ある晴れた日
気まぐれで続きます
この間私は、地方紙に掲載され名前と顔が世間に公開された。
そこに寄せられた「今にも潰れそうな店の店主にしては、とても若い」という評価は言いえて妙だ。
この店に足を運ぶお客さんは決まっているし、初めて見る顔というのはそれだけ珍しく覚えやすい。地方紙でも掲載されれば、足を運ぶ人が増えて売り上げも緩やかに右肩上がりになった。
父は会社員で母は専業主婦の私が、今店主を務めているのは古本屋「星屑」
ここの元店主と私は、古本屋の店主と常連という関係だった。元々老夫婦で営んでいたこの店を私が譲り受けたのは、元店主のおじさんとの賭けに負けたからだった。
「今外にいるワゴンを見てる男性のお客は、本を買うか買わないかどっちに賭ける?」
「んーじゃあ、買わないに賭ける」
「よしよし。僕は買うに賭けよう」
何を賭けるのか決めなかったのは、いつもそうだったから。ただの暇つぶしで、賭けなんて成立しない。この時もいつもと同じだと思っていた。それなのに、外の客が100円を出して1冊の文庫本を買って帰ったその後、店主のおじさんは私に向かってニッコリと笑った。
「じゃあ、僕が賭けに買ったから、この店は君に譲るよ」
「ん?アハハ何それ、変なおじさん!」
「冗談じゃないよー、僕も妻もそろそろこの店を続けるのが大変になってきたから、後継者を探してたんだけど、君ならピッタリだ。ちなみに、君が断るならこの店は閉店だね」
情に訴えかける悲しそうな表情に、まんまと絆された私は、その一月後に勤めていた会社を辞めて、この店の店主になった。
元店主からそのまんま引き継いだこの店はそれに伴って、いろいろと改革をした。
まずは、希少本とされる本から、古本のチェーン店に並んでいるものまで、多種多様な本が倉庫で眠ったままになっていたので、それを整理した。次に、ネット通販を開始し、遠方とも本の売買が可能になった。そうこうして引き継いで1年が経った今、やっと経営が安定してきたし、あまり客が来る店でもないので、副業と称して店番をしながらやれる仕事をこなしていた。
いつも通りにパソコンで副業をしていると、たたき売りのワゴンの前に一人の男性が立ち止まった。そこにはかなり痛んでいる本や、あまり人気のない本を置いたそのワゴンは、全商品100円で統一していた。帽子をかぶって、カラーサングラスをして、マスクをつけたその男性は、見るからに怪しく感じたけれど、こんな今にも潰れそうな古本屋を襲う人間には見えなかったので、パソコンへの入力作業を続行した。
ガララと開いたドアに顔をあげて挨拶をすると、ぺこりと頭を下げたその男性は、一冊の文庫本を手にしまっすぐにこちらへ歩いて来る。
「これ、お願いします」
「はいありがとうございます。こちら100円です」
「じゃあ、これで」
「袋はご入用ですか?」
千代紙を切って作った帯で文庫本を巻き、ステッカーで止めながら袋を確認すれば首を横に振られた。
「いいえ、大丈夫です」
「畏まりました」
二コリと微笑みながら本を差し出せば、お礼と共に左手が伸びてくる。それに、左利きなのかなと不躾なことを考えながら、本を手渡した。
「ありがとうございましたぁー」
ドアに歩いていく背に声をかければ、ドアを潜る直前にぺこりと頭を下げられる。それに、にっ
こりと笑って同じく頭を下げ、閉まるドアを眺めた。
彼が見えなくなったので、パソコンに向き直り作業を再開する。
すると、どこか慌てた様にドアが荒く音を立てガララと開いた。
今日は珍しく客が多いなと内心驚きながら、ドアを見れば先ほどの男性が走って戻って来たのか、軽く息を乱して立っていた。
「あれ、どうかされましたか?」
何かあったのかと不思議に思い声をかければ、後ろ手にドアを閉めた彼が、徐に帽子を脱ぎマスクを外した。
「あの、僕」
「ほしな、みづき、くん?」
「・・・そうです。お久しぶりですね、先輩」
カラーサングラスも外したその顔は、ドラマや映画で何度も観た整った顔立ちの男性で、それはカメレオン俳優と名高いバイプレーヤーの保坂水月その人だった。
そして、そんな有名人な彼は、遥か昔、田舎道を歩いて帰っていた頃、高校の二つ下の後輩で、私の卒業式に真っ赤な顔で告白してくれた、忘れられない人でもあった。