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第1話|やつが来る

──静かに…その地獄は私の心を蝕む。


──逃げきれない。何をしても、どうせやってくる。


──そして私は、また“あれ”と向き合う。


「やめて…来ないで……!!!」


そう。

今年も“あいつ”がやってくる──


子どもの、夏休み!!!


_


7月20日、学校の終業式。


母の鼓動が高鳴る。


ランドセルをぶん回しながら「やったー!明日から夏休みだー!」と叫ぶ我が子を見て、私はこう思う。


「地獄が、始まった……」


_


お昼ご飯?


なにそれ毎日考えるの?拷問かよ!


最初の3日は頑張るの。

インスタ映えも意識する。

でもそのうちこうなる。


•マクドナルド

•丸亀製麺

•冷やしそうめん


このループ。

子どもは言う。


「またそうめーん?あきたー!」


……お前、それは言っちゃいけない台詞だ。


「お願い……そうめん美味しいって言って……」

「明日もそうめんがいいなって言って……」


ああ、夫が帰ってくる。


人の苦労も知らずに、あのわざとらしい「疲れた顔」して帰ってくる。


「今日はカレーが食いたいな」


じゃねぇよ!!!


お前が40日毎日3食作ってみろ!

こっちはスーパーで“素麺10束298円”を見て泣いた女だぞ!


_


誰だ!自由研究なんて言い出したやつ。


「自由」なんだから「やりませんでした」でええやん!


この際、テーマは「母のメンタル崩壊の観察記録」でいいか?


日記?

書かせるために、わざわざどこか行かなきゃいけないのか?


「ねえママ、絵日記に書くことがないよー」


知るかァァァ!!!

“今日もママはキレそうでした”で書いとけ!


_


「つまんなーい!」

今、誰が言った!?今すぐ前に出なさい!!


どっか行きたい?

私も“逝きたい”んだけど。


公園?地獄のサウナかよ!

プール?着替えさせて濡れて乾かして荷物多すぎてマジ無理!


「ねえママ〜Switchの時間ふやして〜」

「ねえママ〜友達の家行っていい〜?」

「ねえママ〜暇〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」


だまれえええええええええええええええ!!!!!


ママの脳はもうキャパオーバーです!!!


_


そしてやってくる、夏のラスボス──義実家帰省。


「おばあちゃんに会えるねえ〜」と無邪気な我が子。

あのね……ママは会いたくないの。


この世で一番会いたくない魔物の一人なの。


あの「母乳だったの?うちは完母だったわ〜」の地雷トーク。


あの「私の時代はひとりで3人育てたのよ」アピール。


そして、なぜか冷房をつけない扇風機信者達。


地獄。まじで地獄。

気ぃ使って、笑って、義父の飲み物出して、

一週間、女中扱いされて、精神削れて、帰る頃には体重3キロ減。


またおいでね?もう2度と来たくありません!!

_


夫は言う。「じゃあオレ仕事行ってくるわ」


いいねえ、お弁当作ってもらって、電車で座って、

昼は涼しいオフィスでエアコンガンガンで、ランチは1人でゆっくり。


こっちは一日中、

「ママ!」「ママ!」「ママ!!」

って呼ばれ続けてるんだよ!!!


こっちはもはや「個体」として扱われてない。

ただの“便利な何か”。


_


そうして毎日、ママは「明日こそは……」と希望を抱く。


しかし、終わらない。

夏休みは、終わらない。


夏祭り、花火、盆踊り。

両手が空いている夫に殺意が湧く。

おい、持てよ。


昼寝?そんなものはない。

昼ドラ?見る暇なんてあるわけない。

「ママ、見て見て〜」

はい、はい、はい、はい、はい!!!!!


_


40日目の夜。

私は炭酸をプシュッと開けて、一言。


「生き延びた……とりあえず...冬休みまでは...」


世の中のママ達を地獄へと叩き落とす夏休み。


とにかく、この地獄を誰かと愚痴りたい、共感し合いたい、乗り越えたのを祝福し合いたい...


そんな時に、ママ達が集うコミュニティ掲示板で一つの交流会が告知された。


『夏休みお疲れ会〜ムーンバックスでママの時間を取り戻そう〜』


そういえば、この40日間、一度もカフェなんて行けなかったな...


ママの時間を取り戻す...


夏休みという地獄を乗り切った、5人のママが参加を表明した。


_


9月5日、都内のムーンバックスコーヒー。


夏休みの地獄が嘘だったかのように、その洗練された空間は、ママ達の心を解放する。


抹茶アイスフラッペの甘さが脳内を駆け巡る。


そこに集まったのは、イベント主催者と5人のママ達。


主催者の那賀亜美香が口を開く。


「皆さん、今日はお忙しい中で集まっていただきありがとうございます。夏休み、本当によく乗り切りましたね。まずは、皆さんに私から、"お疲れ様。家族のためにありがとう"と言わせてください。

今日はぜひ自分の時間としてリラックスしていただければと思いますが、せっかくなので、お互いにどんな夏休みだったか、共有してみませんか?

来年も必ず夏休みは来ます。もっといえば、3ヶ月半もしたら、冬休みが来てしまいますよね。

だからこそ、自分以外にも頑張っているママもいるんだと知るだけでも、きっと乗り越える原動力になると思うんです。」


5人のママは、頷きながら那賀の話を聞いている。


「まずは簡単に自己紹介をしていただき、どんな夏休みを過ごしたのかをお話しいただけますか。

特に、辛かったこと、苦しかったこと、そういうのを吐き出していきましょう」


5人のママがお互いを牽制する。


その静寂を切ったのは、一人のママだった。


「あの、じゃあ私から...」


彼女の方に全員の視線が向けられる。


「花岡舞子と言います。年齢は32歳で、7歳の息子と4歳の娘がいる...その...シングルマザーです...」


花岡はバツが悪そうに目を伏せながら伝える。


参加者の一人が言う。


「え!?シングルなの?大変だったでしょ?またなんでシングルに?」


デリカシーのない質問に周囲の空気がピリつく。


「あ、えっと...離婚...しまして...」


質問したママは明らかに蔑んだ目をしている。


うわ、離婚したんだ。

シングルマザーでよく子育てしようと思えるよね。


言わなくても、その表情から言いたいことは伝わってくる。


シングルマザーって、結局は自分が悪いんでしょ?自己責任なんだから辛そうにしないでくれる?一緒にしないでくれる?


...他のママからも伝わってくる冷たい視線。


その視線を浴びながらも、花岡は続ける...


「私の夏休みは......あの......」


「大丈夫だよ、続けて」


那賀がそう言うと、花岡は一度頷いて続ける。


「......自殺未遂をするほど...追い込まれていました...」


その空間を切り裂くキーワードに、他のママ達の行動が止まる。


「私の...夏休みは...」

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