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魔導書のしおりは宇宙船のかけら  作者: 繭式織羽
宇宙人はイケメンだが美少女はスルメに夢中でした
5/32

004頁 おやつは3枚まで

『後ろの方、参加されるのでしたら前へどうぞ』


 ステージの人にやんわりと促されてしまった。


 新聞を抱えると、ゆらちゃんと一緒に早足で前の席に向かう。


 すでに集まっていた人達は指示でもあったのか、ステージ前の席にかたまる形で腰を下ろしていた。


「ここ、空いてるよ」


 座る場所を探していると、近くの席の子が隣りの空席を指差した。ちょうど二人分。


「ありがとう」


「おっと、これジャマか。どけるね」


 その子は足元に置いていた、大きなショルダーバッグを間髪入れずに脇に避けてくれた。


 ハキハキとした素早い動きを見ていると、自在に泳ぎ回るジェンツーペンギンを髣髴とさせる。


 ショートボブの髪にマリンブルーのセーラー服がよく似合う。


 ウエストでわざわざ折り上げて、ミニ丈にしたプリーツスカート。スカートの裾は彼女の動きに合わせて軽やかに翻る。


 しかしその下は、お年頃青少年のときめきを打ちひしぎ落涙を誘う学校指定ジャージを履く鉄壁防御。


 中学生らしい女の子は、にっこりと人懐っこい笑顔を向けてくる。笑うと口元に尖った犬歯が光った。


「はあ~、待ちくたびれてお腹空いちゃった」


 よく通る声に、周りのお姉さん達がくすくす笑っているが、お構いなしに彼女はショルダーバッグに手を突っ込むと、自分とゆらちゃんに平たいものを投げ渡していく。


 慌ててつかまえたそれは……スルメだった。それも一匹まるごとである。


「えっ? あの、これ、頂いちゃって、いいの?」


「ぅおっけい!」


 やけに爽やかなドスのきいた声で、女子中学生さんからスルメをもらいました。本人もスルメにダイナミックに齧りついて、見事な犬歯でむしっている。


「しゅるめ~」


 早くも口いっぱいに頬張り、幸せ極致のゆらちゃん。残念ながらそのシマリスのようなほっぺに自分の餌付け分のスルメが入る余地はない。


 かつて海ではこれでもかと墨を撒き散らしていた十腕形上目の軟体生物は、天日に晒されいい具合に枯れた足をして、妖精のお姫様ゆらちゃんの花びらのような唇からはみ出しております。五、六本ぐらい……。


「じゃあ、いただきます」


 ステージの人は舞台袖にいて、また背中しか見えない。頷いたり手で指示を出しているところを見ると、他に人がいるようだ。


 まだ時間がありそうなので、新聞を膝に置いて自分もスルメの足を一本食べてみる。空腹だったせいか、噛むほどに口の中で広がる旨みを濃く感じていく。


「何もつけなくても美味しいね」


「あっ、今日はマヨネーズ忘れたっ」


 いつもはあるんですか、マヨネーズ。常備食なのか、スルメ。


「むう、醤油しかないぞ」


 魚型醤油差しを摑み取りすべく、ショルダーバッグ堀を漁る女子中学生さんは不満気だ。ぽろりと何かが零れたのにも気付かない。足元に落ちたそれを拾って手渡した。


「河波さん……って、いうの?」


「うえっ? あ、ありがとー。落っこちてた? そうそう、かわなみでーっす。うちの学校、名札あるんだ」


 照れくさそうに受け取った名札を、河波さんはショルダーバッグの内ポケットに入れて、いそいそとファスナーを閉じる。これ以上バッグを漁るとうっかり乙女の羞恥に駆られる物が出てくると危惧したらしい。


「わうし、いいもううあえす。よううぐ」


「ゆ、ゆらちゃん、食べるか喋るかどっちかにね」


「あい」


 スルメさんを頬張ったまま、お行儀良からぬ自己紹介をされたゆらちゃんの姿がツボにはまったのか、むせて咳き込み出した河波さんの背中をさすっていると、前の方で歓声が上がった。


『皆さん、お座り頂けたようですね』


 ステージ上の人が中央に戻って、こちらを見渡して言った。


 甘く響く声だ。


 前列のお姉さん達が黄色い声で騒ぎ出す。


 一斉に秋波を送る女性達を、熱の欠片も籠らぬ目で見下ろす男性がそこにはいた。


 ステージに立つ男性は、河波さんの背中をさする手が思わず止まってしまうほど男前なお兄さんだった。


 二十代後半ぐらいだろうか。その割には佇まいが、まるで長い冬に晒された古木みたいだ。老成しすぎて取り巻く空気が張り詰めて重い。


 何故だか祖父の雰囲気とよく似ている。顔や体型は全然違うのに。


 きれいに整えられた黒髪と光を吸い込むような黒目だが、彫りの深い顔立ちは端整で、海外の俳優かモデルのようだ。


 三つ揃えのスーツを着ていても分かるほど、程よく鍛えられた体のラインには無駄がない。


 お兄さんが動くたびにスーツのシルエットは、厚い胸板や引き締まった腹筋や、手にした分厚い書類の束を軽々と抱え上げる腕を強調して、周囲のお姉さん方を吐息の渦に呑み込んでいる。


 女性向け恋愛小説のヒロインが、運命の相手と出会っていきなり恋に落ちていくような恐ろしい勢いで、散漫だった会場の視線がステージのたった一人の男性に凝縮していく。


 コワイ。周りのお姉さん達の熱気と牽制の圧力が肌に刺さる。百人そこらでこの空気となれば、江戸城の大奥やトプカプ宮殿のグランド・ハーレムでの女の闘いとはこんなものでは済まなかっただろう。


「わー、イケメンだよ、すごー」


 しかし周囲の恋の熱風に晒されながら、河波さんの感想は小学生が何となく知っている芸能人と遭遇したぐらいの興味の薄さだ。


 ゆらちゃんに至っては、子羊フードを被って顔が見えないのを幸いに、まだスルメのゲソを咥えて海と天日のハーモニーを堪能していらっしゃった。触腕がぴこぴこしてる。


 会場の視線が集まったところでいささかの動揺もなく、スーツのお兄さんは再び説明を始めた。


『それでは、アンケートを始める前に幾つか説明があります。内容にご不満があれば、いつでも退席して頂いて結構ですので』


 最終的に全員帰宅コースを選んだ場合はどうなるんだろう。


『まず最初にお断りしておきますが、当方のアンケートにご協力頂きましても、こちらから謝礼といったものは一切お出しすることは出来ません』


 あちこちから元気あり余ったブーイングが起きる。椅子を蹴り倒さんばかりの勢いで、続々と残っていた人が出口に向かっていった。


 なるほど。謝礼が目当てで残っていたのか。労働に対価は必要だが、美丈夫の甘いマスクをもってしても世知辛さから逃れられないとは。


『そして皆さんに書いて頂くアンケートがこちらになります』


 だらだらと会場を出ていく女性達を気にすることなく、スーツの男性は持っていた書類の束からひとつを抜き出して掲げた。


 事務用クリップで留められた、およそ一センチ厚の紙の束。


 紙の束……。


『これがお一人に書いて頂く分量となっております』


 一センチの厚さと言えども結構な枚数がある。スケジュール帳に使われるような薄い紙なら、軽く二百枚ぐらいにはなる。到底一時間で済む作業とは思えなかった。


 周囲の人もそう感じたのか、また何人か立ち上がった。面倒臭くなったらしい。前列のお姉さん達も少しテンションが下がってきたのか、顔を見合わせている。


 遠慮をしながらも、そろりそろりと立ち上がる姿。名残惜しそうにお兄さんを振り返る女性もいるが、当の本人は一顧だにしない。


 結局、自分を含めて会場にいるのは二十人ほど。かなり減った。


 こんなことで、アンケートを書く人は最後まで残るのか。

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