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魔導書のしおりは宇宙船のかけら  作者: 繭式織羽
宇宙人はイケメンだが美少女はスルメに夢中でした
6/32

005頁 宇宙人の目的

『よろしいですか?』


 さすがにもう立ち上がる人はいなかった。


『ご協力ありがとうございます』


 初めて丁寧に男前のお兄さんが頭を下げる。


『薄々気付いていらっしゃるかとは思いますが、私どもは皆さんの言葉で地球外知的生命体、いわゆる宇宙人と呼ばれている存在です』


 真偽のほどは定かではありませんが、そう仰るなら宇宙人さんとお呼びするのにやぶさかではありません。


「どちらに住んでらっしゃるんですかあ?」


 前列にいた二十代ぐらいのお姉さんが可愛く(しな)をつくって質問する。宇宙人、という単語は彼女にとってあまり重要ではないようだ。


『定住はしておりませんので、あえて申すならこの船が住まいということになります』


 この船とは、宇宙船という解釈でいいのかな。


 内装のせいか会場が大きいせいか、乗り物にのっている感覚は湧かない。揺れやいつもより体が軽いといったような重力の変化も感じない。


『さて、皆さんの意思を無視した上、一時的とはいえ、このような場所にお連れしましたことを深くお詫び申し上げます』


 再び頭を下げる宇宙人のお兄さん。


『ですが現状の惑星調査におきましては、こういった形でしか現地の方と接触出来ないよう、規制されております。どうかご理解下さい』


 そう言うと、宇宙人のお兄さんはステージからこちらまで段を下りてきた。その洗練された動きにそこかしこで甘い溜息が漏れる。


「声、届きますね?」


 スピーカを通さないお兄さんの声は柔らかく響く。


 集まった両端の人達に確認を取ると、宇宙人のお兄さんは上品な笑顔で軽く一礼する。


「地球調査団日本支部長のクラインと申します」


 何故か湧き起こる拍手。


「恐れ入ります」


 律儀に返している宇宙人のクラインさん。宇宙人にも拍手の文化あるのだろうか。


「先程も申しましたが、私どもは皆さんの住まわれる星を研究する為に参りました」


「何の研究ですか?」


 どこからか、さり気なく問いが上がる。周りのお姉さん達のように声がよそ行きではなかった。


 宇宙人のクラインさんは頷いて、笑顔も控え目に説明を始めた。


 自分達は宇宙の事象を研究発表する民間の調査団であること。

 調査団はいくつもあって様々な星系を調べていること。

 調査研究の内容は自分達の文化圏で定期的に発表していること。

 最近惑星及び知的生命体の調査規制が改正されたこと。

 調査可能になった惑星の中に地球が含まれていたこと。


 会場は静かだった。


 ……皆さん寝てますか?


 じ、自分は起きてますよ……。


 こんなことを考えるのは、かなり眠い証拠だろうか。


 瞼が重い……教科書を棒読みする授業並みに……どうしよう……。


 眠い目をこすり、辺りを見回せば、宇宙人クラインさんの抑揚を抑えた口調と全体的にぼかした迂遠(うえん)な言い回しに、大半のお姉さんがウトウトしかけている。


 河波さんはこちらの肩にもたれて完璧にお休みモードだ。


 ゆらちゃんはと言えば……つ、強い。まだスルメのゲソが貴女を虜にしていらっしゃるんですね?


「分かるわ、その気持ちぃ」


 その間延びした声が聞こえた途端、睡魔にとりつかれそうになっていた意識がクリアになった。


「同じ処にいるのって退屈よねえ」


 宇宙人クラインさんとは対照的な、歌うように抑揚をつけた喋り方だ。シャラシャラと美しいかんざしが揺れるような、民族楽器の音色。


 その声の主は、自分より二列前の席にいた。昔の映画の女優さんみたいに、艶めく絹のスカーフを頭から首にかけて巻いて、大きなサングラスをかけている。肩口にちらりと覗く蝶柄。着物だろうか。


「それが例え重要な経験値稼ぎでもぉ、同じモンスターばっかり何時間も倒すのよりぃ、同じダンジョンばっかり何回も探索するよりぃ、新しいエリアに行ってイベントをやりたくなっちゃうわよねえ」


 きれいな声のお姉さんは、どうやらゲームがお好きのようです。


「ええ、まあ」


 ニッチな喩えを貰って返答に窮しているクラインさん。


「では、ご質問は以上でよろしいですか?」


 ごまかした。


 クラインさんは、そのまま手にしていたアンケートの束をざっくりと前列の数人に分けた。それを皆で適当に分けていく。二十数名しかいないので、すぐに配り終る。


「書きにくければ、椅子の左手側にスライド式のテーブルがありますので、それを使って下さい」


 左手で肘掛けの外側を探ってみても、それらしい付属品がない。前列のお姉さん達はこれ幸いとばかりにクラインさんを呼んでテーブルの出し方を質問している。ここからだと見えない。


 肘掛けを摑んで動かしてみると、上層部分が滑らかにスライドして右手の肘掛けの端に引き付けられるようにくっついた。ラップみたいで面白い。外すとメジャーみたいに巻き戻る。もう一回やってみよう。伸ばして戻して、伸ばして戻して。感触楽しい。もう一回やろ。


 アンケートに続いてボールペンが配られる。事務で使うようなノックタイプのシンプルなものだ。


「内容が理解出来るものや、答えてもいいと思える質問への記入だけで結構です。書き終えましたら、退席して頂いて構いません」


 設問は一枚の紙面につき、一問から多くて二問。


 問いは全て日本語だ。いくら日本支部のアンケートとは言え、苦手な英語だったらどうしようかと要らぬ気遣いをしていたので助かった。


「それでは始めて下さい」


 宇宙人のクラインさんは小学生のテストを見守るような顔である。


 スライド式テーブルの滑らかな動きを存分に堪能したところで、膝に置いていた新聞が気になる。


 テーブルは然程広くない。落としてまた散らかしてしまうのも大変なので、退席して空いたままになっていた後ろの椅子に置いておく。


 三十分ほど過ぎると、一人、二人と早くもアンケートを書き終えた人達が席を立っていく。真っ先に向かったのは出口ではなく、ステージ側で待機しているクラインさんの元だ。


「楽しかったですう~」とか、

「クラインさんって、彼女いるんですかあ?」とか、

「お会いできて嬉しいわ~。いつでも誘ってちょうだい?」とか、


 いろんな世代のお姉さん達が宇宙人のクラインさんを取り囲んで、きゃあきゃあ楽しそうに騒いでいる。


 あれもいわゆる異文化交流か。お姉さん達が水面下で小突きあったり、押しあったり、足を踏みあったりしてるのに目を瞑れば、平和的と言えなくもない。


「それは良かった」とか、

「そのように見えますか」とか、

「私どももあなた方にお会いできて光栄です。今は時間がありませんが、またゆっくりお話しを伺いたく存じます」とか、


 クラインさんはにこやかに対応しつつも、そのお姉さん達から名刺やメールアドレスや住所を書いたメモを自主的に貰って会話を切り上げ、その場に残ろうとする人達を部屋から送り出していく。なんと鮮やかな手際。


 おっと、いけない。アンケートを書かなければ。

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