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プロローグ


とある昼下がりのこと。


とある貴族に仕える召使であるマイカがとあるドアの前に立ち尽くしてから、かれこれ数分が経っていた。ただひたすらに扉の前に佇んでいた。廊下の壁に掛かる窓から、陽光が無造作に差し込み、カーテンの隙間を通り抜けている。このドアの向こう側も、きっと同じように光に満ちているのだろう。扉の向こうにあるアンティーク調に整えられ、長年使われていたように古びた雰囲気と静寂に包まれている書斎。同じ屋敷だ。ただの書斎だ。だが、そうだと分かっていても。まるで文豪が住んでいたと言われても疑われないようなその部屋の真ん中に椅子に座って、難解そうな本を読んでいるのは、十にも満たないように見える幼子であることを、召使としてこの屋敷に仕えている人間達は知っていたとしても。この扉を叩くのには心の用意が必要だった。マイカのような新米のメイドには特に。


この部屋の前に立つ時、異様なまでの緊張感に包まれる。そして、意を決して扉を四回ほどノックした。



「アルバート様、食事の用意ができました」


沈黙が続いた数秒後。中から少しの物音がした直後に、ドアがゆるりと開いた。そこには、やはりここの部屋の主であるアルバート様の姿があった。ごくりと唾を飲んでしまう。やはり、こんなにも幼いのにもう既に“完成された”人間の風格を漂わせている。私の方が人生経験はあるはずなのにこんなにもこの人のオーラに呑まれている。おかしな話だ。この幼子の持つ特有の空気感に10以上年齢の差のある女が呑まれ、畏怖に近いなにかを感じているなんて。手を後ろで組み、力強く握った。思いっきり、血が出そうになるくらいに。そうでもしないと、会話ができない。


『そうですか。すこししたくのじかんがかかるとおとうさまにつたえていただけますか?』

端的に、だが解りやすく。そうそっけなく伝え、目線で急がせるように廊下の方を向いた。思わず、つっかえそうになりながらも早く目的を達成するために会話を終わらせた。


「っアルバート様…はい、了解しました」


『マイカさん、よろしくたのみました』


パタリ。ドアが閉まる。それと同時に深呼吸をした。アルバート様との会話は息が詰まる。この家に働いている使用人皆が思っていることだ。


近代の社会において持っていることだけで一種のステータスとして重要視されている魔力。その魔力を持ち扱える国民たちが多く、魔術師達にとって心地の良い魔力に満ち溢れた、偉大なる先代たちの結界によって守られた国、クランバート王国。その中でも、王家の次に権力を持っているとされているエイレーン公家の公爵令息、唯一無二の跡取り息子、アルバート・エイレーン。それが、今の部屋の主であるアルバート様だ。赤子の時から、若し頃に魔術の天才と呼ばれていた現公爵家当主からの英才教育を受け、5歳の頃に魔術に覚醒したのと同時に言葉を扱い、神童と噂され、僅か齢八歳で論文を書き、魔術士界においての魔術の解釈を変え、その才能が本物であると証明した神の子。そして、やはり得てしてそのような天才と呼ばれる類の人間は特有の空気感を持っているもので。アルバート様もそのうちの一人である。使用人達にすら敬語は欠かさず、誰よりも魔術を懸命に学び、時には食事をも取ることを忘れ、一心不乱になにかを紙に綴っている。その姿を見て、怖がらずにいられる人間がいるだろうか。自分よりも年下の、それも10歳にもなってない子供が学ぶことに対してとても真剣になる。遊びもせず、ただただ机に向かい合って作業をしているのだ。昔、アルバート様に何故そんなにも勉強熱心なのかと聞いた使用人がいた。その時、アルバート様はこんなのは勉強じゃなくて遊びだよ、いつものようにそっけなく返答したそうだ。歪であり、異質。それが、アルバート・エイレーンというお人。


「だからこそ、慕われているのかしら、なんて」

そして、会った人を魅了していく、そんな人間である。彼は将来、この国だけではなく、他国にもその才能によって存在を周知させていくだろう。彼自身がそれを望まなくとも、きっと。


「学園に入ったらどうなることやら」

案外、あのようなお方でも青春を謳歌できるものなのだろうか。少し見てみたいかも。お友達相手には饒舌多弁なアルバート様とか。考えてるだけで笑えてくる。学園服を着こなし、周りは誰も知らない状態で協力的であるということを見せる為に必死に友達を作ろうと意欲的に他者に関わろうとしているアルバート様。だけど、あまりにも喋った経験がなさ過ぎて魔術理論とか急に講義し始めて周りも傾聴しちゃったりして更に近づかなくなって…ってこれ以上考えると現実になりそうだ。私は意外とあの人のことを見ているのかもしれない。我ながら天晴れという言葉を贈りたい。


「マイカ、遅いですよ!!」

随分と考え込んでいたらしい。遠くからメイド長の声を聞き、焦る。あのメイド長はいつの間に般若の仮面を着けたのかと聞きたくなるほど怒る表情が怖いから苦手なのだ。


「はーい、すいません」

それだけ言って出来るだけ走る。品がないが仕方がない。それよりもメイド長の怒りを諌める方が先だ。


あぁ、今日もアルバート様は怖かったなとくすりと笑い、その場を離れた。



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