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魔導書のしおりは宇宙船のかけら  作者: 繭式織羽
宇宙人はイケメンだが美少女はスルメに夢中でした
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002頁 美少女がこちらを見ている!

 左隣りに座る中学生らしき少女は、起動しないゲーム機を抱えてログインボーナスがどうのとか、限定イベントがどうのとか呟きながらふて寝をしている。そっとしておこう。


 とりあえず今のところはこれ以上観察することもなさそうなので、抱えていた新聞を広げてみた。


 照明と一目見て分かる構造のものは見当たらないのに、室内はそれなりに明るい。


 壁自体が明るいのか、天井から降る地球の青さが重なって、しっとりとした光彩に包まれている。新聞を読むには充分な光量だ。


 最初に見るのはテレビ欄で、特番のタイトルがライトノベルのタイトルの長さといい勝負をしているのを皮切りに、気になった動物系バラエティ番組と昆虫系教育番組の流れが兄の気になるであろう番組と重なるかチェックしてから、視線、ひっくり返して一面の見出しのどちらかと言えば下の方のサンヤツとか呼ばれる書籍の広告をメインに目を通していると、視線、視線、科学や地域や健康の特集ページに辿り着き、何か見られてる、ラジオ欄をチェックして、まだ見られてる、三面記事へと行き当たる。


 三面記事では、帰宅途中の会社員が花見で飲み騒いでいた若気の至りが過ぎる数人に絡まれ口論。逆上した彼らに打擲(ちょうちゃく)の嵐を受けていたところ、通りがかった少年が木刀のようなもので酔漢全員を全治三ヶ月の病院送りにしていた。会社員は全治一ヶ月程度の怪我で済んだらしい。少年の行方は不明。隣町が知らない間に物騒になっている。


 そして本日仕舞いの四コマ漫画では、犬猫っぽいもふもふした二足歩行謎生物の主人公が、謎行動してくる仲間達に振り回された末に、日記を書いて落ち着こうとするオチがついていた。毎回話はよく分からないが、もふもふ具合が素晴らしい。


 意識の外に追いやっていた周りの景色が焦点を結ぶと、何かがこちらを見つめていた。ものすごく目が合っていた。


 縦に二つ並ぶ目。ぎくりとして新聞を取り落とすと、目の前が光で満ちた。


 天井から降り注ぐ地球の青い光が、色素の薄い髪に吸い込まれ、粒子となってその少女を包んでいた。


 細く長い髪が肩口からさらさら零れていくと、光の粒子は一層輝いて髪の間から滑り落ちていく。


 ほんのり赤みのさした白磁の肌に、艶を()いた小さな唇。


 長くけぶる睫毛に縁取られた大きな瞳は、髪よりも地球の光を湛えていた。椅子の背に揃えてのせた細い指先。


 惹き込まれる。少女の周りだけ空気が違う。


 まるで最高級の宝石で、童話に出てくる妖精のお姫様を創り上げたみたいだった。


 あまりに繊細な可憐さで、人間を見ている気がしない。


 ……でも何と言うか、首がものすごく辛そうな角度に曲がっているような……。


 目が縦に二つ並んでいるように見えたのは、少女が首を傾げていたからだった。


 その視線はこちらの膝に向けられている。膝の上にはポケットから取り出した数冊のハンドブックをのせているだけだったが。


「あの……」


 声も光の粒子だった。


 澄んだ音色が連なる小さな鈴になって、硝子の坂を転がっていく。硝子が鳴るたび弾ける光の粒。


 鈴は再び硝子の坂を鳴らす。


「そのイモムシさんの本を是非ともお借りしたいのですが……!」


 宝石で出来た妖精のお姫様が、ともすれば俗世の阿鼻叫喚を誘う鱗翅目の幼虫に、胸を躍らせていらっしゃいます……。


 思わず言われるがままイモムシのハンドブックを差し出すと、可憐なお姫様は水を与えられた草花のように姿勢を正し、地球の青みを吸い込んだ大きな瞳を潤ませて、うっとりと多種多様な終齢幼虫に魅入った。


「コジャノメさんはねこさん顔~。ヒメジャノメさんもねこさん顔~」


 すごく楽しそうに口ずさんでいる……。


 どうしよう。可愛すぎて、見ているだけで幸せになってきた。


 少女がふと、小動物みたいにつぶらな瞳を向ける。それだけで自分の周囲に花が咲いた気分になった。こちらが春の野原のようなほわほわとした空気に侵食されているのを見てとると、妖精のお姫様はほんのりと頬を染めた。


 そしてやたらと素早い動作で、着ていたパーカーの大きなフードを被って顔を隠す。フードの両サイドには、羊の角みたいなデザインの飾りがついていた。


 凝視しすぎたかもしれない。


 残念な気分も束の間、風が吹いたように気持ちが収まる。幸せ気分が発酵しかけて、頭をなでなでしたいとか、ほっぺをぷにぷにしたいとか、ご飯を食べさせてあげたいとか、脳内で可愛いもふもふ触らずにはおられない計画が発動しかけてたから助かった。もう少し見つめていたら、本当に実行してしまう。


 この子は小動物じゃない。落ち着け自分。


 餌付けしようとポケットにお菓子が入っていないか探ってる時点で、全然落ち着いていないけど。


 取り落とした新聞を、椅子に座ったまま拾い上げて膝にのせる。さあ、落ち着いたぞ、多分。


 ご尊顔を拝せなくなった妖精のお姫様を冷静に眺めると、随分重ね着をしていることに気付く。


 白地にクローバー色のラインが入ったスカートに、淡い色合いのガーゼワンピースを何枚も重ね、さらにその上に顔を隠したパーカーを着て、最後にどう見てもサイズの大きすぎる真っ白なキルティングのコートをはおっていた。


 コートの袖が長くて指先からおれてしまうのが余計に可愛い。十二単を着せられた子羊みたいだ。


 若干朝からもこもこに着膨れる理由が想像つかなくて謎ではあるが。


「あっ、その本も見ていいですか?」


 ちらりとフードから覗く頬をピンクに染めながら、可愛い子羊さん化した妖精のお姫様のご要望に応じて、ヤナギのハンドブックを渡そうとすると、すかさず追加が入る。


「はっ、その次の鳥さんの本も……!」


 さすがフェアリープリンセス、己が領域の種族把握に余念がない。親愛なる同胞への情熱で勢い込むあまり、背もたれに乗り出した手がコートの長い袖で滑った。


 バランスを崩して子羊さんの上体が前のめりに倒れ込む。


 咄嗟のことで手が間に合わず、自分の体で受け止める。


 辺りに本と新聞が舞い散った。それ以上倒れないように、子羊さんの腕をなんとかつかむ。


「だ、大丈夫?」


「す……すみませ……」


 申し訳なさそうに謝る可愛い子羊さんの体がふと強ばる。


 こちらにしがみついていた、己の長袖の手を凝視し、その手で触れているものの感触を確かめ、羊の角フードをはね上げて、今度はこちらの顔を凝視する。


 地球から降り注ぐ青い光が、少女の大きな瞳に反射している。


 悲愴を湛えても、なお瞳の青は奥底にゆくほど澄んでいた。


 ……ただ、同性の胸を不可抗力で触っただけなのに、封じられた魔王が復活するのを目の当たりにした市民みたいに絶望的なお顔をするのは止めて頂きたい。


 確かに紛らわしい格好と言えば紛らわしい。着ているウインドブレーカーは兄からのお下がりで、完全に体のラインが隠れる男物のデザイン。


 化粧もせず、髪もショートの部類に入る。声のトーンは低くはないが、分かりやすい高さもない。これで間違うなと言う方に無理がある。


「すみません……勘違いを……わたし……わたし……」


 力なく呟くと、妖精のお姫様はよろりと席から離れ、通路の壁に向かって両手でバシバシと叩き始めた。


「終了ぉぉぉぉぉ……」


 悔しさを絞り出しながら、長い袖でぺったんぺったんするその後ろ姿は、さながら作ってもらった途端に天気良好な春が訪れて溶けざるを得なくなった雪だるまのようだった。


 一体妖精のお姫様の中で何が終了したのか、謎が増えるばかりだが、とりあえず今はそっとしておこう。


 通路に散らかった新聞を拾い上げる。本は椅子の下に入り込んでしまったので、後で確認するとして、新聞は枚数通り集めておきたい。確か三十ページぐらいだったから十五枚か。


 椅子の列に新聞が入り込んでいないか、屈みながら足元を確認しているものの、なおも好評開催中の地球端会議により、奇妙な動きは誰の注意を引くはずもなく、順調に作業を進めていく。


 通路の傾斜で思ったより散開していた新聞を一枚ずつ拾っていると、横手から軽く畳まれた紙が差し出された。新聞の一枚。


「ありが……」


「紙の情報体とはうらやましい」


 甘い匂い。呟いた人は振り返りもせずに歩いていく。


 肩幅のある高い背が見る間に遠ざかる。姿勢がいいのか、鍛えて無駄がないのか、スーツのシルエットは事務職というより、寧ろ要人警護の制服のような気配に近い。


 夜の闇の中を悠然と歩く肉食獣のようだ。スーツより豪華な舞台衣裳の方がしっくりきそう。


 てっきり女性ばかりだと思っていたが、男性もいたらしい。呟きに気を取られてお礼が宙ぶらりんである。お陰様で枚数も全部揃ったので、軽く頭を下げて自分の席へと戻る。


 前の席では妖精のお姫様がフードを被って意気消沈のご様子。


 膝に抱えていた本の一冊の角を見つめている。落とした時に強く歪んでしまったようだった。外へ持ち歩いているのだから、こういうことはある。


 こちらに気付くと本の束を申し訳なさを重ね塗りしたお顔で渡してくる。新聞を拾っている間に、椅子の下に入り込んだ本を全て回収してくれていたとは。あんなに落ち込んでいたのに、きちんとした子羊さんである。


「ありがとう、ごめんね」


「いえ、こちらこそすみませんでした。あの、あの、何かお詫びを……」


 子羊さんが頭を下げる。本をいためてしまったと自責の念に駆られているが、出来れば可愛い子羊さんにはイモムシさんを見つめていた時のように、幸せ気分でいてもらいたい。


「んー、じゃあ、ひとつもらおうかな……」

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