の守り神みたいにあたたかい。

 レイはこたつに潜り込み、息を吐いた。白い息が、こたつの熱で透明になって消えた。


 「返せたかい」


 ハル婆の声が、こたつの上から落ちてくる。


 「……返せた」


 レイは答えた。

 ミオの結晶が溶けた瞬間の湯気を思い出し、胸がじん、とした。


 ハル婆が、湯呑みを差し出した。生姜湯だ。甘くて、少し辛い。喉が熱でほどける。


 「で、お前のは?」


 レイは布包みを取り出した。

 白い小さな結晶。『ひとりでいい』が凍っている。


 レイはそれを掌に乗せた。

 冷たさが骨に届く。

 けれど、ミオの結晶ほど痛くはなかった。たぶん、自分の嘘はずっと抱えてきたから、冷たさに慣れてしまっている。


 レイは目を閉じて、こたつの温度を吸い込んだ。

 薪の匂い。生姜の匂い。布団の匂い。

 “誰かと過ごす場所”の匂い。


 そして、息を吐いた。


 「……ひとりでいい、は、嘘だ」


 言った瞬間、結晶がわずかに震えた。

 レイは続ける。短く、でも正直に。


 「ひとりが怖い。……だから、平気って言った」


 こたつの中で、結晶がふっと白く霞んだ。

 湯気のようなものが、ほんの少しだけ立った。


 完全には溶けない。

 けれど、硬いままでもない。ほどけ始めている。


 ハル婆が、こたつの上から優しく言った。


 「返す先が分かったら、ちゃんと返せ。お前の言葉は、お前ひとりに言うもんじゃない」


 レイは目を開けた。

 返す先――それは、誰かの「ここにいていい」かもしれない。

 ミオがレイの嘘を拾ってくれたように、レイの本音も、誰かが受け取れる形にしなければならない。


 スズが、こたつ布団の端で小さく鳴いた。


 「今年は、返す側だけで終わらせるな」


 レイは結晶を布で包み直し、胸の前に抱えた。冷たいのに、どこか軽い。

 空はまだ透明すぎる。嘘はまだ落ちる。

 けれど、落ちた言葉は拾える。拾って返せる。返せば、湯気になる。


 レイはこたつの熱を足の裏に感じながら、小さく息を吸った。

 透明な空気は相変わらず痛い。

 でも、その痛みの向こうに、今年の温度がある気がした。


 「……行ってくる」


 レイが言うと、ハル婆は笑って手を振った。


 「いってらっしゃい。湯気の出るほうへな」


 扉の鈴が鳴る。

 外へ出れば、空はまだガラスみたいに澄んでいる。

 それでもレイは、少しだけ胸を張って歩き出した。


 ちりん。


 どこかで、また嘘が落ちる音がした。

 レイはその音を怖がらなかった。

 拾って返す。返した言葉が湯気になる。湯気は、きっと誰かの手を温める。


 新年の透明な空は、容赦なく嘘を落とす。

 けれど同時に――本音へ戻る道も、ちゃんと用意しているのだ。

ここまで読んでくださって、ありがとうございました。


あなたの新年が、透明でやさしい温度に満ちますように。

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