~最終幕~
2028、マイアミ五輪が目前にみえだした春。
桜の花びらが散る並木道を一人の柔道家が通る。
紙切れに書いた覚書、そこにその道場の名前が記されていた。
「久しぶり」
後ろから声。振り向くとそこに忍者黒帯と謳われた柔道家が。
「やっぱりここと間違ったのね。分かりにくいけど、育心道場はこの裏道にあるのよ。案内するわ。でもここの桜って見応えあるでしょう?」
碧は完璧な手話を交えて彼女と会話を交わす。
マイアミ五輪、女子柔道60キロ級の日本代表・浦島希空はその出発直前まで千葉県のとある道場にて非公開の出稽古にでていた。
それは彼女が金メダルを獲ったのちに語られる話――
そういえば、あのマルセイユ五輪からの引退を経た碧の話が抜けていたのかもしれない。彼女はそもそもライフワークにしていた異邦人コミュニティの研究職に完全復帰した。時に道場に通う姿もみられていたが、それはもう選手としての立場ではない。柔道を愛し楽しむ一人の柔道家としての立場のもの。
彼女は引退の翌年、メダル候補と謳われながらもマルセイユでは散々な結果に終わった城谷悠と結婚した。
「目まぐるしい人生ね。でも、楽しそう」
「そうですね。楽しくないって言ったら嘘になるかな」
「貴女とはそんなに話した事もなかったけども、こうして話してみると色々発見があるものね」
「どんな発見が?」
「師と弟子は異なるようで似る者同士。貴女は知らないかもしれないけど、八木先生の幼い頃は鳥谷先生の幼い頃と似ていたという話があったわ。もっとも八木先生が10代の時と言えば日本は戦時真っただ中。恋仲になった彼は戦死。でも戦争が終わるまでその悲しみに打ちひしがれる事もしなかった。その鬱憤を全て柔道にぶつけていた彼女はそれこそ小柄ながら日本の雌豹と言われていたほど」
「怖い先生だと伺っています。でも、その話がホントにそうだと言うなら、私と服部先生も似ているって話になりますよね?」
「ええ。2人共ヤンキーだったじゃない」
「私はヤンキーだったといえるのかなぁ」
「ふふふ、学校をさぼって煙草をふかしていた生徒さんがいうこと? だけども、柔道を始めてからの鳥谷先生と貴女は自然と優等生になった。コレってなんだか不思議なドラマに感じちゃうものよね」
「まぁ一期一会って話になりますかね。でも校長先生の話はやっぱり月村校長の話になっても長いものになりますなぁ」
「コラコラ、でも、あなたからこういう話をしてくれて私達は嬉しいわ」
「そうですか。断れるモノかと思いましたよ」
お茶を啜り、かつて鳥谷と同じ柔道部に所属していた月村はあの懐かしき日々を思い出して目を細める。
「サポーターだなんて言わず、顧問として監督とともに我が校の柔道部を支えてください。忍者黒帯さん」
その契約は心と心で交わしたものだと言って良かった。
これぞこの物語のラストシーンにもってこいの語らいではなかろうか。
もっとも、この物語にはまだまだ続きがありそうだが。
尊敬する2人の碧へ愛をこめて。
月村香澄
∀・)最後までの読了、大変に大変にありがとうございました。「碧-aoi-」の続編を書くにあたっては、当時交流があった方々はいなくなった人もいれば薄まった人もいて。正直書かなくてもいいかなって。それに前作で1つの物語が1つのメッセージを象るようにして終わりましたから。一応ですが。でも、悲惨なコロナ禍を経てパリ五輪が開催されて。僕のなかで何か火がついたのですね。
∀・)それを自分なりにうまくできたかどうかはわかりません。
∀・)でも、書き終えて何だかマルセイユ出場を終えた碧と同じ感触があるようで。
∀・)本作における僕の想いがあるとしたならば、それは本作のタイトルに現れていると思います。劇団になろうフェス主催者としての言葉にもなりますが、パリ五輪の成功を広島の地より本作のテーマなるものを以て願いたいと思います。熱い真夏ですがどうか皆様もお元気であられますように☆☆☆彡