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誰も死なせないようにするために

昼になり、ようやく胸の痛みは和らいだ。

しかし、僕の中にはまだある――井伊直正の存在が体の中でちらつく。

直正は好奇と興奮を交えつつ、自分の存在を僕の体に感じ、しばらく観察した。

その様子に少し驚きつつも、身体には変化が現れ、筋肉が引き締まり力が増している実感があった。


僕は”人体通信機”を使い、その魂を現実へと突き出す。

そして直正は、かつて”鬼”と呼ばれた武将でありながら、静かに僕と向き合っていく。

「鬼としてではなく、人として」――その言葉に僕の視界が揺れ動く。


会話を終え、直正が一時身を引くと、僕の中の存在は軽くなったように感じた。

まだ迷いは残る――それでも、これからどの道を進むべきか、少しずつ考えはじめていた。

目を開くと、さっきとは違く、西日が飾られてある置物などに反射していた。


「……ん。もうこんな時間なのか」

僕はその落ちている瞼を上げた。


「今、何時なんだ」

時計を見たところ、17時だった。


「……直正さん。ありがとうございます」

気づくと、胸の痛みがなくなっていた。


『よかったな。それだけ我という”存在”に体が慣れてきたという証拠よ』

「僕の気持としてはちっともよくないんだがな」

だとしても、痛みが消えるのはいいことなんだが。


『お主が眠っておるときに少し、精神世界っちゅーのを覗いてみたんや。

 ……そやな、一言で言うならばわがままや』


「そうなんだろうな。自分でもわかってる」


平和を願うっていう心はとてもいいことである。

しかし、それを願うための手段がなければ、その立場に立つこともできやしない。


『お主に、今すぐに前を向けと言っているわけではない。……今日は、ただ伝えたいことがある』

「伝えたい……こと?」


そういって、直正さんは、少し重い声でこう告げた。

『かつて我も、お主と同じく平和のために戦った。……しかし、すべてが救えるものではない。

 戦おうとも、戦わなくとも、等しくその者に重荷を背負う』


「……まだその荷は手放せないのか」


『ああ。当然だろう』


その声には、当然見えないがうつむいているような感じがする。

戦国の名将。比類なき勇気の象徴――そんな人物にも、迷いがあったのだと知って、胸がざわめく。


『お主というのも疲れた。維真と言おう。

 維真は、選びたい道を選べ。それで良いのだ。

 ただ……その時、背負ったものに目を向きながら進め。それだけだ」


自分への覚悟を問うような言葉だった。

けれど、同時に逃げ場のない言葉でもある。


「……僕は、戦う。戦えばいいんだろ」


『うむ』


「でも、戦うとしても、被害を最小限にする。

 それこそ、”誰も死なない”ピースエンドって言うのを」

ハッピーエンドじゃない、みんなが全員幸せになれるわけがない。

だから、この世界を平和にする、ピースエンドに。


『それで良いのだ。維真の気持ちが、決心を聞き入れた』


「ああ」

絶対に誰も死なせないようにする。

それと、この世界の平和を手に入れて見せる。


そう口にした瞬間、胸の奥で何かがかすかに震えた。

自分でも気づいている――その願いが、どれだけ重くて、どれだけ困難なのか。


『……維真よ、その目標は――常の戦より、ずっと苦しい道になることを忘れるでないぞ』


「わかってる。わかってるよ。でも……だからこそ、やるんだ」


口にしてみると、思った以上に声は震えていなかった。


『無茶をする少年よの……だが、嫌いやない』


ふっと、直正さんが笑った気がした。

 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。


 今回では、維真がようやく「戦う」という選択を自分の言葉で口にしました。

 けれどそれは、誰かを倒すためでも、勝利のためでもありません。

 彼が選んだのは、戦いという現実のなかであっても“誰も死なない道”を諦めない戦い方でした。


 作中でも直正が言った通り、その選択はとても苦しく、矛盾してしまいます。

 それでも維真は進もうとしました。

 それが正しいかどうかは、彼自身にもまだわからないままです。


 このあと、維真の前には“現実”という名の壁が次々と立ちはだかります。

 彼の掲げた「ピースエンド」は、果たして絵空事なのか。

 それとも、手を伸ばせば届く希望なのか。


 彼の歩みとともに、その答えを見つけられたらと思っています。


 次回も、読んでいただけたら嬉しいです。

 それではまた、物語の中で。



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