~第2幕~
その翌週、碧は岡山へ向かった。岡山在住の黒人日本人を取材するという名目ではありつつも、本心は創芯高校柔道部の訪問こそにどこか心が躍るよう。
「スマイル・クイーンにサイレント・クイーンか。創芯高校は凄いな。どういうスカウトしているのだか」
新幹線のなかで浦島希空の特集を組んだ雑誌を読みながら彼女は呟く。
創芯高校の訪問は初めてではなかった。何度か高校生時代に出稽古で訪れた。そのたびに仙道朱莉沙と長時間に及ぶ組み手に励む。いずれは試合であたる故に互いの戦術はみせないように駆け引きをする。あのヒリヒリ感とワクワク感っていうものは何にも代えがたい青春だ。
その想いが我慢しきれなくて碧は柔道着を久振りに着てしまっていた。
浦島希空は喜んで碧と組み手をする。
意外にも彼女とは上手く張り合えていた。
浦島が手を抜いているのか? いや、そんな筈はない。
監督の松永をはじめ、その場にいた全員が彼女達の熱戦に釘付けとなった。
浦島は声帯に障害もある。言葉を発する事ができないのだが、長時間におよぶ碧との稽古に満面の礼をしてみせた。
「ありがとう! 楽しかったよ! 希空!」
碧もこれには白い歯をみせて答えるに他ならない。
これで終わっても良かった。これで終わっても美しかった。
しかし、この数日後に碧は衝撃を受ける事となる。
無敵のライバル、仙道朱莉沙が世界大会にてフランス代表の補欠選手に負けてしまったのだ。それこそが40代の新鋭、マルチーヌ・コルディエだった――
日本のメディアはコルディエの登場よりも朱莉沙の敗戦ばかりを「衝撃的」と報じた。SNSもそんな報道に踊らされて反応するものばかりで。そして「浦島希空を日本代表に据えるべき」と有識者も一般人も皆がこぞって意見する。
敗戦後のインタビューを受ける朱莉沙には笑顔が全くなかった。
彼女は虚ろな顔で「ごめんなさい」を連呼するばかり。
碧はその光景に「気持ち悪さ」を覚えた。
しかし、畳みかけるように嫌な事は続く。
新幹線を降りた東京品川、その時に掛かった電話は葛城渚の訃報だった。
知らせてくれたのは高校卒業後も親交を深める妙子だ。
その妙子は鳥谷から連絡を受けて知ったと言う。
驚きと悲しみ。そのどちらもがあった。
しかし、どうにもやるせなさが残る。
鳥谷は妙子を介して碧へ告げたのだ。
その碧は彼女達のライバル校へ親交を深めに行った。
勿論、彼女達と日頃から接している関係などではない。
お互いにもう大人なのだから。
それでも何かが胸に刺さって彼女はその場で立ち尽くすしかなかった。