~第3幕~
鳥谷碧が病院に駆けつけた時、渚はもう息をひきとっていた。
「先生……! わざわざすいません……!」
旧友の葛城花子が嗚咽し、振り絞った声で鳥谷に告げる。
その言葉で全てを悟った。でも、彼女は渚の為にも泣いてはいけないと思った。
「渚さんは私にとっても大事な存在です。一心高校にとっても大事な存在です。彼女は最後の最後まで私たちに希望と勇気を与えてくれました。その恩は絶対に忘れたりしません……!」
泣き崩れる渚の母を抱き、寄り添う。
彼女がその溜めていた哀しみを解いたのは病院の屋上。
朝の陽ざしが彼女の顔を照らしたその時だった。
「渚……渚なのか……」
その太陽はどこか温かい渚の笑顔のようだった。
葛城渚の葬儀が執り行われた時、それはかつての柔道部のメンバーが全員集結した時でもあった。スイーツ店を営む安藤嘉子、しっかり稼いでくれる夫の伴侶として励む愛琉納と真琴。真琴はオタクだった高校生時代からまた随分と変わった雰囲気に。意外だったのはそれぞれが立場違えども現在も柔道に励んでいるという事実だ。服部碧を除いて。そんな話題になりそうになると、妙子が碧を気遣ってか話題を変えてくれた。
だけど、碧は碧で想うことがあり黙ってもいられなかった。
「先生、あの全国大会の思い出を残したメンバーがこうして集まったことで渚の思いは晴れるのかな……」
「………………どう思う?」
「私はどうしても勝てないライバルがいて、だけど彼女に勝ってほしい! と皆から期待され続けて。それが苦しくて。苦しくて……」
服部碧は鳥谷碧に素直な気持ちを吐露し涙した。
鳥谷は驚いた目でみる。それは彼女が思う服部碧の実像でなかったからだ。
「服部ちゃんはまだ柔道がしたいのか?」
「それは……」
「どうなの?」
「仙道朱莉沙に勝つ事ばかりを考えないのであれば、私は……」
「らしくない」
「えっ?」
「こんなところでこんな事を言うのも何だけどさ、来週のどこか空いてないか?」
碧は言葉に詰まる。しかし、そのまま沈む訳でなかった。
「私と組み手をしようか。私も渚も柔道に燃えるアンタがみたいのよ」
「先生……!」
2人の碧はこうして再び共鳴し合う。
それはどこか信じられない偶然の産物のようで。
されど逃れられない運命のようですらあった。
世間でコロナ渦と呼ばれた時代。そのウイルス感染に渚は罹ってしまった事もあった。それが彼女の余命を奪ったのだとすれば、なんと悲しい事か。だけども、彼女は一心高校柔道部の灯火を消さない事にその人生全てを注力した。その力はよもや奇跡的な女子柔道日本代表を輩出するまでに至る――
学校の授業が終わり、その柔道部部長はいつものように1番に道場へ入ろうとした。しかし既に道場からは激しい練習の音が聴こえた。それは女子高生たちの練習なんてレベルのものではない。
彼女はその光景にただ目を丸くするばかりだった。
柔道部監督の鳥谷碧が服部碧を何度も投げ飛ばしていた。
そして何度もそんな巨大な敵に向かってゆく黒人女性の柔道家。その動きなるものは全国レベルの彼女達を超えてすらいると実感するものだ。
部長に続いて部員がドンドン道場に集まる。その集まる生徒たちは柔道部部員だけでなくなっていた。他の部活動の生徒たちもこぞって見物に。
「伝説がまた始まるのね」
生徒達の群れの中に現校長の月村香澄も混じる。そしてこう呟く。
鳥谷碧も服部碧も気がつけば活き活きとした汗と顏をみせるようになっていた。
とても勝手に思える話だが、その模様を動画に録る生徒も現れた。
その動画はSNSで拡散される。
そしてかつてのライバルがそれを観ない筈もなかった――