「神聖なる秩序への反逆」
「記憶のフラクタル」発動中…… / 2324年9月20日 15:04 / 神聖記憶主義社会〜崩壊の時代〜
記憶管理施設の奥深く、教会の統治下で厳格に管理されるその場所には、冷たく無機質な光が床に反射している。
教会によって秩序の聖域と称されるこの施設は、かつて存在した民主記憶社会主義の名残を完全に抹消し、記憶を支配するために設計された。壁には教会の象徴である永遠の目が刻まれ、訪れる者に権威と従属を強いる。
施設の外観は、高層ビル群の中心にそびえる真っ白な円筒形の建物だ。その滑らかな壁面は、昼間は太陽の光を反射し、夜間は青白い光を放つ。
建物の上部には巨大なアンテナが設置され、記憶管理システムと都市全体のネットワークを繋いでいる。
施設の内部では、低く唸る冷却ファンの音が響き、壁一面に並ぶサーバーラックが規則的な振動を生んでいた。その中心部にあるのは「記憶の壁(The Barrier of Memory)」と呼ばれる巨大なモニター。
スクリーンには膨大な数のデータパケットが映し出されており、それぞれが人々の笑い声、涙、痛み、希望といった記憶の断片を封じ込めている。
最も厳重な警備が敷かれた区画には、12人の神官が白いローブをまとい、整然と並んでいた。彼らの手には特製のタブレット端末が握られ、それに触れるだけで記憶の抹消や編集が可能だ。
モニターに映る無数のアイコン──人々の記憶データ──を操作する彼らの表情は無機質で、一切の感情が感じられない。
「アクセスレベル5以外、立ち入りを禁ず。」
低い機械音声が響く中、一人の神官が端末を操作し始めた。
その動作はまるで儀式の一部のように厳粛で、周囲の緊張感をさらに高めていた。
赤い文字が刻まれた壁の電子パネルが、目を引くように点滅している。その下部にはセンサーライトが並び、異常を検知したときに自動的に赤い光を発する仕組みだ。
壁の向こう側には厚さ数十センチの鋼鉄のドアがそびえ立ち、開くたびに鋭い金属音が静寂を裂くように響き渡る。
突然、施設の一角に設置された天井モニターが警告音を発した。その瞬間、壁際の各サーバーラックや廊下の天井に取り付けられた赤いランプが、一斉に明滅を始めた。
まるで施設全体が赤い脈動を刻むかのように、光と音が連動して警戒を知らせている。
「警告:セキュリティプロトコルが侵害されました。」
アナウンスが冷たい機械音で響く中、神官たちが一斉に動き出した。一人の神官が端末に手を伸ばし、素早くログを呼び出す。彼の額には一筋の汗が滲み、スクリーンに映る膨大なデータを凝視する。
「誰かが……不正アクセスを試みた形跡がある。」
冷徹な声が静寂を引き裂いた。
「記憶番号102734──指定の壁に接触。記録データの一部が開かれた形跡あり。」
タブレット端末に映し出されたログは、その禁忌の一端を明らかにしていた。
神官の顔が険しく歪む。 施設の奥で、鋼鉄のドアが重々しく閉じる音が響いた。その向こうには、「記憶の海(The Barrier of Memory)」と呼ばれる巨大なサーバールームが広がっている。そこに保存されているのは、無数の記憶の断片。だが、現在のシステムでは教会の承認なしにそれらに触れることは許されない。
突然、冷却装置のファンが一瞬だけ微かに軋み、空気がかすかに揺れる音がした。緊張感が神官たちの間に広がる。
「記憶の壁に触れた者がいる……。」
神官たちの間に低いざわめきが広がる。施設全体は、ただ冷ややかな機械音だけが規則的に響いていた。
冷たい地下室の一角。黒いフードを被った人影が静かに手を動かす。足元に設置されたコンソールが暗闇に浮かび上がり、スクリーンが低い光を放っている。彼の指先はキーボードを叩き、無数のコードがスクリーンに流れ込む。
「解放のフラクタル(The Natural Memory Flow)」が作動する瞬間が近づいていた。フラクタルは単なるプログラムではない。それは希望の象徴であり、記憶の壁を壊す鍵だ。
「接続まであと10秒……」
冷静な声が響いた。だが、その声を発した女性──エリザ・クロノス──の指先はわずかに震えていた。薄暗い光に照らされた彼女の表情は無表情を装っていたが、その瞳の奥には鋭い決意と微かな迷いが同居している。
「送信までカウントダウン開始──5、4、3……」
鋼鉄のドアの向こう側から、わずかに怒号が漏れ聞こえた。
「侵入者だ!封鎖を急げ!」
低く重い足音が廊下を駆け抜け、わずかな振動が床を通じてエリザの足元に届く。その瞬間、彼女の動きが一瞬止まった。
「エリザ。」
背後からかけられた声は落ち着いていたが、どこか挑発的な響きを帯びていた。振り返ると、長身の男──リース・フォスター──が立っていた。彼はモニターに映る進捗を確認しながら、片方の眉をわずかに上げている。
「おい、手を止めるなよ。君がここまでやってきたのは、そのためだろ?」
彼の声は皮肉めいていたが、その目には隠しきれない熱い思いが込められていた。リースは記憶の壁のプロトコルを設計した自分の過去に向き合い、何としてもこれを覆す使命感に駆られていた。
「分かってるわ。」
エリザの声は硬かったが、その一瞬の沈黙が、彼女の心の揺らぎを物語っていた。
彼女は手元に目を戻し、再び操作を始めた。緊張で乾いた唇を引き締め、冷たい指先で最後のコードを入力する。
「始めるわ。」
リースは一歩近づき、彼女の隣に立つと、ほんのわずかに微笑みを浮かべた。
「頼もしいな、クロノス。」
エリザが最後のキーを叩き込んだ瞬間、スクリーンが眩い光で満たされ、無数の記憶の断片が点となって広がり始めた。それは教会の記憶管理システムへ侵入し、次々と記憶の壁を崩壊させていく。リースはその光景を見つめながら、肩越しにエリザに言った。
「見ろよ、これが君の作った世界だ。」
その言葉に、エリザはわずかに眉をひそめた。その目には解放の達成感だけでなく、これから起こるかもしれない混乱への不安も浮かんでいた。
「始まっただけよ。」
彼女の声には冷たさがあったが、その裏には大義への揺るぎない信念が感じられた。




