幕間ep3.5 えらいこっちゃ!お師さまご乱心ですの!って、まじ?
みなさん、お元気だろうか。
喫茶店『月の涙』のオーナー、八犬仁です、お久しぶり。
当店はスイーツセットとカレーセットで特に有名で、美少女3人の店員がお出迎えし、美男の娘が淹れるお茶があなたを癒します。
そして、オーナーのオレは今…。
「…で、その時の一号さんがこれまたケッサクで…って、あら?」
「…あぁ、兄さん寝ちゃったみたいだね。無理もないよ、昨晩は色々と…って、おっと」
「いいんですの。旦那さまの甲斐性の一つや二つ、笑顔で飲み込んで見せますの。それが良妻というものですの」
「そうなのかい?それなら、まぁ、いいんだけどね」
オレたちは今、電車とバスを乗り継いでの旅行の真っ最中だ。
オレの前前世の佐吉という人物の遺品の回収と、ウチの看板娘の一人で弟のレイの婚約者である優花ちゃんのご家族の墓参りがこの旅行の目的だ。
で、だ。咲夜の言う”オレの甲斐性”ってのはだな…昨晩はとあるビジネスホテルに皆で一泊したんだが、その時になんやかんやあって、オレは従妹のトモと同室になって、そのまま一晩過ごしたことのことなんだ。
でもな?トモの名誉のためにもきっぱりと断言するが、咲夜が心配するようなことなんて何もなかったんだ。
そりゃあオレだって年頃の男なんだ、年頃でお互いに想い合っている男女がホテルで同室だなんて…ちょっとは、その、いや、かなり期待しちまったんだ!けど、何も…なんにも!なかったんだ!ホントに何もしなかったんだ!オレは頑張ったんだ!
トモはいつも「じんにーのお嫁さんにわたしはなるっ!」とか言ってるし、この前なんてトモの家族の前ではっきりと愛の告白までされた。あの時は両思いだと確信が得られたうれしさのあまり抱きしめてキスしてしまいそうになったケド、両親と姉妹の前だと思い直してそれっぽい理由をつけて返事をうやむやにしてしまったのがいけないんだが…それでもそんなに真っすぐ好意を向けて来る相手と一晩同室ってなったら誰だってそうだろ?相手だってそのつもりだって思うだろ?
でもな?いざとなったら…お互い幼い頃からずっと一緒に過ごしてき過ぎたせいなのか、そういう恋人同士の甘い雰囲気(想像)になんて一切ならず…トモもトモで久しぶりに親戚の兄とのお泊りを楽しんでるみたいだったしで…気が付いたら話し疲れたのと旅の疲れとでオレの隣で無防備にスイヨスイヨと寝てしまってて…そんな風にオレを信頼しきっている相手にもし手なんて出してみろ、「じんにーがそんな人だなんて思わなかったよ!サイっテー!大っ嫌い!もうわたしに近づかないで!」って嫌われたりしたら目も当てられない!ホントに大切な相手には気軽にちょっかいなんてかけられるワケがない!
…でもな?もし反対にトモがオレに手を出してくれるのを待っていたりしたら?そうすると今度は「二人っきりでこんなにチャンスがあってもわたしには指一本触れてくれようとしないんだね…やっぱりわたしはじんにーにとって魅力がないんだね…わかったよ。他にわたしの事をちゃんと求めてくれる人を探すよ。さよなら、もう二度と会わない」ってなるかもしれないだろ?どうすりゃいいんだよ一体!…ってことをグルグルと考えてたら気が付いたら朝に…お分かりいただけるだろうか、その晩のオレの葛藤が!
そんなワケでオレの隣で無防備に可愛らしく寝息を立てるトモのコトが気になって気になって…手を出すべきか出さざるべきかで結局一睡もできず…もんもんと一晩過ごしたんだ…。
で、バスの程よい揺れ具合と昨日の疲れと寝不足で今…ってこと。
「それはそうと、あの月の巫女の、ええっと…」
「あぁ、福音のことですの?」
「うん、そう、その福音さん。ホントに留守番なんて頼んでよかったのかな。留守番なんて必要ないんだし、一緒にくれば…」
「よいのです。あ奴にはよい薬ですの。それにあ奴はああ見えて生前では大店を切り盛りしていましたし、何より前回のアレの責任も取らせませんと、ですの」
「あぁ、アレ、ね。アレは確かにびっくりしたね。でもアレって福音さんとしては利用されてただけだから、そんなに責任問題でも…」
「いいえ、それでは巫女失格ですの。主人の狙いが何なのかを先読みするぐらいでないと。それがあ奴に出来ていたならあのような騒ぎには…」
「そうかなぁ、そもそもアレの欠陥を知らなかったんだし、ちょっと無理だと思うけど…でもボクとしてはツクヨミ様にやっと直接お礼が言えたし、ボクの淹れたお茶を召し上がって喜んでいただけたしで、結果的にはよかったけどね」
「レイさんがよろしくても、こちら…月神殿側は大騒ぎでしたの。お師さまもあのようなことをなさらずとも、事前にご連絡いただけていましたなら、わたしも大歓迎でしたのに…しかもよりにもよって、あ奴をダシにするなどと…まったく、お師さまの”さぷらいず”好きにも困ったものですの。それにしても…」
「うん、やっぱりユウちゃん、だよね?」
「ですの。花ちゃんがいてくれて…ホントに、本当に助かりましたの!何よりも…原因を作ったわたしが言うのは何ですが、千二百年を無駄に生きていないとは…親友としてとても鼻が高いのですの!」
「くすくす…ホントだね。でも…あんなにすごい娘がボクなんかの彼女で、婚約者だなんて…ホントにボクなんかでいいのかな?なんだかもったいないやら申し訳ないやらで…もっと彼女に相応しい人がいるんじゃないか、とか最近色々…」
「その様なことは花ちゃんには決して言ってはいけませんよ?とても悲しみますの…まったく、何故このご兄弟はご自身の評価がこの様に著しく低いのですの?花ちゃんはレイさんが良いと、わたしは旦那さまが良いと、きちんと言葉と態度に出していますのに」
「うん…そう、だね。うん、そうだよね。ありがとう咲夜さん」
「まったく。旦那さまもこのくらい素直でしたら、わたしも一号さんもこんなに苦労は…はっ!い、一号さんは良いのです、どうでも良いのです。わたしだけで良いのですよ?旦那さま?」
そう咲夜が言った後、オレのほっぺたにやわらかいモノが触れた様な気がした。あと、ふわりとよい香りも。
「あ、ああっ!だ、だめだよ、咲夜さん。そんなトコをトモちゃんに見られたらまた…」
「ふふっ、大丈夫ですの。今は何やら花ちゃんにお説教をされているようで、こちらどころではない様子ですの。いい気味、ですの」
「…ホントだ。一体何の話を…?」
「さあ?ですが十中八九昨晩のコトでしょうね。あのお馬鹿さんは千載一遇の”ちゃんす”を不意にしたのですから…そ、し、て!今晩はわたしの”たーん”ですの!むしろここからは”ずーっとわたしのたーん!”ですの!わたしいつもは夜が嫌いですが、今晩からは待ち遠しくなりますの!あー、早く夜になーあれっ!ですの!くすくす」
「…なにが全部飲み込むだよ、ちっともじゃないか…はぁ、またユウちゃんと作戦会議しとかないと…」
なんて会話を聞きながらオレは本格的な眠りについたのだった。
そういえば、さっきレイが言ってた”びっくりしたコト”ってのは…あぁ、アレか…あれは…たしかに…たいへん…だったな…オレもうちょっとで…死ぬところ…だったし…ぐぅ。
トントンコトコトとわたしのあさげの準備の音だけがする静かな朝の時間。
愛する旦那さまがわたしの手料理をほおばり笑顔を見せてくださることを想像して、ついついほおが緩むほどの楽しい時間。
嫌いな夜がようやく去り、新鮮な朝日を浴びながら”らじおたいそぉ”をした後の、今日は一体どんなすばらしい一日になるのかと期待させてくれる、わたしのお気に入りの時間。
…そんなわたしの貴重で大事で神聖な時間に割り込む無粋な音が、店内に響きますの。
「そこにいるのは福音ですの?一体いつ月神殿から帰ったのです?帰ったなら一言おっしゃい。それに何を朝からトンテンカンテンとしているのです?皆さんまだ寝てらっしゃいますの、もう少し静かになさい」
「んー?あー、かぐや、か。うん、おは、よー。帰ったのは、つい、さっき、さ…っと、できたー!これで、よし!っと!ふぅ…」
わたしの問いかけでようやくわたしの存在に気が付いたこ奴は、床まで届くほど長い”ぽにぃてぇる”をゆらしながら、何やら物置部屋の扉をトンテンカンテンとする手を止めず、視線もこちらに向けず、ぶっきら棒な声だけで返事をします。
こ奴の上司を上司と思わない態度には慣れているつもりですが、それでも毎回カチンときます。特に月神殿を離れて地上で活動するようになってからは少々…いえかなり目に余る様に…よし、ここはひとつ…。
「福音、わたしとあなたは幼馴染で同期ですが、今はあなたの上司ですの。その態度は…」
「んっ」
わたしが態度を改めさせようとしたところ、何もない絶壁の胸元からなにやら書類を取り出し、わたしに手渡します。若干ニマニマとしながら…なんですの?気色悪い。
「これは?…命令書、ですの?今度は一体…?」
「「なっ?!」」
福音から手渡された命令書はお師さまの承認印のある正式な物で、そこに書かれていた内容は…。
「アタシさ。この前、すっごい事やらかしたろ?流石にアレにはすっごく反省したんだ」
「あなたのやらかしはいつもの事ですの、むしろ通常運転ですの」
「で、主さまに直接お裁き頂こうとお目通りを申請して…」
「いつもやらかしを如何にもみ消そうかと画策するあなたが?お師さまに自首を?くふふっ、うそおっしゃい。大方、月神殿に私物をこっそり取りに戻った時にお師さまに見つかったんでしょう?」
「そしたらさ『そなたも地上に降りたことで成長したのですね。実は最後まで迷った決断だったのですが、予想以上にとても良い結果になったようで、ワタクシはとても嬉しいですよ?よろしい、ではそなたの望み通り…』って」
…こ奴のお師さまのモノマネもなかなかですの。まぁわたしのには劣りますがね、わたしのには。やはり、わたしのモノマネが一番ですの!月神殿でも、地上でも、ですの!ですからちっとも悔しくなんてないのですの、えぇ、これっぽっちも!
「…で、この命令書、ですの?」
「まっ、そういうこった。ってことだから、これからもよろしくな、かぐや」
「そういうことなら、まあ。しかし…」
福音は命令書をそれはそれは大切そうにまた元の絶壁に収めましたの。
「あぁー、あのお方、早く来られないかなぁ」
その時、階段をトントンと複数の足音が降りてきました。
「なんだよ、何の騒ぎだ?今日はもう少し遅くまで寝れたんだぞ…って、あれ、あんた…」
「「おはようございます、旦那さま」」
福音とわたしのセリフが被ったことで、旦那さまをはじめ皆がそのまま固まり、場は一瞬で静まります。
「ふ、福音?なぜあなたが旦那さまを旦那さまと呼ぶのです?」
「ふ、福ちゃん?ま、まさかの三つ巴?こ、これは流石に想定外…あ、でも待って。たしか千二百年前にもこんなことが…そうか、そういえばお義兄さまは佐吉さんの…それで?でも…」
「…?」
千二百年前から空気を読むのが苦手だった福音は、当然のように何をみんなが騒いでいるのかがわからず…ただ黙って笑顔で首をかしげます…じゃなくて、なんとかおっしゃい!このポンコツっ!
そ、そういえば、このポンコツは千二百年前もわたしの許嫁であった佐吉さんに、婚約者の目の前で色目を使って誘惑してきました。流石に佐吉さんもそれには苦笑いでしたが…これはもしや、歴史の繰り返し、ですの?ぐぬぬっ、一号さんだけでも厄介ですのに…しかも、もうこ奴に暗示の瞳は使えませんし…どうしてくれましょうか。なにか罪を捏造してそれを理由に残機をすべて…ぶつぶつ。
皆が福音の一言で固まりざわついていたところ、今度はその張り詰めた空気を打ち破る者がお勝手口から元気いっぱいに現れました。
「おっはよーじんにー!わったしっが来ったよー!今日も一っ日っよっろしっくねー!ってあれ?みんなどうかし…」
「おはようございます、さすとも様。お待ち申しておりました」
今日も無駄に元気いっぱいな一号さんの声が聞こえるや否や、足音も立てずスルスルっと一号さんの前に立つと、両手を胸の前で交差し、その手を胸に軽く添え、そしてそのまま片膝をつき深々と首を垂れ、うやうやしく月神殿での最上級の敬意を示す姿勢を取りました。ふわりと音が聞こえそうなほど優雅に。こ奴のこの様な殊勝な態度はお師さまの御前でも見たことがありませんの。
「う、うん?お、おはよう?…ええっと、ふくね、さん?だっけ?」
「さすとも様、わたしに敬称は不要です。さっそくですが、こちらを。主より預かりました書状です、ご確認ください」
そう言うと、再び絶壁の胸元から先ほどの命令書を取り出し、これまたうやうやしく一号さんに差し出します…実は道中で変なものでも拾って食べて元からおかしかった頭が更におかしくなってしまったのではないでしょうか、少々心配になってきました。
「う、うん、ありがと?え、えーっと?…ごめん、さくやちゃん、読んで?」
「はいですの」
まあこうなります。そもそも月神殿の命令書など地の民に読めるワケなどなく…むしろ読めたら読めたで大問題ですの。
「では、こほん…『月神殿巫女衆第三班班長福音(以下福音)は、本命令書受領時をもってその役職を辞するものとす。以降は現在地上におわす”さすとも様”の直属となり、同じく現在”さすとも様”の護衛兼教育係を務める月神殿巫女衆筆頭咲夜(以下咲夜)と共に協力し、”さすとも様”の生涯において、同様の任務に就くことを命ず。またこれにより、有事以外での地上活動中に限り咲夜と同等の権限を有することとするが、有事の際には咲夜の指揮下に属し、その指示に従うこととす。さらに、地上活動中は他の地の民に対して深く関わることを禁ず。これを破った場合は咲夜の裁量にて罰則を与えることとす。以上』と、ありますの。よろしくて?」
「うん…つまり?」
はい、想定どぉーり!ですの!
「つまりね?福ちゃんは今後はトモちゃんの直属の部下で、かぐやちゃんと一緒にトモちゃんの護衛と教育をトモちゃんの生涯するんだって。しかも、今度は地上にいる間だけだけど、何にも事件とか問題が起きない内はかぐやちゃん…筆頭巫女と同等の権限があるんだって!福ちゃん、すごいね、大出世じゃない!おめでとう!」
はい、これも想定どぉーり!さすがわたしの親友ですの。ポンコツ二人組とは違うのですの、ポンコツ共とはっ!
「うんうん、ありがとう、花ちゃん。あのね、こないだね…」
自分の価値をやっと理解してくれる者が現れたからか、福音は涙をにじませながら先ほどわたしにした話を更にモリモリに盛って話始めました。そして我が親友ももらい涙を流してそれを真面目にうんうんうなずきながら嬉しそうに聞いてますの。
しかし、この命令書は…存外使えそうですの…くすくす。
命令書のおかげでわたしは今までよりもずぅっと自由に行動することができる様になりますの。つまり、上手く利用すれば、一号さんのお世話の一切をポンコツにしれっと押し付けることが出来ますの。で、その間わたしは旦那さまとより親密で濃密な時間を共に過ごし、今より更に更に深く甘い関係になることも…くふふっ。つまりこれは普段とても頑張っているわたしにお師さまがくださいました温情であるに相違ありませんの…ああ、お師さま、咲夜は深く感謝申し上げます。きっとお師さまより賜りましたこの機会を上手く使いこなして御覧に入れますの!…あははっ!やったー!
…と、いけません。表情に出さないようにしなくては。また我が親友に見抜かれてしまいますの…そうすればまた…って、あら?
「さあさあ、旦那さま。ぼちぼちの時間になりましたの、お急ぎを。もちろん、あさげの準備も”めにゅぅ”の下ごしらえもすでにできておりますの。わたしは旦那さま方が準備を整えている間に開店の準備をしておきますの」
ふと時計を見るといつもならみなさんすでにあさげを済ませている時間になってましたの…まったく、ポンコツ二人のせいでわたしの貴重なお気に入りの時間が台無しですの。この穴埋めは必ずさせますよ?…くすくす。
「え?あ、ホントだ、もうこんな時間だ!トモどうする?いつも通り朝食一緒に食べるか?」
「うん、もちろん!さくやちゃんの朝ごはん美味しいから毎回楽しみなんだー」
「だよな。あー、福音…さんはどうする?」
「旦那さまもわたしに敬称は不要です。そして、わたしもかぐや…咲夜同様に食事は必要ありません、お心遣い感謝いたします。それと、わたしはこちらでの仕事内容がわかりかねますので今日一日見て覚えさせていただき、明日以降お手伝いさせていただきたく存じます。以降はいかようにもお使いください、末永くよしなに」
中身を知らない男ならコロッといきそうな愛嬌たっぷりの笑顔でにっこり微笑みながら小首をかしげ、更に上目遣いのあざとい”ぽぉず”で旦那さまに接します…ちょっとうっかりこのポンコツの残機を十ほど減らしてしまいそうになりました。うん、よく耐えました、えらいですよ、わたし。ですが後で何か言いがかりをつけて二つ三つは減らしておきましょう。
「あ、ああ、わかった、じゃあ…」
旦那さまは戸惑いながらも返事をしましたが、他の者…特にポンコツ一号さんを中心に再度ざわつきます。
「ふ、ふくね、ちゃん?て、敵?敵なの?さっきわたしの部下って…やっぱり、さくやちゃんみたいに、仕事は仕事、恋愛は恋愛ってことなの?さくやちゃんだけでも大変なのに?こんなに可愛い子が二人も恋敵に?…そ、そんなぁ…つくよみちゃぁん…こんなのってあんまりだよぉ…じんにぃ…なんでそんなにモテモテなの?モテるのはわたしだけでいいのに…って、そりゃあ、こんなにカッコいいからなんだけど…でも…めそめそ」
先ほどまでの元気いっぱいな様子から一変し涙を流して泣き出してしまった一号さんを見て、空気を一切読まない福音でも流石に驚き、真っ青な顔をさせ、おろおろと一号さんに懸命に釈明をしますの。
「なっ?さ、さすとも様?て、敵とは一体?わたしはあなた様の敵などでは決してありません。わたしは今度こそさすとも様に完全な忠誠を捧げるべく主に自ら願い出てこうして…」
「だ、だってぇ…さくやちゃんみたいにぃ…じんにーのこと”旦那さま”ってぇ…”末永く”ってぇ…えぐえぐ」
一号さんのこの言葉でたった今自分の発した言葉使いがおかしかったことにようやく気が付いたようでした。
「そ、それは。旦那さま…仁殿はさすとも様の将来の伴侶であらせられる事と、この店の主人であることから”旦那さま”とお呼びしたまでの事。決して他意はありません。それに”末永く”はさすとも様が旦那さまにお輿入れなされた際には当然わたしもお傍にお仕えいたしますので、さすとも様共々という意味でして…しかしそれはかぐやとて同じこと、のはず。そうだよな?かぐや?」
「…のぉこめんと、ですの」
「なんでだよっ!」
だぁってぇ、わたしは”死ねなくなるクスリ”の影響で嘘がつけませんから、ね。
ですがこれを聞いた一号さんは先ほどまでの泣き顔から一変、夏の日差し様な笑顔に。いつも以上に元気いっぱいな明るい表情になりました…くやしいですがその様はとても可愛らしく…旦那さまがこ奴とわたしを天秤に図るのもうなずけますの。”子ウサギ二つのニンジンから選びきれず”ですの。
「ふくねさん!なんて、なんていい人!やっと、やっとまともな味方が!ありがとう、ありがとう!」
「「”やっとまともな”?!」」
わたしも花ちゃんもこれまで散々一号さんに協力してきましたのにこの言葉には納得できず、二人して思わず口に出してしまいましたの。
一号さんは一号さんで福音の言葉に感極まったのか、福音を力いっぱいぎゅうぅっと抱きしめますが、いきなりの事と体格差とで当の福音は目を白黒させます。
「と、とんでも…ご、ございま…せん。こちら…こそ…さす…とも様の…ご不興を…ぐふっ」
福音は一号さんの腕の中でぐったりと動かなくなったところでようやく解放され…。
「あっ、でもね、ふくねちゃん」
「はい、さすとも様、なんなりと(いえすまいろーど)」
一号さんの一転した真面目な声を聴き、ふらふらになりながらも再度最敬礼の姿勢をとる福音…これまでのこ奴が常にこうであれば、わたし達はあれ程苦労させられませんでしたの!
「わたしは今はただの高校生で、心術も初心者だし…だから”部下”じゃなくて”お友達”になって欲しいな、だめ?」
「い、いえ、しかしさすとも様、それでは…」
突然の予期せぬ言葉に福音は戸惑いを隠し切れずおどおどとしますが…一号さんはこういう人なのです。
「あと、”さすとも様”じゃなくって、わたしは智恵、八犬智恵。よろしくね、ふくねちゃん」
「は、はい…ううん、わかったよ、智恵ちゃん。こちらこそ、これからよろしくね」
「うん、”末永く”ね」
そう言うと二人は大いに笑いあったのでした、の…まあ、二人は仲良しの方がわたしの明るい未来計画がより順調になりますの、くすくす。
「さあさあ、みなさん。本当に時間が、ですの」
「あぁっ、ホントだ…すまん咲夜、後頼む。ほら、みんな朝食をいただいて準備しよう!」
「はいですの、旦那さま。この咲夜に万事おまかせを…ほら福音、あなたもいらっしゃい。こちらでのお仕事を教えて差し上げますの」
「ああ、わかった。では、さすと…智恵ちゃん、また後で」
そうして旦那さま達はパタパタと奥の休憩室に行きました、さあやりますよ。
旦那さまたちの準備が整うまでわたし達二人で開店準備を進めてますと、ほどなく準備を終えた旦那さまたちも合流し、今日もいよいよ開店です。すでに外には行列ができており、また忙しい一日になりそうです。が、どんなに忙しくとも旦那さまと共に働くことが出来ますから、ちっとも苦ではありません。むしろ生きがいさえ与えてもらえます。(もう、一度死んだ身ですがね)
それに忙しく働く殿方の…旦那さまのなんともまあ素敵で格好良いことか!”汗の滴るいい男”とはよく言ったものですの!…あぁ、もうっ!好きっ!大好きっ!!
ふと横を見ると一号さんも同様のようで、何やらうっとりとした表情で旦那さまを見つめています…確かにわたしの旦那さまはとぉーっても凛々しいので目を奪われるのも無理ありません、仕方がないですね、あなたは特別ですよ?…ですが、同様の視線を旦那さまに向ける女性客たち…オメーらはダメだ、ですの!…あとでいつものように暗示の瞳をしれっとかけときますの、やれやれだぜ、ですの。
そう、わたしの旦那さまは先ほど一号さんがつぶやいたように、とにかく同性異性問わずモテるのです、モテモテですの!
そこでこの部分に関してはわたしと一号さんとの間で、利害の一致による協定が結ばれてますの。もちろん旦那さまはご存じない事ですの。
そして協定により、特に厄介そうな女性(横から旦那さまの愛を得ようとする不届き者)は二人で協力して排除することにしておりますの。もちろん危害などは加えません、あくまでも合法に、ね。
ただそのせいか、旦那さま自身は女性にモテないと思い込むようになり…結果、女性に対しての自信を失い、わたし達にもいささか消極的になってしまった?…ような気が最近するのです。まあ、最終的にわたしがいるのですからなにも問題ありません、良しとしますの。
さて、本日最後のお客様をお見送りし、あわただしかった一日もようやく終ろうかという頃、ふと気になることが頭をよぎりましたの。
「ところで福音。あなたは今後どうしますの?もうこの家にはあなたの分の部屋はありませんよ?…もしやわたしと同室を?いやですよ?それとも智恵さんのお宅に居候を?」
「…あぁ、そっか。ホントならうちにくるはずだもんね。でもうちももう部屋が…」
「もう、かぐやちゃん。そんないじわる言わないの。けど、福ちゃん。ここもトモちゃんちも部屋がないのはホントだから…わたしと同室にする?」
「ううん、花ちゃん智恵ちゃん、大丈夫。その為に主さまがコレを下賜してくださったんだ、いいだろー?」
わたしとしては福音は肉体を持たないのですから、いっそ裏庭でテント暮らしさせればよいと本気で考えていたのです。もしくは常時小鳥に変化させて一号さん宅で鳥かご生活をと…しかし、当の福音はすでにあてがあるらしく、わたしの貴重な朝の時間をトンテンカンテンと邪魔した物置部屋のドアノブをポンポンとし、余裕を見せます…うん?はて?このドアノブ、どこかで見たような?
「それって?」
「ふふーん。これはな?ここと月神殿のわたしの部屋をつなぐことのできる、とぉーっても便利で大変ありがたい代物なんだ!今回の任務に就くにあたって主さまが『あちらとこちらをいちいち行き来するのも大変でしょうし、そもそもあちらにはそなたの部屋がないかもしれません。そこでこちらをそなたに下賜することといたしましょう。これを用いればそなたの月神殿での部屋とあちらの部屋とを繋ぐことが出来ます。上手く活用なさい』って!流石主さまだよな、こんな貴重な品を一般巫女のアタシにポンと…」
部屋を繋ぐ?その様な技術はまだ月神殿には…?うん?まだ月神殿には?…あっ!ああっ!お、思い出したっ!どおりで見覚えがあるはずですの!え、えらいこっちゃ、お師さま、なんてものを!これはとても危険なモノだとあれほど…えっ?…っということは?…あっ、ま、まさかっ?…お、お師さまご乱心、ですの!
「…すごいね、ふくねちゃん。今のつくよみちゃんのモノマネそっくりだった」
「…だな。月の巫女はみんなできるのかな?」
重大なことを思い出し、これから起こることを想像して膝をがくがくさせるわたしの横からそんな聞き捨てならない会話が聞こえてきましたの。もう、この忙しいときに!
旦那さま?お言葉ですが、巫女なら誰もが出来るというわけではありませんの!こ奴のはたまたまですの!わたしが一番お師さまの真似がうまく出来ますの!こ奴とわたしではレベルが違うのですの!わたしの方が!雲泥の差が!それが何故分からん!…っと、今は本当にそれどころではありませんの!
「ふ、ふくね!それが一体何なのか本当にわかっているのですの?!」
つい出てしまいました突然のわたしの大声に福音を含め皆が驚きます、が、本当にそれどころではないのです。
「な、なんだよ一体…ははーん、わかった。お前、うらやましいんだな?でもダメだぞ?これは主さまがアタシに…」
「そうではないのです!」
「…じゃあなんだよ」
みなさんも同意見なのか怪訝な表情でわたしを見つめます…旦那さまでさえも…くぅう、そんな表情でさえも…カッコいい…いえいえ、本当に今はそれどころではないのです!
「よいですか?それは『空間つなぎの取っ手』と言って、わたしが宇宙海賊時代に作った代物なのです」
「ネーミングそのまんまだな」
「だまらっしゃい!…わたしが月神殿に自首した際に他の発明品と同様に没収されたものの中の一品なのです」
「ふんふん…だから?」
「確かにそれは取っ手を取り付けた扉の表側と裏側を繋げることが出来るのですが…」
「そうだろ?だから主さまが…」
「出来るのですが、問題もあります」
「問題?そんなこと主さまは一言も…」
「当時…今より二千歳は若かった時の作品ですので安全設計のされていない不良品なのです」
「…不良品?」
「近い距離を繋ぐ程度でしたら問題はないのですが、地上と月神殿とでは距離が遠すぎる上、そもそも時空も違います。ですから…」
「…だから?ごくり」
「無理に使用すると時空間位置エネルギーがオーバーフローを起こして大爆発を起こします。おそらく地上は半径10km、月神殿は…まあ、お師さまがある程度防がれるでしょうが…それでも巫女衆居住区付近は跡形もなく、でしょうね」
「…う、嘘だ…主さまがそんなものをアタシに持たせるハズが…」
「これを受け取った時、きっとお師さまはこうおっしゃったハズ…『まずは自室の通路側の取っ手をこれと交換なさい。そののち、仁殿の店の物置部屋の部屋側のモノと交換するのですよ?よいですね?そして取り付けが完了したならまずワタクシにすぐ報告するのですよ?その後はワタクシの許可がでるまで決して使用してはなりません。よいですね?理解しましたね?ワタクシとの大事なお約束ですよ?』…と」
「…た、確かに。しかも一言一句間違いなく…」
どうですの。見てみなさい、わたしの方がお師さまのモノマネは上手ですの!ドヤァ!
「それにこの場合でしたら、取り付けは”福音の自室の部屋側、物置部屋の通路側”に取り付けるのが正解ですの。これは明らかにお師さまが自身の都合よく利用しているなによりの証拠…お師さまには事前にこの取っ手の欠陥については説明しておりますし、危険性は十分ご承知のハズ…つまり…お師さまは地上のわたしたちと…役立たずの巫女たちを事故に見せかけて…処分なさる…おつもり…ですの…」
「な、なにぃ!お、おい咲夜、それは本当か?…本当なんだな?な、なあ、福音…さん、これ、本当に月読様が?本当に?(っていうか、やっぱり咲夜の月読様のモノマネもうまいなぁ)」
「も、もちろんです、旦那さま。確かに主さま直々に賜りましたし、そのように仰せでした…あと、わたしに敬称は不要…」
「じゃ、じゃあ、つくよみちゃんは知らないんだよ、忘れてるんだよ、きっと…つくよみちゃんがそんなことするワケ…じゃ、じゃないとつくよみちゃんが計画してわたし達含めて地上の人たちと月の巫女さん達を全員亡き者にしようとしてるってことに…そ、そんなぁ、そんなぁ…わたし何か気に障る様なことしちゃったかなぁ…そ、そうだ、つくよみちゃんに直接聞けば…だ、ダメだ、今仕事中で留守電になってる!あわわあわわ」
その場にいる全員の表情が真っ青になっている中、一人だけ冷静に状況を分析しなにやらブツブツと考え混んでいる人物がいました。
「…待って。この状況ならまだ大丈夫だよ、きっと」
「花ちゃん?」
「…うん、やっぱりそうだ、何べんも検証したし、きっと大丈夫。あのね、かぐやちゃん。これからわたしの言う事を何も疑わずにとにかく実行してほしい、時間がないんだ。大丈夫、昔取った杵柄だし、この位の無茶ぶりはおサルさんで慣れてるから。お願い、今はとにかくわたしを信じて!ね?」
そう言う親友の目は冗談を言う類のものではなく、真剣そのものでした。正直背筋が寒くなるほどに。気が付けばわたしはただ黙ってコクコクと頷いていました。
「ありがとう。じゃあまず、その取っ手だけど、今から取り外したりはできる?そしたら…」
「いえ、残念ながらこの取っ手は既に起動してしまっています。停止させるには取り付けた順番通りに…つまり、こちらと反対側…月神殿側の取っ手から停止させなければいけません。それをするには今から福音が月神殿に行くか、もしくはわたしがこれからこの取っ手を強制終了させるもしくは改良してしまうかしか…でも…」
「改良?つまり、若い頃の失敗作を今なら完全なモノにすることができるってこと?」
「…でき、出来ると思う…いいえ、出来ますの!ただ…流石にすぐにとは…少々時間がかかります、の」
「どのくらい?」
「そ、そうですね…二…いえ、一時間程いただければ何とか…」
「じゃあ、安全率を考慮して三時間とろう…それで出来る?」
「は、はいですの。それだけ頂ければ必ずや…」
「うん、よし、じゃあお願いね?今からその取っ手はかぐやちゃん以外誰も触らないようにしよう。それからトモちゃん」
「う、うん。何?」
「月読様はきっとトモちゃんに会いたい一心でコレを福ちゃんに持たせたと思うんだ。そしてこの欠陥を知らないか、忘れちゃってるハズ」
「うん、やっぱりそうだよね、そうじゃないかと…」
「トモちゃんはとにかく月読様に連絡を続けてみて?もし繋がったら状況を上手く説明してくれる?これは直通回線を持ってるトモちゃんにしかできないの」
「う、うん、わかった!やるよ、やってみる!」
「じゃあ、次は福ちゃん」
「うん、なんだい?」
「確かに月読様は許可が出るまで使用を禁止されたんだね?」
「うん、そうだよ、さっきのは主さまがおっしゃったそのままを…」
「ということは、月読様は今日のお勤めを果たされたら一目散にこれを使おうとするはず、だよね?」
「う、うん、そうだね?取付完了の報告も済ませてるし…」
「月読様の今日のお勤めが後どのくらいで終るかわかる?」
「…え?それならあと…三十分程だよ、きっと」
「三十分…間違いない?」
「う、うん。間違いない。これを渡された時にポロっと言ってたもの」
「…間違いないでしょう。特に今日は新月ですからお師さまは休日ですの。ですから早くて十五分、遅くて三十分後、でしょう」
「月読様にくわしい二人が同意見なら間違いなさそうだね、なら…かぐやちゃん」
「はいですの」
「かぐやちゃんの…筆頭巫女としての指揮権を今この時だけでいい、わたしに譲渡してくれない?もちろん責任の一切はわたしがとるっ!さっきも言ったけどこのくらいの無茶ぶりはおサルさんで慣れてるから、ね?」
「そ、それはさすがに…それにそもそもさっきからその”おサルさん”とは…?」
「心配なのは十分わかるよ。でもね?かぐやちゃんは今から三時間以内にコレを完成させなきゃ、でしょ?それに福ちゃんは”有事の際には咲夜の指揮下に”ってことだから、かぐやちゃんの代わりにはなれない。だから…」
「そ、それでも…あぁ、もう、わ、わかりました…止むを得ません。ならばせめてわたしの代役にサポートさせますの」
「代役?…あ、まさか、あいつか?あいつはなぁ…普段はみんなが一目置いてるすげぇヤツなんだけど、かぐやと主さまが絡む話になると…」
「? 他に適任者がいません。花ちゃん、ちょっと待ってて…わたしです、地上任務中の筆頭巫女咲夜です。緊急時につき本緊急回線を使用しています。次席巫女の百合音と繋げてください、応答よろし」
『こちら月神殿作戦本部。筆頭巫女を名乗る者による緊急回線使用を確認…使用者コード確認中…使用者声紋確認中…どちらも筆頭巫女咲夜と一致、使用を許可します。次席巫女を呼び出します、そのまま待機されたし。以上』
『…こちら次席巫女。そちらの所属と要件を。応答よろし』
「久しぶりですね、わたしです、咲夜です。息災でしたか?百合音。応答よろし」
『…咲夜?…お姉さま?お姉さまですか?本当に?あぁ、今日は何という日でしょう。お姉さまがわざわざ緊急回線を使ってわたしに愛の告白を!あぁ、ああっ!やっと、やっとこの日が!ざまぁみろ、あの女!わたしの勝ちだ!あははっ!』
「…いつもの百合音のようで一安心ですが、そうではありません。実は…」
『…百合夜』
「…えっ?」
『今のわたしの名は”百合夜”です、お姉さま。不本意ながらあの女から”夜”の名を賜りました。口惜しいことですが…ですが…これでやっとお姉さまとお揃いになりました、うふふ。応答よろし』
「そ、そうでしたか。それはきっとわたしの不在の間のわたしの任務をきちんと代行してくれているから評価されたのですね。しかしまたお師さまの事を冗談でもそのように…あまり感心しませんよ?っと、今はそれどころではありません。それにこれは緊急回線ですからゆっくり話もできません。よいですか?よく聞きなさい…」
それからわたしはこの一連の流れを百合音…もとい百合夜に聞かせます。普段はあのような冗談をよく言う者ですが、やはり次席巫女としての…筆頭巫女代理の自覚は十分なようで、すぐに頭を切り替えて真剣に耳を傾けて聞いてくれました。
…くれていましたが、何故でしょう?お師さまが不良品を下賜したことに触れたあたりから妙な気配になり、最後には…。
『わかりました、お姉さま。わたしはその地上の者と協力してあの女を…逆賊月読を討伐すれば良いのですね?了解です…ふふっ、大義名分は我にあり!今こそあの憎たらしい女に鉄槌を…正々堂々公衆の面前で成敗…』
「だ、だからそうでは…ああっ、もう、持ち時間が!仕方ありません、後は花ちゃん…地上協力者の優花さんと直接連絡を取り合って…ブツッ…ツー…ツー…」
ああ、もう!どうしてあ奴はお師さまが絡むとああなのか!本当に普段はわたしが認める数少ない有能な巫女ですのに!
「…と、というわけで、次席巫女の百合夜がサポートしてくれますの。花ちゃんは百合夜とよく相談して事にあたってくれる?今から百合夜と連絡できるようにするから…」
「ほらな?やっぱりああなったじゃないか。だいたい…」
ここぞとばかりにしたり顔でクドクド言い出したのは今やポンコツの代名詞となった福音ですの。まったく、それでもあなたよりも何十倍もマシですの!
「これでよし、っと…ごめんね花ちゃん、こんなことに巻き込んで。全部福音が悪いんですの。これが終わったらわたしの代わりに福音の残機をうんと減らしていいからね」
「ひっ!」
「…ふくちゃんの残機はちょっといいかな。でも大丈夫だよ、かぐやちゃん。任せといて!ほら、かぐやちゃんはコレを一刻も早く完成させちゃって…あ、でも待って。念のため、こんなことってできる?できれば最優先に…ごにょごにょ」
最後に提案された事は今のわたしの技術なら確かにできます…できますが、本当に花ちゃん、一体どこまで見通してますの?
「…面白い、それ採用ですの。花ちゃんも意外とイイ性格してますの」
そういって二人で内緒の悪だくみをし、お互い悪い顔でニッと笑い合いましたの。
それから花ちゃんは、これからとんでもない事に巻き込まれるというのに、不安な表情をするどころかこちらを安心させるためでしょう、いつものゆっくりとした口調と笑顔でわたしを見送るとすぐさま百合夜との連絡を開始しました。花ちゃんってホントにすごい…それに引き換え…。
「な、なぁ、かぐや。あ、アタシはどうしたら?さすとも様は?」
こちらのポンコツは顔面を蒼白にし、おろおろおたおたとして…見ているだけでこっちも不安になりますの。まったく、あなたは仮にも月神殿の巫女でこの前まで班長の一人だったのですよ?一般人の花ちゃんがああも立派ですのに…少しは見習いなさいな。
「…あなたは一号さん…もとい智恵さんの護衛ですの。本来の任務を思い出しなさいな。それから…あっ」
こんな時ですが、とても良いことを思いついてしまいました、くふふっ。これくらいの役得は求めてもバチはあたりませんよね?
「そ、それから、旦那さま?」
「ん?お、オレ?」
「はいですの。じ、実は…旦那さまにしかできないことをお願いいたしたく…」
「ああ、もちろんだ。オレに出来ることなら何でも言ってくれ」
「で、でしたら、そのぅ…わたしの傍から片時も離れず、作業中のわたしを見守っていただけると助かります。なんなら肩を支えていただけると尚良しですの」
わたしがもじもじとそう提案すると、旦那さまはポカンとした表情になり、レイさんは頭を抱え、そして一号さんは…。
「はぁ?何言ってるの?さくやちゃん!今はそんなことしてる場合じゃあ…!ずるいずるい!」
「う、うん?わかった?…ああ、そうか、なるほど、そういうことか…」
旦那さまは旦那さまでなにやら誤解されたようで、うんうんと何度も頷きわたしの意見を素直に聞き入れてくださいました…少々良心が痛みますが、おかげでヤル気がみるみる満ちてきました。それになにやら固い決意を思わせるキリリとしたそのお顔はとても素敵で…ああ、もう!好きっ!大好きっ!!
「じんにーまで?!…うぅ、ほ、ホントに必要なことなの?…なんだね?…うん、わかったよ、じゃあわたしも一緒に…」
「いえ、それは結構ですの。逆に気が散ってしまいますの」
「なんでよ!」
「一号さんこそ、こんな時に何を考えてますの?まさかわたしがいやらしいことをする為だと?…なんという…恥を知りなさいな、この俗物!ですの」
「なにをー!」
「なんですのー!」
「おい、かぐや!さすとも様…智恵ちゃんに対してなんだその口の利き方はっ!…はっ、もしやお前、普段からこんなやり取りしてるのか?だったら、今回の件の報告書に…むぐっ」
この忙しいときにそばで大声でガタガタ言うので、ついその悪い口をガッと掴んでにこりと微笑んでやりましたら、今度は涙目になってブルブル震えてしまいました…それなら最初から言わなきゃ良いのです、まったく。
「(騒ぎ立て無用ですの。これはじゃれ合いですの、いつものことですの)」
「(ほ、本当か?)」
「(もちろんですの。本当に信頼し合っているからこそ出来る掛け合いですの。あなたも覚えがあるでしょう?)」
「(むぐぐ…なら、まあ…でももう少し穏やかに…)」
「(そうですか…では次からはそういたしましょう、次からは、ですの)」
…まあ、一号さんの気にする事もあながち間違いでもありませんがね。
わたしはただ、もっともらしいことを言って、旦那さまと一緒に愛の共同作業を行いたかっただけです。わたしの隣にただただいて欲しい、本当にただそれだけなのです。
もちろん、密着して共同作業するのですから”ぼでぃたっち”も、もしかするとあるかもしれません…ええ、それもお互い際どいところを…ですが、それは仕方のないことなのです、それどころではないのです、緊急時ですもの、ええ、ええ、本当にそんなことを言っている場合ではないのですの、何があったとしてもそれは事故なのですの、ええ、本当に…くふふっ。
ちらりと横目で見た一号さんはなにやら複雑そうな表情をしていましたが、福音とレイさんになにやら言われながら、渋々と一緒に奥の休憩室に向かいました。
まあ、もしこれが計算通り爆発したとすれば、どこにいようとただではすみませんがね。例えわたしや福音が目一杯出力を上げた結界を張ったとしても、ですの。こんな規模の大爆発を防げるとしたらやはり…あっ!
そうでした…こんな大爆発を防げるとすれば、月神殿ではお師さま、地上では…旦那さまが…そうだった…旦那さまなら防ぎきることができますの。
なぜなら旦那さまにはあの”絶対防御翼”がありますからね。アレの最大レベルの”虹色”ともなれば、計算上では惑星すら破壊できるお師さまの本気の一撃でさえ無傷で防ぎきってしまう程です。ああ、やはり頼りになるのは親友と愛する旦那さまですの!
ですが、旦那さまは今日一日お仕事で”遠見の術”をさんざん使ってしまってます。ですから気丈にふるまっておられますが、実際は心力が底をついており、すぐにでも横になりたいと思われていることでしょう。
そんな時にもし旦那さまがこの大爆発を防ぎきる”虹色”を使ってしまえば、心力をたちまち使い切り、場合によってはそのまま死亡する、なんて結果もあり得る…責任感の強い旦那さまならわかっていてもやるでしょう。
爆心地にもっとも近い場所で”絶対防御翼”を使えば、爆発をほぼ抑え込めるでしょうが、しかしそれは自分の命との引き換えを意味し…そ、そうか、先ほどの旦那さまの凛々しい表情はもしかしなくとも、これだったのですね?自分の命と引き換えにしてでも皆を…いいえ、智恵さんを守ろうと…わたしは薬の影響で死にませんから、もしかすると守るものの勘定の中に含まれていない…可能性も…しょぼん。
じょ、冗談ではありません。わたしと旦那さまとの明るい家族計画はようやく始まろうとしているのです。こんなところで旦那さま(すべて)を失うわけにはいきません!
よ、よぉーし!やってやる!やってやるぞー!見事爆発を防いで旦那さまといちゃらぶ生活を送るためにも!やってやるぞー!おー!
『…なるほど、つまりあの女を最低でも一時間、長くて三時間足止め、ですか…』
「はい、先ほど説明した、わたしの最悪の想定通りに月読様が話し合いに応じてくださらなければ、ですが。でもそれだけ稼いでいただければかぐやちゃ…咲夜さんがきっと爆発を防いでくれます」
『三時間…ですか』
「何か問題が?」
『恥を晒すようですが、実は我々全巫女衆とあの女との今までの戦闘訓練での最長記録が…十分…なのです』
「じゅ?…うん…十分…ブツブツ」
『ですが、ご心配なく。いざとなれば全戦闘職巫女衆玉砕覚悟で…』
「…では、部隊編成とそれぞれの得意分野を教えていただけますか?」
『口頭ですと時間がかかりますので、これから全戦闘職巫女のステータスと問題の福音の私室付近及びそこに至るまでのあの女の通過予定ルートなどの地形データをあなたの脳内に直接送ります。これは少々頭に負荷が掛かります、心を落ち着けてくださいね…いきますよ…はい!』
「…ぐっ!…あ、あぁ!…はぁはぁ…な、なるほど…すごい…こんなことが…でもこれなら…ここをこうして…こっちをこう…」
『どうですか?大丈夫ですか?(今は緊急事態ですから行いましたが、訓練されていない地の民にこれをやるとまれに廃人となります…お姉さまの大事な友人と伺ってますし、もしものことがあればお姉さまに顔向けが…)』
「(こ、これで…よし)だ、大丈夫、です。それよりも…今、新しく…今回限りでかまいません。新しい部隊編成をしました。あと、作戦の立案も…これはどうしたら?」
『(この短時間で?…まあお姉さまの客人に恥は搔かせられませんね。ここはおとなしく…)ではデータをいただきますね…んっ!…うん?こ、これは…こ、これを本当に今?初見で?す、すごい、こんなことが…これなら…!』
「どうです?いけそうですか?」
『す、すごいです!これなら足止めだけでなく、本当にあの女に引導を渡すことも出来そうです!』
「…いえ、流石にそこまでは…でももし本当に月読様を討ち取るつもりならば、こちらにいる”筆頭巫女”、”さすとも”あと”お義兄さま”の三名を加わえて且、わたしが専用の作戦を立てればあるいは…」
『…お姉さまと巫女衆で今話題持ちきりの”さすとも様”はともかく…”お義兄さま”とは?』
「すみません失言でした、忘れてください。それよりも許可がいただけるのでしたら、そろそろ新しい部隊編成をして作戦を伝達しないと時間が…」
『そうでした…はい、今済ませましたよ。後は…』
「(早い。あの内容を一瞬で…もしあの時のわたしにこの能力があればあんな事には…ごめんね、みんな)」
それからほどなくして月神殿の巫女衆達がざわつき始めましたの。
『おい、なんだよこれ!筆頭代理!どうしたってんだ!とうとう現実と妄想の区別がつかなくなったのか?』
『まって。筆頭代理は頭がアレだけどこんな無茶を突然言ったりしないよ。きっと何かあったんだよ、そうでしょ?代理』
『…でも主さまがこんなことを?本当に?』
『まさか。主さまがこの様な恐ろしいことを計画されるワケが…代理の考えた演習の設定でしょ?代理の好きそうな設定だもん』
突然の事で皆やはり不安なのでしょう、百合夜が作戦通達をした途端ざわつき始めました。是非もなし、ですの。
わたしは今、一応回線だけは繋げて現状の把握だけはしつつ、旦那さまに”ばっくはぐ”をしてもらい(させ)ながら作業をしています…旦那さまに抱きしめられながらする作業は思いの外集中できます…あと癒されます…ほぅ…はっ、そういえば今のわたしは一日の仕事終わりの後ですし、汗臭くないですかね?…少々心配になってきました…しまった…せめて”しゃわぁ”だけでも済ませてくるべきだった…これでもし、すべてが終わった後にこのことが原因で嫌われでもしたら本末転倒…ああ、やっぱりやるんじゃなかった…でも、旦那さまの腕の中は…なんとも心地良く…一日中こうしていたい…そうです、これを見事やり切ればそれも夢ではないのです!…今こそ魂を燃やせっ!ですの!うおおっ、ですの!
(ふんふんふーん。今日は待ちに待った”朔の日”。この日この時のために福音にアレを持たせたのです。ふふっ、立場を利用したようで少々心苦しいですが、上手くいった暁には特別ボーナス(徳)を奮発しましょう。あー、楽しみーって、おや?なんだかさっきからやたらと智恵からの着信が?なんでしょう?…ふふっ、でもこれから直接会えるのですからその時で良いですね。きっとびっくりしますよ、ふふふっ…あら?)
目の前には普段巫女衆が自由にくつろぐことのできる大広間があります。
福音の私室へはこの大広間を必ず通る必要があるのです。
そこには普段、テレビやソファー、テーブル、ゲーム台、無料ドリンクバーなどが所狭しと設置されているのですが、それが今日はきれいさっぱり片付けられて何もなく、がらんとしています。そして福音の私室へと通じる通路に片付けられた一切がうず高く積み上げられており、まるでバリケードの様…変ですね、大掃除はもっと先のハズ…。
そしてその中央には次席巫女の百合夜と戦闘職の巫女衆がたむろしており、それぞれ物々しい出で立ちをしています、これは?
「百合夜、いかがしました?これは一体何事です?」
ワタクシは不審に思い、集団の代表であろう次席巫女に問いかけます。正直この者は何かとワタクシを目の敵にするので少々苦手意識があるのですが、咲夜が絡まなければとても優秀な巫女ですから頼りにもしているのです。が…。
「やあやあ!我々は逆賊月読の討伐を仰せつかった、筆頭巫女代理の次席巫女百合夜と同士巫女衆四十七名。貴方の月神殿と地上を火の海にせんとした企みは既に明るみとなり申した!神妙に縛につくならよし、歯向かうならば容赦せぬ!如何か!」
こ奴はたまに何を考えているか分からない時があるのですが、今回は特に酷い。何か変なモノでも食べたり見たりしたのでしょうか?
「…ワタクシがその様な事をしないことはその方らが一番良く知っていよう。つまらない冗談だったと今なら笑って許してあげます。今日のワタクシはご機嫌ですからね。さあ、そこをどきなさい、ワタクシはその先に用があるのです」
まったく、つまらない冗談に付き合って、貴重な休みを一秒たりとも無駄にしたくないのに。ワタクシは一刻も早くあの扉を開けて地上へ…智恵と咲夜に会いに…そう思い歩みを進めると。
「主さま…情報はやはり…信じたくなかった」
「やはり情報は間違ってなかったというの?」
「主さま…なにゆえ。こうなる前に我らの中の誰にでもいい、せめて一言ご相談頂けていたなら…」
「…くっ、あ、主さまぁ…主さまご乱心っ!ご乱心っ!ぐすっ」
先ほどまで疑心暗鬼の表情をしていた巫女衆のスイッチが完全に入ってしまったようで、みな一斉に臨戦態勢に入っていきます…本当に一体どうしたと?
「逆賊月読。これが最後です。おとなしく縛につきませい!さもなくば…」
見ると百合夜の目が完全に座っています。これはいつもの冗談ではなく、本当に本気で…?
「これは何かの間違いです。一体ワタクシが何をしたと…はっ、まさかまた…」
十年ほど前、月神殿でクーデターが起きた際もワタクシに冤罪をなすりつけ、そのまま無き者にしようとした輩がいました。その時の主犯はワタクシに勝手に思いを寄せ、勝手に振られたと勘違いした結果事件を起こしたという、なんとも身勝手な者でした。まぁワタクシの”黒歴史改編の術”で咲夜と智恵が過去に戻り事件そのものをなかったことにしてくれたのですがね。もしや今回も…?
「その方ら。その情報の出どころはどこです?誰の指示です?言いなさい」
「情報提供者は何事からも保護されておる事、知っておられよう。さあさあ如何か」
「くっ、わかりました。しかたありません、今一度お互い落ち着いて話を…」
「おとなしく縛につくのだな?ならばよし。ささっ、御一同速やかに…」
この時、ふと思いました。
こ奴らと話をすれば…時間を使えば無実と分かってもらえる、冤罪であると…ですがそれにどれほどの時間を使う?ワタクシの貴重な…月に一度の、待ちに待った貴重な休日をいくら使って冤罪を晴らすのです?
一方で、言い方は悪いですが、こ奴らを今この場ですべて叩きのめせば五分…あるいは十分もあれば十分お釣りがきます。こちらの方が早期解決なのでは?と。
こやつらもまたどこかの輩にいいように言いくるめられているだけでしょうし、今後も同様の件が起きないよう、今ここでしっかりと教育をしておかなくては、と。
これは決して私情ではありません。この者たちの主として、簡単に第三者に操られないよう教育するためです。決してイライラしたから、といった理由ではありません、ええ、決して。
「…やはり気が変わりました。ここで少し稽古をつけてあげましょう、さあ全員でかかってきなさい!」
ワタクシの強気の一言で巫女衆はざわつきました。こう来るとは予想していなかったのでしょう?さあ、そのままそこをどきなさい、他人に操られて無駄に残機を減らすものではありません。そう思ったのですが…。
「…本当にこうなった…地上協力者って一体何者?どこまで見通して…?」
「信じたくなかった…でも…でも…」
「もはやこれまで…主さま、お覚悟を…ぐすっ」
「各々方!御覧の通り説得むなしく、もはやこれまで!いつものお優しい主はお隠れになった!目の前のコレは月神殿と地上に仇成す逆賊!御一同お覚悟を!」
「「「応っ!!!」」」
本当に今日は一体どうしたと!
「各々方、作戦いの一番、陣形一のい。逆賊月読を一歩たりともあの部屋に近づけてはなりません!我らは既に背水の陣なのです!我らの後には惨劇しか待っておらぬことをしかと心得よ!」
「りょーかい、代理」
「わ、わかりましたぁ」
「ど、どうして…主さまぁ…どうしてこんなことに…うわぁぁあん」
こうして長い長い戦いの幕は切って落とされたのです。
「な、なぁ、今日の主さまは調子が悪いのかな?」
「そ、そうかも。わたしたちもちっともつかれてないし…」
「ああ。今日の主の不調具合ならこのまま…」
どのくらい彼女たちと戦ったのでしょう…あれからどのくらい時間が…十分はとうに…え?…かれこれ一時間…?
ふむ、なかなかやるようになりましたね…少し見直しました…ではこちらも、もう少し本気を出しましょうか…。
天才というモノは本当に存在するものなのですね。最近では一号さんと旦那さまをこの目で見て嫉妬に近い感情を持っていましたが…まさか、このわたしも、とは。
先ほど改良の時間に一時間かかると花ちゃんに言いましたところ、三時間の余裕をもらえました。おかげで、でしょうか…心と体に余裕が(しかし心も体も余裕の八割がたは旦那さまに抱きしめてもらうことで)できた結果…じゅ、十分で完了してしまいました…自分の才能が、怖い。
お師さまと巫女衆とのやり取りをずっと聞きながら作業していましたが、お互い戦いに夢中になっておりとても白熱した様子…なんだかもうすでに「もういいですの」ととても言い出し辛い雰囲気ですの。
しかたありませんよね?わたしはキチンと責務を全うしましたし、報告もしようとしたのです。ですが、わたしは空気を読んだのです、えぇそうです、空気を読んだのです。これは怠慢ではありません。決して旦那さまの”ばっくはぐ”の魅力に抗えないから、というわけでは決してないのです。あぁ、だめだ、離れられない、離れられそうにありません。しかたありませんよね?体が言うことを利かないのですから…致し方ありません、この際もう少し…時間の許す限り、作業をするフリをしつつ旦那さまに甘えるとしましょう、えぇそういたしましょう…あぁ、素敵…うっとり。
「はぁはぁ…次は陣形二のふ!そこ、弾幕薄いですよ!なにやってんの!」
「ひぃひぃ…りょ、りょーかい」
「ふぅふぅ…な、なあ…こ、これって…」
「へぇへぇ…えぇ、もう間違いありませんね…」
「「「(地上協力者の策のおかげだ!)」」」
…な、なかなかしぶとい…宝珠なしとはいえ、こちらはとっくに訓練用の本気百%ですのに…少々押されて…い、一体いつの間にここまでの実力を…実は先ほどから少々楽しくなってきて…うん?そういえば何か忘れているような?…そういえばあれからどれくらい?…え?か、かれこれ…に、二時間!?
流石に少々みんなに悪い気がしてきました…でも…でも…こんな機会は滅多にあることではありません!そうです、この”ちゃんす”をみすみす逃すことこそが、一大事ですの!…そうと決まれば…もっと…もっと、甘えることといたしましょう!全力で!…ごろごろにゃーごろごろ。
「はぁひぃ…つ、次は陣形伍のほ!作戦ふの六!こ、のぉ…いいかげん、落ちろー!」
「ひぃふぅ…そ、そろそろ、げ、限界…」
「ふぅへぇ…も、もうそろそろ、いいんじゃあ?代理ぃ…」
「へぇほぅ…た、確かに…では作戦んの十に変更!(今から地上協力者に状況の確認をします。この間無防備になりますので、わたしの護衛と弾幕を…ひそひそ)」
「「「りょーかい!」」」
な、なにかしようとしてますね…ということは向こうはそろそろ最後の大技の準備に入るハズ。ならこちらも…って、あれ?そういえば時間…あっ、さ、三時間も!し、しまった!夢中になり過ぎた!途中から楽しくなってきてついつい…も、もう手加減しませんよー!は、早くしないと智恵が…智恵が寝てしまうー!あの子、高校生のくせに二十二時には寝てしまうのにぃ!も、もう、あと何分もない…!わ、ワタクシの門限も…!こ、こんな…こんなことって…こんなことって!
『…ぜぇぜぇ…と、いうわけでして…そちらの状況は…?お姉さまは首尾よく…?』
「わかりました、今から確認してきます。少々お待ちください」
わたしはかぐやちゃんの作業の邪魔になってはいけないと、トモちゃんたちと一緒に奥の休憩室で月神殿での戦闘のサポートをしていました。
みんな上手くやってくれてる、あの時とは違う、今度こそわたしはちゃんと皆の役に立てた…そう思って若干浮かれていた…けど。
「かぐやちゃん、どう?もう出来t…な、なにしてるの?かぐやちゃん?」
旦那さまに思いっきり甘えているところへ花ちゃんが息せき切らして駆けつけて来ましたが、その表情はみるみるうちに見たこともない程の鬼の形相へ…。
「はっ!…ま、まって、花ちゃん!こ、これには深いワケが…!」
「かぐやちゃん…みんなが…あんなに…聞いてたハズだよね?…い、一体いつ…から?」
花ちゃんの両こぶしに教えていないハズの光の闘気があり得ない密度で…!こ、ここにも天才が…!あ、あんなので殴られでもしたら、福音なら残機がいくらあろうが存在そのものを消し飛ばされますし、わたしもただではすみません!おそらく向こう百年は復活出来ない程の致命傷を…あ、あわわわっ!か、かくなる上は素直に真実を伝えて謝るほかありません。その上で許しを請うしか…。旦那さまとの甘くとろけるような時間の代償がこれとは…ガクガク。
「…じゅ」
「十?…十分前ってこと?…ならこれはかぐやちゃんへのご褒美、だね…ふぅ…トモちゃんと巫女衆のみなさんには黙ってておいてあげる…でも、今度からはちゃんとすぐに報告してよ?…(もうあんなことは二度と…)」
「…はいですの」
そう言うと花ちゃんはまた大急ぎで戻っていきました…た、助かったー!そして…こ、怖かったー!
「やっぱりとっくに終わってたんだな?…変だと思ったんだ…どうしてこんなことを?…いや、これはオレも同罪だ(咲夜とずっとこうしていたいって思ってしまってたんだから)…後で一緒に怒られような」
旦那さまはそう言うと優しく微笑みながらわたしの頭を同じように優しく撫でてくださいました…もう、こんなの、好きになるに決まってる!好き!大好き!愛してる!
「…今、確認が取れました!かぐやちゃ…咲夜さんはつい先ほど無事に改造を終えたそうです。今は疲れて眠っちゃいました(お義兄さまに抱きしめられながら)。最終作戦決行いつでもどうぞ!あっ、でも、最後は作戦通り必ず…」
『さ、さすがお姉さま!待ってました!よぉーし!あの女に今こそ目にもの見せてくれる!…あぁ、お姉さまの寝顔を拝見できないことだけが心残りです…優花さん、今回の一件恩に着ます…いえ、巫女衆を代表してお礼申し上げます。この度の協力者があなたで本当に良かった。月の恵みがいつもあなたに降りしきらんことを。それからお姉さまに伝言を…ただ一言『愛している』と。以上』
…今の伝言はそのままの意味じゃなくて、かぐやちゃんが聞いたら分かる暗号みたいなものなのかな?…そうだよね、きっと。
それに最後はちゃんと作戦通りにしてくれるよね?じゃないと…まっ、そんなワケないか、向こうの方たちもちゃんと理解してるだろうし、取り越し苦労だよね?
でも、なんとかなったみたいでよかったぁ。かぐやちゃんに無理を言って色々やらせてもらったのにもしダメだったらどうしようかと…あーよかった、なんとかなった。
それにしても、昔のアレがこんなに時間を超えて役に立つなんて…みんな…みんなのあの時の犠牲は無駄じゃなかったよ、今とっても役に立ちました、本当にありがとう。今度はちゃんとそっちに逝けるようになったから…約束通り土産話もたんまりあるよ…そっちに逝ったらちゃんと謝るからね、ごめんね、そして本当にありがとう。
「各々方!確認が取れました!これでようやく…」
「よ、よかったー、これで…」
「うんうん、これで…」
「やったぁ、これで…」
「「「時間稼ぎが終わったぁ~!」」」
「あの女に引導を渡す時が来ました!」
「「「えっ?」」」
そうです、積年の恨みをすべてこの一撃に込めてやる!
長かった…わたしの目の前で愛しのお姉さまにいつもあんなうらやまけしからんことを…わたしだってしたいのに…自身の立場を悪用するあのような輩は、今ここで、わたしが討つ!そしてお姉さまはわたしがいただく!うおぉぉおおっ!人の恋路の邪魔する奴はぁ!ウサギに蹴られて逝っちまえぇ!
「な、何言ってるの、代理」
「だ、ダメだ、ちゃんと作戦通り…」
「そうだよ、最終作戦は”主さまを再説得”のハズでしょ?それにそんな攻撃が今更効くわけが…」
「だまらっしゃい!今まさにあの逆賊を打つ千載一遇のチャンスなのですよ?それをみすみす…これで、最後だぁ!くらえぇ!”真!流星兎脚”!!」
「そ、そんなに出力を上げた状態でそんな大技を!?…くっ、これは避けるとこの居住区が…ですが受けきるには流石に少々…このままでは…うん?…あ…あぁっ!」
同士が口をそろえて言うように、わたしの渾身の一撃は見事に防がれてしまいました…が、あの女にはなにやらダメージがあったようで、俯いてフルフルと震えています。よし、もう一撃…今度こそ!
「や、やりましたね?よ、よくもこれを…ワタクシが丹精込めて作った…大事な逸品(智恵と咲夜の仲良しデフォルメ二頭身ラブリー根付)を…とっても苦労して…とっても出来が良くて…ワタクシの最高傑作で一番のお気に入り…二人に会えない日も…公務でへとへとに疲れた時も…これで…それなのに…よくも…よくも!…きっ!第一段階封印解除っ!」
ぶつぶつと何やら言ったかと思った次の瞬間、あの女からこれまでとは比較にならない程の心力が…戦闘力の桁が大幅にアップして?…こ、こんなことが?
「もう許しませんよ、あなたたち!」
あの女から発せられる圧力に先ほどまで互角以上に渡り合っていた戦闘職の巫女たちはガクガクと震えだし、みなペタリとへたり込んでしまいました…かく言うわたしも体が言うことを利きません…こ、こんなことって。
「ほ、ほらみろ代理ぃ。ちゃんと作戦通りにしないからぁ」
「そ、そうだよ…せっかく上手くいってたのにぃ」
「ど、どうするんだよ、代理ぃ。あんなにお怒りの主さまは初めてだぞ、どうするんだよぉ」
「ま、まだだ…まだ終わらんよ…もう一撃…」
皆は諦めモードに入ってしまいましたが、今を逃せば…しかし。
「終わりですよ、百合夜」
「な、なにぉお…」
「ワタクシは封印を後、二段階残しています。この意味は流石にわかりますね?」
「「「ひっ!」」」
衝撃の事実を聞き、皆完全に戦意をそがれ…気が付けば自然と最敬礼の姿勢をとっていました。
「も、申し訳ございませんでした。しかしこれには深いワケが…」
「そ、そうです。主さまが危ういお立場でしたことは紛れもない事実でして…」
「わ、わたし達は地上協力者に策を授かって、主さまの暴走を御停めしようと…」
「…ぐぬぬっ、む、無念。もはやこれまでか…主よ、すべての責任はわたしにございます。此度の一件はどうかわたしの首一つでお手打ちを…お姉さま、これにておさらばでございます…」
わたしを含め、すべてのものが戦意をそがれたことで勝負は決しました。わたし達は負けたのです。きっと、わたしは自身の主に皆を先導して騒動を起こした責任を取ってお手打ちになり、それで一件落着です。ですが後悔はありません。最期にお姉さまのお役に立てたのですから…後悔は…後悔は…あるに決まってます!ここでわたしが散ればお姉さまは悲しんでくださるでしょうが、お姉さまはあの女のものに…その後きっと無理やり手籠めにされ…お可哀相なお姉さまは毎日泣いて暮らす日々を…(愛しい)わたしが返り討ちにあったがばかりに…死んでも死に切れません…か、かくなる上は!
わたしが一人でブツブツとどのようにしてこの女を道ずれにするかを思案している間、皆がようやく落ち着きを取り戻したこの女に一切合切の説明をしてくれました。
「…なるほど、話は分かりました。つまりはワタクシの勘違いがこの様な結果を招いていたのですね。そしてその方らは主の間違いを文字通り体を張って止めた忠臣、であると」
「そ、そうなのです。それで地上協力者の策だと、あそこまで主さまを追い詰めることができれば、今度はきちんと話を聞いてくださるはずだから再度説得を、と…ですのに代理が…」
「暴走して…結果、こうなった、と。ふむふむ」
なぜでしょう、あの女を含め同士たちまでわたしを残念そうな目で見ます。
「そなたたちは忠臣であるに間違いはありません。が、主を謀反人扱いして襲い掛かったのも事実…一方でワタクシもそなたたちの忠言に耳を貸さなかったことも大きな一因。では、ここはひとつ喧嘩両成敗、そういう設定の戦闘訓練をした、ということにしておきましょう」
にこりといつもの優しい笑顔で事件をうやむやにしようと提案されましたが、そういうわけにもいきません。
「い、いけません。我々が自身の主に徒党を組んで襲い掛かったのは紛れもない事実。代理は自分の首一つで、と言いましたが、やはりここは連帯責任で…」
「な、何を言うのです。なりません、連帯責任などと。わたしは皆を利用したのですよ?確かに大義名分はありましたが、それでもあなたたちを利用してこの女…主を討ち取ろうと画策を…そんなものをただ許しては後の遺恨となります。主よ、どうかわたしの首一つですべて丸く収めて頂きたい。手前勝手とは十分承知しておりますが、伏して、伏してお願い申し上げます」
そう、もしここで何のお咎めもなければ、この話を聞いた不逞の輩が同じようなことを画策し、今度こそ大事件になる恐れもあります。必ず誰かに責任を取らせて見せしめにせねば…そしてそれは皆を引き連れたわたしの役目なのです…責任者は責任を取るために存在するのです…ですのに。
「そうは言いますが、これは戦闘訓練でしたからね。ワタクシは最初に言いましたよ?”稽古をつけてやる”と。皆、ワタクシが満足できる実力を見せてくれたこと、嬉しかったですよ。今後も鍛錬を怠らず、ワタクシに仕えなさい、以上解散」
そうあの女は言うと、いそいそと例の取っ手の取り付けてあるあの部屋へと向かいました。
皆はというと、破格の扱いに感極まったのか、涙を流して抱き合っています。その様子から今後もますます忠誠を誓い、あの女に喜んで仕えることでしょう。
わたしは器の違いをまざまざと見せつけられ、悔し涙を流しました。ですが、お姉さまは渡しません、それとこれとは話が別です。この決着はいずれ…あれ?そういえば、何か言い忘れているような?何だったっけ…?
その疑問はすぐ解消されました。あの女の叫び声を聞いて。
ああもう、まったくもう…それならそうと最初に言えばいいのに…って、ワタクシがイライラしてたから…でも、もう少し穏便な方法は…ダメだ、あれ以上穏便だとワタクシがあの者たちをすり抜けて大爆発…あっ、もしや、智恵のあの沢山の着信はこのことを…となると、やはり今回は全面的にワタクシが悪かったのですね…今後は何事もよく確認することといたしましょう…さあ急がねば…あの子はもう仁殿の店からとっくに帰宅しているでしょうね…もしやもう寝てしまって?…ですが、こんな騒動があったのです、もしかするとまだ仁殿の店に居残っているやも…なんにしても、この扉を開けて地上へ行けば…。
今後は何事もよく確認する…そう先ほど自分に言い聞かせたのに、なぜ今そうしなかったのか、悔いても悔やみきれません。
「智恵ー!咲夜ー!ワタクシが来ましたよー!…って、あれ?」
「(び、びっくりしたー!どきどき)…お帰りなさいませ主さま、門限ギリギリでしたね。休暇はご満足されましたか?ささっ、床の準備も出来ております故、ごゆるりとお休みくださいませ。ではまた明日お伺い致します。ぺこりばたん」
扉を開くとそこは地上ではなく、いつものわたしの私室。突然現れたワタクシに傍仕え当番の巫女は少々驚いたようでしたが、動揺を見せないよう淡々と業務をこなし、帰っていきました。
そしてぽつんと一人あとに残されたワタクシ…わ、ワタクシの…とても楽しみに…これだけを…そ、そん…。
「そんなぁー!なんでぇー!どーしてぇー!こんなぁー!ともえぇー!さくやぁー!うわあぁあん!」
この叫び声は巫女衆居住区にも響き渡り…わたしは小さくガッツポーズをしたのでした。
そう、最後に言い忘れていたこと、それは…『万が一巫女衆が突破されたときに備え、取っ手に触れると触れた者に登録されている自身の部屋へと強制転移される』というトラップのことだったのだ。
本来は最終作戦であの女への説得が成功した時点でお姉さまへ報告し、トラップを解除していただく寸法でしたが、流れ的にお姉さまへの報告はされず、結果トラップも解除されず、よってあの断末魔…これを聞き、少しだけわたしの溜飲が下がりました、さすがわたしの愛するお姉さま。これも計算に入っていたのですね?素敵すぎます!好き!大好き!愛してる!
後日、お師さまはきちんと正式な外泊許可を取得し、閉店後の旦那さまとわたしの愛の巣にご降臨なされました。
その際にはカチカチに固まった旦那さまに労いのお言葉をかけられ、レイさんからは前回言えなかったお礼を伝えられ、くすぐったそうにされておいででした。
また、レイさんの渾身のお茶といつもの和菓子をお出ししたところ、とても高評価を得て、ご兄弟二人してうれし涙を流しておりました。
その後、お二人は近くの”びじねすほてる”に泊まるからと、店をまるまるわたし達に一晩貸し出してくれました。そうです、一度やってみたかった、あの噂の”お泊り女子会”です。
そうそう、お師さまのお供として百合夜が同行してきました。
普段あの子はたとえお師さまの前であろうが、所かまわずわたしに抱きついてきておりましたが、今回はわたしを一目見て一瞬だけ喜んだだけで、そのあとは従者としての役目をそつなくこなしていました。やはりうちのポンコツ共とは全く違い、デキる子なのです。
そんな中、話はこの前の騒動の話題になり…。
「そうか、地上協力者とは優花殿のことであったか、なるほどなるほど、道理で」
「わたしも神様と知恵比べが出来て本当に楽しかったです」
「ふむ、さすがは満兵衛殿、といったところか。のう、百合夜」
それまで二人の会話など一切聞かず、ここぞとばかりにわたしにべったりと甘えていた百合夜でしたが、このセリフにはすぐさま反応し、信じられないものを見たような表情をしました。
「あ、主…い、今なんと?」
「ん?聞いておらなんだのか?満兵衛殿ですよ?そなたが永い間探し求めていた中竹満兵衛その人ですよ?…知らなかったのですか?」
そう言われて百合夜は”遠見の術”でジッと花ちゃんを見つめます。むろんわたしも。しかし何分わたしも百合夜もお師さまのように百年以上先の遠見の術はまだ使えず、じれったいようにお師さまを見つめますが、お師さまは優しく頷くばかり。そして当の花ちゃんは少々照れ臭そうにしています。
そういえば、わたしが佐吉さんの転生体を探していたのと同じように、百合夜もどなたかを探しているようでしたが、花ちゃんのことだったのですの?
「ゆ、優花、殿…つ、つかぬ事をお伺いいたしますが、ま、誠に?誠に中竹満兵衛さま…なのですか?て、転生されていらしたのですか?い、一体いつの間に?わたしはずっと死者の転生を確認していましたが、満兵衛さまは一向に現れず…」
「? は、はい。かれこれ四百年前でしょうか。色々と紆余曲折ありまして、そう名乗っていた時期もありました。それにわたしは転生していません。本当はかぐやちゃんや福ちゃんと同じ時代の人間なんです。それこそ千二百年前の、ね」
それから花ちゃんはゆっくりと当時の話を始めました。自身がなぜ千二百年も生きてきたのか、その間なにがあったのか。わたしにとってはとても耳の痛い話でしたが、お師さまが優しく頭をなでてくださいました。あの時の旦那さまのように、愛おしそうに。
「そうでしたか…その様なことが…わ、わたしです。あの辺鄙な村のゆりです。ずっと、ずぅうっとお探ししておりました」
「ゆ、ゆり?…ご、ごめんなさい、覚えてはいないです。探していたのですか?わたしを?…満兵衛を?」
「は、はい…しかし覚えておられないのも無理はありません。幼い頃にほんの一言二言話しただけでしたから…ですが、わたしは今でもありありと覚えております。あの時…そろそろ寒くなる季節にわたしたちの村に山賊が現れたのです。村の冬を越すための備蓄をすべて奪われ、男は殺され女はさらわれ家々に火を放ち…そんな時に偶然満兵衛さまの軍が通りかかり、山賊を根絶やしにしてくださいました。わたしはその時に助けていただいた村娘の一人なのです」
「冬…山賊…あぁ、あの山奥の小さな村の…村娘?…村娘は確か全員…あっ、待って?確か幼子が一人納屋に…もしや?」
「はい、その幼子がわたしです。当時まだ幼かったわたしを母が納屋に隠してくれて難を逃れました。ですが、わたしが納屋で縮こまっているうちに、山賊どもの放った火が納屋にも迫っておりました。飛び出せば山賊に見つかり、母が隠してくれたことが無駄になると子供心に考えて…このまま焼け死ぬんだと恐怖していたところ、満兵衛さまに助け出していただき、事なきを得たのです」
「確かその後、その幼子は部下の誰かの養子に…」
「はい、お侍様に養っていただけたおかげでそこそこ不自由ない暮らしを送ることが出来ました。そして、物心ついた頃に養父にその時のことを何度も聞かされて…だからでしょうか、当時のわたしの夢は満兵衛さまのお嫁さんになることでした。でも…」
「くすっ、そうだったんですね。…当時は死ねなくなったこの体を疎ましく思い、男と偽って戦場に出ていたのです。どうにか死ねないものかと…でも、いつの間にか”天才軍師”なんて担ぎ上げられて…死にたいハズなのにお味方を死なせないように策を練ったりして…でも結局みんなわたしを残して…その内に”おサルさん”に男装がバレて、愛人にされそうになったので、頃合いを見計らって病死したように見せかけて姿をくらましたんです。この時は黒兵衛さんにも手伝ってもらいました」
「…うん?中竹満兵衛におサルさんに黒兵衛?…あっ、もしかしてそのおサルさんと黒兵衛って、この前じんにーとれいちゃんが大海ドラマ観て盛り上がってた、あの?」
「うん、下木藤良郎さんと官田黒兵衛さんのことだよ。わたしも二人と一緒に観たけど、テレビで自分の事のお芝居を放映されるのってなんだかくすぐったくって…でもあれってだいぶ美化されてたし…実際はあんなにかっこよくは…」
話を聞く百合夜はどこか寂しそうでした。
「そうだったのですか。わたしが年頃になっていざ満兵衛さまのお嫁さんにって…例え正室でなくとも側室でもなんなら愛人でも、それでもダメなら女中でも、と。とにかく満兵衛さまのお傍にお仕えしたかったのです…しかし、お屋敷に着いた時には既に亡くなったと聞かされて…当分泣いて過ごしていました。が、これではいけないと。満兵衛さまにあの世で会って恥ずかしくない人生を送ろうと思い直しました。そこで満兵衛さまのようになりたく、懸命に勉学に励み、その縁で知り合った私塾を開く貧乏学者に嫁入りし、たくさんの方たちに学問を教え、その生涯を終えました。そしてその生前の功績が認められて巫女となれたのです」
なんとも健気で立派な人生を送ったのですね、二人とも。
わたしはといえば、佐吉さんと出会うまでは感情のない機械のようなモノで宇宙海賊などしてみなさんにご迷惑を…それに折角佐吉さんと出会えて結ばれるとなった矢先に、アノ帝の身勝手。そして佐吉さんと結ばれないとなった時には自棄を起こして、佐吉さんを一人残して月に自首する始末。
もしもあの時、わたしも二人のように、もっと懸命に抗ってみせていたなら、いつだったかお師さまが教えてくださった、佐吉さんとの幸せな毎日が待っていたでしょうに…なんと愚かな…そして、二人のなんとまぶしい事か。
そんなことを考えていましたら、お師さまがまた先ほどのように頭を優しく撫でてくださいました。お師さま、本当にいつもありがとうございます。
「うんうん、何と健気な。どうです百合夜?今からでも遅くはありません。咲夜をきっぱりと忘れて満兵衛殿に切り替えてみては?にまにま」
めずらしくお師さまが巫女を相手に冗談を言います。本当に珍しい。つまりそれほど百合夜との間に信頼関係があるのでしょう。少々うらやましくもねたましくもあります。
そして当の百合夜はというと、キッと一瞬お師さまをにらみ返しますが、しかしこれまた、お師さまの冗談を真に受けたかのように、迷いがあるようなしぐさをします。演技とはとても思えないすばらしい表情です。なるほど、お師さまがからかうのもよくわかります。
「ぐっ…また、この女は!…しかし、確かに…いえいえ、わたしにはお姉さまが…ですが満兵衛さまも捨てがたく…はっ、そうだ!」
難しい顔で色々と思案していたところ、妙案が浮かんだようで。
「満兵衛さま!もしも満兵衛さまが巫女になられた暁には、わたしとお姉さまと三人で末永く幸せに暮らしませんか?ええ、そうです、それが良い、そういたしましょう!」
なにをおバカなことを…しかしまあ、今は楽しい女子会です。このくらい羽目を外すのがちょうど良いのかもしれませんね。それならば…。
「良い案です、百合夜。どう?花ちゃん?そうしてみる?」
「え?ええぇ!?かぐやちゃんまで一体どうしたの…?」
「やったー!お姉さま、げっとです!さあさあ、あとは満兵衛さまだけ…」
「だ、ダメです。百合夜、優花殿はゆずりましょう、しかし、咲夜はダメです。あと智恵も!ダメ、ぜったいだめ!」
「やだもう、つくよみちゃんったら…わたしにはじんにーが…」
「あ、あのぅ、お二人とも?…あ、アタシ、は?」
「「いらない」」
「なんでだよ!」
ふふっ、お師さまもこの場の雰囲気を理解しているのでしょう、百合夜のおバカな提案にも、福音のわざとらしいボケにもまんまとのっかったようにみせて、更に場を盛り上げてみせました。
その後も色々と女子会ならではのコイバナに花を咲かせ、そしていつしか皆眠りについたのでした。そう、いまのように…いまのように?
「おい咲夜、そろそろ起きろ?もうじき降りるぞ」
いつの間にか眠っていたようで、先ほど眠っていた旦那さまにあべこべに起こされてしまいました…わたしが…眠っていた…のですか?…また?…最近のわたし…少し変ですね?
バスを降りた後、ぽててんぽててんと海岸沿いから山道に向けて歩いて行くと、旦那さまの予想通り昼過ぎには目的地に到着したのです。
海沿いにある小高い丘の上にその小さな社はありました。隣には掘っ立て小屋のようなものがあり、どうやらその社を管理している者が住んでいる様子です。
「えーっと、佐吉の記憶によると…この社はダミーで…ここからもう少し進んで…あれ?」
「旦那さま?どうかなさいました?…あの方は?」
「じんにー?…あ、ああっ!あ、あいつ!な、なんでこんな所に?が、ガルルルル!」
バスで花ちゃんと何やら話をした後からめっきり元気を失いふさぎ込んでいた智恵さんでしたが、今度は打って変わって今にも飛び掛からん程に興奮し始めました…お二人のお知り合いの方ですの?
つづくよ




