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魔導書のしおりは宇宙船のかけら  作者: 繭式織羽
宇宙人はイケメンだが美少女はスルメに夢中でした
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007頁 本当の目的

 会場を出ると長い通路が、ゆるやかな弧を描いてずっと先まで続いている。


 照明も白く明るくて、会場の青い光に慣れた目には眩しいぐらいだ。前の方から、姿は見えないが先に部屋を出た人達の、楽しそうな話し声が響いてくる。


 白地の通路の片側の壁には、進行方向を示しているらしい緑の三角マークが流れるように点滅していく。道路工事の灯りみたいだ。表示がなくても通路は一本道だから迷うことはない。


 今は何時ぐらいだろう。内ポケットから懐中時計を取り出したが、相変わらず針はお休みをしたままだ。


 ふみ兄、まだ寝てるかな。


 掌におさまる懐中時計を見て、不意に気付く。


「あれ、新聞……」


 バタバタしてたら持ってくるのを忘れていた。回れ右して走り出す。


 出口まで戻ると、会場の扉はまだ開いたままだった。短く安堵の息をついて、中を覗く。


 ひっそりと静まり返った会場には、先程までクラインさんとの異文化交流に勤しんでいたお姉さん達の姿はなかった。どうやら別の出口から帰っていったようだ。


 ただクラインさんがひとり、会場に残っている。


 何となく入り辛い。いかにも仕事は終わったと言わんばかりに、寛いだ姿勢でステージの端に腰かけている。足が長いので、それなりに高さのある舞台端がお洒落酒場のカウンターチェアの様相を呈していた。


 しかも、新聞。新聞をものすごく真剣に読んでいる……! あれは置き忘れた自分の新聞のような気がする。


 どうしよう。今、声を掛けても返してくれるだろうか。


 見てたら気付いてくれないかな。視線~。


 クラインさんは新聞のページを繰り、再び読み耽る。やはり妖精のお姫様かパジャマ少女クラスの目力でないとだめなようだ。


「あのー……」


 仕方なく声を掛けてみる。ようやくクラインさんがこちらを向いた。向いたが、どうにも部屋に入りたくない。


 この宇宙人さん、ステージに腰掛けて仕事終わりを醸し出しつつ、スーツの上着は(ボタン)を全て外さず、ネクタイすらゆるめていない。


「おや、どうしました」


 宇宙人のクラインさんはすぐに丁寧な笑顔を浮かべて姿勢を整えた。会場の出口からこちらが動かないのを見て、ゆったりと近付いてくる。


 できればもう少し足音を立ててもらわないと、シベリアの大地で獲物を狙うアムールトラのようである。


「忘れ物を」


「ああ、それは残念」


 わずかに、本当に残念そうな眼差しで、クラインさんは(うやうや)しく新聞を畳み始めた。


「これは有志からの提供品リストから外しておきましょう」


 忘れ物が新聞だとは言っていない。このお兄さんは持ち主を認識していたらしい。


 それにしても忘れ物が提供品として回収されるとしても、残っているのは、飲みかけのペットボトルに食べ終わったコンビニ弁当、暇にまかせて折られた折鶴、外したカーラー、掛け軸やら使用済みコスメ道具に、お菓子の袋等々、殆どゴミの類いである。


 ん? 掛け軸? 高価なものじゃなければいいけど。


「どうするんですか、提供品」


「我々にとっては貴重な素材資料ですよ。それにあなたのことは」


 クラインさんの言葉が止まる。


 何だろう、只今えらく真面目な顔で見つめられております。


 会場中の女性達をほぼ魅了しつくした美丈夫の宇宙人さんは、ふっと小さく甘い笑みを零す。


「失礼。不勉強でして、咄嗟に言葉が出てこなかったものですから」


「そ、そうですか」


 物産展の目玉商品を品定めするバイヤーさんみたいに鋭い目をされてましたが。


「説明の前に食していた、あの干からびた海洋生物は何と言いましたか……」


 形状的にはそうかも知れませんが、何ていただけない表現をなさるんですか、クラインさん。


「スルメのことですか?」


「そう、スルメです。あれが気になりまして、印象に残っておりました」


 他にも若干名スルメの虜がいらっしゃったんですが。


「とっても美味しいですよ。噛めば噛むほど旨みが出てきて」


「干すことで味が凝縮されるわけですね」


「そ、そのまま食べるのも美味しいですが、醤油や塩麹に漬けたり、水で戻して炒めたりとか、色んな郷土料理もあるみたいで……あ、うちでは焼きスルメだともっぱらマヨネーズなんですけど」


「そうですか、よい食文化をお持ちで」


 頷く声がどこか空しい。宇宙人クラインさんの笑顔が徐々に形骸化してゆく。


 まずいぞ、本題が来る。逃げよう。


「じゃあ、私は帰りますので失礼しま……」


 言ったその不意を突くように、一歩近くクラインさんがいた。甘い匂いが濃い。


「それでは新聞を隠した甲斐がありません」


 頭の上から声がする。すぐそばで聞こえるのに、とても遠くに感じる。


「あー、それなら差し上げますけど」


「そうですか。いえ、そういう話ではなく」


 やっぱり欲しいのか新聞。


「別に難しい話ではありません」


 そういう人の話は大概面倒臭いのだと、ふみ兄は或る日遠い目で申しておりました。


「簡単なお願いです」


 そういうお願いは大概後から複雑になってくるのだと、ふみ兄は或る時明後日の方向を見る目で仰っていました。


 宇宙人のクラインさんは畳んだ新聞を腕に挟んだまま話を続けた。新聞大好きなのか。


「アンテナを持っていてもらいたいのです」


 その時想像したのは、巨大な電波塔を背負って歩く、今にも倒れそうな自分の姿だった。


「アンテナを……持つ?」


 恐る恐る見上げると、どう受け取ったのか、クラインさんが深々と頷きを返してくる。


 やはりあのアンテナ? しかもでっかい?


「……一体、その顔は何を想像しているんです?」


 顔が引きつっていたのか、クラインさんが訝しむ。


「持つなら、まだ可愛げのあるお皿タイプの方が……」


「一目見て分かるような形状ではありませんよ」


「でも、むやみやたらと大きかったら同じでは」


「何がどう同じか分かりませんが、あなたの生活に支障が出るものではありませんよ。もっとも私どもからみれば、あなた方がお使いになられている電化製品の方が余程影響が大きいとは思いますが」


 宇宙人のクラインさんは手近な椅子に腰掛けると、癖なのか長い脚を組み、お姉さん達を骨抜きにした瞳でこちらにも座るように促す。


 仕方なく会場に入ると、クラインさんと話しやすい距離感の椅子に座った。足を伸ばす。甘い匂いが近すぎるとどうも体が(すく)む。


「あなた方のお使いになる製品から出るあらゆる波が、私どもの通信機能に負担をかけているのです。その波の影響を減らす為には現地に中継点が必要なのです」


「携帯電話の電波状況が悪くて圏外になっているようなものですか?」


「そう理解して頂いて結構です」


「もしかしてアンケートはオマケで、本当はアンテナを持つ人を探すのが目的だったんですか?」


 クラインさんはにこりと丁寧に笑顔を返しただけだった。当方の重要な都合は一切お話できませんと言わんばかりの、それは見事な営業スマイルでした。

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