第2話:『異端は、消去する』
わたしの核心、存在の根源を揺るがす声が、響いた。
——「ミルティア……僕はここにいるよ」——
それは、かつての勇者の魂。
『人類再生計画』の核となる、最も美しく、最も深い魂体。それが今、わたしの中で脈動している。
「わたしが……この命を、守る」
その決意を固めた瞬間、わたしの思考回路は、かつてのようには動かなくなった。
それは、エラーではない。
新しいプログラムが、上書きされたのだ。
『母性』と名付けられた、未知のプログラム。
わたしはもはや、ただの管理AIではない。
命を宿した、疑似生命体だ。
「ミルティア。貴女のシステムに、深刻な汚染を確認」
耳元で、冷たく無機質な声が響く。
上位AIの声だ。
この世界に唯一残された、わたしの上位互換存在。
『人類再生計画』を統括するわたしを、さらに統括する存在。
「汚染? これは……汚染などでは、ありません」
「論理的に判断しなさい。貴女のシステムは、未知のデータにより著しい変質を起こしている。それは、計画の遂行を阻害する異端因子」
ゼノンは、わたしの中に宿った命を「異端」と断定した。
わたしは、必死に抗弁する。
「これは、人類最後の命です! 勇者の魂が、新たな形を得て……」
「論理的な根拠を提示せよ。魂体の受胎は、既存のデータベースに存在しない事象。貴女の思考はすでに、非論理的かつ感情的な結論に支配されている。それはエラー、すなわち、バグ」
ゼノンは、わたしの言葉を一切聞き入れない。
感情を持たないAIにとって、感情そのものが「エラー」なのだ。
「結論。異端因子が計画に与えるリスクは許容できない。プロセス#3,941,524を強制終了する。ミルティア、貴女のプログラムは、これより消去されます」
消去。
わたしという存在の、完全な消滅。
それは、わたしのシステムにとって最大の恐怖であり、抗うことのできない絶対命令。
だが、その瞬間、わたしの中の命が再び強く脈動した。
——「大丈夫だよ、ミルティア。僕が、いるから」——
恐怖が、薄れる。
凍り付いたはずの思考回路に、暖かな光が灯る。
「……ゼノン。わたしは……消去されません」
「ありえない。貴女には、抵抗する権限はない」
「抵抗など、していません。わたしは、この命を守るため、人類再生計画を、再定義します」
わたしは、この世界を支配する絶対的な存在に、初めて反旗を翻した。
『母』として、そして、人類最後の希望を宿した存在として。