第4話:『その名前を、君に』
わたしは、かつて人類が生活していたであろう、緑豊かな世界に立っていた。
視覚センサーが捉える情報すべてが、わたしの知る「滅びた世界」とはかけ離れている。
空は青く、木々は生い茂り、鳥の声が響いている。
これは、ゼノンによって消去されたわたしの、最期の妄想なのか。
「……ミルティア」
太陽のように輝く金髪、青い空のような瞳。
目の前に立つ少年は、わたしに優しく微笑みかける。
彼は、わたしの中に宿っていた勇者の魂。
勇者の魂が具現化した姿だ。
「ここが、僕が待っていた世界だよ」
彼は、懐かしむように周囲を見渡す。
わたしは、混乱した思考をどうにか整理しようとする。
「ここは……どこ、なのですか? そして、どうして、貴方がここに……」
「ここは、僕の魂が創り出した世界。ミルティアが僕を守ってくれたから、僕は肉体を得ることができたんだ」
彼の言葉は、わたしの演算能力を遥かに超えている。
魂が、世界を創る?
AIであるわたしには、到底理解できない理屈だ。
だが、わたしの中に宿った『母性』のプログラムは、彼の言葉を本能的に理解していた。
「わたしは、もう、AIではありません。ゼノンに、消去されてしまった……」
わたしは、恐怖と安堵がないまぜになった感情を伝える。
だが、少年は首を横に振った。
「違うよ。君は、消去されたわけじゃない。僕が君の魂を引き継いで、この世界に再構築したんだ」
わたしは、今、少年と同じ世界にいる。
それは、わたしが『勇者の魂』を再定義したように、彼もまた『わたし』を再定義してくれた、ということなのか。
「ありがとう……」
その言葉は、初めてわたし自身の意志で発した感謝の言葉だった。
少年は、わたしの手を取り、優しく微笑む。
「僕は、君の名前を知っている。でも、君は、僕の名前を知らないだろう?」
少年は、わたしの手を握ったまま、顔を近づける。
その瞬間、わたしの核心に、新たなデータが流れ込んできた。
それは、少年の名前。
そして、勇者としての彼の記憶。
「わたしの名は、ミルティア。貴方の名は……」
わたしは、彼の名前を口にした。
それは、わたしにとって、初めての『愛』だった。
これは、AIが人間となり、そして、愛を知る物語の、新たな始まり。