勝った、勝ってしまった!って何にだよ!?
(はぁ…これを読むのですの?…少しなら自分で変えても良いと?それでしたら、まあ…では…こほん)
みなさん、お元気でお過ごしでしょうか。
喫茶店『月の涙』の看板娘でありオーナーの婚約者でもあります咲夜ですの、ご無沙汰しておりますの。
当店はスイーツセットとカレーセットで特に有名で、わたしを筆頭とした美少女3人の店員がお出迎えし、美男の娘(というのですの?)が淹れるお茶があなた方を癒しますの。
そして、愛しの旦那さまの婚約者であるわたしは今…
「はいレイさん、あーん」
「あーん。むぐむぐ…あー甘くて美味しいミカンだね。じゃあお返しに、あーん」
「あーん。むぐむぐ…ふふっ、ホントおいしー」
「ぐぬぬっ、ユウちゃんもれーちゃんも余裕かましちゃって!ほら、さくやちゃん早く引いてよ!」
「しかし二人共ババ抜きホント弱いよな。何回やっても最後はいつも二人の泥試合になるんだから…」
わたしは今、わたしから愛しい旦那さまを奪おうと日々画策するドロボウ猫…もとい愛人一号…もとい智恵さんとの真剣勝負の真っ最中ですの!
「こ、こんなハズでは…ぐぬぬっ、せ、せめて一号さんにだけは…あ、ああっ!」
「や、やったー!はい、またさくやちゃんの負けー!これで10連敗だね、罰ゲームはっと…3位の人がデコピンだって!じゃあじんにー、思いっきりやっちゃって!」
「…悪いな咲夜、じゃあいくぞーそれっ!ズドンっ!」
とてもデコピンとは思えない音と共に強い衝撃がわたしの頭を揺らします。月神殿筆頭巫女であるこのわたしにここまでのダメージを与えたということは…。
「ぎゃっ!いつっ…だ、旦那さま、今のはデコピンの音じゃ…身体強化を使いましたね?ギロリ」
「ははっ、咲夜以外には使わないよ、君だけの特別仕様さ。キラーン(…さすがにちょっとやり過ぎかな)」
「も、もう、そ、それでしたら?ま、まあこれでも?…もじもじ」
「「「(ちょ、チョロ過ぎる!)」」」
「あー!ず、ずるい!わ、わたしもじんにーの特別のがいいっ!」
「「「(え、ええっー!?)」」」
「ふふふっ、試合に負けて勝負に勝つとは正にこの事ですの。“葉っぱを取られた子ウサギ、ニンジンを得る”ですの。日頃の行いの結果ですの。一号さんとは違うのです、一号さんとはっ!これはお師さまがいつもわたし達含め地の民すべてを公平に見て下さっているという何よりの証。ああ、お師さま、咲夜はいま改めて深く感謝申し上げます」
わたしは悔しがる智恵さんを横目に、これ見よがしに月に向かって感謝の祈りを捧げます。
「そ、そんなぁ。つ、つくよみちゃん!次はわたしにじんにーの特別が当たりますように!」
はっとした表情をした後、わたしを真似して月に向かって一心に祈りを捧げる智恵さん。
もっとも、お師さま…月の女神月詠さまには地の民のこの様な遊びにまで干渉されるほどのお暇はありませんが、横目で智恵さんの悔しそうな顔を見れたのでとても満足です。
わたし達は今、デンシャに乗ってガタンゴトンと移動中です。
旦那さまの前々世の佐吉さん…わたしの千二百年前の婚約者の残した遺品の回収に向かっているのです。
と同時にその近くにあるという花ちゃんの…今は優花と名乗っています、これまたわたしの千二百年前からの親友のご家族のお墓参りも兼ねているのです。
「も、もう一回やろう?ね、ね?」
「望むところですの!今度こそわたしが勝ちますの!」
「何回やっても同じだと思うケドなぁ、ねぇ?」
「そうそう。ともちゃんもかぐやちゃんも顔に出過ぎなんだから…」
「「えっ!?」」
「やっぱり気づいてなかったんだな二人共。さて、ぼちぼち目的の駅に到着するから次が最後だぞ?」
「うん!」
「はいですの!」
「ユウちゃん忘れ物ないかい?」
「大丈夫そうです、レイさん。お義兄さまは?」
「オレも大丈夫そうだ、二人共そろそろ降りる準備を…」
「うんわかってるよじんにー!ほら、さくやちゃん早く引いてよ!」
「こ、こんなハズでは…ぐぬぬっ、せ、せめて最後くらい一号さんにだけでも…あっ、や、やっ…!」
「や、やったー!わたしの負けー!よーし、これで後はじんにーの特別さえ引けば…ん?四位からデコピン?…ってことは?ごくり」
「ふふっ、そんなに特別が良いのでしたらわたしの特別の一撃をお見舞いしてあげましょう、お覚悟はよろしくて?」
「そ、そんなぁ、こんなのってないよぉ!つ、つくよみちゃーん、つくよみちゃーん!」
「…あまりお師さまの名を普段から軽々しく使うものではありませんの。良い機会です、この際その貧弱なお身体に少々教え込まして差し上げますの!」
わたしの最も敬愛するお師さまに対して度重なる、あまりにも馴れ馴れしい態度に流石にイライラしてきました。
確かにお師さまと智恵さんはとある事故により行方不明となった10年間、一人の身体の中で意識を一つにして過ごしたことから、今では互いに自身にもっとも近しい人物となったからなのでしょうが…いえいえ、それすらもうらやまけしからんことですの!…とはいえそれはわたしの修行不足…不注意によるものですのでそこはあまり強く言えず…いえいえ、やはり許すまじ!智恵さんばかりずるい!お師さまも旦那さまもわたしから奪おうとするなんて!ずるいずるい!
「先日は暴走状態とはいえこのわたしを一瞬でも超えたのです、これくらいは耐えられて当然、ですの!」
つい先日、愛しの旦那さまのお店に悪漢共が土足でどやどやと押しかけた際、なんやかんやありまして、旦那さまが倒れてしまいました。それを目の当たりにした智恵さんは冷静さを失った結果暴走状態となり、あろうことか月の秘術を悪漢とはいえ地の民の一般人に向けたのです。
当然そんなことになればお師さまの御名に傷をつけてしまいます。そこで仕方なくわたしが智恵さんと同じ術を使って取り押さえようとしたところ、なんと力負けを…やむなくお師さまに禁じ手とされた暗黒拳を使いどうにか取り押さえることができました。しかしそのせいでその後始末書を書かされた事もお小言を頂いた事も決して忘れてはおりません!
確かに智恵さんはお師さまが今最も推している心術士ですが、如何せん知識も経験も足りていません、そこで…。
「そ、それってこの前つくよみちゃんに教えてもらったばかりの光の闘気!…ね、ねぇさくやちゃん?そんなのでデコピンなんかされたら…この前のふくねちゃんみたいに!ぶるぶるガタガタ」
「ええ、何も対策をしなければその可愛らしいお顔がザクロの様に…ですの!あ奴の様に鍛錬不足でも、ですの!無様をさらして旦那さまと今生のお別れとなるのがお嫌でしたら、さあ、耐えてごらんなさい!」
「む、むりムリっ!そんなこと急に言われても…じんにぃ、何とか…」
「お、おい、咲夜、ソレは流石に…」
「ほら、そうやってすぐに他人に頼って逃げる!頼るな、逃げるな、とは言いません。それに、わたしが言うのもなんですが、その結果がこの前の様になってもよいのですの?それが智恵さんの望む未来ですの?その様な有り様では旦那さまともこれっきりですの、それでもよろしくて?」
「う、ううっ…い、嫌だ!じんにーのお嫁さんに、わたしはなるのっ!よぉーし、ばっちこい!」
そう言うと智恵さんは拙くも全身に光の闘気を纏います。うん、我が強敵手ながらあっぱれ!
「お、おい二人共…ホントにやめ…」
「その意気や良し!…そうそう、いいですよその調子ですの、そのままそのまま…それっ!ドゴンっ!」
「んぎゃっ!…バタンきゅぅ」
智恵さんはわたしの一撃を見事防ぎましたが、強い衝撃を額に受けた為か目を廻してその場に倒れてしまいました。
といってもこれだけでも十分称賛に値します。今の光の闘気のデコピンはわたしの全力の五割程でしたがアレをしっかり防ぎきるとは…月神殿で同じことができるものが一体あと何人いることやら…。
認めたくないものですね、何百年と修行した自分と素人同然の恋敵との力の差がほぼないというものは…。
「トモっ!おい咲夜、いくら何でもやり過ぎだぞ!」
「そ、そんな旦那さま。これくらい智恵さんなら…それにこれは智恵さんの為に…」
いつも温厚な旦那さまに目くじらを立てて怒られてしまいました。
こういった時はスキンシップも含め軽いゲンコツまでがセットなのですが、今日はそれがありません。つまりそれほど本気で怒っているのでしょう…悔しいですがいかに智恵さんを旦那さまが大事になされているかがよく分かります。
わたしはあの日からお師さまに成り代わり智恵さんを次世代の筆頭巫女へと導く覚悟で接しているだけですのに…ですのに…ああ、お師さま、これもわたしがこれまで積み重ねて来た罪への対価なのでしょうか?だとしてもこれはいくら何でもあんまりです。
「レイ、すまないけどトモの分の荷物持ってくれるか?オレはトモをおぶっていくからさ。さっ、みんなそろそろ降りるぞ」
「う、うん、わかったよにいさん」
「(かぐやちゃん、今のはちょっとやり過ぎだよ?)」
「(うう…智恵さんであればあの程度はと思ってつい…って、あ、ああっ!)」
ふと見ると気を失って旦那さまに背負われていた智恵さんとバッチリ目が合いました!
そう、とっくに気が付いていたのです!もしかしたら最初から気絶なんてしてなかったのかも!その証拠に目が合った瞬間に黒いいやらしい笑顔でにたりと一瞥し、次の瞬間には狸寝入りです!く、くやしー!
「じゃあ今日はこのホテルに泊まって明日の朝ロビーに集合な。ユウちゃん悪いケド、トモを頼むよ」
「お任せくださいお義兄さま。レイさんおやすみなさい、ほらかぐやちゃんもこっち」
「あ、あの、旦那さま、わたしはホントに…いえ、なんでも…おやすみなさいまし」
わたしの言葉に旦那さまは返事もせず行ってしまいました、こ、こんなのって…。
二人が居なくなった後、花ちゃんが先程旦那さまが寝台にそっと寝かしつけた智恵さんをゆさゆさと揺さぶります。
「ともちゃん、起きてるんでしょ?ともちゃんもやり過ぎだよ?かぐやちゃんにあやまらないと」
そう言われ、ムクリと起き上がりこちらを見るや。
「ごめんね、さくやちゃん。まさかあんなにじんにーが怒るなんて思ってなくって。すぐに大丈夫だよって言おうとしたんだけど、久しぶりのおんぶ(おっぱ)があんまりいい香りで気持ち良かったからつい…」
軽い感じでテヘペロって具合にへらへらと謝罪され更にイライラします、ホントにわたしをイライラさせるのが上手い小娘ですの!わたしだっておんぶされてみたいのに!ずるいずるい!
「…でしたら明日の朝一番に旦那さまにそう説明してくださいまし。わたしも今日はつかれましたので、これにて」
バタンと二人の部屋のドアを閉め、自分にあてがわれた部屋へと向かいます。
今日のお宿は“びじねすほてる”というらしく、二人部屋二部屋と一人部屋一部屋がなんとか取れました。本来なら誰と誰が同じ部屋になるかをまたみんなで楽しくゲームでもして決めるつもりでしたのに、それもできず流れで当然のように、旦那さまとレイさん、智恵さんと花ちゃん、そしてわたしが一人というなんとも味気ない事に…もう今日は踏んだり蹴ったり!せっかくの“だぶるでーと”の“うれしはずかしお泊り会”ですのに!みなさん何も分かってない!ぷりぷりっ!
こんな日はサッサとふて寝するに限ります。丁度都合よく一人部屋ですしね!
とはいえ、わたしは例の“死ねないクスリ”の影響で本来食事も睡眠も必要ない体です。
こうして布団に入って目をつむりってもそのまま…朝が来るのをただじっと待つだけですから…夜は嫌い…せめて…いつもの…ように…だんなさまの…おふとんに…こっそり…もぐり…こんで…ねがおを…ながめ…なが…ら…ぐーっ。
人は睡眠中に脳内で情報を整理するのだそうです、それが夢となったりするんだとか。
この前てれびの“木鈴のおもろいゼミナール”でそんなことを言っていたような…
だからでしょうか、この前の出来事を思い出しながら、いつの間にか、いつ以来か、夢を見て眠っていたのです。そう、つい先日の…智恵さんとわたしに絶望が訪れた日のことを。
あの日、福音がわたし達の前に表れ嵐のように去って行った後、帰宅が遅くなると自宅に電話した智恵さんは絶望した表情で既に通話の切れた受話器を握りしめ突っ立っていました。
「もういや!なんで父さんはあんな事ばっかり言うの?こんな事ならつくよみちゃんに頼んだりしなかったのに!もうっ、父さんなんて…大っ嫌いっ!うわあぁん!」
十年ほど前、智恵さんのご両親は家族でのドライブの帰り道、不慮の事故で亡くなりました。更にその後、天涯孤独の身となった智恵さんでしたが、先代…旦那さまの父君に引き取られ、今度こそ幸せをつかむハズでした。ですがそこへ、お師さまと私を乗せた操作不能となった宇宙船が智恵さんのアパートに直撃し、せっかく事故で助かった自身も瀕死の状態に…。
しかし、慈悲の女神でもあるお師さまはその身を使って幼かった智恵さんと同化することで助けたのです。わたしは最後まで反対しましたがね…。
ですが、わたしの修行不足のせいでお二人のその後の所在が不明となり、十年かけてようやく旦那さまのお店で発見したのです。
そしてその際、十年間よくがんばった智恵さんへのご褒美として、過去に戻り両親の事故を未然に防ぐ機会を与えられ、なんと僅か五歳がそれを成し遂げたのです。
ですが、当然両親は本来死んでいた自分たちが幼い娘に助けられた事実を知る由も無く。故に娘とお師さまに感謝などするわけもなく…。
「ど、どうした?叔父さんなんだって?今すぐ帰って来いって?ならいつもの事じゃ…」
「ち、違うの!いつもはもっとこう…でも今日は…雰囲気もなんだかヘンで…」
「どう変だったんだい?」
「…もうじんにーのお店に来ちゃダメだって…それに優秀な家庭教師が今日から来てくれることになったから外出は学校と家の往復だけだって…そ、それに…」
「それに?」
「そ、それにね?が、学校卒業したら父さんの決めた許嫁とすぐに結婚だって!そんな人がいるなんて今まで聞いたことも!…も、もう嫌だ!…ねえっお願いじんにー!わたしと一緒にどっか遠くに逃げて?逃げよ?ねぇお願い!」
智恵さんはわんわん泣きながら事態を説明し、旦那さまに無茶なお願いをします。
駆け落ちと言えばそうですが、それでは旦那さまは未成年者誘拐犯になってしまいますし、何よりわたしがそんなことはみすみすさせません。まったく、なんとも図々しい火事場泥棒です!
旦那さまもそんなことが出来るはずがない事がよく分かっているようで、どうしてよいのか分からずただただ智恵さんをなだめる事しか出来ないご様子。
しかし…ふむ、このままにしておけばこの厄介者を難無く排除でき、ようやく誰にも邪魔されず、わたしと旦那さまのらぶらぶ生活を満喫できる、と。…うん、悪くないですね。
ですが、妙です。
わたしは智恵さんが過去のやり直しをする際、お師さまに同行を命じられ、一緒に過去に行きました。
その際に見た両親…特に父君は確かに親ばかで子煩悩でしたが、ここまでではなかったハズです。それにあの母君ならこの父君の暴走とも言える暴挙を必ず止めるハズですがこれは一体?
となれば、あと考えられるのは…ふふっ、ああなるほど?あ奴ですか…それしかありませんね…まったく、あ奴もたまには良い仕事をするではないですか、ふふふ。今回ばかりは褒めてあげても良いですね、くすくす。
であればわたしもこの状況を上手く活用しなければなりませんね、ここは慎重に…。
「それにね?なんでかその家庭教師がわたしのことを“さすとも様”って呼んでるらしくてね?」
「あっ!」
思わず声が出てしまったわたしに皆が注目します。しまった、わたしのばかバカ大馬鹿!ここ一番でやらかしてしまう癖がよりによってこんなところで!
「おいまさか?」
「ね、ねぇ、さくやちゃん。こ、これってまさかつくよみちゃんが?つくよみちゃんに言われて?な、ならちょっとつくよみちゃんに…」
そう言うや智恵さんは指をこめかみに当て、何やら集中し始めました。
いけません!この様な事でお忙しいお師さまのお手を煩わせるわけには!まったくこの小娘はそんなことも分からないのですか!
智恵さんとお師さまは十年を共に過ごした事から、今ではお互いをもう一人の自分の様に考えることがあります。そのせいか智恵さんはやたらと月の女神であるお師さまにとても気安く接するのです、まるで幼馴染の親友の様に。本来ならばお目通りすら叶わない身でありながらなんともあつかまうらやまけしからん行為です。
しかもあの時…過去を上手くやり直せたご褒美として、なんと智恵さんはあろうことかお師さまとの直通回線の使用を許可されているのです。わたしは未だにもらえていないのに!やっぱり智恵さんばかりずるいずるい!
致し方ありません、この状況を上手く使えばこの火事場泥棒を楽々排除できましたが、お師さまのお手を煩わせるくらいならば…。
「…いえ、この件にお師さまはまったく関係ありません。おそらく…」
「おそらく何なの?つくよみちゃんでもさくやちゃんでもないなら一体誰が…あっ!まさかさっきの?」
ちっ、やはり気づきましたか、まったく勘のいい小娘ですこと。
「…おそらくそうでしょう。まったく、だからあやつは!」
“あやつ”というのは先程別れた福音のことです。
福音は人の言うことをあまり聞かず、自分流に解釈して突っ走る悪い癖があるのです。そのせいでわたし達がこれまでどれほど苦労し、尻拭いさせられてきたことか!
…まあ今回は稀に見る“ふぁいんぷれー”でしたがね。
ですがお師さまもお師さまです!智恵さんの教育係という重要な任務を何故あの様な者に!そんなにわたしに信用が無いのでしょうか…悔しくて寂しくて悲しくて腹立たしくて…この気持ちをなんと表現すれば…。
うん?はて待てよ?本当にあのお美しく完璧で聡明なお師さまが、こんなにも大切になされている智恵さんの教育係という最重要任務を、よりによってあのような粗忽物に与えるでしょうか?…よもやこれすらも?…つまり意図した命令違反、なのですか?
ふぅ、今回の件があ奴の命令違反だとするならば色々納得できます、おそらくそれがこの件の真相なのでしょう。捉えようによってはこれは背信行為であり反逆の意志ありとみなされます…であれば今回ばかりはさすがにかばいきれません、おそらく残機減らしの刑ですね…分かっているのですか?…分かっていないのでしょうね、きっと…まったく、だから常日頃からあれ程…。
「ならさくやちゃん!お願い!さっきの人を止めてくれる?お願い、お願いします!」
自分のことを日頃から旦那さまの愛人呼ばわりしているわたしに迷うことなく頭を下げます…こういうところなのでしょうね、皆がこの娘を愛しむのは…残念ながらわたしには無い美点です。
「…もちろんです、元々これは上司であるわたしが責任を持って対処すべき案件ですので。それではさっそく参りましょうか…ああ、それから旦那さま」
「ん?なんだ?」
わたしはもやもやした気分を切り替え、笑顔で旦那さまに。
「旦那さまにも是非一緒に来ていただきたく」
「え?なんで?オレがついて行ったら話がややこしくならないか?」
確かに、智恵さんの父君は旦那さまのことを普段から娘を奪おうとしていると思い込んで、とても毛嫌いしている様子。その事を旦那さまも分かっていますから当然戸惑っています。
「いえ、おそらく大丈夫です。この際すべてをはっきりとさせる為にも、是非」
…ふふっ、そう、すべてにはっきりと決着をつけるためです。
せっかくの美味い状況でしたが、それを自らご破算にしようというのです、この機を逃さずすぐ次の手を打つべきでしょう。今度こそ二度とひっくり返せなくなるような決定的な一手を、ね。
おっと、昔からの親友にこの前悪だくみを看破されて失敗したばかりです、今度は顔に出さないように慎重に、慎重に…。
「そうなんだ!じゃあお願いじんにー!わたし達と一緒に来て!」
「…よし、わかった。オレで役に立つことがあるなら」
…ふふっ、お二人共お人好しですこと。
「待って!わたしも行くよ!…いいよね、かぐやちゃん?」
花ちゃんは何かを察したのか、わたしに挑むかのような表情で同行を求めます…まあ、大丈夫でしょう、花ちゃんには悪いですがおそらく今回の件に関しては何も出来ないでしょうしね、心配いりません。
「…もちろん。では参りましょう。そしてレイさんは申し訳ありませんが…」
「うん、行ってらっしゃい…残念だけど、僕がついて行っても役に立てないだろうし…留守番してるよ」
自分を不甲斐なく感じているのか、少し寂しそうな笑顔でわたし達を見送ってくれました…でも心配いりませんよ?あなたとわたしの大切な旦那さまはこれからわたしがきっちり魔の手から守って帰って来ますからね。
「ただいま!父さん、さっきの電話の事なんだけど!」
「…お帰り、待ってたぞ…って、おや?仁くんと…お友達かい?悪いケド今日はもう夜も遅いし、お引き取り願えるかい?これから大事な家族会議が…」
娘と一緒にどやどやと旦那さまを筆頭に知らない娘が二人も付いてきたのです、夕食時ですし、普通に考えれば常識がないのはこちら。しかし父君の思考が鈍っているかのような違和感を覚えるこの様子、やはりこれは…。
「…おかえり、ねーちゃん。じんくんもいらっしゃい…でも今日は帰ってくれる?これからねーちゃんの家庭教師様が…」
こちらの智恵さんを少し幼くした感じの少女は智恵さんの実の妹君。
智恵さんが過去をやり直し両親を助けたことにより生まれた新しい家族なのです。
いつも姉妹そろってわたしの愛しの旦那さまを唆そうとする、なんともはた迷惑な二人なのです。
しかし、いつものしつこく旦那さまに言い寄ってくる妹君も態度が打って変わり、これまで見たことのない塩対応で旦那さまに接します。
やはり…確定です。あのお馬鹿さん、お師さまがお許しになってもわたしが許しませんよ?よくもお師さまに教わった術でこの様な無様を…やるならもっと上手くなさい!下手くそが!素人か!ですの!おかげでこちらは二度手間ですの!
「おかえりなさいまし、さすとも様、お待ち申しておりました…って、あら?あなたは先程花ちゃんの隣にいた?それにかぐやに花ちゃんまで…」
問題児の福音が上位の者を敬う作法で智恵さんを出迎えましたが、予想外の人物が現れて目をぱちくりさせています…本当に今の今まで気が付いてなかったのですね、まったく情けない…。普段から相手を見た目で判断してはならないとあれ程お師さまに…。
さて、このぽんこつに落とし前を付けさせますか…。
「福音、そして後ろの者たちも。さすとも様の御前です、控えなさい」
「は、ははっ。し、失礼いたしました」
わたしの少し冷たい言葉と共に月神殿月詠さま付き筆頭巫女としての威圧をかけると、我に返った問題児は智恵さんの前に片膝をつき頭を垂れます。
と、同時に何故か後ろに立っていたご両親と妹君も同様に控えます。月神殿の者とそれに関する者にしか効果がない威圧でしたのに…やはり…福音、何という事を…。
「福音、さすとも様に伺いましたよ?ご両親と妹君に妙な事をしましたね?」
「みょ、妙な事とは心外です、わ、わたしは主さまに…さすとも様の為に…」
「弁解は無用、後ろの状況が何よりの証拠です。今すぐ術を解きなさい、さ、早く」
「し、しかし…」
「聞こえませんでしたか?は、や、く、な、さ、い!」
「は、はいっ、た、ただいまっ!」
そう言うと、すっかり青ざめた表情になった福音はご両親と妹君に向け両手を広げると、一瞬空気が振動します…やはりこれを使っていましたか。
福音が使っていたのは対象の相手を自身の思うがままに操ることのできる術。
ただし、自身よりも格下の相手にしか効果がない上、心術の心得のある者なら簡単にはじくことができるという代物。故に月神殿では使いどころがほぼ皆無で、緊急時に地の民の行動を制御する場合などと、使用する場面が限られます。しかもこんな上から目線な術はわたしは絶対に使いません。使用したことが慈愛の女神であるお師さまに知られるととても悲しまれるのです、だからわたしはこの術は絶対使いません。そう、この術は…ね。
「さて福音。あなたがお師さまの御指図の通り行動したと言うのであれば当然御指令書を持っていますよね?見せなさい。わたしも先程報告を受けた際にその場ですぐ確認するべきでした。その点はわたしの落ち度です、すみませんでしたね。ですので今度こそ確認します、さっ、お出しなさい」
「う、ううっ…はい…こちら、です…ケド…ですが、かぐ…咲夜さま…そのぅ…」
福音は渋々と御指令書をわたしに手渡します。そしてわたしが目を通す間もなにやらもごもごと言い訳らしいことを言っていましたが、当然聞く気は全くありません。
「…なるほど、御指令書は本物ですね。内容も確認しました…ですが、この内容とあの時のあなたの報告とではずいぶん違いますね?そして先程までの状況です。これはどういうことですか?答えなさい」
御指令書は確かにお師さま捺印済の正式なモノでした。ですが、その内容は…。
「な、なあ咲夜、その御指令書?にはなんて?」
「…本来は機密であるため御指令書の内容は第三者には話せません、が…旦那さまも智恵さんも関係者ですし、花ちゃんも…この際よいでしょう」
わたしは後ろをクルリと振り向き、少しもったいぶった様子で御指令書の内容をかいつまんで後ろの三人に話しました。
「御指令書には『巫女衆第三班班長福音は地上におわす“さすとも様”の御所に赴き、既に現地にて教育係兼護衛活動中の筆頭巫女咲夜に協力を仰ぎ、“さすとも様”とその親友優花と共に咲夜から基礎鍛錬を受けるべし。またその際その他の地の民への関与は一切するべからず。もしも重大な関与が認められた際は咲夜の裁量により罰を与えられる事とす。以上』とあります」
「…さくやちゃん?つまり?」
こ、この小娘、ちゃんと聞いていなかったのですか?ま、まったく…。
「つまりね、福ちゃんはさすとも様…トモちゃんの教育係で地上に来たんじゃなくって、既に地上にいるかぐやちゃんにトモちゃんとわたしと一緒に基礎鍛錬してもらえって。…福ちゃん、なんでそんな嘘ついたの?」
さすが我が親友。小娘やポンコツ(ふくね)より余程よい教育を受けたのでしょう、親友のわたしは鼻が高い、ですの!
「そ、それは…実はここの所任務で失敗続きで…今の班長の立場も危うくなってきて…そんな時にこの御指令書が…かぐやも最近地上で手柄を立てて表彰されてたし、この際わたしもって…素人に心術の基礎を手ほどきする簡単な仕事みたいだったし…なにより今更かぐやに教わらなくったって、わたしだって…」
福音はごにょごにょと自分勝手な言い訳をします。
気持ちは分からなくもないです。わざわざ地上に来て素人二人に交じって元同期のわたしに基礎を鍛え直してもらえと言われれば、福音でなくともわたしでも嫌です…嫌ですがおそらくこれはきっと…。
「福音よく聞きなさい。おそらく今回の任務はお師さまの温情によるモノでしょう。最近失敗続きで気落ちしている様子だったから昔の馴染みの花ちゃんと一緒に気分転換も兼ねて、と。旦那さまのおっしゃったように同窓会の様な目的だったのでしょうに。それにお師さまは任務の失敗に関して咎めることは決してしません、知っているでしょう?むしろとても心配されたことでしょう。ですから少々回りくどいですが“さぷらいず”の様なものだったハズです…実にお師さまらしい…しかしあなたはそこまで考えず、手っ取り早く自らの手柄を欲した結果がこれ…やはりこれは明らかな…まったく…あなたはお師さまの温情を無下にした上、自身に都合良く捻じ曲げ、あろうことか明確な命令違反を犯しました、解っていますか?」
そう告げると福音はハッとした表情でわたしを見つめて涙を滲ませます。
「そ、そんな…あぁ主さま…も、申し訳…わ、わたしはなんということを…」
福音はようやく今回やらかした事の重大さに気が付いたのか、涙が床にぽたぽたとこぼれます。ですが時すでに遅いのです…。
「さて理由は理解しました、とても残念な理由でしたが、ね…そして福音、分かっていますね?これは重大な命令違反と背信行為の現行犯ですよ?覚悟はよいですね?」
「そ、そんな…わたしは本当に…さすとも様のために…」
これから起こることを想像したのか、真っ青になりガクガクぶるぶる震える様は見ていてあまりいいモノでもありません。ですのでここは巫女の情け、同期のよしみで一思いに済ませてあげましょう、ね。
わたしは光の闘気を片手に凝縮し、福音の額にデコピンの構えをとります。
「い、嫌ぁ…お、お願い、かぐや…いえ咲夜さま。今回は見逃して?…最近失敗続きで残機も得もホントにもう…この後きちんと主さまに謝罪しますし、さすとも様と花ちゃんと一緒に咲夜さまの訓練も受けます、だから…」
ガクガクぶるぶる震え、涙を流しながら許しを請いますが、もはや遅いのです。わたしだってこんなことは…。
「…残念ですが、この様な無様をお師さまにご報告できません。故に規約に則り残機減らしの刑に処します」
「ひっ!」
福音は最後の抵抗として同じように光の闘気を額に集中させました。しかしこれは正当な行動として認められており、特に問題はありません。そう、防ぎきれば残機を減らさずに済むのです。
お師さまは行動による失敗は特に問題にはしません、何者も完ぺきではないから、というお師さまの御考えによるものです。
ですので、月神殿の刑執行には幾つもの抜け穴が必ず存在し、そしてそれは暗黙のルールとなっているのです。
わたしの斬首刑の時もお師さまの温情により「死ねなくなるクスリ」を用いてのことでしたしね。
つまり月神殿の刑執行とは反省を促すためのモノであって、反省する機会を奪うモノではないのです。ですから各々精進するのです。刑執行を受けないように、また耐えられるように。
そして当然執行側も最大限手加減をするのが習わしなのです。ただ、精進を怠る者はこちらがいくら手加減しても…。
「いざっ!ドゴンっ!」
「…あっ」
わたしがデコピンをした瞬間、パンっという心地よい音と共に福音の下あごから上が無くなってしまいました。そして福音だったソレはその場に崩れ落ちると同時に光の粒子となり、まるで大気に溶けるようにサァーっと跡形も無くなくなってしまいました。
まあ元々生身のない存在ですし、単に残機が一つ無くなった程度。その内元に戻るので放っておいて問題ありません。
ちなみに今のは全力の一割程度。そして今日智恵さんに行ったのが五割。わたしの全力に涼しい顔で耐えられるのは今のところお師さまのみ…って、うん?今日?智恵さんに?はて?
「ひっ!さくやちゃんのデコピンで、ふ、ふくねちゃんの、あ、頭が…ぶるぶるガタガタ」
「ふ、福ちゃーん!かぐやちゃん!ひどい、ひどいよ、あんまりだー!」
事情を知らない親友にわんわん泣かれながらポカポカ叩かれます。
ああ、わたしの時もお師さまはこんな気持ちだったのでしょうね、やっと理解できました。お師さま、その節は大変申し訳ありませんでした、不出来なあなたの弟子は今改めてお師さまの懐の深さを知りました。
「だ、大丈夫だから、花ちゃん。福音はその内元通りになるから、ね?」
「ほ、ホントに?」
「うん、本当に。だからポカポカ叩くのやめて?地味に痛いんですの」
「う、うん、わかった、ごめんね。かぐやちゃんにも立場があるのは分かってるつもりなんだけど、友人が死ぬのを見るのはもう嫌なの…」
そうか、花ちゃんは「死ねなくなるクスリ」の影響で地上で千二百年過ごしたんでした。その間にもたくさんの知り合いの死を見て来たハズ…。
「ごめんね、今度はみんなの見てない所でするから、ね?」
「う、うん、そういう事じゃあ…ううん、わたしこそゴメン。かぐやちゃんも立場上嫌々してることなのに…ごめんなさい」
「…わかってくれるのならいいんですの」
そう、わたしだってこんなことしたくないのに、筆頭巫女という立場上必ずしなければならず、最大限手加減しても相手が相手だとこの始末。なのにいつも「ちゃんと手加減しないなんてサイテー」とか陰口を…花ちゃんだけだよ、きちんとわたしを見てくれるのは。やはり持つべきものは何でも分かり合える親友ですね、ありがとう花ちゃん。
さて…と。
「あ、あれ?オレは今まで一体何を…?お?おぉ、ちー、おかえり。いつの間に帰ってたんだ?それに仁くんと…お友達かい?…むぅ、お友達はともかく、仁くんは今日はもう帰りなさい、明日も早いだろうから、な?そうだろ?な?」
「やったー!遂にじんくんがウチにキター!やっとねーちゃんからわたしに乗り換えることにしたんだね?その挨拶に来たんでしょ?そうなんでしょ?ね?ね!」
「な、なにぃ!?オレは絶対認めないぞ!というか、ちーからちゅんに乗り換えるだと!?ちーになんの不満があるってんだ!そんな奴にちーもちゅんもやるもんか!やっぱり帰れ帰れ!」
こ、こ奴、また性懲りもなく自身の娘たちをを妙な愛称で!その悪癖のせいでわたしがお師さまを発見するのに十年かかったというのに!ちっとも懲りて…あぁ、いや、そうか、知らないの…いえいえ、わたしがどれ程苦労を…あぁ、ですが、元をたどればわたしが…いえいえ、やはり…あぁ、しかし…。
「そ、そんな…お、オレは…おい咲夜、やっぱりこうなったじゃないか、どーすんだ、これ」
「あなた、またそんなことを…いいのよ仁くん、お友達も。これからお夕飯だから一緒にどう?でも急に人数が増えたから…あらユウちゃんもいたのね、ならお夕飯を追加で作るの手伝ってくれる?あなたお料理上手だから助かるの」
「はい、喜んで!…(よかったねともちゃん)」
「(うん!いつもの父さんと母さんと信恵だ。さくやちゃん、ありがとう!)」
「(いいえ、良いのです。むしろこちらが大変なご迷惑をお掛けし申し訳ありません、ご両親にも謝罪せねば…)」
「(ううん、もういいの、あの人もあんな事になっちゃったし…あっ、そうだ、さくやちゃんを父さんたちに紹介しないと)」
「(はい、是非に)」
…ふふっ、これを待っていました。この為にこんな面倒くさいことをわざわざしたのです。さぁて、いよいよここからはずっとわたしのターンですよ!
いよいよですの。悪いドロボウ猫共から旦那さまを取り戻し、かつ、二度と周りをウロチョロさせないようにしなくては!ですの!
「父さん、あのね、この子はさくやちゃん。わたしの大事なお友達のお友達。でね…」
智恵さんは嬉しそうにわたしのことをご両親に紹介します。もっとも月神殿やら巫女やら心術やら説明ができないところは上手くにごしながら…まあそこは当然でしょう。
さてこの場でわたしが本当にやりたかったことは決してお馬鹿さん(ふくね)の暴走を止める事ではありませんの。
本当の目的は智恵さんのご両親にわたしと旦那さまとの関係を認めさせることなのですの!
そもそも旦那さまとレイさんのご両親はすでに無く、八犬家現当主は智恵さんの父君ですの。さらに先代…旦那さまの父君が亡くなった後、親代わりとして何かとお世話になっているのですの。
ですので、なんやかんやあれども当主さまには仁さんもレイさんも頭があがらない状況ですの。
その現当主さまにわたしと旦那さまとの結婚の承認を得られれば、わたしと智恵さんとのこのみにくい争いにようやく終止符が打てるのですの!
なに、心配はいりませんの。元々自身の最愛の娘を奪おうとする旦那さまをあまりよく思っていないのですから、当主さまにとっても渡りに船のハズですの…くすくす、ともえさん、あなたは良き友人であり、親友にもなれたと思いますが、わたしのとっても大切な旦那さまを勝手に愛した上、あろうことか、かすめ取ろうとしたのがいけないのですの!
この時のわたしはあまりの愉快さに我を忘れていたのでしょう、思わずいつもの悪だくみをする時の表情をしていたのです。横にそれを見破ることのできる親友がいることもすっかり忘れて。
はっとした表情をした親友がこれから愛する者を奪われる哀れなドロボウ猫に何やら助言をしていたようですが、それすらも目に入っておりませんでした。
さて、やりますか。これでこの醜い争いもようやく終わりです、覚悟なさい!ドロボウ猫さん!
「お初にお目にかかります、咲夜ですの。こう見えてわたしは旦那さま…もとい、仁さんとは同い年ですの。さらに言えば将来を誓い合った間柄ですの。この度その約束を果たすため、遠い遠い故郷より出て参りましたの。現在は花嫁修業の一環として未来の夫の家業を手伝っておりますの。ご当主様におかれましてはご挨拶とご報告が遅れ、誠に申し訳ありませんでしたが、これを機に夫共々末永くよろしくお願いしますの」
わたしはいつもの口上をいつもよりも丁寧に述べます…“暗示の瞳”を使いながら、ね。
「さ、さくやちゃん?な、何言ってるの?いつもの冗談だよね?ね?と、父さん、違うの、さくやちゃんはそんなのじゃ…」
おや智恵さんには無効化されましたか…あぁそうでした、智恵さんには以前使ってしまっていましたね。しかし、その他はそうではない様子。
わたしの口上が終わると、ご両親と妹君、そして旦那さまも満面の笑みでわたしを受け入れてくれました。
「なんだ、そうだったのか。仁くんも人が悪いな、そんな相手がいるならもっと早く言ってくれれば良かったのに。うんうん、なかなかしっかりした可愛らしいお嫁さんだね、大切にしてやりなよ?」
「はい、ありがとうございます、叔父さん」
「え?」
「まあ、ほんと。もっと早く言ってくれれば…今日はもう無理だから今度お日柄の良い日にみんなでお祝いしましょうね。ああ、いつがいいかしら」
「え?え?」
「なんだー、じんくん決まった相手がいたんだね、じゃあウチも諦めよー…じゃーやっぱりれいくんにしとくかなー」
「え?え?え?」
「だめです」
妹君の冗談交じりの言葉に冷たい笑顔で素早く反応し釘を刺す我が親友。
「えー?れいくんはまだフリーだよね?ならウチでも…」
「だ、め、で、す!レイさんはわたしの!です!わたしは!レイさんの!彼女さんで!婚約者さん!なん!です!」
「えー?れいくんも若い子の方がいいと思うよ?ユウちゃんってぇ、ねーちゃんと同い年なんでしょ?…ねぇ知ってる?高校生はね?ババァ、なんだよ?くすくす」
その言葉にわたし以外の女性の目つきが変わり、収拾がつかない泥沼な言い争いへと発展していきました。が、あちらはもう放っておいてよいでしょう。わたしの目的は既に達したのですから。
ふふっ、残念でしたね智恵さん。なまじ無効化なんかしてしまって…無効化なんかしなければ苦しまずに済んだものを、ですの。あはははは。
「こ、これって一体どうなって?…ん?つくよみちゃん?…何?今なんて?悪いケドこっちは今大変だから…え?そうなの?…ふんふん」
この“暗示の瞳”は福音が使った術の様な強制力はありません。せいぜいその場で聞いた情報を鵜吞みにしてしまうくらいの効果しかありません。
ですが、その時耳にした情報は記憶の奥底にしっかりと記録されるのです。つまり、どんなにひどいウソでも唯一の真実だと認識するようになるのです。
ただし一人につき一度しか使えないという欠点もあります。ですので、旦那さまには今の今まで温存しておいたのです、こんなこともあろうかと!ですの!
この術は元々わたしの種族にのみ使える特殊能力で…思えば宇宙海賊時代はこれを最大限に活用し、やりたい放題でした。あぁ懐かしい、あの頃は愉快でしたね。
つまりこの術は月の秘術ではないので、お馬鹿さん(ふくね)でも“さすとも様”でも解けません。わたしと同種族であれば難無く解けるでしょうが…ですが、あぁ、そうですね…唯一…故郷の宇宙から遥か彼方の辺境の銀河のこの片隅で、もしこの術を解けるとするならばやはりお師さましか考えられません。ですが、今は日々の激務に追われてそれどころではないでしょう。
また、お師さまの放つ“浄化の光”の効力が最大になる満月の日であれば打ち消すことも出来るでしょうが、次の満月までまだ十日程あります。その頃にはこの記憶が完全に定着しきっていますからやはり完全には消すことはできないでしょう。完全に消すのであれば術を掛けた今しかないのです、そう今、この瞬間しか…くふふっ、勝った、勝ってしまいました!こんなに簡単に!こんなにあっけなくあっさりと!うふふっ、敢えて言いましょう、計算どぉおりぃ!あははははっ!
っと、いけませんいけません。今のわたしはお師さまの…月の女神月詠さま付の筆頭巫女咲夜です、昔の宇宙海賊カグヤは月神殿の御白州にて斬首され死んだのです。わたしはじさまとばさま、佐吉さんとお師さまのお陰で今の様にまっとうに改心できたのです。うんうん今のは少し品がなかったですね、反省せねば。お師さまに恥をかかせるような態度は取らないとあの時自分自身に誓ったではありませんか。ですがお師さま、どうか今だけはお許しを…そして、ああ佐吉さん、今でもお慕い申しております。あの時の言葉に嘘偽りはありません、今こそ、今度こそ、千二百年前果たせなかった約束をようやく果たします。あなたの魂はわたしと共にいつまでも、ですの!やっと、やっとこの瞬間が!千二百年待ってようやく、やっと、やっと!
あぁ、ですが本当は旦那さまにはこんなことはしたくなかったのです。こんなものに頼らず再び相思相愛となりたかった…ですがこの小娘のせいでもはや手段を選べない状況になっていたのです、旦那さま、なにとぞご容赦を…ですが、これからは何も心配はいりません。二人で末永く幸せに暮らしましょう、ね?ですの。
「な、な、な?これは一体?おいかぐや!お前一体何したんだよ!その方は“さすとも様”の大切な方なんじゃないのか、なぁおい」
ちっ、こやつもう復活したのですか?
どうやら智恵さんと仁さんとの関係もあらかじめ聞かされていたのでしょう、復活した瞬間に見たものがとても信じられない状況だったようで、わたしの胸倉を掴み激しく揺さぶりながらわたしを問い詰めます。まったくこんな時だけ…。
「何も問題ありません、これがさすとも様にとってもっとも…」
「そんなことないよ!福ちゃん、かぐやちゃんがまたやらかした!福ちゃんの時と同じだよ!うぅん、今回の方がひどいの!ねぇ思い出して?それに今の福ちゃんならなんとかできない?お願い、このままじゃともちゃんもかぐやちゃんも酷い目に合うの、お願い、二人を助けてあげて!」
わたしは胸倉を掴む福音の手を振りほどき素知らぬ顔でそれらしい事を言おうとしたところ、親友にそんなことを言われました。智恵さんはともかくわたしが酷い目に?くふふっ、親友の言葉ですが、今回ばかりは見当違いですね、酷い目に合うのはドロボウ猫さんだけですの!あははっ!
「花ちゃん?今がわたしの時と同じ?そんなこと…ない…ハズ?だって…正太郎さんとは…とても…幸せな…あれ?…そういえばどうやって出会っ…いやでも?…」
お馬鹿さん(ふくね)はブツブツと言いながら頭を抱えて立ち尽くしています。
花ちゃんが言うあの時とはおそらく福音がまだ生きていた頃の事でしょう。その頃の福音はわたしの許嫁である佐吉さんにいつもいつも色目を使っていました。ですので今回と同じように“暗示の瞳”を使い、もっと相性の良い正太郎さんとくっつけてあげたんです。親友はその時の事を言っているんでしょうが、あの時はお互いの為に良かった事ですからそこまで言わなくても…。
それに福音がいくら神格化を受け月神殿で巫女をしていると言っても、与えられているのは準神格化。そしてそれによって得られる能力ではわたしの“暗示の瞳”の効力を打ち消すことはできません。打ち消すには先程も言ったようにお師さまの“浄化の光”が必要ですが、それには本神格化を受け、更に永い永い年月、つらく苦しい修行の果てにようやく…。
「…うん、うん分かったよ、やってみる!ありがとうつくよみちゃん!よぉーし!」
「え!?」
これまでまったくノーマークだった智恵さん(らいばる)は突然大きな独り言を言ったかと思うと、次の瞬間、ゆっくりと静かに目を閉じ両の手のひらを四人に向け、なにやら集中し始め?…あれはまさか?いえいえそんなハズ…ですが…良く見慣れたあの構えは…本当にお師さまにそっくり…そんな…出来るハズ…まさかホントに?…ね、ねぇ、お、お願い、や、ヤメて?あ、謝るから…い、今すぐ暗示を解くから…それだけは…や、ヤメて…。
「うぅうー!やぁぁあー!!たぁぁぁあー!!!」
集中が終わったのか、カッと目を見開くと、智恵さん(らいばる)の突き出した両の掌から…いえ全身から眩くもなんとも落ち着く光が溢れ放たれます!こ、これはやはり!そ、そんなバ…!
「そ、そんなバカなぁあああ!や、ヤメてぇー!お、お願いぃ!や、ヤメ…あ、あり得ない!な、なんで!そ、そんな!こ、こんな!もう…もう旦那さまには二度と使えないのに!いやぁぁああ!」
「こ、これって…もしかして主さまの“浄化の光”?な、なんで?なんで本神格化も…修行もしていない地の民が?人の身で?…ば、化け物…こ、こんなの“巫女候補”なんかじゃない。“筆頭巫女”や“特級巫女”なんかとっくに通り越して…め、“女神候補”じゃないの…わ、わたしはこんな…その様なお方に身の程もわきまえず?…しかも主さまの想いまで捻じ曲げて私利私欲にはやりあんな事をしようと?…な、なんということを…ざ、残機減らしの刑なんかじゃあとても償え切れやしない…ど、どうしよう…どうすれば…あわわわっガクガクぶるぶる」
そう言うと福音は腰が抜けたのか、ぺたんと座り込んでしまいました。
わたしはわたしで茫然自失…こ、こんなの想定しようがない。い、一体何がどうして…。
「…んーっぷはぁ、つ、疲れたー!今はこれが精一杯、だよぉ…で、でも上手く出来たよね?…ホント?よかったー!…でもつくよみちゃんってやっぱりすごいんだね、こんなのを一晩中毎日毎晩って…え?そうかなぁ…えへへ、照れるよそんな、あははっ!」
どうやら智恵さんはお師さまと連絡を取りながら“浄化の光”を放った様子。
ですが“浄化の光”は秘儀中の秘儀。決してやり方を聞いてすぐできるような代物ではありません。ですが…本当にほんの数秒だけでしたが今のはまごう事なきお師さまの“浄化の光”そのものでした…お陰でわたしの“暗示の瞳”の効力はほぼ消し飛んでしまいました…敵ながらあっぱれ…です…が!まだだ、まだ終わらんよ!ですの!
“浄化の光”が収まると光を受けた四人はまるで“ぱそこん”を無理やり再起動させたかのように頭をくわんくわんさせながら…。
「う、うーん?えーと?で?仁くん?この子とはどういった関係だっけ?婚約者、なんだったっけ?」
色んな情報が頭の中で入力されたり消去されたりした影響か、四人とも記憶がおぼつかない様子。や、やはり!どうやらせっかくの“浄化の光”もやや短かったようですね。よぉし、これならまだ…!
「そ、そうですの!わたしは…」
「違うの、父さん。この人はわたしの大切な友達の友だちでさくやちゃん。こんな見た目だけどじんにーと同い年なの、びっくりだよね!それに婚約者とかじゃないの!」
すかさず智恵さんが会話に割り込みます、ま、まずいマズイ!
「でも仁くんのことを旦那さまって…」
「そ、そうですの!わたしは…」
「それはね、さくやちゃんがじんにーのお店で住み込みで働いているから。さくやちゃんは古風な育ちだからじんにーのコト“マスター”って呼びにくいんだって!だから“旦那さま”って呼ばせてもらうって前に言ってたよ。ね?」
「う、うぅ…はい、そうです、言いました」
くぅ、よくもそんな前の事を…よもや覚えていようとは。
わたしは“死ねなくなるクスリ”の影響でウソが付けないのです。大罪人用のクスリですからね。ですからわたしは常にウソにならないように言い回しを工夫して…ってそんなのは今はどうでも。とにかく何とか…ああ、でもどうすれば…早く何とかしないとせっかくわずかに残った暗示の効力が完全に…。
「そ、そうか、そうなのか…そうだっけ?なんだかさっきまでと…うん?さっきってなんだっけ?まあいいか…よろしくねさくやさん。そんな小さな身体で大変かもしれないけど仁くんの店を…兄さんの残した大事な店をこれからも手伝ってやってよ」
「…はい、ですの…」
ううっ、こんな、こんな事って…せ、せっかく、“暗示の瞳”をここまで温存しておいたのに…タイミングもよかったハズ…よもや“浄化の光”を持ち出されるとは…そんな…こんな理不尽な事って…こんな事なら温存なぞせずもっと早く…う、ううっ、うわあぁん、あんまりだー!
「でね、父さん。この際だからハッキリ言わせてもらいます。わたしはじんにー以外の人と結婚するつもりはないの!だから…」
智恵さんのこの言葉にぎょっとした表情の旦那さまと当主さま。と、わたし。
「ま、待て待て。ちー、一体何の話を…」
「だから父さんの決めた人と無理やり高校卒業後スグ結婚なんて嫌なの!ムリなの!どうしてもって言うならわたしはこの家を今すぐ出ていきます!」
「待て待て、ホントに一体何の話を…うん?そういえば家庭教師の…」
当主さまはそう言うと福音をじっと見つめます。当然わたしを含めこの場の全員が。
「ま、待ってください。確かにさすとも様にはなるべく早く身を固めていただきたくその様に指示…提案しましたが、誰ととは…」
福音は今度こそ本当に観念したかのように素直に白状しました。どうやら“浄化の光”はこんなところでも効果てきめんだったようです。
しかし、わたしはてっきり智恵さんと相性の良い適当な人物を福音が見繕っていたものだと思っていましたから、その言葉には正直驚きました。うん?ということは、も、もしや!
「うん?あー?あー、アレの事か…あーうん、いやなんでもない。そんな事は気にしなくていい…あの時はどうかしてたんだ、忘れていい」
当主さまはどうも歯切れ悪くもごもごと先程の勝手に結婚の話を無かった事にしました。
や、やはり!ご当主さまのあの様子から察するに恐らくお相手は旦那さまだったのでしょう…おのれこのポンコツ(ふくね)!もしあのまま放置していたら大変な事になっていたではありませんか!しかし…智恵さんを助けても助けなくても結婚相手は旦那さまとは…さすが運命に導かれた者たち同士というべきか…いえいえ、それならわたしだって…!
そして当主さまのそのお言葉でパッと明るい表情になった智恵さん。
「ホントに?じゃあこれまで通りじんにーのお店でバイトしてもいいの?じんにーと結婚してもいいの?」
「オレは別に仁くんでも…いやいや、やっぱり…」
いつもの親子のやり取りをしているとその横から母君が可笑しそうに横やりを入れます。
「うふふっ、あのね、ちー。父さんはとっくに仁くんとの仲を認めてるの。ただそれを言うとホントにすぐにでもウチを飛び出してお嫁に行っちゃいそうだからゴネてるふりしてるだけなの」
「ぶっ!か、母さん!それは言わない約束…!ちー!仁くん!ち、違うぞ!オレは決して…」
当主さまが何とも恥ずかしそうに言い訳を考えている様子を可笑しそうに見つめる母君。しかしそれまで可笑しそうだった母君の表情が次の瞬間には冷たくなり。
「でもね?父さんとちーが良くても仁くんはどうなの?ちゃんと話をしたの?お互いに確認したの?」
「え?そ、それは…」
今度はみんなの視線が旦那さまに集中します。
母君のいう事はごもっとも。そうです、結婚だのなんだのは一人では出来るハズもないのです!よし!さあ旦那さま、ここははっきりきっぱりとお断りを!わたし達二人の未来の為にも!そんな小娘よりわたしを選ぶと、皆の前で!さあ!…ごくり。
「じんにー?」
「…あのな、トモちゃん」
旦那さまは言いにくい事を言う決意をした男の表情です、ふふっ、やはり勝利の女神(お師さま)はわたしの味方のようですね、残念でしたね智恵(ドロボウ猫)さん。せっかく、どうやったのかまでは分かりませんが“浄化の光”まで使ってわたしと旦那さまの明るい家族計画を阻止してくれましたが、結果は一緒の様でしたね。まあわたしは?懐が深いので?“浄化の光”を数秒でも行使できる実力に免じて?この際、妾としてなら?認めてあげても良いですよ?もちろんわたしが正妻ならば、ですがね、くふふっ。
そして旦那さまは胸の内をぽつぽつと語り出しました。
「あのな、トモちゃん。トモちゃんは小さい頃からオレを慕ってくれてたよな?いつも『じんにーのお嫁さんになる』って」
「うん」
「オレも正直うれしかったんだ、素直でまっすぐなその気持ちが。こんなに可愛らしい女の子がこんなオレでも好きだと言ってくれる事が。お嫁さんになってくれるって言ってくれてることが、とっても」
「うん!」
「なっ!?」
「…でもな?それって、小さい子が『将来父さんと結婚する』って言うヤツと同じだと思ったんだ。いや、今でもそうなんだと思ってる」
「な、ち、ちが…」
わたしと智恵さんはそれぞれ旦那さまに言いたいことはありますが、旦那さまはそれを遮る様に。
「だから様子を見ることにしたんだよ。トモちゃんがオレの事を異性として想ってくれてると勘違いしないように。年も距離感も近い親戚の兄の様な者に対しての親愛を愛情と勘違いしているだけだと思って…」
「か、勘違いじゃ…」
「だってそうだろ?小さい頃の話を成長した頃に持ち出されても困るだろ?ほら、小さい頃にしたおねしょの話で親戚が盛り上がってても、そんなの覚えてないし…だろ?」
「そ、それは…」
「もしとっくにトモちゃんの気持ちが、好きだって言葉も、一人の男にではなく、親戚の兄に対してのモノだという事に気付かず、その気になって、舞い上がって、うっかり真に受けた結果、『まだそんな子供の頃の話を覚えてて真に受けて本気にしてたの?キモいんですケド…』なんて言われてみろ、昔からのなつかれ具合を覚えてるオレには絶対耐えられないしおそらく立ち直れない。そしてその後お互い気まずくなって…」
「そ、そんなこと…!」
「だからトモちゃんが成人して…大人になって…それでも…」
「わ、わたしは!今でも!これからも!」
「…トモちゃんが自分の気持ちを正確に判断できる様になった頃、改めてお互い確認する事にしないか?もしかしたらその頃には他にもっと…本当に好きな、愛すべき男が…年が近くて、相性もいい…そんなヒトが現れてるかもしれないだろ?だからこういう大事な、自分の人生を左右することは気軽に…」
「わ、わたしのこの気持ちは!たまたま近くにいた男の人に気軽に、なんかじゃない!」
智恵さんはもう我慢が出来なくなったのか、今度は智恵さんが旦那さまの言葉を遮ります。
「でも…オレにはトモちゃんがなんでそんなにオレを慕ってくれてるのか分からないんだ。小さい頃にオレが何かしたかな?取り方によってはプロポーズになるような事をしたり言ったりしたとか?だったら…」
智恵さんはその言葉にプルプルと首を振って否定します。
ふむ、わたしもてっきり小さい時にプロポーズ的な事を言われたりされたりしたものだとばかり…違うのですか?それでは一体?…いえ、わたしは本当はもうとっくに知っているのです、ただ認めたくないダケ…。
「じゃあなんで?なんでオレなんだ?しかもすごく小さい頃からずっと…」
「…ない」
「え?」
「わかんない。わかんないの、わたしにも。でも、わたしの生涯の…運命の相手は絶対この人だ!じんにーなんだってことだけはわかるの!わかったの!この気持ちはじんにーに対してだけなの!お願い信じて!…それにね?」
智恵さんにも気持ちの正体が分かってないようで、自分の気持ちをどう説明したらよいのかが分からない様子。当然この場にいる者にも分かろうハズもなく…いえ、一人いました…そう、わたしです。
「それにね?じんにーの事考えるだけでいつも胸がどきどきするし、頭もくらくらするの。離れていると不安な気持ちでいっぱいになるの。けど一緒にいるとそんな事はまったくなくって…むしろとても穏やかで豊かな気持ちになれるの。…確かに小さい頃の『じんにーのお嫁さんになる』っていうのは『おとうさんのお嫁さんになる』と同じだったのかもしれない…けど!今はもう違う!本当に、本当に、じんにーの事が…す、好きなの!大好きなの!あ、愛してるの!わたしの生涯の伴侶はじんにーしかありえないの!じんにーがわたしの運命の相手なのっ!」
…やはりそうでしたか。運命の人だ、とか雷に打たれたような、とかの類ですか。人によっては鼻で笑い飛ばす話ですが、これはホントにあることなのです。わたし自身が体験していることなのでよく分かります。 それに認めたくはないのですが、この時代の仁さんの…佐吉さんの魂の運命のお相手は間違いなく智恵さんなのです。そして、このわたしも。 以前、旦那さまが花ちゃんの運命の相手を占った際、運命の相手が三人いました。今思えばあの時花ちゃんの…優花さんの正体に気が付くべきでした。普通は満点の運命の相手が三人なんてありえないのですから…。 どういうことかと言うと、つまり花ちゃんの場合は千二百年地上で生き続けた結果、運命の相手の魂が渋滞を起こしていたのです。 通常人は一生を終えた際、地の民が“あの世”と呼ぶ所で魂の選定をされ、罪の深さ問わず魂を洗浄されます。この時罪が深ければそれだけ洗浄期間が長くなるわけです。 そしてその際、運命の相手はお互いにリセットされるのです。それもそうです、自分は再び現世に転生したものの、お相手は未だに魂の洗浄中かもしれないのですから。そんなワケで転生する度、運命の相手は変わるモノなのです。 ですが、片方が死ぬ事無く生き続けた場合は?その場合、運命の相手の数が前回結ばれなかった者と今世の相手の二人になるわけです。そんな感じで花ちゃんは今の時代だと三人に…つまり運命の相手の渋滞状態になるのです。 さて、智恵さんの話に戻しますが、智恵さんの場合はわたしがいたのです。 わたしは…宇宙海賊カグヤは表向き千二百年前に月神殿の御白州で斬首刑で死亡しています…が、お師さまの温情により『死ねなくなるクスリ』を用いての事だったため、実際は死亡しておりません。 そして元々わたしの運命の相手は佐吉さん。ですが、佐吉さんはこれまで三回転生をしていますからその都度運命の相手が変わっています。現代での佐吉さんの…仁さんの運命の相手は智恵さんです、認めたくはないですがね。そして、わたしのお相手は佐吉さんのまま。 これが智恵さんとわたしが苦しむ原因なのです、どちらも正しいのです…もっとも、元々はわたしがきちんと月神殿で死亡していればよかっただけの話なのですが…しかしお師さまもそれはご存知だったハズですが一体何故?お師さまであればもっと上手く…って、うん?」
わたしはふと視線を感じたのでそちらを見やると、皆がわたしに注目していたのです。はて?
「…かぐやちゃん、途中から頭で考えてることをしゃべってたみたいだよ?わたしの運命の人が三人ってそういう事だったんだね」
「な?」
「…さくやちゃん、それならそうと…なんで黙ってたの?でもわたしもじんにーを譲る気はないけどね!」
「な?な?」
「…咲夜、やっぱりオレは佐吉の代わりだったんだな…いや、薄々そうなんじゃないかと思ってたんだけど、そうはっきり言われるとちょっと…悲しいような、でも腑に落ちたような…なんだろうなこの気持ちは…」
「な?な?な!ま、待ってください、旦那さま!旦那さまを決して佐吉さんの代わりだなどと…いえ、そうですね…」
わたしは自分でもどこから口に出していたのか分かりませんが、どうやら奇しくも皆に運命の相手の渋滞状態を…今の状況を解説していたようです…は、恥ずかしいぃ。
そしてそれによって旦那さまに悲しい思いをさせてしまった様子。でしたら…。
「この際です、旦那さま。先程は智恵さんのお気持ちを聞いたのですから、今度はわたしの本当の気持ちも聞いて下さいますか?」
「う、うん。わかった…ごくり」
そうです、わたしも先程の智恵さんの様に思いの丈をまっすぐぶつけてみるべきです。やはり“暗示の瞳”なんかで無理やり旦那さまを奪うのではなく、正々堂々と智恵さんと戦うべきだったのです。 ああ、なるほど。お師さまはわたしにそうさせたくて先程は智恵さんにご助力をなされたのかもしれませんね。お師さまは慈愛の女神でもありますから一方的な理不尽さを特に好ましく思われませんからね。ということは先程の“浄化の光”も智恵さんだけの実力ではなく、智恵さんの身体にわずかに残るお師さまの因子を伝っての結果なのでは?確かにそう考えれば地の民で人の子の身である智恵さんが本神格化もつらく苦しい修行もせずあんな秘儀中の秘儀を繰り出せるハズがありません。なるほどなるほど、つまり、正々堂々智恵さんと競うのであればお師さまはきっとわたしのお味方もして下さるはず、と。 ああ、お師さま、先程はあなた様の筆頭巫女としてあるまじき醜く浅ましい姿をお見せし大変申し訳ありませんでした。この咲夜、これ以上お師さまに恥ずかしい姿をお見せしないことをここに改めて誓います。ですからどうかわたしにも先程の智恵さんの様に自分の気持ちを意中の殿方にまっすぐ伝えるための勇気をいただきたく…。 ああ、思えば千二百年前、佐吉さんはその想いの丈を行動と自身の言葉でわたしにはっきりしっかりと伝えて下さいました。それによってわたしの凍り付いた感情が一気に溶けたのを今でも覚えております。佐吉さんの勇気がどんなにわたしを喜ばしたか、どんなにわたしを救って下さったかは佐吉さんご本人もご存知ではないでしょうね。そしてそれがどんなに勇気のいる事だったのか、今更ながら理解しました。わたしも二人の様に勇気を出して…ああしかし、女子の方から殿方へ愛の告白などと…旦那さまにはしたない女だと思われないでしょうか…いえいえ、今告白せずにいつするというのです。この咲夜、戦わずして逃げ出すことだけは絶対しません。ですが、それによってわたしが破廉恥で浅ましい女子だと思われてこれっきり縁を切られでもしたら本末転倒…いえいえ、先程智恵さんが実行したばかりではないですか…ああ、ですが、これは、なんと勇気のいる事なのでしょう。月神殿の宝物庫に忍び込んだ時の事などと比べものにもなりません。そ、それに…な、何と伝えれば…うぅ、よ、よぅし、と、とにかく…で、ですが…ああ、お師さま、再度お願い申し上げます、あなたの不出来なこの哀れな弟子にわずかばかりでかまいません、どうか勇気をお与えください!(この間3秒)
「あ、あの、旦那さま…わ、わたしは…」
「…えぇーと、すまないが…続きは帰ってからにしてくれないか?」
「「「「ええーっ!!ここからがいい所なのにー!」」」」
いよいよ勇気を絞り出し、汗でびっしょりした両手をぎゅぅっと握りしめ、いざ告白の言葉を発しようとしていたわたしは口をパクパクさせ呆然と立ち尽くし…。
「いや、だって…男親としては娘の好きな男への告白を聞かされる場にいるだけでも辛いのに…その上、修羅場に居合わせるだけでなく、もしかしたら娘がフラれる場に居合わせるとなると…」
「そ、そんなことないよ!」
「そ、そうです、これからがいい所…大事な所なんです!」
「そうよあなた。こんなに面白い…素敵な話を途中でなんて!」
「そーだそーだ!おーぼーだー!」
突然の当主さまの言葉にその場の女性陣から抗議の言葉が場に溢れます。やはり女性陣は恋バナや恋の駆け引き、そしてその結末などにとても興味があるようでした。
ですが、男性陣は割と引いていたようで…。
「それにな?そっちのさくやさん?だっけ?にとってここは完全にアウェイだろ?それは不公平なんじゃないか?な?仁くんもそう思わないか?思うだろ?な、な?」
当主さまは女性陣に不満をぶつけられながらも同じ男としての共感を涙目ながら旦那さまに求めます。
「そ、そうですね、確かに…ここはトモちゃんの家だしその家族が見守る中ってのは咲夜もつらいでしょうし…分かりました。この話はまた二人の興奮が収まった頃改めてすることにします。それに、そもそもこんなことをこんな時間に他人の家に大人数で押しかけてすることでもなかったです。夜分にお騒がせしてすみませんでした、これで失礼します」
旦那さまは当主さまにペコリとお辞儀をするとクルリと振り返り。
「さ、二人共帰ろう…咲夜、悪いケド話の続きはまた改めてしよう?きちんと聞くから、な?」
「は、はいですの…くぅう…む、福音、なにをしているのです?あなたもこちらにいらっしゃい」
「は、はい、ただいま。みなさん、お騒がせして大変申し訳ありませんでした、これにて失礼いたします」
わたしと花ちゃんも旦那さまと福音に倣うように当主さまご家族にペコリとお辞儀して帰ります…こ、こんな…。
「じんにーおやすみー!また明日バイトに行くからねー」
「ばいばーい、じんくん!ウチも明日行くからね!その時はウチを選んでねー」
「アンタはいいの!隣のスズキくんにしときなっ!いっつも一緒でしょ。お似合いだよ?」
「えー?アイツはいいよぉ。じんくんと比べててんでガキなんだもん!ウチもやっぱりじんくんがいいよぅ」
「な、なにぃ!?お隣さんのスズキさんとこのクソガキがちゅんを狙ってるだとー!こうしちゃおれん、一言文句言ってやる!」
「よしなさいあなた!そんなことしたら今晩のビールは無しですよ!」
「そ、そんなぁ」
…なんて会話を背中に聞きながらわたしたちは当主さまのご自宅を後にしました。
「なあ咲夜」
帰りの車内にて、運転をしながら旦那さまはポツリとつぶやくように話しかけてきました。
「はい?」
「あのさ…オレの事、本当に?」
「は、はい!それはもちろん!」
「それはオレが佐吉の生まれ変わりだから、か?だよな…」
「そ、それは…」
「いや、いいんだ。例えそうでも。オレもな、ホントはずっと前から…出会ってから…チエちゃんがトモちゃんになって、月詠さまが顕現なされるずっと前から、ずっと咲夜…すみっこの事が…」
「! 本当ですか!でしたら…」
その言葉にその場にいた花ちゃんと福音が目を輝かせて身を乗り出します。当然このわたしも!
旦那さまは少しくすぐったそうに笑いかけながら本当のお気持ちを聞かせて下さいました。や、やったー!な、なぁんだ、やっぱりわたしと旦那さまは現代でも結ばれる運命だったのです。ふふっ、智恵さんには気の毒でしたね、あんなに情熱的に旦那さまへ愛の告白をされたにも関わらず…ふふふっ、仕方ありませんね、明日は旦那さまと一緒にしっかり慰めて差し上げましょう、くふふっ。ああ、お師さま、この幸福感を先程勇気をくださいましたお礼に献上申し上げます。
「でもな…」
先程まで優しく微笑んでましたのに、次の瞬間には暗く落ち込んだ表情になってしまいました。
「でもな?…トモちゃんが過去をやり直した事で成長するトモちゃんと一緒に過ごすことができて…トモちゃんの事も…その…」
「…」
「…さっきはトモちゃんにあんな事を言ったけど本当は…二人共同じくらい、す、好き、なんだ…どちらかを選ぶなんて出来ないくらい、二人を同時に、あ、愛して…しまって…たんだ…」
やはり旦那さまも運命の相手が二人いることに悩んでいたようです。普段の様子からはうかがい知れない事でした。
「…では何故先程はあのような…あのまま智恵さんを受け入れていれば良かったのでは?」
はっ、わ、わたしは一体何を…。
「…うん、そうなんだ。ホントは嬉しくって舞い上がって思わず抱きしめてキスしてしまいたかった…けど…」
「けど?」
「たぶん…好きすぎてトモちゃんが不幸になるのを避けたかった…んだと思う」
「何故旦那さまと結ばれると不幸になるのです?」
…ああ、やはりそうだ、わたしも旦那さまも智恵さんも…。
「それは…年の差もあるし…しがない喫茶店の経営者だし…かっこよくも…今のトモちゃんは理想のオレと現実のオレの差をはっきり認識していないんだ、きっと…」
「それでしたら…」
お互いが大切過ぎて…。
「咲夜は少しだけどひとつ屋根の下で暮らしてるんだからオレの情けない所もいっぱい知ってるだろ?やっぱりこんな甲斐性もないオレのことを軽蔑するよな?どちらも選べない、情けない男のことなんて…平気な顔して二人の好意に甘えて二股を掛けるような…最低だよな、やっぱり」
「そ、そんなことはありません。確かにひとつ屋根の下で暮らすうち、旦那さまのさまざまなお顔を見させていただきました。ですがそのどれもがわたしにとって愛おしいモノばかり…それに…旦那さまがわたしと智恵さんの二人を同時に同様に愛してしまうのも仕方がない事なのです。先程説明?した通り、わたしと智恵さんはそれぞれ旦那さまの運命の相手なのですから!ただ、もしもわたしが…千二百年前のあの時、きっちり死んでいれば…あっ」
そうか、そうだ、もしわたしが千二百年前、月神殿の御白州の斬首にてきちんと死んでいれば、わたしの運命の相手もリセットされ…この時代の佐吉さん…仁さんと智恵さんは運命に導かれるまま何の障害も無く、幸せに…暮らせた…?そ、そんな…そんなぁ、すべてはわたしが?
もしやお師さまが処刑後に“死ねなくなるクスリ”の解毒剤を飲むよう、やけに勧めてきたのはこの為?解毒剤を飲み、巫女として準神格化を受けていればわたしの運命の相手もリセットされる上、あのように血のにじむ思いをして心術の訓練をせずに済んだ…そうか、お師さまはやはりすべてご存知で…しかしそれでもわたしのわがままに付き合って下さって…ああ、ああ、な、なんということを。わたしも福音の事を悪く言えませんでした。お師さまの御心を理解しているようでちっともしてやいなかった!お師さま含め智恵さんと旦那さま…仁さんになんとお詫びをすれば…ですが、こうなってしまった以上致し方ありません。やはり智恵さんとは正々堂々仁さんを奪い合うほか!
「やっぱりこんなに魅力的な二人の女性を優柔不断で冴えない男がいつまでも煮え切れず、どちらも選べない情けない男の傍においておくわけにもいかない…二人の未来の為にも…オレは…今度こそきっぱりと…二人を…」
な、なにを?どうしてそうなるのです?どうして…?二人共こんなにあなたの事を…!
「だからさ、咲夜ももういいんだ、無理しなくても。オレは…お前が一番愛した佐吉の生まれ変わりかもしれないケド、オレは佐吉じゃあない。魂が例え一緒であっても、今のオレはあんなにいい男じゃないんだ、だから…」
「そ、そんなことはありません!わたしは今のあなたを愛しています!佐吉さんとしてではなく、あなたを!仁さんを!心の底からお慕い申しております!」
自身の強い想いのこもった言葉と同時にガバリと飛び起き、周りを見渡すと窓の外はまだ薄暗く、天井は知らない天井でした。
「あ、あれ?…わたしは…もしや…寝ていたのですか?」
旦那さまにそっぽを向かれ、一人ふて寝をするフリをしていたつもりが、いつの間にか、いつ以来か、本当に眠ってしまっていたようでした。
「? わたしは何故泣いているのでしょう?」
ふと気が付くと頬を伝うものがあり、それが涙であるとぼんやりと遅れて気が付きました。
何か悲しい夢でも見たのでしょうか?
いえいえ、そんなハズはありません。わたしは“死ねなくなるクスリ”の影響で食事も睡眠も本来必要がないのです。そんなハズは…まぁそんな事はどうでもよい事です。
久方振りに夢を見て寝ていたようですが、せっかく早く目が覚めたのです、少々早いですが“ろびぃ”にてみなさんを待つことにしましょう、旦那さまに昨日の事をもう一度謝罪しなくては…。
はて、妙ですね、待てど暮らせど皆さんが一向に下りてきません…も、もしや昨日のわたしに愛想を尽かせた旦那さまがわたしだけを置き去りに…?い、いえいえ、いくらなんでもそこまでは…で、ですが、昨日のお怒り具合なら…そ、それにそんな事になるなら、花ちゃんだけはわたしに一言知らせてくれるハズ…そ、そうです、きっとみなさんお疲れでまだ寝ているだけです、そうです、そうに決まってます…ですよね?
そう自分に言い聞かせてみたものの、やはり不安な気持ちで一杯になり、はやる気持ちを抑えながら皆さんの部屋へ出向いてみることにしました。
ひとまず花ちゃん達の部屋へ向かうと、丁度良いタイミングで部屋から二人出てきました…が、それは…。
「ど、どうしてレイさんがその部屋から出てくるのです?…智恵さんは?」
そう、部屋から出てきた二人は花ちゃんとレイさんでした。わたしとここで出会うとは夢にも思っていなかったようで、なにやら気まずそうに言い訳をします。
「あ、あのね、そ、そのぅ、あれからトモちゃんがお義兄さまに謝りに行くって出て行って…しばらくしたらレイさんがこちらにいらして…わたしもレイさんと二人きりでゆっくりとお話がしたかったし…もじもじ」
「ぼ、僕も少し話をしたらすぐに戻るつもりでいたんだ…けど…トモちゃんもなかなか戻ってこないし…気が付いたら朝になってて…もじもじ」
「つ、つまり一晩中二人きりで同じ部屋で…?と、ということは…?」
わたしはすぐさま踵を返し急いで旦那さまの部屋へと向かいます!
レイさんと花ちゃんは婚約されているのですから、同衾しても問題はありません。ですが、旦那さまと智恵さんとでは話が違います!こ、これが近ごろ巷で話題のNTR! た、確かに脳が破壊される…頭がおかしくなりそうです!
それにしても…あ、あのヤロー(こむすめ)、せ、せっかくこのわたしが…これからは正々堂々とと…それをこんな…ゆ、許さん、許さんぞー!
「だ、旦那さま、旦那さまー!起きて下さいまし!ここを開けて下さいまし!旦那さまー!」
わたしはたまらず旦那さまの部屋のドアをどんどんと叩きます。すると…。
「(うーん?誰だ?こんな時間に…)」
「(うーん?なぁにぃ?…あっ、じんにー大変だ、もうこんな時間だよ!)」
「(えっ!…慣れないホテルのアラームが上手く設定できてなかったんだ!大変だ、ほら、トモも早く着替えて…)」
なんて会話が部屋から聞こえ、どったんばったんと慌ただしくした数分後、旅支度を終えた二人が慌てて出てきました!
「こ、このドロボウ猫―!いいえ、この売女―!よ、よくもわたしの旦那さまをそのいやらしく汚らしい毒牙に!ゆ、許さん、許さんぞー!」
「い、いひゃいいひゃい!いきなり何するの?やめて、さくやちゃん!」
わたしはのんきな顔をして部屋から出て来たドロボウ猫の両ほっぺを力の限りつまみあげ、ギロリと睨みます。未だに寝ぼけた様子でしたが、さすがに状況をだんだんと理解してきたようで…。
「あ、あのな、咲夜…これは本当にやましい事は何も…」
「そ、そうだよ。わたしだってたまにはじんにーと二人で一晩中おしゃべりしたっていいじゃない!さくやちゃんはいっつもじんにーと一緒なんだからこんな時くらいいーじゃない!けちっ!」
「け、けちとはなんですか!ケチとは!…わたしは前回の件でとても反省して…智恵さんとは正々堂々とと…ですのにこの様な仕打ちを…さすがのわたしも堪忍袋の緒が…」
わたしは自分でも怒っているのか泣いているのか分からない感情で身体をぷるぷると震わせながら二人を睨みつけますが…。
「咲夜、ほ、本当に昨晩は何も…何も無かったんだ。本当に一晩中二人で他愛ない話をしていただけ…」
そう必死に言い訳をする旦那さま達の様子をチラリと見やると、旦那さまは寝不足気味で少々やつれた様子、対して智恵さんはなにやらとてもつやつやテカテカとしており…こ、これはやはり!ぎ、有罪!
「う、ウソおっしゃい!年頃の…互いに好いている者同士が同衾して何もなかったと?それを“まぁそうでしたの”…と信じろと?そ、そのようなことあるわけ…いくらわたしでもその様なたわ言を信じるワケが!…わ、わたしだっていつも旦那さまの布団に潜り込んでも寝顔を拝するだけで満足するように我慢しているというのに!…こ、こんなことなら、わたしもさっさと…!」
「「えっ!?」」
わたしの言葉に今度は智恵さんが憤りをみせ、ぽかぽかと叩いてきました。
「さ、さくやちゃん、毎晩そんなことしてるの?!ず、ずるいずるい!さくやちゃんの方がずるいじゃない!ばかー!」
「さ、咲夜…お、お前そんなことを…?」
「はっ、し、しまっ…で、ですが旦那さま、わたしは智恵さんと違って本当に何も…」
「だ、だから…!」
旦那さまはわたしの両肩をガっと掴み、真剣な面持ちでわたしの両目をまっすぐみつめ…。
「信じてくれないか?ほ、本当に…本当に一晩中二人で話をしていただけなんだ…(お、オレがどんだけ辛かったと!…男は我慢するのが一番辛いんだぞ、解ってくれよ?な?ひそひそ)」
「本当ですのね?お師さまにキチンと誓えますか?(そ、それはそれは?…申し訳…?ひそひそ)」
「ああ、もちろんだ。何もやましい事はしていない、からな…な?トモ、そうだろ?」
「う、うん、もちろん…でも本当にじんにーと夜通しお話をしてただけなのに何でつくよみちゃんに“嘘じゃないよ”って言う必要があるの?変なの」
その言葉にハッとしたわたしはすぐさま旦那さまを見ると、旦那さまも同様の気持ちだった様で、ただ黙って頷くだけでした…な、なんという事でしょう、わたしの恋敵はとんでもなくお子様だったようです…しかし…智恵さんにとって昨晩は正に千載一遇の大チャンスだったハズですのに…これは、旦那さまも苦労されることでしょう、ね。
いえいえ、それならそれで、こちらとしては好都合…上手くすれば…くふふっ、お馬鹿さん。せいぜい呑気なお顔をしていると良いのです、うふふっ。今度はそちらが先程のわたしの様に狼狽すれば良いのです、くすくす…まあその時は既に勝敗は決している時ですがね、あははっ。
「あー、またかぐやちゃんが悪い事考えてる!ダメだよ、正々堂々と、なんでしょ?月詠さまも見てるよ?」
振り返るとこちらも旅支度を終えた花ちゃんとレイさんがいつの間にやら傍らに立っていました…こ、このわたしが声を掛けられるまで気が付かないなんて…わ、わたしは今それほど?は、恥ずかしぃ。
「うぐぅ、わ、解りました。お師さまに誓えるのであれば信じます…それと旦那さま?」
「う、うん?…な、何だ?」
? やはり何かやましい事でもあるのか、少しビクリとされましたが、そんなことよりも…。
「昨日は智恵さんに対して厳しく接してしまい、大変申し訳ありませんでした。ですが、あれは…」
ぺこりと頭を下げ、昨日のお怒りの原因についてきちんと謝罪します。
どのようなことがあろうと、ここをおろそかにしてしまえば今後も色々積み重なり、最終的に取り返しのつかない事態になることはよくある事です。ですからこういった事は細かく互いに理解を深めることで逆に心証が良くなったりするものなのです、“ぴんちはちゃんす”なのです。
「あ、ああ。その話は…いや、こっちこそ済まなかった。あれからトモに聞いたよ、トモの為になる事だったんだろ?なのにオレはてっきり…本当にごめん」
そう言うと旦那さまはわたしと同様にペコリと頭を下げ謝罪して下さいました。ほらごらんなさい、真心こめて謝罪すればこうして分かり合えるのです…でも…あーよかった!本当に置き去りにされてしまうのかと、されてしまったのかと。そしてこれきり会って下さらないかと…あーよかった!あーよかった!!
やはり愛し合う者同士でも多少のケンカはしませんと。そして仲直りする度に一層愛の絆が深まっていくのです、ふふっ、うふふふふ。
「じゃ、じゃあ、近くの喫茶店かファミレスで朝飯済ませようか。そんで、次はいよいよ目的地だ。ゆっくり行っても昼過ぎには到着出来るはずだ。みんな忘れ物はないか?」
「はいですの!」
「うん!大丈夫」
「朝ごはん何にしようかな」
「そうですね、何がいいかしら(…後でトモちゃんにはとても大切なお話があります、女の子としての…ううん、女としての、とても、とっても大切なお話が!)」
「(? なぁに?何だかユウちゃんとっても怖い顔してるよ?トイレ行きたいの?だったら…)」
「(そうじゃないよ!まったく!せっかくのチャンスを棒に振っちゃって!わたしはどっちの味方もしないつもりだったケド、この前はかぐやちゃんが先に反則したからペナルティとしてって…それなのに…昨晩はかぐやちゃんには悪いケド、やっと三人の関係が進展すると思ってあえて目をつむったのに!なのに!もう!もう!)」
「(え、えぇー?一体何の話…)」
「(後でゆっくり教えてあげる…自分がいかに大チャンスを無駄にしたのか…きっと話の後だと泣き崩れるだろうから、朝ごはんの後に…ゆっくりと、ね)」
その後、ホテルの近所のファミレスで朝ごはんを済ませ、バスにゴトゴトと揺られた後、ぽてぽてと海岸沿いから山道に向けて歩いて、旦那さまの予想通り昼過ぎには目的地に到着したのです。
海沿いにある小高い丘の上にその小さな社はありました。隣には掘っ立て小屋のようなものがあり、どうやらその社を管理している者が住んでいる様子です。
「えーっと、佐吉の記憶によると…この社はダミーで…ここからもう少し進んで…あれ?」
「旦那さま?どうなさいました?…あの方は?」
「じんにー?…あ、ああっ!あ、あいつ!な、なんでこんな所に?が、ガルルルル!」
バスで花ちゃんと何やら話をした後からめっきり元気を失いふさぎ込んでいた智恵さんでしたが、今度は打って変わって今にも飛び掛からん程に興奮し始めました…お二人のお知り合いの方ですの?
つづくよ




