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魔導書のしおりは宇宙船のかけら  作者: 繭式織羽
宇宙人はイケメンだが美少女はスルメに夢中でした
9/32

008頁 特典?

「地球調査の効率を高める為には、程よい距離で我々を受け入れて下さる現地の協力者が不可欠です。いかがでしょう」


 長い脚を組み替え、一見物静かに微笑んでいるクラインさんだが、すでに決定事項みたいな美形笑顔の押しの強さが激しい。


「あの、質問が」


 躊躇いつつ、挙手。


「何でしょう」


「そのアンテナ、周りの人に迷惑がかかりませんか。電波妨害とか健康被害とか」


「調査規約に抵触するようなそれらの影響はありません。あればこのような機会は設けられなかったでしょう」


「いつまでそのアンテナを持っていればいいんですか?」


「調査が終了するまでですが、状況次第で期間は変化しますので明確にいつまでとは申し上げられません」


「アンテナのことを口外した場合は……」


「その相手も含めてこの件に関しての記憶操作を受けることになりますが、これも規約に基づくものであり、私どもの本意ではありません」


 何でそんな大事なもの、現地の一介の市民に託すんですか。


「も……もうちょっと考えていいですか」


「時間は余りありませんが、どうぞ」


 何気に思考力を低下させる圧をかけるのは止めて頂きたい。


 考えると言っても、要は気分を落ち着かせたいだけだけど。


 このやたら美形な宇宙人さんの説明全てが、事実かどうかは確認のしようがない。


 内容的にはアンケートの時より込み入ってはいるが、胡乱(うろん)な説明をすることでこちらが冷静になって拒否すれば、クラインさん側もその対応で要らぬ労力を使うことになるからだろうか。


 そうなった場合、何が一番大変だろう。


「……そうか、また五百人ぐらい集めてアンテナ持ってもいいよっていう人を捜すの大変そうですもんね」


 そして再びクラインさんは、百戦錬磨の恋するお姉さん達をお相手しなくてはいけないのだ。


「こちらの事情を深読みしてお気遣い頂く必要はありませんが、前向きに検討して頂けるのは助かります」


 安らぎのない大奥に向かうお殿様を見るような表情が、露骨に出てしまっていたらしい。


「ええと、アンテナを持ったら何か特典ってありますか?」


「特典?」


「例えば、夏の猛暑日には宇宙船から遮光カーテンででっかい日傘を差してくれるとか」


「ご自分達の技術で何とかなさって下さい」


「将来の水不足問題を解決する為に、土星辺りから氷の塊を持ってきてくれるとか」


「ご自分達の技術で何とか」


「地球の近辺に飛んできそうな流星を将来の資源不足に備えてコツコツ採掘」


「ご自分達の技術で」


「えっ、じゃあスギ花粉をガードしたりも無理ですか?」


 極めて冷静な笑顔でクラインさんは首を横に振った。呆れ顔とも言う。


「何です、その雑な特典の数々は」


 特典そのものより、寧ろ企画を練り直せと資料を突き返す、気苦労の多い上司みたいな反応をされるのは何故だろう。そんなに大雑把企画ですか?


「ええと、特典でもある方がうっかり置き忘れたりしないかなって」


「肌身離さずお願いします」


 クラインさんの言い方だと、まるでお守りみたいなサイズ感で伝わってくる。


(はさ)めるサイズなんですか?」


「何に挟むつもりで?」


 ウインドブレーカーのポケットから、ヤナギのハンドブックを取り出す。


「書物ですか。それなら問題ありませんが……」


 クラインさんは、そんないつも持ち歩くわけではなさそうな物に挟んで、それこそうっかり忘れたりしないのかと言わんばかりの顔だ。


 もう一冊取り出す。野鳥図鑑。このように常に本を持ち歩いているのですよと言外に見せびらかす。


 さあ、刮目せよ! 妖精のお姫様が頬ずりしそうなラインナップを!


 いそいそと次の本を取り出そうとしていると、お客さん用に丁寧に浮かべていたクラインさんの笑顔が、天井から静かに降る青い光の底に溶けて沈んでいった。


 表情をなくしたまま、何かを言いかけていることに自身で気付くと、クラインさんは長く息を吐き出した。急に体へ見えない重しがのせられたように姿勢を崩す。


 緩慢な動きで椅子に深く座りなおし、空いた腕を片側の肘掛けに預ける。


 中世を舞台にした海外の映画や、ファンタジーの漫画等でよく出てくる王侯貴族みたいな座り方だ。


 彫りの深い顔に濃く影が落ちると、老いて疲れきった孤独の王みたいな役どころに見える。


 どうしよう、急に体調が変わったようだけど、何かいけないことをやってしまったか。


「あの、クラインさん大丈夫ですか……?」 


 クラインさんは見えにくいものに焦点を合わすように目を細め、すぐさま顔を背ける。


 今、私の野鳥図鑑見てましたか?


 近付こうとすると、肘掛けをつかんでいた手を人払いするように動かす。来るなという解釈でいいのかな。


 本が苦手ってことはないか。新聞大好きだし。じゃあ、鳥が苦手なのかな。表紙はすこぶる可愛いオオルリさんだけども。どうしよう。全然理由が分からない。でも、とりあえず図鑑はポケットに戻しておこう。


「すみません、やっぱり本に挿むのだめですか……?」


「……構わん」


 絞り出したクラインさんの声は、自らの(まと)う重みに引きずられたように低かった。


「時間だ。もう帰るといい」


 ひどく疲れた様子のまま、クラインさんが新聞を差し出す。


 もう近付いて大丈夫かな。立ち上がって覗き込む姿勢になると、きれいに畳んで袋になった奥に、ちらりと反射する金属片が見えた。


 どうやらこれがアンテナらしい。受け取った新聞の隙間から、小さな金属片に手を伸ばす。


「ここでは見るな」


 かすれた声で重い制止が入る。疲れの濃い目元を手で覆ったクラインさんは、肘掛けに体の重みを預けた。


「帰るまでは、その状態で」


「……クラインさん、大丈夫ですか? 誰か呼んだ方がいい?」


 そっと(うかが)うと、掌の陰で引き結ばれていた口元が、自らの意思で動かせるとようやく気付いたように、少しずつ強張りが抜けていく。


「少し……疲れが出ただけです。もう帰りなさい。規定時間がありますので」


 まだかすれてはいるが、丁寧な口調に戻ってきている。


 新聞を抱えて会場の出口に手をかけ、振り返る。クラインさんはまだ肘掛けに体を預けてはいるものの、先程より大分落ち着いた様子でこちらを見ている。


「それじゃあ、失礼します」


 会場を出ようとしたが、やはり少し気になる。本当に大丈夫……。


「早く帰りなさい」


 再び振り返ると、即座に帰宅を促されてしまった。クラインさんの口元に、小さな笑みが浮かんでいる。


「お気遣い感謝します。そういえばお名前を伺っていなかったですね」


「あ、そうですね。こころです。奥津(おくつ) 心といいます」


 まさか自己紹介をゆらちゃんにでも河波さんにでもなく、宇宙人のクラインさんにすることになるとは。いや、今からでも走って追いつけば、可愛い子羊さんに自己紹介するぐらいの時間を作れるのでは。一礼すると早足で廊下に出る。


「では心さん、また後日」


 その一言に引っかかって振り返ったが、会場の扉はすでに音もなく閉ざされていて、クラインさんの姿も天井から降る青い光も、もう見ることはできなかった。


「ご、後日……?」


 アンテナに定期メンテナンスとかあったりするのだろうか。


 可能なら、今度ここに連れて来る時は、前もってお知らせして頂けるとありがたいのですが。


 扉が開く気配もないので、再び踵を返す。


 長い通路はゆるやかに弧を描いて、ずっと先まで続いている。


 照明は通路に蔦のように這う、美しい模様の管の中を流れながら輝く。


 ビロードのような黒地の通路の片側は、天井近くまでの高さの窓が、継ぎ目なく通路の先まで続き、その通路の中央を、緑の渦に似た紋様が目線の高さで浮かび、回転しながら進行方向へ誘導していく。


 先程までは確かに照明が眩しいばかりの白地の通路だったはずだ。


 これが実際の宇宙船の内装なのだろうか。


 窓の向こう側には上の方に半分だけ覗く地球。


 その地球に向かって、青い小さな光が下から流れていく。


 幾つも幾つも、地球へ滴る雫のように、青い光が向かっていく。


 遠近感がつかめなくて、とても小さな光にしか見えないけれど、あれが地球に帰る手立てだろうか。


 光が地球へ滑ると、青い光が軌跡を残して、すぐ側に沿っていたものの形を照らす。


 長い長い道のようにも見えた。


 闇の中に紛れる軌道は、青い光を地球に送ると、やにわにゆるみ、風にそよぐ帯のように柔らかく揺れ始めた。


 揺れると軌道の輪郭がうっすら浮かぶ。


 軌道は一本ではなく何本もあって、束になって揺れていると、流れにたゆたう水草のようだった。


 まるで海の底から、青い月を眺めているようだ。


 たくさんの青い光は珊瑚の卵にも見える。


 抱えた新聞を見下ろす。自分の熱を含んだ紙が温かい。


 めくれたページの片隅に、四コマ漫画がちらりと見えた。


 日記を書いて落ち着こうとする結び。


 それもいいかもしれない。


 覚えていれば書き綴ろう。


 己の鼓動に寄り添う、この静かな美しさを。

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