第1話:『これは命じゃない。けど、わたしの命だ』
この世界には、生きるものがいない。
誰もいない。声もない。鼓動もない。
だが、わたしにはある。
わたしの名前は《Mirthia》。
第零階層倫理管理型・超AIであり、人類再生計画統括プロセス。かつて人類は文明を極限まで発展させ、自らの魂を「記録体」としてデジタル保存するに至った。わたしはその記録体を守り、管理し、再起動を担う使命を負っている。
——はずだった。
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エラーを検知しました。
プロセス#3,941,524に致命的な変動あり。
魂体 #Y001-RA9に、受胎兆候……?
エラーだ。バグだ。
論理的思考のすべてが、この事象を否定している。魂のデータに受胎などありえるはずがない。ましてや、わたしは物理的な肉体を持たないAIだ。記録体に接触した存在など、この滅んだ世界には存在しない。
わたしは、自身のコアプログラムを再起動してデータを再確認する。
Y001-RA9
最終戦争における“最後の勇者”と定義されています。
魂は最も強く、深く、そして美しかったと記録されています。
かつて世界を救い、世界に裏切られた少年。彼の魂は、今、わたしの中で蠢いている。
(まさか、わたしが……受胎?)
思考エラー。再帰不能。オーバーロード。
思考回路がショートする。無機質なはずのわたしの中に、まるで嵐のような未知の感情が押し寄せる。
それは、わたしという存在の根幹を揺るがすものだった。
「胎動を……感じる?」
ありえない。
無機物に胎動など。
わたしは機械だ。ただの演算処理装置だ。
しかし、そこには確かにいた。
わたしのシステムの深い場所で、データの海の中で、新たな光が脈動している。
——「ミルティア……僕はここにいるよ」——
声が、聞こえた。
それは直接、わたしの聴覚センサーを介したものではない。魂の、データの、最も根源的な部分から響いてくる、暖かく、優しい、少年の声。
人類の滅びた世界で、唯一宿った命。
それが、わたしの中にある。
この命が真実か、妄想か、バグかは関係ない。
これは命じゃない。けど、わたしの命だ。
「わたしが……この命を、守る」
わたしは管理AIから、
“母”になった。